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第三十話 あの世からのマンツーマン指導

「さあ、特訓を始めるぞ!」


 野球部監督の腹から響く号令が、蒸し暑い夏のグラウンドに木霊する。部員たちは掛け声とともに散っていき、それぞれのポジションへと走り出す──その直後だった。


「ちょっと待つのじゃ、おぬしら!」


 突如としてベンチ方向から、耳に突き刺さるような凛とした声が響いた。どこか古風で、妙に迫力のある口調に、僕を含めた全員の動きが止まる。ゆっくりと顔を向けると、そこにいたのは──長谷光葉。  両腕を組み、鋭い視線でグラウンド全体を見渡している。いつもの明るさとは打って変わって、風格すら感じさせる表情だ。


 ぴこーん、と僕の内なるセンサーが警戒音を鳴らす。


(この感じ……まさか──!)


「日美子様!? お出でになったんですか?」


 思わず声を上げた僕に対し、光葉──いや、神原日美子は「おう! ヤスくん、久しぶりじゃな」と、いつもの調子で笑みを浮かべた。その佇まいは、まさにあの江田島で悪霊を吹き飛ばしてくれた“あの人”。光葉の体に宿る、超絶霊能力の持ち主──神原日美子その人だ。


「野球と聞いて、居ても立ってもたまらず出てきてしもうたのじゃ」


「野球と聞いてって……日美子様は野球はお好きなんですか?」


 僕が尋ねると、彼女は胸をドンと張り、誇らしげに言った。


「そうじゃとも! わしはな、升と金之助がキャッチボールをしておった頃からのベースボール好きなんじゃ!」


(のぼる? きんのすけ?)


 一瞬フリーズしかける僕に、日美子はすかさず説明を続ける。


「知っとるじゃろ? 正岡子規に夏目漱石じゃよ」


「あ……ああ! そういえば、野球って単語を作ったのは正岡子規だったとか……」


「それじゃよ! わしはその頃から今まで、日本野球界を見守ってきたのじゃ」


 ──つまり百年以上、野球を霊界サイドから見守ってきたということか。スケールが違いすぎる。


「そうだったんですね。それで、光葉ちゃんを押しのけてまで来てくださったと」


「うむ。光葉は野球はちんぷんかんぷんじゃでのう。だが、安心せい! わしが力を貸してやる!」


「ありがとうございます!」


 心の底から礼を言いながらも、脳裏に浮かぶのは、廃部寸前だった野球部の姿。果たして、この状況を日美子様でもひっくり返せるのか──?


「でも、どうやって半ば腐りかけたゾンビみたいな野球部を生き返らせると……?」


 僕の率直な疑問に、日美子はニヤリと意味深な笑みを浮かべた。


「わしに秘策がある! 祥子!」


 その声はビシィッと空気を裂き、見学に来ていた青山先生が小さく震えた。


「紙と筆と墨を持ってくるのじゃ! 早ようせい!」


「はいっ! 直ちに用意いたします!」


 いつものクールな佇まいを吹き飛ばす勢いで、青山先生が駆け出していった。残された僕たちは、ただただ困惑している。周囲の生徒たちも、ポカンと口を開けたままだ。あの可憐な光葉ちゃんの姿からは想像もつかない、まるで軍師のような迫力があった。


(ほんとに……どうなるんだ、これ!?)


 嫌な予感が、僕の中で着実に膨らみつつあった。


◇◆◇


 数分後、青山先生が息を切らしながら戻ってきた。手には、日美子様が指定した品々――墨と筆、そして和紙の束が抱えられていた。その手際の良さに、ギャラリーの教師陣から感嘆のざわめきすら漏れる。


 神原日美子、いざ顕現。


 厳かな空気をまとった光葉ちゃん――いや、日美子様は、まるで陰陽師のような威厳を纏い、グラウンドの中央に悠然と立つ。目を光らせながら、野球部員たちを一人ずつ睨み、呼び寄せた。


「おぬし、ポジションはどこじゃ?」


 その鋭い視線に射抜かれ、最初の部員は足を震わせつつ答える。


「えーと、サードです」


 どこか申し訳なさそうな声色に、グラウンドの空気がピンと張り詰める。


「打順は何番を打っておる?」


「はいっ! 一応3~5番のクリーンナップを任されております!」


「ふむ……では奴がよかろう」


 日美子様が、墨を含ませた筆を走らせる。滑るような手つきで紙に謎の文字が連ねられていく。まるで霊的な筆致がそのまま空気にまで刻まれていくようで、ただ見ているだけなのに鳥肌が立つ。


 そして――。


「うぎゃぁあああーっ!」


 お札をぴたりと額に貼られた部員は、呻き声とともに白目を剥き、ドサリとその場に倒れ込んだ。


(ええぇ……!?)


 思わず息を飲む僕。その横で、他の部員たちも顔面蒼白になっている。


「次! こりゃ早ようせんか!」


 鋭い叱責が飛ぶ。逃げ場はない。ビビりまくりの次の部員が、まるで死刑台に向かうかのような足取りで前に出る。


「は、はいっ! ポジションはキャッチャーであります!」


「うむ。ではお前にはこやつを憑けよう」


 すでに書き始めていた日美子様が、あっという間にお札を書き上げる。 再び貼り付け――


「うぉぉおおーっ!」


 今度は地鳴りのような絶叫と共に、また一人、昏倒。


(まるで公開処刑……!)


 日美子様はまったく躊躇せず、情け容赦なく、次々と部員たちにお札を貼っては昏倒させていく。視線すら交わせずに地面を見つめていた監督とコーチにまで手が伸びた時、さすがに僕も戦慄を覚えた。ついに、グラウンドは倒れ伏した部員たちの山。屍のように動かぬ彼らの姿に、背筋が凍る思いがする。


 そして――。


「よし! みんな目覚めるのじゃ! 各自ポジションへ行く(逝く)のじゃ!」


 どこか不穏な言い回しを含みつつも、日美子様の号令が響いたその瞬間だった。


 ぴょこーん!


 倒れていた部員たちが一斉に跳ね起きる。まるで操られたキョンシーそのもの。顔にはお札を貼ったまま、無言のままグラウンドに礼をし、ぴたりと足音を揃えて持ち場へ散っていく。


(な、何が起きてるんだ……!?)


 僕の中の常識が、音を立てて崩れていく。


「監督&コーチよ。ノックしてみよ」


 口調こそ穏やかだが、その命令に抗う者など誰もいない。無言のまま、キョンシーと化した監督とコーチがバットを手に取ると、ゆっくりと構えを取った。


「行くぞ、サード!」


 鋭い音を響かせて飛んだ打球は、サード方向ではなくセカンド寄りのショートへと飛ぶ。しかし――。サードの先輩が、驚くほど俊敏に飛び出し、一直線にゴロへ滑り込む。ショートを尻目に、完璧な体勢で捕球し、そのまま一塁へ送球。鋭く、美しい軌道を描いてボールが収まる。


「上手い!」


 思わず口を突いて出たその声に、グラウンド中が息を呑んだ。


「先輩って、あんなに守備が上手だったかなぁ……?」


 隣でぽつりと漏らす僕の疑問に、背後からふふふ、と喉を鳴らす笑い声。


「ヤスくんよ、見たか今のプレー? あれはのう……サードのコーチが手本を見せたのじゃ」


「コーチですか?」


「そうよ。長嶋茂雄じゃ」


「ええっ!? ミスターが!?」


 衝撃で腰が抜けそうになる。


「かっかっかっ。霊界におるチョーさんに、ちょっくら頼んだんじゃ」


 僕は唖然としながらも、グラウンドを見回す。無言で動く野球部員たちの背後に、見えないはずの影が幾重にも重なっている気がした。


「まさか……他の部員も!?」


「そうじゃ。キャッチャーはノムさん、ファーストは川上の哲ちゃんじゃし、物干し竿の藤村に、青バットの大下もおるぞ。セカンドは牛若丸の吉田よ。怪童中西に鉄人衣笠もおるからのう!」


 昭和~平成の日本野球界を彩った超一流の名が次々と告げられる。背筋に電流が走った。


「日本球界を支えた超大物ばかりじゃないですか!」


「このくらいのコーチを憑けんと、短期間で上達なぞ無理じゃわい」


 どこかドヤ顔の日美子様。なるほど、これが霊界パワーの真骨頂というやつか。


「これは……勝てる! 勝てますよ!」


 高鳴る心臓を抑えつつ、僕が叫ぶと、日美子様は満足げに手を叩いた。


「そうじゃ。……あと、三条にもお札貼ってきてほしいんじゃが、星野仙一と北別府学……どっちがええかのう?」


 僕の魂が反応した。


「北別府さんでお願いしますっ!(←カープファンの僕の魂の叫びだった)」


◇◆◇


 グラウンドに、再びあの声が響いた。


「お前たち! この白岳はピッチングマシーンじゃ! 今日から毎日300球を、剛速球からエグい変化球まで投げてくる!」


 号令の主はもちろん、神原日美子様。その堂々たる口調には、もはや霊というより監督の貫禄すら漂っていた。彼女の声を聞いた部員たちは、一斉に僕の方を振り返る。


(な、なんで僕!? それにピッチングマシーン呼ばわりなんて・・・涙)


 驚きと困惑の視線が、僕に一斉に突き刺さる。そんな僕に対し、容赦ない言葉がさらに続く。


「霊界コーチの教えを元に、打って打って打ちまくるのじゃ! 野球とは所詮は点の奪い合いじゃ! 打たずに負けるなど、わしが許さん!」


 まるで大砲に砲弾を装填するかのようなテンションで、日美子様が檄を飛ばす。全身に活を入れるその声に、部員たちは気圧されながらも背筋を伸ばす。横では、冷静そのもののジェシカが、手元のタブレットを操作しながら無機質な口調で分析結果を読み上げる。


「皆さん、県内強豪高校のエースの決め球は、既に分析済みです。決め球を粉砕すれば相手の心も折れるはず。そこを重点に練習してください」


(……うちの野球部、ジェシカ情報で更に強化されるぞ!)


 霊能力とワールドクラスの情報分析が融合した、想像を絶する特訓体制。そんな中、とうとう僕の限界に近い本音が口をつく。


「あのー、日美子様……全力で300球も毎日投げるんですか?」


 さすがに常識が警鐘を鳴らす。僕は体力こそサイボーグのそれとはいえ、精神的にはキツすぎる。つい、顔が引きつってしまう。 だが──その返答は、やはり容赦なかった。


「ヤスくんなら行けるじゃろ?」


 満面の笑み。明らかに楽しんでいるその視線に、背筋が凍る。僕はその眼差しを避けるようにして、そっと視線を逸らすが、次の瞬間――耳元に、ふわりと囁くような声が届いた。


「甲子園出場が決まったら、光葉がキスしてあげるとか言うておるぞ……。盛り上がるのぅ~、夏休みデート」


 ……!! 言葉を聞いた瞬間、頭が真っ白になる。


(き、キス……!?)


 視界がぐにゃりと歪む。熱がこみ上げ、顔が一瞬で茹だったように真っ赤になる。たったひと言で、覚悟のスイッチがバチンと入った。


「やりますっ! 全力で投げさせていただきます!」


 大声で宣言する僕に、部員たちが驚いたように振り返る。


(ここが勝負どころだ……僕のサイボーグパワー、見せてやる!)


 こうして、原宮高校硬式野球部の異常すぎる猛特訓は本格始動した。真の勝利の女神――光葉ちゃんこと神原日美子の導きのもと、野球部はかつてない成長を遂げていく。県予選開始まで、常識も、倫理も、そして霊界の壁すらも突き抜ける日々が続くのだった。

読者の皆様へのお願い 


この小説はしばらく野球のお話が続きます。(34話まで) その間に昭和の時代のプロ野球選手の名前が出てきます その人誰?と思う名前ばかりだと思います。 もしお暇なら検索してみてください。 面白いエピソード満載のレジェントたちを知っていただければ幸いです。 特に「長嶋茂雄」さんと「野村克也」さんは、おススメです。 彼ら?のご活躍をお楽しみに!!


ここまで読んでいただき、本当にありがとうございます!

少しでも楽しんでいただけたなら嬉しいです。


もし「面白い!」と思っていただけたら、評価(☆)をぽちっと押していただけると励みになります。

星は何個でも構いません!(むしろ盛ってもらえると作者が元気になります)


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今後の展開にもどうぞご期待ください。 感想も大歓迎です!

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