第二十六話 萌えろ! ジュリエット
文化祭まで、あと一週間。
放課後、教室には装飾や衣装の素材が積まれ、少しずつ「文化祭モード」に突入している雰囲気が漂っていた。僕たちはクラス委員の二人から、出し物の趣旨や進捗状況などの説明を受けていた。
クラス委員の一人、的場優は、クラスでも人気の男子だ。控えめながら人望もあり、誰とでも距離を縮める柔らかい雰囲気がある。今回の文化祭の企画にも中心となって働いてくれている。その隣に立つのは、
相方の女子──見晴恵理さん。彼女もまた、クラスの女子を引っ張る人気者だ。明るくハキハキとした口調で場をまとめるタイプで、彼女がいるだけで空気が前向きになる。
実は的場と見晴の二人は幼馴染で、中学時代から付き合っているらしい。同じ高校に進学し、しかも一年生から同じクラスという豪運に、密かにみんなが「夫婦」とか呼んでたりする。
「白岳も古新開も、こっちに参加してくれて本当にありがとう。なかなか女装に手を上げる男子がいなくてな。本当に助かったよ」
的場くんが困ったように笑いながら言った。彼の声には、安堵と感謝がにじんでいる。
「西条さんと長谷さんも本当に嬉しい! これでうちのクラスは話題も人気もトップだよ!」
見晴さんもパッと明るい笑顔で、僕らを見てくれた。まるで照明が一段階上がったように場が明るくなる。しかし、僕は内心、ある疑問に囚われていた。
「……やっぱり僕も女装するのかな?」
苦々しく問いかけると、的場くんはきっぱりと頷いた。
「そのつもりで来てくれたんだろ? 青山先生に頼んだ甲斐があったよ」
まさか……。僕は思わず遠い目になる。あんな無茶な依頼を青山先生が引き受けていたとは。その横で、古新開が「ははは」と豪快に笑い、胸を叩いた。
「的場よ! 任せておけ! 俺が来たからには勝利は確実! 女装でもなんでもとことん付き合ってやるぞ!」
その姿勢に、的場くんは目を見開いて感心しきっている。
「おおーさすが古新開だ! 頼もしいぞ!」
「西条さんも長谷さんも、男装を楽しんでね。みんなでカッコよく変身しようよ!」
見晴さんの言葉に、ジェシカさんは相変わらず涼しい顔で答えた。
「了解した。変装は得意なんでな」(ダーリンの女装が見られるわ、わくわくしかない)
まただ……。脳の奥から響いてきたようなこの“幻聴”に、僕は小さく身震いする。
「私も楽しみだなぁ! ところで、どんなコスプレするの? 今から衣装とか作ってたら間に合わないんじゃ?」
光葉ちゃんの素朴な疑問に、見晴さんがにっこり笑う。
「そこは任せて。実は私と優くんは演劇部なの。演劇部の衣装をレンタルするんだよ」
「ただし……借りれる衣装には限りがある。男女5着ずつで内容も決まってるんだ」
的場くんが補足する。僕たちは一斉に頷いた。状況は理解した。だが、問題は中身だ。
「男装・女装コンテストもするとなると、着る衣装にも優劣があるかもしれない」
「そこで、あみだくじ作ってきたよ! 公平に衣装を割り振って、恨みっこなしで! くじ運も味方につけたものが勝ちってことになるかもだけど、いいよね?」
見晴さんの提案に、僕は頷いた。なんというか、運命を受け入れるしかない。
「OK。じゃあさっそくくじ引きしよう」
こうして、一年A組の精鋭(?)たちによる、文化祭の命運を分ける衣装決めが行われた――
◇◆◇
そして、運命のくじ引きによって、各自の衣装が決まった。
古新開が引いたのは、なんと「ジュリエット」。
光葉ちゃんは「桃太郎」に。
ジェシカさんは、クールな笑みで「ロミオ」。
そして、僕は……「シンデレラ」だった。
ちなみに、的場くんは「(不思議の国の)アリス」、見晴さんは「アラジン」だ。
「終わった……私だけ和風ファンタジー? 桃太郎だなんて……」
光葉ちゃんが、顔を覆ってガックリと肩を落とす。ポニーテールがしょんぼりと垂れ、気の毒なほどに落ち込んでいる。
「まあまあ光葉ちゃんなら、何を着ても可愛いからさ」
僕が慰めるように言うと、彼女は少しだけ顔を上げた。眉を八の字にしながらも、口元はわずかに緩んでいた。ジェシカは満足げに腕を組み、涼しい目で言い放つ。
「ロミオか、私のは適役だな」(ダーリンとのデートは貰った!)
……だから、その“脳内圧力波”みたいな思念を送るのはやめてほしい。こっちはまだ心の準備ができていないんだ。そして、古新開は自分の引いた「ジュリエット」のくじを、まじまじと見つめていた。
「ジュリエットか……俺にはふさわしい役じゃないか。見せてやるぜ……渾身のヒロインを!」
その目には、まるで決意の炎が宿っていた。やけにギラギラしていて、こっちがたじろぐレベルだ。
「いやぁー本当に古新開のノリの良さに助けられるなぁ」
的場くんが、呆れ混じりの感心で漏らす。
「ホントね。本番が楽しみね」
見晴さんも微笑みながら、的場くんと軽く視線を交わしていた。幸せそうな二人。
──まさか、ここから古新開の“激動の変貌”が始まるとは、誰も予想していなかったのだ。
◇◆◇
翌日、クラスが軽くざわついた。 登校してきた古新開が、なんか……おかしい。 所作が女の子っぽくなっていたのだ。手を軽く胸元に添えて歩く姿。物を拾う時に膝を揃えて屈む仕草。机に座るときに、スカートがめくれないように意識した動き(※履いてないけど)。普段の豪快なイメージとはまるで別人。しかも、その動きがやたら自然でリアルなのだ。
「どうしたんだ古新開? 今から役作りしてるのか?」
僕の問いに、彼はいつもとは違う、どこか澄ましたトーンで返してきた。
「そうよ、白岳くん。勝負はもう始まってるの。わたし……負けないから!」
「おおっ……意気込みは認めるが、本番はまだ一週間先だぞ」
「ふん! わかってないわね。勝利とは努力によって勝ち取るものよ! ドジでのろまな亀だっていい! 一歩一歩がんばるの!」
あの野太い声のはずが、口調もどこかフェミニンになってきている。クラスのあちこちから笑いやどよめきが起きる中、古新開はまるで無視するように背筋を正し、颯爽と着席した。彼はもう、ジュリエットとして生きている……!
◇◆◇
その深夜──。 江田島の古鷹山山頂付近にて、月明かりの下、何だかよくわからないが、何かを必死に努力する古新開の姿があった! 彼は、夜空に向かって叫ぶ。
「あたしやるわ! やるって決めたんだもん!」
古新開は、どんどん役へと没頭していった。
◇◆◇
更に翌日。登校してきた古新開を見て、教室が一瞬静まり返った。顔のラインが……明らかに違う。
どちらかといえば熱血漢的な“角ばった男らしさ”が特徴だったはずなのに、頬がシュッと引き締まり、輪郭が丸みを帯びている。肌もなぜか綺麗になっていて、パッと見、普通に可愛い系女子に見えるほどだ。
(いや、メイクしてるわけじゃないよな? 何これ?)
そしてその変貌は日ごとに進行していく。 翌日──なで肩になっていた。 さらに翌日──剛毛なすね毛が、つるつるに! そして文化祭前々日には、髪もナチュラルにまとまり、ほんのりピンクのリップが光る、ほぼ「美少女」がそこにいた。
クラスの誰もが思った。 (え? ガチで女の子になっちゃってない?)
僕は脳内のAIに、分析を依頼した。
《対象:古新開宙夢。現在の分析結果:役への没入度120%により、体型や体質が物理的に変化したものと思われます》
「えーと、思い込みだけで、ああまで変身できるんだ……強化人間すげーな」
僕は、もはや怖さすら感じるレベルで、尊敬の念を覚えていた。
◇◆◇
その深夜。古鷹山山頂。 古新開は、震える手で小さなピンセットを握りしめ、鏡に映る自分と格闘していた。
「うぉぉー! つけまつげ付けるの難しいぜぇー!!」
月明かりに照らされ、眉を吊り上げた彼が、涙目で呟く。
「いっけなーい! つけまつげさん、ちゃんとついてぇー! お・ね・が・い!」
──その様子は、少女漫画のヒロインが初めてのデート前夜に悪戦苦闘するシーンそのものだった。彼はもう、ジュリエットを演じていない。ジュリエットに“なって”いた。
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