第二十五話 文化祭の出し物は?
文化祭まで、あと一週間。僕たちは、江田島での騒動を記録した動画を、まさかの「上映禁止」にされてしまい、頭を抱えていた。このままでは、同好会の文化祭での発表ができない。
「こうなったら、別の動画を撮るしかないわね!」
光葉ちゃんの発案で、僕たちは放課後、新たなネタを求めて撮影に出かけることになった。しかし、ネタも時間もまるで余裕がない。そこで選ばれた場所は、高校の裏手に広がる、通称「休山」へ。地元では気軽なハイキングコースとして知られているが、あまり奥まで入る者はいないという、ほどよい“秘境感”のある場所だ。
長谷光葉隊長以下、僕にジェシカ、古新開といういつものメンバー。皆、スマホのカメラ機能を起動し、怪しげな光景を求めて山へと分け入っていく。木漏れ日が差し込む登山道、鳥のさえずり、風に揺れる草木──それら全てが、何か出そうで出ない中途半端な緊張感を醸し出していた。
しかし、特にアテもないため、単にけもの道を登る、ただのハイキングになっている。光葉ちゃんはやる気満々で、あちこちをキョロキョロ見回している。
「ヤスくん……何かレーダーに反応ない?」
その言葉に、僕は思わず顔を引きつらせた。
「えーと……光葉ちゃん。なんで僕にレーダーがあると確信してるのかな?」
「いやぁーヤスくんならあるかと思って!」
キラキラした瞳で言われると、反論しづらい。
「ははは(乾いた笑い)。冗談はほどほどにしてよー」
心の中で(あまりレーダーは使えないぁ)と付け加える。
その時、先頭を歩いていた古新開がピタリと足を止めた。
「むう!? 何かいる気配がする!」
「なになに? 野生の勘?」
光葉ちゃんの問いに答える間もなく、警戒したジェシカがレーザーバックから、見慣れた自動拳銃をさっと取り出した。
「ふふっ、今日はちゃんとサイレンサー付けてきたから。これで何発撃っても大丈夫よ」
物騒なことをサラリと言うジェシカに、僕は慌てて声をかけた。
「ジェシカさん落ち着いて。ここは日本だからね」
(アメリカでも高校生は銃乱射したらいけないと思うけど)
(あと誰もジェシカさんの銃刀法違反を突っ込まない……なぜだ?)
古新開が鋭い声で僕に呼びかける。
「来るぞ白岳! 油断するな!」
その直後、僕の対人レーダーが、強烈な野生動物の接近を感知した。 ぴこん! 《イノシシがこちらに接近中! かなり大型の個体です!》
「光葉ちゃん、ジェシカさんも下がって! イノシシらしい!」
僕が警告するやいなや、古新開が満面の笑みを浮かべた。
「よし、俺に任せろ! 仕留めたら来週はイノシシパーティーだ! 血抜きも解体も任せておけ!」
「古新開くん頼もしいね!」
光葉ちゃんまでノリノリだ。林の奥から、ガサガサと草木をかき分ける音が近づいてくる。そして、唸り声を上げながら、大型のイノシシが姿を現し、猛然とこちらへ突進してきた。
「どっせーい! おらぁ、どうしたどうした! この程度のぶちかましじゃ俺は倒せないぜ!」
古新開は突進を真正面から受け止めた。イノシシの巨体が、まるで子供のように宙に浮く。そのまま、古新開はプロレス技のような動きで、イノシシの巨体を頭上まで持ち上げると──
ブレーンバスター!
鈍い音を立てて、イノシシは頭から地面に叩き落とされ、ピクリとも動かなくなった。完全に失神している。
「ふぅー……。動きは止めた。後は止めだ。西条頼む!」
古新開の指示を受け、ジェシカが銃を構える。その時だった。イノシシが出現したあたりから、小さな動物がいくつも近づいてくるのが見えた。
「見て! ウリ坊だよ! 可愛い~!」
光葉ちゃんの声が弾む。元気いっぱいの小さなウリ坊たちが、わらわらと現れた。倒れているイノシシの子供たちなのだろう。
「古新開……どうする? イノシシパーティー……」
僕が問いかけると、古新開は少し顔をしかめた。
「うーん、畑を荒らす害獣だからなぁ……。子供たちもいるが……。見逃すのはどうだろう?」
その瞬間、一匹のウリ坊が、つぶらな瞳でジェシカを見上げた。
「うっ! ダメだ……。こんな目で見られては、もう撃てない……」
ジェシカは銃を下ろし、ウリ坊に手を伸ばしかけた。
「仕方ない。見逃してあげようよ」
僕が言うと、光葉ちゃんが少し残念そうに呟いた。
「イノシシ肉……食べてみたかったなぁ」
古新開は「ふん!」と鼻を鳴らすと、倒れているイノシシの頭部に活を入れた。ビクリと身を震わせたイノシシは、やがてふらふらと立ち上がり、林の奥へと去っていく。その後を、小さなウリ坊たちが懸命に着いていく。麗しい親子の姿に、僕たちは皆ほっこりとした気持ちになった。
「というか……」
僕は思わず呆れた声を出した。
「全然SFも超常現象もオカルトもしてないぞ……。発表、ヤバいだろ……」
このハイキングで撮れたのは、古新開がイノシシをブレーンバスターで倒す映像と、ウリ坊を可愛がるジェシカくらいだ。これでは、文化祭で発表するネタとしてはあまりにも……。
◇◆◇
その後、僕たちは休山で幽霊に会うこともUFOを目撃することもなく、へとへとになって下山した。夕暮れ時、学校に帰ると、校門でニコニコ顔の青山先生に出迎えられた。
「お前らどこに行ってたんだ?」
「えーと、ネタ探しです」
僕が答えると、先生は満面の笑みで頷いた。
「そうか。だがもう大丈夫だ。同好会の存続が決まったぞ!」
「え? どういうことですか?」
光葉ちゃんが目を丸くする。先生は得意げに胸を張った。
「喜べ長谷! 身体を張った甲斐があったぞ! あの江田島の動画が先方(米大統領)に大ウケで、上(日本政府&経済産業大臣)も大喜びなんだ!」
(わたしに臨時ボーナスも出るって。やったー!)
「上って校長先生が!?」
光葉ちゃんが驚きの声を上げる。てっきり、あの動画は国家レベルで「お蔵入り」になったと思っていたのに。
「よかったです! それじゃあ文化祭は?」
「今年度は発足してまだ一か月だから、発表は免除となった。その代わり、お前らにはクラスの出し物に全力参加してもらうぞ!」
同好会の存続は嬉しいが、まさかの免除とは。そしてクラスの出し物に全力参加?
「わかりました」
僕が返事をすると、ジェシカが顔を近づけてきた。
「ダーリン。うちのクラスは何をやるんだったかしら?」
古新開がポンと手を叩いた。
「確か男女逆転コスプレ喫茶だったはずだぞ!」
「なんという恐ろしい企画を通したもんだな……」
僕の内心は、ひきつっていた。光葉ちゃんも苦笑い。
「私たちは同好会メインで、クラスの方は裏方に回るつもりだったから、勢いで賛成したのよね……」
ジェシカは一瞬考え込み、そしてニヤリと意味深な笑みを浮かべた。
「積極参加となると、私も男装するのか……。(ダーリンの女装が見られるわ、わくわくしかない)」
「ヤスくんは化粧のし甲斐がありそう! めっちゃ楽しそうじゃない?!」
光葉ちゃんが僕の顔を覗き込みながら、楽しそうに笑う。古新開は、すでにやる気満々だ。
「はははは、任せておけ! 俺の可愛さを見せつけてやるぜ!」
「え? 古新開がノリノリだと!?」
意外すぎる返答に、僕は思わず素っ頓狂な声を出してしまった。青山先生が、ニヤリと笑いながら僕らを見回す。
「ベタな出し物だが、貴様らの素材は定評がある。特に西条、長谷はエースとして活躍を期待してるぞ。白岳と古新開は、まあお笑い枠としてほどほどに頑張れ」
古新開は、その言葉にカチンと来たようだ。
「先生! 冗談じゃないっすよ! やるからには常に全力で! 来場者をブイブイ言わせる美少女になってやりますから!」
(どこからその自信が来るんだろう? 古新開の美少女……想像できない)
「白岳! どっちが可愛く変身できるか勝負だ!」
古新開が僕を指差し、宣戦布告してきた。
「嫌な勝負だなぁ……」
勝っても負けても、後々までネタにされそうな悪寒がする。いや、古新開には負けないと思うけど。
「じゃあさ。いっそ来場者に、誰のコスプレがよかったか男女別に投票してもらって、男装部門と女装部門でキングとクィーンを決めたらいいよ! それで白黒つけたらどう?」
光葉ちゃんの、またもや突拍子もない提案に、古新開の目がギラリと輝いた。
「望むところだ!」
「勝っても負けても微妙だよなぁ……」
僕の呟きなど聞こえていないかのように、光葉ちゃんはさらにたたみかける。
「私もジェシカちゃんには負けないよ!」
「不本意だが本気の私をお見せしよう。光葉には負けない」
ジェシカも、珍しく闘志を燃やしている。そして、彼女が、まるで何かのゲームを持ちかけるように言った。
「そうだ! キングとクィーンで文化祭デートっていうのはどうだ?」
「いいわね!」
光葉ちゃんとジェシカが、キラキラした目で頷き合う。その横で、古新開の顔がニヤニヤと緩んでいくのが見えた。
(これは! 長谷さんとデートの可能性もあるのか! 俄然やる気がMAX!!!!!)
僕は思わず疑問を口にした。
「クラスのみんなはOKなんですか?」
青山先生が僕の疑問を一蹴する。
「そこは大丈夫だろう。むしろお前らが積極参加で大喜びしてたぞ。しっかり話し合って当日はよろしくな!」
「「了解しました!」」
メンバーたちの返事が、クラブ棟に響き渡った。僕の平穏な文化祭は、どうやら遠い彼方へ行ってしまいそうだ。
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