第十八話 同好会活動本格始動
──五月下旬、ホワイトハウス西翼の防音会議室。 アメリカ鉄鋼大手企業の買収問題やポーカー関税をめぐる最終交渉が険悪な空気を帯びる中、ドナルド・ポーカー大統領はタブレットを指先でつつきながらブルーベリータルトを頬張っていた。画面に映るのは、広島県呉市・原宮高校のとある同好会を映した短い動画。交渉団の緊迫感をよそに、彼は急に手を叩きテーブルへ身を乗り出す。
「ハラミヤ高校のSF超常現象研究会の活動が見たい。 ちゃんと指導しているのか? こちらの要求を聞かないと、アメリカ鉄鋼大手の買収は決して認めないぞ」
理屈も脈絡もない要求炸裂。窓際で通訳イヤホンを外しかけていた日本の経産産業大臣は、思わず素の声を漏らしてしまう。
「えーっと、一体なんのことだ……?」
背後から外務省の若手キャリアが駆け寄り、大臣の耳元で必死に囁く。
〈原宮高校です、例の“サイボーグ高校生”の。とにかく“Yes, we will”と答えてください! あとは現場に丸投げします!〉
かくして、ホワイトハウス発の不可解オーダーは光より速く極東へ転送され、地方公立校のとある女性教員の頭を悩ませることになった。
◇◆◇
夕刻・原宮高校職員室。 窓の外が茜色に染まるころ、校長(公安上司)が沈痛な面持ちでやって来る。ふだんは冗談好きな彼が、どうにも切羽詰まった顔だ。デスク越しに封筒を差し出すと、しわがれた声が漏れる。
「青山くん……この国の行く末がかかっているみたいだ。すまないが、もう君に土日祝はない。彼らの部活を、全力でサポートしてほしい」
手渡されたホワイトハウスの紋章が押されたその封筒を開いた瞬間、青山祥子は背筋に冷たいものが走るのを感じていた。紙片には「ハラミヤ高校SF超常現象研究会の活動を全面支援せよ」と、無遠慮な走り書き。差出人はドナルド・ポーカー――署名の下には、ぶ厚い日本車への追加関税をほのめかす“追伸”まで添えられている。
視線を上げると、校長の額にも薄い汗が滲んでいた。沈黙を破ったのは青山のほうだった。書類を指先でぱたりと伏せ、呆れと焦りの入り混じった声を絞り出す。
「えーと…マジでですか?」
自分でも情けないと思うほど素のトーンだ。それでも校長は深く頷くほかない。
「すまん 君だけが頼りなんだ!」
圧し掛かる“国家案件”という四文字。青山は眉間を押さえ、心の中でだけ弱音を洩らす。
(終わった…私の休日と自由時間が…)
ゆっくりと息を吐き、デスクの上の教員手帳を閉じた。決意が固まるのに要したのは、ほんの数秒だけだった。夕暮れのベルが鳴り終わる頃、廊下には革靴の早足が反響する。こうして翌日、青山は放課後に長谷光葉を職員室に呼び出すのだった。
◇◆◇
中間考査が無事終了すると、次の大きなイベントは原宮祭――いわゆる文化祭となる。放課後、僕たちはいつものようにクラブ棟に向かった。少人数の同好会に与えられた狭い部室は、高校生活を穏やかに過ごしたい僕にとっては、今更ながらありがたい隠れ家のように思えた。
部室のドアを開けると、古新開がすでに到着しており、まるで修行僧のような真剣な顔つきで、驚くほど巨大なダンベルを持ち上げていた。その額には汗が光り、筋肉は動くたびに隆々と盛り上がる。僕は椅子に腰を下ろし、思い切り背伸びをすると、西条ジェシカが微笑みながら、お茶と茶菓子を差し出した。
「ダーリン、今日は鳳梨饅頭を買ってきたから。いっぱい食べてね」
彼女の声にはいつもより甘い響きが混じっている。
「ありがとう、ジェシカさん」
僕が礼を言うと、ジェシカは満足げに微笑んだ。
「ふふっ。嬉しい! やっと下の名前で呼んでくれるようになったわね」
彼女の喜びに僕は苦笑した。
「いやいや、ジェシカさんって呼ばないと許さんって、昼休みに僕にアルゼンチンバックブリーカーを繰り出すから……」
背中に残るかすかな鈍痛を思い出しながら告げると、ジェシカは何事もなかったように軽く肩をすくめる。
「まあ、ちょっとしたおふざけだし~いいよね? やんちゃな彼女のデレってことで」
僕の表情は思わず引きつった。
(普通の人間だったら背骨が折れてるだろ……)
「それより、相思相愛になったからにはあとは婚姻届けだけかしら?」
彼女が無邪気に続けるので、僕は慌てて弁解する。
「えーと、下の名前で呼んだだけだけど……それにまだ16歳だし。というか、気が早すぎるんじゃ?」
困惑する僕に、ジェシカは不思議そうに首を傾げる。
「えぇー、そんなことないでしょ。愛があれば大丈夫よ、ダーリン」
そんなやり取りを、古新開は筋トレを続けながらジト目でじっと見つめ、さらに熱を込めてダンベルを持ち上げていた。 その時、突然ドアが激しく開かれた。
「バタン!」
息を荒くしながら駆け込んできたのは光葉だった。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
その必死の様子に僕たちは驚き、急いで声をかける。
「ど、どうしたの光葉ちゃん?」
「長谷さん!? 何かあったのか?」
ジェシカも心配そうに問いかけた。
「大丈夫か、光葉?」
みんなの心配そうな視線を受け、光葉は息を整え、真剣な表情で口を開いた。
「みんな聞いて! さっき青山先生に呼ばれて職員室に行ったんだけど……次の文化祭(原宮祭)で何か発表しないと、同好会の存続が危ういって!」
「発表だって!?」
僕は思わず声を上げた。ジェシカも眉をひそめて言葉をつなぐ。
「何をすればいい? というか、ここへ来ても、大抵は光葉の話を聞くか、お茶を飲むくらいしか何もしてないぞ」
「俺も筋トレしかしてない」
古新開も汗をぬぐいながら告げる。その言葉に光葉は勢いよく右手を握りしめ、熱意を込めて言った。
「やるしかないわ! 私たちだけの何かを!」
「しかし僕らは君ほど超常現象とかSFにも詳しくないし、どうすれば?」
僕が戸惑うと、光葉はしばらく考え込んだ後、ぱっと閃いたように声を上げた。
「とりあえず、ヤスくんと古新開くんには、地元の呉市・江田島市界隈で、オカルト・超常現象・UFO目撃情報……なんでもいいからネタを探してきて!」
「「ええ!?」」
僕と古新開の驚きがハモった。
「私とジェシカちゃんは呉に来たばかりで、このあたりには全然詳しくないんだから仕方ないでしょ!」
「まあ、そうだけど……」
渋々ながら僕が頷く横で、古新開は真剣に頷いている。
「うーん……江田島のおっちゃんたちに聞いてみるか」
「もし週末までにネタが拾えそうになかったら、白岳vs古新開で超人対戦動画を撮影するしかないわ!」
光葉の目がキラキラと輝いた。それを聞いてジェシカは即座に顔を青ざめさせ、強く否定した。
「光葉! それはさすがにまずいだろ!(諜報員的に)」
「でも、部室を失うくらいなら、凡百の地球人に目にモノ見せてやる!動画くらいは許されると思うんだけど?」
光葉の暴走を止めるため、僕は慌てて叫ぶ。
「待った! わかったよ! 僕も親父に聞いてみる! だから動画は待ってくれ!」
「わたしもちょっと実家(アメリカ国防総省・ペンタゴン)に聞いてみる! だから落ち着け光葉!」
僕らの必死の説得に光葉は満足げに頷いた。
「原宮祭まであと三週間! 在校生と来場者をどっかんどっかん沸かせる発表をするのよ! それは宿命!」
彼女は力強く宣言すると、ジェシカが差し出した鳳梨饅頭を豪快にかじった。
「なに? この饅頭、めちゃめちゃ美味しくない??」
目を丸くして驚く光葉に、僕と古新開は顔を見合わせて笑った。
「ふふふ。実は広島銘菓のもみじ饅頭より美味いと言う呉市民が多数いるんだ」
「確かに美味いからなぁ」
「おかわり!!」
光葉の大きな声が部室に響き渡る。文化祭の出し物という大きな課題を背負いつつも、僕らの同好会活動は、いつも通りの賑やかさで本格的に始動したのだった。
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