第二十話 いざ砲台山へ!
土曜日の朝、まだ通勤客もまばらな呉駅前に、一台の大型ハイエースが滑り込むように停車した。ハンドルを握っていたのは、普段は授業中でも微妙に目が死んでいることで有名な青山先生だったが、今日は私服姿――にもかかわらず、その表情にはすでに疲労と諦めがにじみ出ていた。まるで、この週末に何が起こるかすでに悟っているかのように。
歩道の端で待っていた光葉は、アウトドアショップのチラシそのままみたいな登山スタイル。気合満点のキラキラした目で、リュックを背負い姿勢よく立っていた。見るからに張り切っていて、今日の主役気分が全身からあふれ出ている。
一方で、その隣に現れたジェシカは、スタイリッシュなカジュアルジャケットに身を包みながらも、いつものレザーバッグを絶対に手放さない。しかも今日は、バッグの形がやたらと不自然に膨れている。何が入っているのか、ちょっと気になる……というか怖い。
(江田島にはイノシシが沢山出るって言ってたから、対人地雷もっと持ってくればよかったかしら?)
そんな物騒な独り言を心の中で呟いていようとは、もちろん僕には知る由もない。
僕自身はというと、課外活動仕様で原宮高校のジャージを着ていた。リュックを背負い、なぜか手にはやたらとサイズの大きい鉄製のフライパンを持っている。まるでBBQというよりRPGの主人公か何かのようだ。
「ヤスくん……今更だけどそのフライパンなに? 料理用にしては大きくない?」
リュックの重さに身をよじりながらも、光葉が首をかしげた。彼女の目には純粋な好奇心が満ちている。ジェシカも腕を組みながらちらりとこちらを見て、やや呆れた様子で眉をひそめる。
「確かにわざわざ持ってこなくても……」
「いやぁー、親父が面白いからどうしても持っていけって……一見フライパンに見えるけど『邪神召喚装置』って言ってたよ」
その言葉に、光葉の瞳がきらりと光を増した。スイッチが入った音が聞こえた気がする。
「なになに? めちゃ面白そう! 早く使ってみようよ!」
テンション上がりすぎの光葉を制するように、ジェシカが軽く片手を挙げて制止した。
「まあ待て、光葉。江田島で撮影しながらでいいだろう?」
ジェシカの一言に、光葉は頬をぷくっとふくらませながらも渋々と納得したようだった。
「そうだね。せっかくだしね」
「おーい! お前ら早く乗れ! 江田島で古新開も拾うからちゃっちゃと行くぞ!」
ハイエースの運転席から、青山先生のやや投げやりな声が響いてきた。疲労と諦めと「今なら逃げてもいいかな」が入り混じったような声だった。
「「はーい!」」
僕ら三人は元気よく返事をして車に乗り込む。呉駅前から、いよいよ僕たちの“非日常”が始まろうとしていた。ハイエースはスムーズに走り出し、道中、第二音戸大橋と早瀬大橋という二つの海峡大橋を渡る。車窓からは、瀬戸内海の穏やかな海面に陽が差し込み、点在する島々が青と緑のコントラストで美しく浮かんでいた。どこか遠足のような、でもこれから始まるのはただのレジャーではない、そんな不思議な空気が漂う。
海上自衛隊の術科学校近くのバス停で、古新開を拾い上げたときには、彼はすでに装備満載のバックパックを背負って待機していた。その姿は、どう見ても野外訓練に赴く自衛官だ。右手には、どう見ても高圧洗浄機にしか見えない巨大な機械を構えている。
「古新開は何を持ってきたんだ?」
僕は助手席から問いかけた。
「これか? ふふふ、聞いて驚け! 『邪神殲滅装置』だ!」
肩に担いだ謎マシンを誇らしげに掲げる古新開。その満面の笑みに、こちらもつられて口元が緩む。
「ほうー。奇遇だな。僕のは召喚装置だ」
「なんだー、そうだったのか。じゃあお前が召喚して、俺が殲滅すればちょうどいいな」
「そうだな」
息ぴったりな僕らのやりとりに、後部座席から光葉が乗り出してくる。
「ねぇねぇ、ホントに何か召喚できるの?」
「さあ?」
とりあえず正直に答える僕。ジェシカは、運転席の後ろから僕たちを見て肩をすくめる。
「そんなガラクタより、今日は私が本場のバーベキューを教えてやる! どでかい肉をコストコで仕入れてきたんだ。」
(ダーリンにいっぱい食べてほしくて)
運転席の青山先生は、二人のやり取りを聞きながら、内心で冷や汗をかいていた。何か“とんでもないもの”が、今夜召喚されるのでは……そんな予感がどうしても拭えない。
(あの機械……ヤバい。うう・・なんで私がこんな目に)
そして車は山頂近くの平坦地へとたどり着き、そこに特別な許可を取ってキャンプを張る。春の陽射しで和らいできたとはいえ、山頂の空気はまだ冷たい。僕たちは薪を集め、焚き火を囲みながら暖を取る。ジェシカが用意した分厚いステーキ肉が、炭火でジュウジュウと音を立てて焼けていく。
作戦決行は深夜。それまでは静かで賑やかで、ちょっとだけ非日常な時間が流れていた。……ただし、浮かれた僕らとは対照的に、青山先生の顔はずっと晴れなかった。どこか、腹をくくる前の刑事のような沈痛な面持ちで、焚き火の炎をじっと見つめていたのだった。
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