第二十四話 わたし身体張ったのに!
土日の江田島キャンプから帰宅した僕は、約束通り──いや、霊的強制力によって──父・康太郎に張り手を一発お見舞いしてから、例の巨大フライパンを押し返すようにして日曜の夜を過ごした。
「いきなりなにすんだよ!? 親父にもぶたれたことないのに!」
父はテーブルの角で足の小指でもぶつけたみたいな顔で、半泣きになって叫んだ。だが、その後は開き直ったのか、「なんだよ 父さんの発明、ちゃんと役立っただろう? どんなのが出たか教えてくれよー」などと、悪びれもせず謎のテンションで迫ってきた。意味は分からないし、気持ちも分からないが、とりあえず特に問題は起きなかった。これが“いつも通りの白岳家”である。
◇◆◇
そして翌朝。空気が透き通るように清々しい、週明けの呉市の朝。いつものバス停には、朝日を背に黄金色の後光すら差して見える長谷光葉が、ニッコニコの笑顔で僕を待っていた。
「おはようヤスくん。土日はお疲れ様でした!」
まるでキャンプがレジャー感満載だったかのような爽やかさ。だが彼女のセリフの端々には、“大冒険”を乗り越えた者だけが持つ自信が滲んでいた。僕は少し照れながら、笑顔で応じる。
「おはよう! 光葉ちゃんもお疲れ様。体調はどう?」
光葉は胸をドンと張り、まるで何かの戦利品でも掲げるような勢いでニカッと笑った。
「おかげさまで快調! そうよ! 今の私は……ほっほっほ! 遂に手に入れたわ、最強の霊能力を! 私の中に眠る隠された力を解放したのよ!」
……これはダメな方の“覚醒者ムーブ”だ。僕は思わず口元を緩めたまま苦笑する。
「光葉ちゃん? そんなに浮かれて(笑)。確かに守護霊の日美子様はすごかったけど、いつでもその力が使えるわけじゃないでしょ?」
僕のツッコミに、光葉は「うっ!」と明らかに図星を突かれた顔をしつつも、すぐに強がった笑顔を貼り直した。そして、クルッとこちらに背中を向けたかと思うと──振り返りざまに眉間をキリリと締め、妙に背筋を伸ばして言い放つ。
「ヤスくん……わしじゃ。日美子じゃよ」
……惜しい。いや、似てない。一瞬だけ、本当に憑依されたかとドキリとしたが──僕の高精度スキャンセンサーは見逃さない。顔の筋肉の動き、瞳孔の反応、そして霊的波動の有無。すべてが「ただの長谷光葉」だった。
「光葉ちゃん……顔の筋肉をキリリと引き締めてるだけだよね?」
冷静にツッコむと、彼女の表情が一瞬で固まる。凍結。
「な……何を言うのじゃ! 日美子じゃよ!」
必死の形相で訴えてくる光葉に、僕は軽くデコピンで返した。
「痛ったぁ! ひどいよヤスくん!」
「ほら。嘘つくから(笑)」
そのやり取りに、通勤途中の会社員たちが「青春だなぁ」とでも言いたげな表情で見守っていた。もちろん、誰一人として、彼女が“国宝級の霊媒体質者”であり、僕が“高性能サイボーグ男子”であるなどとは、夢にも思わない。 こうして、原宮高校・SF超常現象研究会の新たな一週間が、ゆるやかに幕を開けた。
◇◆◇
その日の放課後、いつものクラブ棟に集まったのは── 超常現象研究会の精鋭(?)メンバーたち。事件の余韻も冷めやらぬ中、まずはジェシカが撮影した「江田島の真実」の動画確認が行われることになった。部屋の隅に据え付けられたのは、なぜか最新型の65インチ大型テレビ。
「先生、これ……どこから持ってきたんですか?」
僕の質問に、青山先生はそっけなく答える。
「備品よ。深く考えないで」
──なんてざっくりした調達理由だ。画面に映し出されたのは、常識が吹き飛ぶほどの問題映像の数々。
「うわぁ……改めて見てもとんでもないのが映ってますね」
悪霊たちがフライパンからわらわらと出現する映像──映画のCGでもここまでやらないぞってレベルだ。僕自身がやったのに、第三者視点だと余計にやばく見える。
「良く撮れてるね! ヤスくんのフライパンから悪霊がわらわら出てくるの、SFXを超えてるよね!」
光葉はその映像を無邪気に楽しんでいた。いや、楽しむな。横では古新開が嬉しそうに自分の活躍シーンを指差している。
「おおおー、俺のビームが当たった瞬間の映像もなかなかのもんだろ!」
そんな中──突如として画面の一点を指差した青山先生の声が、甲高く跳ねた。
「ここよ! 西条が自動拳銃を乱射してるところ! こんなの文化祭で出せるわけないわよ!」
画面では、まごうことなき“実弾クラスの何か”を西条ジェシカが乱射中。火花も薬莢もバッチリ映っている。ジェシカは涼しい顔で答える。
「そうですか? モデルガンってことで行けません?」
「いや無理だろこれ! ガチで音も煙も出てるし!」
古新開も首を振る。
「かなり至近距離で撃ってる場面が映ってるからなぁ……。いくらモデルガンって言っても、違和感ありすぎるぜ」
そして、光葉がふと呟いた。
「青山先生のサイレンサー(消音機)発言は大丈夫なのかなぁ?」
その瞬間、青山先生の顔色が一気に灰色に変わった。
「みんなごめん! あれ先生もテンパってて、意味不明なこと言っちゃって(ごまかせたかしら?)」
先生はこめかみに手を当ててぷるぷる震えていた。もはや文化祭どころか教員免許が危うい気がする。そんなみんなの様子を見てふと僕は思う。
(ジェシカが自動拳銃を持ってるのを、なぜ誰もツッこまないのか?)
次に画面は、閃光弾の瞬間へ。
「次の閃光弾の所……うわぁ……目が死ぬくらいのまぶしさですよ!」
画面全体が一瞬で白に染まり、光の洪水に視界が焼かれる。思わずみんなで目を細めた。
「こんなのよく撮影出来たなぁ。どんな機材を使えばここまで?」
古新開の興味津々な質問に、ジェシカはクールに一言。
「申し訳ないがそこはシークレットだ」
──言い方がいちいちスパイ。 そして、いよいよクライマックスが始まった。
「おっ! いよいよ日美子ちゃんが出るよ!」
光葉の期待に満ちた声。画面に現れたのは、金色の霊光をまとい、悪霊たちを物理でぶっ飛ばす巫女姿の少女──神原日美子。
「ああ! 日美子様! 助けてくれて感謝です!」
ジェシカはテレビに手を合わせ、まるで神棚を拝むように拝礼。僕も自然と、姿勢を正してしまう。
「うーん、素晴らしい映像だけど、これを本物って出すと、マジで『マー』(←日本が誇るオカルト超常現象総合雑誌)編集部が取材に来るよね」
そうつぶやいた僕に、光葉が首をかしげて尋ねた。
「ヤスくん……何か問題でも?」
──その瞬間。
「あああぁぁー、この動画データはいったん私が預かります! 上(国)の判断が無いとちょっと出せないわよコレ!」
青山先生が立ち上がり、突如スイッチの入ったハイエナのような勢いでSDカードを引っこ抜こうとした。
「えぇー、せっかく身体張って頑張ったんですよ!」
光葉が悲鳴のような抗議をあげる。
「そうですよ! 長谷さんの頑張りを無にしたら俺も納得できないっす!」
古新開まで巻き込んでの大合唱。青山先生は両耳を塞ぎたそうな顔で叫んだ。
「ええぇーい、うるさいわね! こんなモノ常識じゃ無理だって!」
SDカードを手に、先生は足早に職員室へと逃げ去っていった。残された僕らは、口をあんぐりと開けながら顔を見合わせた。
「みんなどうする?」
光葉は腕を組み、考え込むような仕草を見せた。
「もしお蔵入りになった場合の善後策を考えるしかないわね」
ジェシカが興味深そうに尋ねる。
「光葉に何か案があるのか?」
古新開も身を乗り出した。
「何でも言ってくれ! 俺にできることならな!」
みんなの期待の視線を受け、光葉はニヤリと笑った。
「あーあーどっかにUFOでも飛来しなかなぁ」
その突拍子もない発想に、僕らは思わずズッコケそうになった。
◇◆◇
そしてその頃──。 青山先生が提出した「とんでも映像」は、たちまち国家公安委員会の極秘チャンネルに乗って霞が関へ飛び、驚くほどのスピードで内閣情報調査室と各省庁の関係者の手に渡った。
その日の午後には、官邸地下の秘密会議室で、スーツ姿の“優秀な官僚たち”による極秘会議が開かれることとなる。エリートたちは額に汗しながら再生された映像を目にし──全会一致でこう結論づけた。
「上映禁止」──満場一致。理由:なんか色々ヤバい。
だがその裏で、極秘に“予備バックアップ”と称してコピーされた映像データが、すでにある筋へと流れていた。
──外務省の一部ルートを通じて、静かに、しかし確実に。
──日本・東京から太平洋を渡り、アメリカ・ワシントンD.C、日本大使館の地下サーバーを経由し。
──最終的に、暗号化通信によって、“本当のVIP”のもとへと届く。
ホワイトハウス。大統領執務室。窓には重厚なカーテンが引かれ、壁には歴代大統領の肖像画。そしてその中央、豪奢な椅子にふんぞり返る一人の男──アメリカ合衆国大統領、ドナルド・ポーカー。
モニターに映るのは、江田島の山中で霊を次々と浄化する巫女装束の少女の姿。日美子が拳を振り上げ、叫ぶ。
「悪霊退散ぱーんち!」
その瞬間──
「エクセレント! これだよ! 私が求めていたものは! HAHAHAHA!」
執務室に大統領の乾いた高笑いが響き渡る。豪奢な絨毯すら震えそうな勢いだった。補佐官がスッと前に出た。手には分厚いファイル。
「CIAからの追加報告です」
差し出されたのは、ジェシカが日々こまめに記録している監視対象──白岳靖章の学校生活映像。机に顔を伏せて居眠りする姿、女子に囲まれて照れている様子、そして超人的な反応速度で落ちた消しゴムをキャッチするシーンなど。それを見た大統領は、またも椅子の肘掛けをバンバンと叩きながら爆笑した。
「いいぞ、もっとやれ!」
目を細めながら、満足げに唇をなぞる。
「ジェシカくんだが……ハニートラップ作戦が失敗したときはどうなるかと思ったが、結果的にこの方が面白いな」
「おっしゃる通りです。ターゲットは、ジェシカの“デレ”に完全にヤラれかかってます。思春期男子にしては、随分とわかりやすい反応を見せております」
「フフ……恋はサイボーグをも狂わせるか」
そして、ふと表情を引き締める。
「ドクター康太郎からの、サイボーグ計画のデータは揃ったのか?」
補佐官は胸元から新たなタブレットを取り出し、スクリーンに投影する。
「はっ! 戦闘時出力、精神耐性、自己修復能力まで──全てログ化済み。例の計画、いつでも実行可能です」
「いいだろう。だが急ぐな。……まずはデータの精査を進めろ。ヤスアキに──より“負荷”をかけてみたい。彼の限界が、どこまでなのか」
その声は、もはや一国の指導者のものではなかった。まるで実験動物を前にした科学者のような、無慈悲で冷静な“選別者”の声音だった。補佐官が神妙に頷く。
「貴重な実験体です。扱いには細心の注意を払います。慎重に進めます」
「まかせるよ」
そして、大統領はふと手元の書類をめくった。
「さて……アメリカ鉄鋼大手企業の買収案件だが──」
彼はわざとらしく鼻を鳴らしながら呟いた。
「そろそろ折れてやるかな」
補佐官は深く頭を下げ、口の端だけで笑った。
「日本犬が、尻尾を振って喜びますな」
「HAHAHA!」
──大統領の哄笑が、再びホワイトハウスを震わせるのだった。
ここまで読んでいただき、本当にありがとうございます!
少しでも楽しんでいただけたなら嬉しいです。
もし「面白い!」と思っていただけたら、評価(☆)をぽちっと押していただけると励みになります。
星は何個でも構いません!(むしろ盛ってもらえると作者が元気になります)
そしてよろしければ、ブックマーク登録もお願いします。
更新時に通知が届くので、続きもすぐ追えます!
今後の展開にもどうぞご期待ください。 感想も大歓迎です!




