第二十三話 さよなら日美子 おかえり光葉
翌朝、僕らは――いや、魂の底から目覚めたと言っても過言ではない。元気いっぱいの日美子の怒声が、まだ薄暗い野営地にこだましたのだ。
「こりゃ! さっさと起きんか! 全員整列せい!」
その一声で、僕らは跳ね起きた。誰も逆らえない。不思議な威厳、いや、圧というべきか。まるで親戚の厳しいおばあちゃんに叱られた小学生のような気分だった。
「では、ラジオ体操じゃ!」
掛け声と共に、朝日に照らされた砲台山の山頂近くで、僕たちは真剣にラジオ体操を始めた。腕を大きく回しながら、誰がこんな展開を予想できただろうと、内心で苦笑いしてしまう。
体操が終わると、日美子は一切の無駄なく朝食の準備に取りかかる。飯盒に手際よく火を入れ、出汁を引いた鍋からはいりこの香ばしい匂いが立ちのぼる。その仕事ぶりはプロの料理人さながらで、思わず見惚れてしまうほどだった。
「美味い! ごはんが立ってる!」
炊き立てのご飯を頬張った僕が思わず叫ぶと、隣の古新開も目を丸くして味噌汁を啜った。
「この味噌汁もな! 俺が適当に持ってきた材料で、ここまでの味を出せるなんて!?」
湯気の立つ椀を手に、青山先生が天を仰ぎながら声を上げた。
「ああー、生き返る! 本当においしい……」
どこか浮かない顔をしていたジェシカが、味噌汁の湯気に頬を染めながら、ふぅーっと静かに息を吐いた。
「みんな……すまん。あまり役に立てなくて……」
目を伏せるジェシカに、日美子は優しい眼差しを注ぎながら、そっと器を差し出した。
「何を言うておる。ジェシカはいい子じゃ。怖いのによう頑張った。ほれ、しっかり食え」
その一言に、ジェシカの目から大粒の涙がぽろりとこぼれる。
「ううっ、ありがとうございますー……」
しゃくりあげる彼女の頭を、日美子はまるで実の孫でも見るように優しく撫で、そして――ニヤリとした。
「しっかり食えば、胸も大きくなるでな」
(え!? なんで私の密かな悩みを!?)
ジェシカの顔がみるみるうちに真っ赤になった。僕と古新開は顔を見合わせて固まり、そして同時にぷしゅうと湯気でも出そうな勢いで赤面した。
(そうなのか……?)
一方で、日美子はご飯をかきこむ手を止めず、むしろ一番の勢いでモリモリと食べ続けていた。
「ああ美味い! 身体あるといいのぅ……もう帰りたくない、守護霊生活に」
あまりの勢いに、僕が思わず突っ込む。
「いやいや、それは光葉ちゃんが可哀そうですよ! 日美子様には感謝してますけど、彼女は僕らの大事な同級生ですから」
古新開もお椀を置いて同意した。
「そうっすよ! 俺はまだ長谷さんは諦めてないですし!」
その言葉に、日美子は口元を緩めて笑い声を漏らす。
「可愛いこと言うのう、古新開。実体化の礼に、わしがデートしてやってもよいぞ?」
「いえ! 俺が好きなのは長谷さんなんで、気持ちだけ頂いておきます!」
古新開が大真面目に全力拒否すると、日美子はうんうんと満足げに頷いた。
「そうかそうか。お前もええ子じゃ」
そんなやり取りの後、僕らは満腹の腹をさすりながら、野営地の清掃を始めた。後片付けも終えたころ、日美子のたっての願いで、話題の「江田島荘」に立ち寄ることになった。
◇◆◇
えたじま温泉、女湯。 湯けむりに包まれた広い浴場で、日美子(in光葉)は大の字になって湯船に浸かっていた。肩までしっかり湯に浸かりながら、全身から幸せが染み出しているような表情である。
「いやぁ〜〜〜生き返るのう……って、まぁ、わし幽霊じゃし気分だけじゃがのう。ははははは!」
「でも本当にいい温泉ですね……疲れが癒されます」
隣でくつろぐジェシカが、頬をほんのり赤らめながら小さく呟く。身体の力がじわじわと抜けていくような湯の温かさが、緊張をほどいていくのが分かる。
「ううう……温かい……生きててよかったー」
青山は、全身から湯気を立てながら、目尻を下げきって天井を仰いでいた。完全に仕事疲れの解凍中だ。そこで、日美子が湯船の中から、どこか悪戯っぽい目をしてジェシカに声をかけた。
「ジェシカよ。心配せんでも、あと5年もすればバインバインのわがままボディになるでな」
「もう!? なんで私の密かな悩みをっ!?」
ジェシカの顔が一瞬で真っ赤になり、慌てて胸元を手で隠す。
「それ……未来視ですか?」
「まあ、そんなとこじゃ。ふふ、希望はあるぞ」
「(……ダーリン、大きい方が好きだといいな)」
ジェシカはぼそりと呟きながら、湯船の底を見つめた。
◇◆◇
男湯では、すでに闘いが始まっていた。
「なあ白岳、どうだ俺の筋肉は?」
古新開が仁王立ちでポージングしてくる。どうやら本気で“見せ筋”をアピールしているようだ。
「おおー……鍛えてるなあ……」
僕はそれなりに感心して返す。
「お前は見た目普通だな。まあ、中身が???なんだし当然か」
「……まあ、ムキムキモードもあるみたいだが」
「は? 何それ? 見せてくれよ!」
僕は仕方なく、脳内の補助AIに指示を出す。
(ムキムキ頼む!)
すると──。 僕の筋肉が一気に膨張を始め、二の腕、腹筋、胸筋がボディビルダーも真っ青なフォルムに変形。全身が「シュッ」と異音を立てながらスーパーヒューマン状態に。
「おおっ! 切れてるよ! 筋がッ! ハンパねぇ!」
古新開がテンションMAXで叫ぶ。
「むんっ!」
僕はお約束のポーズで応える。もはや何の戦いだ。……そんなこんなで、僕たちは温泉を文字通り“魂まで浸かって”堪能したのだった。
湯けむりに包まれながら汗を流し、さっぱりとした気分で車に乗り込む。古新開を術科学校前で降ろした後、僕たちは静かに帰路についた。車内。後部座席では、光葉――いや、日美子が眠っている。その隣に座る僕に、ふいに声が響いた。
「そろそろ戻らんと、光葉がおかんむりみたいじゃ。二人とも、光葉をよろしく頼むぞ」
心に直接語りかけるようなその声に、僕は軽く息をのむ。
「わかりました! あのー、日美子様……これでもうお別れでしょうか?」
寂しさ半分、感謝半分の気持ちで尋ねると、日美子の声はどこかいたずらっぽく笑っていた。
「終わりじゃと?……こんな面白いこと、一回で止められるか。また来るでな。その時はよろしくの」
そして、彼女はゆっくりと目を閉じた。まるで満足げに休むように。次の瞬間、光葉の顔から張り詰めた緊張がすっと抜け、いつもの明るく柔らかな表情が戻ってきた。
「驚いたわね、ダーリン。でも、光葉も寝たし、チャンスよ!」
前の座席から、ジェシカが急に顔をぐっと近づけてきた。耳元でささやくその声に、僕の心臓が跳ねる。
「いや、何の?」
僕が動揺して聞き返す間もなく、ジェシカは素早く僕の腕を引いて、座席の影に引き寄せ――唇が迫る。ドキドキが止まらない。このまま……と思った、その瞬間。
「ジェシカちゃん! 抜け駆けはいけないよ!」
カッと、光葉の目が勢いよく開いた!
「光葉っ! 戻ったのか!?」
ジェシカが驚愕の声を上げ、思わず僕から距離を取る。
(助かった……!)
心の中で全力の安堵の息をつく僕。ジェシカは悔しそうにぷいっとそっぽを向いた。
「おかえり、光葉ちゃん」
「ありがとう、ヤスくん!」
にっこりと微笑む光葉の笑顔に、なんとも言えない安心感が広がった。
色々あったオカルトキャンプ――研究発表のネタには、たぶん十分すぎるほどだっただろう。
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