第二話 ちょっと聞きたいことがある
翌朝。しっかりフル充電された僕──白岳靖章は、いつになくスッキリした目覚めを迎えた。
目を開けた瞬間、部屋の天井の木目模様がいつもより鮮やかに見える。まるで全身の細胞が再編成されたかのような、完璧なコンディションだ。視界はクリア、身体も軽い。耳が、窓の外で囀る遠くの鳥の声まで拾ってしまうくらいには、絶好調だった。
「うーん……これが“サイボーグ版”の快眠ってやつか」
布団の中で伸びをしながら呟く。骨が鳴る音すら、ソナースキャンみたいに耳に響いた。ただし、お腹は普通に減った。きちんと人間らしさも残っているらしい。……良かったような、損したような。
階下のダイニングへ降りると、木目のダイニングテーブルを挟んで、僕と父が朝食をとっていた。
窓の外には、まだ涼しい山の空気と、柔らかい朝日が差し込んでいる。トーストにスクランブルエッグ、ベーコン、コーンスープ。洋風の朝食だ。
そして、父はというと──新聞を広げつつ、白衣姿でコーヒーをすすっていた。
(いや、朝食のときくらい白衣脱げよ……見慣れたけど!)
ふとした既視感とツッコミを胸に収めつつ、僕の思考はすでに昨晩の“あれ”に戻っていた。
「なあ、父さん。取説、読んだよ」
「おう、そうか」
新聞から顔を上げた父は、妙に誇らしげな笑みを浮かべる。自作アプリがApp Store審査通ったときのエンジニアみたいな顔だ。
(えらい自信満々だな……嫌な予感しかしない)
「2、3質問したいんだけど、いいかな?」
「何でも聞いてくれ」
「まずさ、僕が高性能サイボーグってのは理解した。でも……“対金星人用”って何? 金星人って、いるの?」
「いるよー、金星人」
「おいおい、そこ即答かよ」
「まあ正式発表はされてないけどな。お前も黙っとけよ」
「……黙ってるけどさ。初耳すぎるだろ」
卵をフォークでつつきながら、父は悪びれもせず続けた。
「金星人とは何十年も前から接触あるからな。細かいことはそのうち教える。興味あるなら資料あるぞ?」
「いや、それは今はいい……」
(NASAの極秘ファイルみたいなノリやめて)
「じゃあ、次。僕って“兵器”なの? 武装とか、付いてたりするの?」
「まさか。ミサイルとか機関銃とかは、装備しようと思えばできるけどな」
(“まさか”の後に続くセリフとして、それ正解か!?)
父はフォークをひらひらさせながら言葉を継ぐ。
「でも中高生に武装は早いだろ? 俺も銃刀法違反で捕まりたくないし」
「いや、“装備できる”んかい」
「決戦兵器って書いてたろ? あれはな、スポンサーが資金出してくれるように書いただけだ」
「スポンサーって誰よ……」
「それはシークレット。たぶん、そのうち接触してくるよ」
「“たぶん”って何だ、“たぶん”って……」
──なんかだんだん、世界の裏側が見えちゃいけない気がしてきた。思わずトーストを強くかじる。うまい。腹は減る。ますます混乱する。
「あとさ、日常生活用防水って書いてあったけど、海水浴は大丈夫?」
「今まで行ってただろ? 瀬戸内海くらいの深度じゃ壊れん。心配すんな」
「……よかった。これで今年の夏も泳げるわ」
口の中に残るバターの香りを感じながら、安堵の息をついた。
「それよりさ、取説のアレが気になってるんだけど……加速装置。 アレ、付いてんの?」
「すまん、アレは雰囲気だ。まだ実現できてない。けど動体視力はかなり上がってるから、雰囲気は味わえるぞ」
「どんな雰囲気だよ」
「大谷のストレート162キロが止まって見える」
「えぐ」
(でもちょっと体感してみたい)
「体育で野球の授業があったら試してみるわ」
「……あんまり目立つなよ。そろそろ色んな機関が嗅ぎつけ始めてるみたいだからな」
父が淡々とした口調でとんでもないことを言ってのけた。「色んな機関」がどこなのか、想像もしたくない。
「そうは言ってもさあ、僕って“いるだけで目立つし、モテる”だろ?」
「そうだよなぁ、俺の息子だしなぁ」
父はドヤ顔でうんうんと頷き、コーヒーを啜った。
(……こいつ、楽しんでるな)
「でもな、運動部はやめとけ。文化系とバイトならいい」
「……マジかよ」
フォークを置いて、僕は深くため息をついた。
「僕の、あの全国レベルの運動能力が、まさかこんな形で足枷になるとは……」
──広島カープにこっそり入団しようって夢は、この瞬間、見事に散った。ていうか、そもそもサイボーグってプロスポーツOKなの? いや、ダメだろ、常識的に。
「まあ……バレなきゃOKか? うーんワンチャンないかなぁ」
苦笑まじりに独り言をつぶやきながら、食器を片付け始める。
「じゃあ、その線で考える。また何かあったら聞くわ」
「おう。それと、食生活はちゃんとな。充電はあくまで補助だ。 自転車で言うと……お前は“電動自転車”だからな」
「うーん、自転車って言われると微妙だけど……まあ、わかった」
――こうして、サイボーグ高校生・白岳靖章の、ちょっと不安でちょっと楽しみな“人間らしい”高校生活は、幕を開けたのだった。
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