表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

22/135

第二十二話 うしろの日美子様

 光葉の傍らに、ふわりと羽根のような静けさで巫女姿の少女が降り立った。草をかすかに揺らしたその着地の後、少女は静かに僕たちの顔を一人ひとり見渡す。澄んだ瞳に宿るのは、穏やかさとどこか遠い時代の風格。


 次の瞬間、彼女の視線がスッと悪霊の群れへと移った。まるで意志そのものが刃となったような鋭さに、僕らへと襲いかかっていた悪霊たちが、ぴたりと動きを止めた。まるで時の流れが、悪霊だけを置き去りにしたかのように。


 これは一体……? 驚愕と共に視線を巡らせると、光葉は目を閉じたまま、まるで命の気配すら感じさせない蝋人形のように、その場で静止していた。いつもなら「なにこれヤバッ!」と叫んで飛び跳ねるような彼女が――この静けさは異常だった。僕の胸に、寒気にも似た混乱と恐怖が押し寄せてきた。


「あのー、君は一体……?」


 僕が恐る恐る問いかけると、巫女姿の少女はほんの一瞬、目を細めて微笑んだ。


「おう、ヤスくんか」


 懐かしさを含んだような声音だった。だが、次の瞬間にはきっぱりと口調を切り替え、凛とした声を放つ。


「話の前に、こいつらちょっと片付けようのう。おぬしら下がっておれ!」


 有無を言わせぬ威厳に、僕らは思わず数歩後退した。少女は、固まったままの悪霊たちの前へと進み出る。夜風に揺れる白衣の裾が、どこか神々しい。


「ふんっ!」


 気合とともに踏み込み、目の前の首なし鎧武者へと渾身の正拳突きを叩き込んだ。


「悪霊退散ぱーんち!」


 ――次の瞬間、首なし武者の胸元がパリンと割れるように光を放ち、その全身が霊波動に包まれていく。光り輝く粒子となった悪霊は、静かに霧散し、まるで命の還るように夜空へ昇っていった。そして、昇る火の玉の中には、穏やかな笑みとともに合掌する武者の姿が――はっきりと、見えた。


「これはっ……!」


 僕が息を呑むと、巫女の少女はどこか誇らしげに、子供のような笑顔を浮かべて叫んだ。


「ははははは! 見たか、わしの必殺技! カッコいい? ねぇねぇカッコいい??」


 その言葉に、つい僕も引き込まれ、親指を突き立てて応じた。


「めっちゃカッコいいです!」


「そうかそうか、ヤスくんは可愛いのう。じゃあどんどんいくぞ!」


 少女は瞳をキラキラさせながら、悪霊たちの群れへ駆け出す。


「悪霊退散キーック!」「悪霊退散頭突き!」「悪霊退散アイアンクロー!」


 もはや霊能力のド派手な見本市だった。力任せに見えて、そのすべてが“浄化”の波動を宿しており、打ち込まれた悪霊は哀しげに、しかしどこか救われた表情を浮かべながら天に還っていく。


 夜空に無数の火の玉が舞い上がる光景は、どこか幻想的ですらあった。その一つ一つに、「ありがとう」「さようなら」「成仏します」といった霊たちの感情が、確かに映っていた。本物の除霊とは、こういうことを言うのだろう。


「ぴこーん」


 僕の頭の中に間の抜けたAIの電子音が鳴った。


『驚異的存在消滅。お疲れさまでした!』


「終わったのか……?」


 ジェシカが呆けたように呟く。彼女の肩がようやく下がった。古新開は目を爛々と輝かせ、巫女の少女へまっすぐ駆け寄る。


「すげーぜ! あんた、本物の霊能力者か!? 長谷さんの何なんだ!?」


 青山先生はその場にへたり込んで、虚空を見上げながら安堵の溜息をこぼした。


「よかった……ああー、わたし生きてる……生き残ったよう~……」


 その情けない声に、僕もつい苦笑しながら巫女の少女を見た。


「お疲れさまでした! めっちゃかっこよかったです! ……あの、ところで光葉ちゃん、立ったまま気絶してますが大丈夫ですか?」


 少女は僕らを一通り見回し、安心したように微笑んだ。


「皆、無事でよかった。そうじゃな、このままじゃ話しづらいし、いったん戻るわ」


 そう言うと、少女の身体から淡い金色の光が溢れ出し、ふわりと浮かび上がる。月明かりを受けて輝くその姿は、まるで神話の一幕のようだった。光は光葉の身体へとゆっくりと吸い込まれていき――静かに、夜が戻ってきた。


◇◆◇


 しばらくして、光葉がぱちりと目を覚ました。まぶたがゆっくりと開かれ、暗闇の中でもその瞳の輝きが、どこか凛とした光を帯びて見える。


「光葉ちゃん、起きたかい?」


 僕がそっと声をかけると、光葉は無言のまま、ゆっくりと体を起こし、こちらに顔を向けた。 だが――その瞬間、僕ら全員が息を呑んだ。確かに見た目は光葉。しかし、その表情にはあの金色の巫女少女と同じ、毅然とした気配が宿っていた。あの茶目っ気たっぷりな光葉の雰囲気はどこにもなく、まるで別人のような厳粛なオーラを放っている。


 光葉と外見は同じでも、その中に宿る「魂」が違う――直感でそう確信できた。明らかに、いつもの元気で陽気な光葉とは異なる、凛然とした気高さを持つ「彼女」がそこにいた。


「皆、よく聞け」


 ぴしりと空気を切るような声が響いた。その威圧感に、僕らは条件反射で背筋を正す。


「いくらこのがオカルトうんぬんと、はしゃいでおっても、あんな危険な機械を使って悪霊を呼び出すとは言語道断じゃ! ヤスくん!」


 雷鳴のような叱責に、僕はビクッと肩を震わせた。視線が、炎のような厳しさでまっすぐ僕に注がれている。


「帰宅したら康太郎の頬を一発張り手しとくのじゃ! まあ、わしがこの世に具現化して事なきを得たが、今後は慎むように!」


 その迫力に、僕も古新開もジェシカも、まるで小学生に戻ったかのように顔を見合わせ、揃って正座した。


「申し訳ございませんでした……」


 僕が深く頭を下げると、彼女は腕を組んでふんっと頷いた。しばし沈黙が流れ、ようやく僕が恐る恐る口を開く。


「いやぁー、本当に助かりました。ところで、貴女は一体?」


 少女は静かに微笑み、当然のように名乗る。


「わしか? まあ、わかるじゃろ? 長谷光葉の守護霊じゃよ。本名は神原日美子かんばらひみこという。光葉の先祖に当たる存在じゃ」


 その名に、古新開がぽんっと手を打つように反応した。


「どうりで長谷さんにそっくりなんだ! 雰囲気は全然違うけど!」


 ジェシカは小首を傾げ、興味深げに尋ねる。


「守護霊って?」


 そこでようやく、腰の抜けていた青山先生が少しだけ気力を取り戻し、淡々と説明する。


「西条には馴染みがないか。守護霊とはその人に付き添い、その人を見守ってる存在と言われている。この方は長谷の事をずっと守っておられたのだろう」


 青山先生の言葉に、僕の中でひとつの疑問が、確信へと変わっていく。


「もしかして……今まで光葉ちゃんが平穏無事にオカルトやらに突っ込んでたのは、日美子さんが守ってたから?」


 日美子はむんっと胸を張って頷いた。


「当り前じゃろ! わしがおらなんだら、とっくの昔に昇天しておるわ! それにしてもこのバカ娘は……ええぇーい、思い出しても腹が立つ!」


 ぶるぶると肩を震わせ、怒りに声を震わせる日美子。だが、僕が慌てて声をかける。


「日美子さん、どうどう、落ち着いて。可愛い子孫なんでしょ?」


 その一言で、日美子は我に返ったようにハァハァと息を整え、徐々に落ち着きを取り戻した。


「はぁはぁはぁ……そうじゃった……」


 僕が言葉を継ぐ。


「なんとなく事情は分かりました。それでこれからどうなるんです? 光葉ちゃんは戻ってきますか?」


「それは問題ない。今も光葉はちゃんとこの時間を共有しておるからの。わしが守護霊の位置に戻れば、本来の光葉になる」


 その言葉に、古新開が深く息を吐いて座り込んだ。


「それを聞いて安心したぜ……俺の誤爆で彼女がどうにかなったら、切腹するかと思ってたからな」


 日美子はくすりと笑みをこぼし、ややトーンを和らげる。


「古新開には礼を言っておこう。結果オーライじゃが、わしの実体化に成功したのはお前のおかげじゃ。強一郎にもな。明日から三日連続で茶柱を立ててやるわ」


「うっす! あざーす! 博士、絶対喜ぶと思います!」


 そのやりとりに場が少し和み、日美子はすっと立ち上がる。


「では、続きはまた明日な。ジェシカ、祥子、行くぞ。寝不足は美容の敵じゃ」


 そう言い残すと、光葉の姿のまま、日美子はスタスタと夜の野営地へと戻っていった。その背中は妙に頼もしく、そしてちょっとだけ可愛らしかった。


「古新開、撤収しようか」


 僕が声をかけると、古新開は肩を竦める。


「そうだな。仕込みの皆さんにはまたフォローしとくわ」


「すまんな、うちのフライパンが……」


「いやいや、俺の高圧洗浄機も役に立たず申し訳ない」


 ふたりで苦笑しながら、とぼとぼとテントへと歩き出す。夜風は少し冷たかったけれど、どこか心が温まっていた。

ここまで読んでいただき、本当にありがとうございます!

少しでも楽しんでいただけたなら嬉しいです。


もし「面白い!」と思っていただけたら、評価(☆)をぽちっと押していただけると励みになります。

星は何個でも構いません!(むしろ盛ってもらえると作者が元気になります)


そしてよろしければ、ブックマーク登録もお願いします。

更新時に通知が届くので、続きもすぐ追えます!


今後の展開にもどうぞご期待ください。 感想も大歓迎です!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ