第十九話 行くぞ江田島!
それから数日、僕と古新開、そしてジェシカの三人は、如何にして長谷光葉を満足させる文化祭ネタを生み出すか、秘密裏に結成したLINEグループで毎晩のようにやり取りを続けていた。メッセージは深夜まで飛び交い、時にはスタンプ合戦になりつつも、何とか一案がまとまった。
発案者は古新開だった。江田島にある旧日本軍の軍事遺構──砲台跡や廃墟となった施設にまつわる幽霊の噂を利用し、彼の知り合いのエキストラを仕込んで「それっぽい」幽霊を出現させ、動画を撮影するというものだ。これを文化祭で上映し、申請した教室ではパネル展示や資料を飾る予定となった。実績の形としては、まあそれなりに体裁は整うだろう。
その日の放課後。クラブ棟にある部室の扉を開けると、そこにはなんと担任の青山先生が立っていた。予想外の光景に、僕は思わず足を止めた。
「青山先生、どうしたんですか? こんなところへ」
教室以外ではほとんど見かけないその姿に、自然と声が漏れた。先生は長いため息を吐くように肩をすくめる。
「おいおい白岳、忘れたのか? 私はここの顧問だぞ。今日は君らの活動を監督に来たんだ」
言いながらも、その顔には明らかに“しぶしぶ来た”という雰囲気が漂っていた。
「そういえばそうでしたね……。しかし今まで一度も姿を現さなかった先生が、なぜ突然?」
率直な疑問をぶつけると、青山先生はどこか遠くを見るように引きつった笑みを浮かべた。
「まあ、ぶっちゃけるとな、上(国家)からの要請なんだ。しっかり見てやれっていうな」
先生の口調には、もはや運命を受け入れた者のような諦観がにじむ。
「へぇー、先生も大変ですね。上司(校長)の要請じゃ仕方ないですもんね」
僕が他人事のように感心すると、隣にいたジェシカがすっと一礼し、丁寧な所作で深く頭を下げた。
「青山先生にはご苦労をおかけします(うちの大統領が)」
その台詞の背景には、アメリカの諜報機関の圧が透けて見える気がした。青山先生は困ったように彼女を見つめたが、ジェシカは涼しげな笑みで受け流す。
「まあ、西条もな……大変だろう。こいつらの相手(監視任務)は」
「いいえ。私はダーリン……もとい白岳くんが側にいてくれれば、それだけで」
口を滑らせてしまったジェシカは、すぐに言い直したものの、微笑の奥には本音がにじんでいた。そこへバタンと勢いよくドアが開き、屈強な肉体をぶつけんばかりの勢いで古新開が飛び込んできた。
「ちゃーす! あれ、青山先生?」
続いて、明るい足音とともに光葉が部屋へ。
「みんなー、集まった? あ! 青山先生来てくれたんだ! よろしくお願いします!」
部室は一気に賑やかさを取り戻し、原宮高校SF超常現象研究会の活動会議が幕を開けた。冒頭、古新開は用意していたネタを堂々と発表する。江田島の砲台山山頂付近での幽霊騒ぎ──それを聞いた光葉は、目をまん丸にして息を呑み、次の瞬間には目を輝かせていた。
(うわ……チョロい。チョロすぎる!でもその純粋さが眩しい)
僕と古新開、ジェシカの三人は目配せしながら、わずかに痛む良心を押し殺した。
「よしよしキター!! 行こう! その砲台山とやらに! この週末は天気も良好! 花粉も去った! 今の私は無敵です!」
光葉が拳を握りしめて宣言する様は、まるでヒロインの決起シーンのようだった。
「そのことだが、ひとつ問題がある」
古新開が顔を引き締めると、全員が一瞬静まり返る。
「砲台山もだが、江田島は公共交通機関が貧弱でな。自家用車がないと移動自体がなかなかしんどいぞ。俺たちはまだ運転免許もないしな。自衛隊車両なら俺の伝手で手配するが……」
「いやー、それは悪いよ。たかがクラブ活動にお手伝いしてもらっちゃな。うちの親父に車を出せるか聞いてみるよ」
僕が提案すると、突然、青山先生が勢いよく割って入った。
「ちょっと待った!(あの白岳康太郎まで参加したらもう私ひとりじゃ無理よー涙)ここは先生に任せなさい。でっかい車借りてくるから!」
明らかに焦った表情だったが、彼女の決意の強さは感じ取れた。
「お金大丈夫ですか? うちは同好会で部費もないのに……」
光葉の心配げな視線に、青山先生はひきつった笑みを浮かべる。
「ほほほ。請求書は校長に回すから気にしなさんな」
「やったー! 先生太っ腹!」
光葉が嬉しそうに跳ねるように言うと、古新開は本題に戻り、詳細な準備項目を整理し始めた。
「任せといて。機材はうちの親父が面白いものを用意すると言ってるから」
そう言いながら僕が肩をすくめると、古新開はニヤリと口元を歪め、いかにも楽しそうに眉を吊り上げた。
「ほほう。こっちも両谷博士がガチめの発明品を貸してくれるんだ」
自慢げなその声に、部室の空気が一瞬静まり返る。思わず、青山先生の目が見開かれた。
(え? 世界が認める変態科学者・白岳康太郎の発明品と、その白岳をしてド変態と称賛される両谷強一郎の発明品がここで揃うの??)
内心で叫びながら、口ではなんとか場の空気を壊さぬよう、必死に笑みを作る。
「はははは……あんまり変なモノ持ってくるなよー」
引きつったその声は、喉の奥から絞り出されたようで、笑いというよりも祈りのように聞こえた。何かが壊れる未来を想像し、青山先生の額にはうっすらと冷や汗が滲んでいた。
そんな中、ジェシカが自然な動きで僕の隣にすっと寄ってきて、そっと僕の腕に手を添える。その瞳は潤んでいて、わざとらしくない甘いトーンで囁いた。
「ダーリンとお泊りかぁ……楽しみすぎる!」
僕が何か返す間もなく、光葉がパッと手を上げて元気よく声を張り上げた。会話の主導権をさりげなく奪っていく。
「それじゃあー、今週土曜日朝9時に呉駅前に集合よ!」
明るいその声が部室に響き渡り、誰もがそれぞれの思惑を胸に抱きながら、頷いた。
「「おおっ!!」」
皆が声を上げ、青山先生も力のない声で「おおー……」と応えた。
こうして僕らの怒涛の土日が始まる。
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