第二十九話 原宮高校・・球児たちの夏
文化祭の喧騒が終わり、原宮高校には期末試験という重い現実がのしかかっていた。自由な校風で知られるこの名門高校とはいえ、進学校として授業の密度と練度は県内指折りの厳しさなのだ。僕らSF超常現象研究会メンバーも、部活を中断して勉強にいそしみ、なんとか無事に期末試験を切り抜けたのだった。
そんな一学期も終わりに近づいたある日のこと。夏の日差しが照りつける午後、僕と古新開は、ひんやりとした職員室に呼び出された。
「白岳、古新開。来たな」
青山先生は、いつものようにどこか胃を押さえるような仕草で僕らを見据えた。その姿からは、長年?の教師生活に疲れきったようなオーラが滲んでいる。
「お疲れ様です! 何かありましたか?」
僕と古新開が同時に尋ねると、青山先生は小さく頷いた。
「うん。お前ら、夏休みの予定は何かあるか?」
「特にないですね。強いて言えば、小遣い稼ぎにアルバイトしたいかなーって」
僕が答えると、隣で古新開が力強く胸を張った。
「俺はトレーニングですかね! 秋には灼熱の暑さに鍛えられた俺を、見せつけてやりますよ! はははは!」
青山先生は、少し呆れたような、しかしどこか諦めたような目で僕らを見てから言った。
「うん、よくわかった。つまりは暇なんだな?」
「まあ、暇と言えば暇ですかね」
僕が苦笑いを浮かべると、青山先生の目が鋭くなった。
「ならば、お前たちに特命がある!」
「特命ですか!?」
古新開が目を輝かせる。
「ふふふ、面白いじゃないですか!」
(うっ! 嫌な予感しかないが……)
僕の胸中に、ドス黒い予感が広がる。青山先生の「特命」に、まともなものが存在した試しがないからだ。
「実は……野球部が崩壊寸前なんだ」
「は? 今年は甲子園が狙えるくらい良いメンバーが揃ったって聞いてましたが?」
僕が思わず問い返すと、青山先生が顔を真っ赤にして叫んだ。
「すかぽんたーん!! お前のせいだぞ、白岳!」
「え?」
「以前の体験入部で、エースの三条のスライダーを打ちまくっただろう!? あいつ、あれからイップス(心理的な運動機能の低下)になって変化球が曲がらなくなって……春季大会からボロ負け続きなんだぞ!」
「ええぇー! マジですか!?」
僕が心底驚くと、古新開が横から呆れたように言った。
「お前知らなかったのか? 野球部の凋落ぶりを」
「そんなことになってたなんて……」
僕の平穏な日常の裏で、まさか野球部が壊滅状態に陥っていたとは。しかも、原因が僕にあるとは……。
「そこでだ。お前ら二人、野球部に助っ人して甲子園を目指せ!」
青山先生の言葉に、僕と古新開は顔を見合わせた。
「いいんですか? 僕と古新開が本気出したら、ドジャースからスカウトされますけど?」
僕が半ば冗談めかして言うと、古新開も腕を組んで悩ましげに呟いた。
「うーん……俺も立場上、あまり全国に名を知られるのは困るがなぁ」
「まあ、そうだろうとも。お前らのポテンシャルは異常だ。高野連も参加に難色を示した」
青山先生の言葉に、僕はやはり、と納得する。
「ですよね? なのに、参加OKって?」
青山先生は、遠い目をして、まるで遠い過去を懐かしむように語り始めた。
「まあ……ある方面(アメリカ大統領)から圧力があってな。それに慌てた上層部(内閣官房&外務省)が、高野連(文部科学省)へねじ込んだんだ」
その説明だけで、僕には事の重大さが理解できた。僕の平穏な高校生活は、いつだって国家レベルの思惑に振り回されているのだ。すべて父が資金援助をヤバい所から引っ張てるからだろう。
「その結果……条件付きでOKが出た」
「条件ですか? ふふふ、面白い!」
古新開は相変わらず不敵な笑みを浮かべているが、僕の胸には嫌な予感しかしない。
(とんでもない条件なんだろうなぁ……)
青山先生は、重々しい口調で告げた。
「高野連が貴様らに示した条件は……まず、試合に出場する際は、打席でバント以外は禁止だ」
「バントだけ!?」
「次はピッチングは一人3イニングまで。なお、球速が140キロ超えたら、即退場」
「手加減にもほどがあるじゃないですか!」
古新開が不満げに叫んだ。だが、これで終わりではなかった。
「そして、地区予選を勝ち上がった場合……決勝戦は出場禁止だ」
「「なんですとぉ!?」」
僕と古新開の声が、職員室に響き渡る。
「すまん。高野連もここだけは譲れんと言ってな。まあ、お前らみたいな規格外の外来種みたいなのが、甲子園を目指して日々頑張ってきた在来種(高校球児)たちを丸飲みしてみろ……さすがにそれは可哀そうって話だ」
青山先生は、もはや土下座する勢いで頭を下げた。
「まあな、決勝まで残るのも大変だし、そんな事態もまずないだろうが、臨時に野球部員として頑張ってくれ。頼む! このとおりだ!」
胃を痛める美人教師の悲壮な願いに、僕と古新開は何も言えず、結局OKするのだった。
◇◆◇
その日から、僕と古新開は野球部に合流した。真夏の日差しがじりじりとグラウンドを照らし、セミの声が部活開始の合図のように響き渡るなか、僕たちは制服の袖をまくり、部員たちが待つ練習場へと足を踏み入れた。しかも、なぜか光葉ちゃんとジェシカも同行している。
「もぅー! ホントにヤスくんといると退屈しないわ~! この光葉が勝利の女神になってあげましょう!」
僕の隣で、光葉ちゃんは満面の笑みを浮かべていた。太陽の光を受けて輝くその笑顔は、見ているだけで胸の奥が熱くなる。
(ううっ、笑顔がまぶしい!)
「ダーリン……野球は頭脳戦よ。情報収集と分析は任せて!」
ジェシカは既に戦闘モード。タブレットを起動し、目を細めて何かの情報を読み込んでいる。
(彼女の情報収集の手段が怖い! どこの衛星とリンクしてるんだ……?)
僕が心の中でツッコミを入れていると、そこに野球部の主将にしてエースの三条先輩が現れた。かつて僕にスライダーを打たれたショックで、イップスに陥ったという、あの三条先輩だ。
「白岳、古新開。よく来てくれた……」
顔色は悪く、眼の下にはくっきりとしたクマ。疲労と焦燥が滲んでいる。
「今の俺たち原宮高校硬式野球部は、底の底だ。一回戦も勝ち抜く自信がない状態だ……」
後ろにいた部員たちも、重苦しい空気を背負ったまま俯いていた。
「そもそも、三条のピッチングに頼り切っていた俺たちにも責任があるかもしれない。だが、このまま終わりたくないんだ! 力を貸してくれ!」
彼らの必死な訴えに、僕の胸にもじわじわと熱いものがこみ上げてくる。
「三条先輩! 微力ですが、頑張ります!」
僕が真剣に返すと、横で古新開が豪快に笑った。
「ははははは! 俺が来たからには、まるっと任せろ! 野球は根性だ!」
その笑いの直後、古新開は一転して真剣な表情で三条先輩を見据えた。
「三条先輩……イップスなんだってな? 今日から俺と特訓だ!」
「え?」
三条先輩の困惑が顔ににじむ。
「白岳、後のメンバーの面倒は任せた! 俺は三条先輩を叩きなおしてくる!」
「ああ、任せるぞ、古新開!」
「待て! 心の準備が!」
逃げ腰になる三条先輩を、古新開が迷いなく小脇に抱えて、そのままスプリントでグラウンドを駆け抜ける。
「それじゃあ、今から休山で二人で山籠もりだ! 終業式までは授業には出席するからな! 心配無用! 一回戦までには仕上げてやる!」
唐突な展開にポカンとしている野球部員たち。 光葉ちゃんが去り行く二人に元気に手を振る。
「古新開くん、頑張ってね!」
「こちらは任せておけ。対戦相手のデータは、期末試験の点数まで丸裸にしておく」
ジェシカの声には、静かな闘志と圧倒的な自信がにじんでいた。タブレットを操作する指先が容赦なく冷たい。
「いやぁぁぁ! 助けてくれ~!」
三条先輩の断末魔がドップラー効果と共に遠ざかり、夏空に溶けていった。
「頼んだぞ、古新開」
僕は小さく、だが確かな想いを込めて呟いた。
「じゃあ、次は残ったメンバーの特訓だね」
光葉ちゃんがキラキラした目で僕を見上げる。彼女の明るさが、沈んでいた空気を吹き飛ばしていく。
「さあ、始めますよ先輩方……目標は甲子園!」
僕の言葉に、部員たちの顔が引き締まる。絶望の表情は消え、代わりに確かな希望の色が浮かんでいた。
「「おおっ!」」
「三条先輩という尊い犠牲を無駄にしないためにも、今日からは死ぬ気で練習してもらいます!」
僕の檄が飛ぶと、部員たちは一斉に背筋を伸ばし、静かに頷いた。
「なんか面白くなってきたね」
光葉ちゃんが僕の腕を軽くポンと叩き、にっこりと笑う。その笑顔には、何よりも強い魔法のような力が宿っていた。
「ダーリン、県内の強豪校……調べつくしてあげる」
ジェシカも既に敵情視察に没頭しており、情報の海を泳ぐようにタブレットを操作している。こうして、原宮高校新生野球部が、甲子園への道を歩み始めたのだった。
◇◆◇
原宮高校の裏手に広がる休山からは、三条先輩の悲鳴がこだましている。
「死ぬ~! 止めてぇ~!」
「まだまだ! こんなもんじゃイップスは克服できないっすよ!」
古新開の叱咤激励が、木々に反響しながら山中に響き渡る。
「この特訓に意味あるのかぁ~!?」
「気持ちで勝つっす!」
真夏の休山に、熱血漢の声が高らかに鳴り響いていた。
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