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第十七話 金曜はカレーの日

 中間考査最終日の金曜日。 朝の教室には、張り詰めた空気と鉛筆の擦れる音だけが満ちていた。僕は無言で解答用紙にペンを走らせながら、静かに心を整えていた。どれだけ頭脳が強化されていようと、試験は試験。サイボーグだからといって不正をしては意味がない。


 僕の中では「試験モード」が稼働していた。通信機能はすべてオフ、記憶補助データベースもスリープ状態。脳内で鳴り響く効果音や警報系システムも、すべてマナーモードに切り替えている。


(やっぱり僕ってスマホっぽいなぁ……)


 そんな自嘲気味の感想を抱きつつ、最後の設問に答えた瞬間、僕は解答用紙を伏せた。そして、静かにシステムを再起動していく。マナーモード解除、最低限の通信機能だけ再接続。


(どうせ親父がモニターしてるんだろうけどな……音声だけにしとくか。映像は切っとけ。思春期男子のプライバシー、守るべし)


 試験が終わると、クラス中に安堵と解放の気配が広がっていった。鉛筆を置いた音が、まるで勝利のファンファーレのように聞こえた。午前授業で終わる今日は、試験明けのお楽しみタイムだ。僕は、光葉と一緒に帰ろうと約束していた。海自カレーでも食べに行こうと盛り上がっていたところに、ジェシカも話に加わってきた。


 そんな時だった。教室の隣の席から、あの男の声が響く。


「白岳。先日はお取込み中のところすまなかったな」


(ドキッ! やめろー! 公共の場で変なこと言うなー!)


「ははは。何のことかな?」


 僕はひきつり笑いで応える。


「まあそれはともかく、貴様に大事な話がある。ちょっと顔を貸してくれないか」


 古新開の表情は真剣そのもので、妙な緊張感が漂っていた。


「どうした? ここじゃ話せないことなのか?」


 すると古新開は、あろうことか頬を赤らめ、妙にもじもじしながら答えた。


「うむ……出来れば二人きりで話したい」


 その言葉に、光葉がビクッと反応し、口元を手で押さえる。


(なに!? なになに!? この展開、完全にヤバいやつじゃん!?)


 ジェシカの目が鋭く細まる。


「古新開。私らはダーリンと海自カレー食べに行くの。邪魔しないでくれる?」


「折角の逢瀬に無粋な真似をして申し訳ない。だが、俺は白岳にどうしても言いたいことがあるんだ。今日のところは曲げてほしい」


 その言葉に、意外にも光葉が口を開いた。


「ジェシカちゃん! いいじゃない。たまには男同士の話もあるんじゃない? 二人で行ってきなよ」


「いいのか光葉?」


「うん。いいんじゃない?(貴女と二人きりより安全だと思うし)」


 光葉の瞳の奥に微かな警戒心を感じた気がした。


「じゃあ白岳。俺は新校舎の屋上で待つ。準備ができたら来てくれ。来てくれないと泣くからな!」


「泣くなよ! 行くってば!」


 古新開は足早に教室を出ていった。僕は光葉とジェシカに、先にカレー屋へ行ってくれるよう伝える。  だが──


「面白くなってきたわ! 後をつけましょう!」


 光葉が満面の笑みで宣言する。


「ああ。そうだな。あの二人はヤバい。屋上とはいえ、学校で暴れられたら大ごとだ」


 ジェシカもあっさりと頷いた。


「もし喧嘩し始めたら止められそう?」


「護身用催涙スプレーはあるぞ。(あと、自動拳銃と高電圧スタンガンと閃光弾とetcもね)」


「さすがジェシカちゃん! 頼りになるぅ!」


 ──そして舞台は、原宮高校新校舎の屋上へと移る。


◇◆◇


 原宮高校新校舎屋上。 テスト期間が終わった午後の校舎は、どこか開放的な空気が漂っていた。誰もいない屋上に足を踏み入れた僕は、ゆっくりとドアを閉める。熱を帯びた初夏の風が吹き抜け、遠くで電車の音が聞こえた。仁王立ちの古新開が、まるで決闘前の西部劇のように、こちらを見据えていた。


「来たぞ。一体僕になんの用だ!」


「よく来てくれた。俺からお前に忠告がある!」


 彼の声は、どこか低く、そして決意に満ちていた。場の空気が張り詰める。


「なんだ? 聞こうじゃないか」


「白岳。貴様は長谷さんと付き合いながら、西条ともイチャイチャしているな! 二股など、男の風上にも置けん。即刻、長谷さんとは別れるべきだろう!」


「いやいや、待ってくれ! まず、光葉ちゃんとはお友達だ。少なくとも恋人未満だ。それと、西条さんは僕がイチャイチャしてるわけじゃない。彼女が急に僕にデレ始めて、僕も困惑してるんだ」


「見え透いた嘘はいかんぞ白岳。西条と先日もキスをし、この前も部室でキス寸前だったではないか!」


「よく見てるな、おい!」


 思わず突っ込まずにはいられない。まさかここまで監視されていたとは。


「ハッキリ言おう! 貴様は長谷さんにふさわしくない! 西条とお付き合いするなら彼女を解放して差し上げろ!」


「ん? んん? 古新開! お前もしかして光葉ちゃんが好きなのか?」


 僕の言葉に、古新開の顔がみるみる赤くなる。


「そうだ! 初登校した日から一目ぼれだ! 一途な俺なら絶対彼女を幸せにする自信がある!」


「そうかぁ。光葉ちゃんは人間以外に興味津々だから、お前にもチャンスあると思うぞ」


「そ、そうか? いやいや、俺の聞きたいことはそれじゃない! 貴様は彼女のことをどう思ってるんだ?」


(初めて会ったときからの光葉の姿を思い出す。可愛い笑顔や、怒った顔、すました顔、いたずらっ子な顔……)


「ああ……好きだな。うん。人生で初めて、異性として好きになった人かもしれない」


 僕の素直な気持ちを口にすると、古新開の表情はさらに険しくなった。


「そうか。ならば……なおさら許せん。白岳! 俺と勝負しろ! 俺が勝ったら長谷さんは諦めてもらう!」


「本気なのか?」


「俺はいつでも本気モードだぜ!」


その瞬間、僕の頭に「ぴこん」と警告音が鳴った。


『古新開宙夢の性能分析……戦闘力未知数……脅威度MAX……ぶっちゃけ強いです……』


(いやいやほとんど分析できてないよ!)


 僕はAIに対して対古新開の戦闘シミュレーションを命じてみる。 ──答えは……「一生懸命頑張る」だった。


(役に立たねぇぞ、おい!)


『ごめんちゃい……データないからねw』


「話し合いでなんとかできないかな?」


「校内で喧嘩じゃやはりまずいか……。じゃあ、相撲だ。土俵はこの新校舎屋上。先にこの校舎から相手を放り出して地面に叩き落とした方が勝ちでいいな? 行くぞ白岳!」


「止め止め! やめろぉぉー!」


 古新開の高速の張り手を、エセ加速装置の超動体視力でかわす。


「ここ5階建てだぞ! 人間なら死ぬって!」


「死なないだろ。同類なんだから」


 古新開はそう言いながら、さらに張り手を繰り出す。僕はそれを受け止める。すると今度は僕の手と自分の手を合わせて力勝負に転じる古新開。


「俺の恩師である両谷博士に聞いている」


「両谷博士……うちの親父が言っていたド変態科学者の?」


「そう、ド変態の」


(否定しないんだ……)


 古新開はさらに力を込める。


「俺の目的は、貴様の性能を探ること。そして、うちの特殊戦隊にスカウトすることだ!」


「それは無理だと思うぞ。親父が許してくれるはずがない」


「それはこっちに置いといて……今は長谷さんだ! おらぁ! 俺の愛のパワーを知れ!」


 二人の争いを、屋上入り口のドアの向こうから、そっと覗き見している光葉とジェシカ。二人の会話も、ジェシカの集音マイクでばっちり聞いている彼女達。


「ああー! 尋常ならざるパワーを持つ二人が、私をめぐって争っている!? きゃー! 嬉しすぎる!」


 光葉は顔を赤らめながら興奮していた。ジェシカの脳内では、葛藤が渦巻く。


(ううっ、ダーリンを応援したい……でも勝つと現状維持……負けたらダーリンは私だけのモノ……ああああぁぁぁぁ、どうしよう? 50%うちのサイボーグが防衛省の強化人間に負けるなんて許されないし!)


「ジェシカちゃん! どうしよう? 止めた方がいいのかな?」


「いや……もう少し様子を見よう。(ダーリン勝って! いや負けて! いや負けないで! ああ~負けたら私が慰めてあげるわ)」


 僕のほうでは、古新開との力比べが続く。


「うぉー! 負けたくない! 古新開、お前はいい奴だが、人の気持ちはこんな勝負で決めちゃだめだ!」


(AIよ! 僕がサイボーグって自覚して初めてのお願いだ! 全リミッター解除! 一生懸命頑張るモードだっ!)


 その瞬間、僕の身体の中で何かが弾けた。手が、足が、全身がみなぎる力で溢れかえる。


「おおぉー! なんだ!? この力は?」


 古新開が驚きの声を上げた。僕は、古新開を抑え込み、そして両手で頭上に持ち上げると、全力でぶん投げた!弧を描き、あっという間に飛んでいく古新開。その方向は、真向かいに建っている旧校舎。ぶん投げられた古新開は、空中でくるくると回りながら姿勢を制御し、ストンと旧校舎屋上に着地する。


「はぁはぁはぁ……ヤバかった……はっ! 俺、負けてる!」


「おーい!古新開! 僕の勝ちだ! 仲直りしよう! こっちに帰ってこい!」


「ああ」


 そう言うと、古新開は軽く助走をつけ、旧校舎の高いフェンスを軽く飛び越え、新校舎屋上に帰ってきた。


「本気の白岳。確かに見たぜ。お前の気持ちも本物ってことか」


「ああ、そうだな。不真面目に付き合うつもりはないよ。まだどうなるかわからないけど」


「わかった。今日のところは引こう。だが、長谷さんの事はまだ諦めてないからな。恋も性能も全てにおいて貴様には負けん。鍛え直してまた勝負を挑む!」


「わかったよ。それはそうと、うちの同好会に入れよ。外から見てごちゃごちゃ言うより、近くで彼女とか西条さんの様子を見た方がまだ誤解がなくっていい」


 僕の提案に、古新開は少し考える素振りを見せる。


「いいのか?」


「光葉ちゃんのSF超常現象オカルト話を延々と聞く覚悟があるならだが」


「忍耐力には自信があるぞ」


「じゃあOKだ。腹減ったな。海自カレー喰いに行くか」


「そうだな」


 そこへ、光葉とジェシカもやってくる。


「二人とも、話は終わった?」


 光葉が駆け寄ってきた。ジェシカは、古新開をジト目で睨む。(チッ、意外と弱いな)


「待っててくれたんだ。じゃあみんなでカレー行こう。あと、古新開も同好会入るって」


「やったー! 新入部員ゲット! 古新開くん、よろしくね!」


 光葉が満面の笑みで古新開に手を差し出す。古新開は照れくさそうに、その手を取った。


「おう。よろしく、長谷さん」


 ジェシカが、古新開に聞こえるか聞こえないかの声で警告する。


「わかってるな、古新開。(私らの愛の交歓を邪魔をしたら消すぞ)」


◇◆◇


 職員室にて。 青山(公安)は、白岳たちが教室を出て行ったのを見て監視カメラを確認したがロスト。不安になり職員室を飛び出し校内をくまなく探していた。ふと目を校舎屋上に向けると……。


「え? なに!?」


 弧を描き飛んでいく古新開の姿が! やがて飛んで行った先から、再び飛んでくる古新開。


「何やってるのよ! 誰かに見つかったらどうするってーの!」


 青山は頭を抱えた。これにより、屋上にもカメラやセンサーを設置する羽目になった青山だった。

ここまで読んでいただき、本当にありがとうございます!

少しでも楽しんでいただけたなら嬉しいです。


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