第十五話 禁断! 魔女の秘薬
みんなで屋台を回り、焼きそばやたこ焼き、チョコバナナなんかを手にしながら、笑顔で食べ歩く。一年A組のメンバーたちは、いつもより少し浮かれた顔で、非日常の高揚感に浸っていた。
そして、正午を回ったころ──。通りにはパレードの開始を告げるアナウンスが響き、沿道の熱気が一気に高まる。人、人、人──押し寄せる観客の波。太鼓の音とブラスバンドの演奏、フロートのエンジン音が街中を包み込む。呉みなとまつり、クライマックスの幕が上がった。
そんな喧騒のなか、ジェシカはそっとスマートフォンを取り出し、画面に指を滑らせる。短いコードとともに、送信。すると、市内各所に配置されていた複数の人物が、それぞれ密かに動き出す──彼女の直属のCIA諜報員たちだ。
そのうちの一人──白岳靖章と酷似した身長・体格・髪型の青年が、観客の中をすり抜けながら、自然にジェシカの近くに寄ってきた。彼の身に着けた服は、白岳本人が今着ているものと寸分違わぬコーディネート。動作も癖も、AIによって忠実に模倣されている。
ジェシカは軽くうなずくと、視線を周囲へ流す。 ──機は熟した。 その瞬間、光葉が「見て!」と声をあげる。ダンスパフォーマンスのフロートに、クラスメイトの女子たちが笑顔で手を振っていた。
「がんばれーっ!」と声援を送るため、光葉は思わず車道ぎりぎりまで近づく。その隙を──ジェシカは逃さなかった。
「白岳!」
彼女は自然な笑みを浮かべながら、すっと白岳の手を握り、誰にも気づかれぬよう、軽い力で彼を群れから引き抜く。
「えっ?」
と戸惑う白岳の手を引き、彼女は群衆の外縁へと抜け出していく。その直後──「偽白岳」が、白岳がいた場所にするりと入り込む。背を向け、拍手をしながらパレードを応援するその姿は、遠目にはまったく違和感がない。光葉たちが気づくはずもなかった。
人ごみから少し離れたベンチのあるスペースにたどり着くと、ジェシカはふと立ち止まり、真剣な瞳で彼を見つめた。
「白岳、今日は二人きりで話がしたいんだ。一緒に来て」
静かな声。その響きには、いつもと違う緊張感があった。
「西条さん? 今日は……なんだか、特別に綺麗だけど……どうしたの?」
僕は戸惑いながらも、正直な感想を口にする。目の前の彼女はまるで映画から飛び出してきたようで、眩しすぎて、直視できないほどだった。ジェシカは一呼吸置いてから、さらりと言った。
「この先が私のマンションだ。一緒に部屋まで来てくれないか。重要な話があるの」
言葉の内容に、脳内の警告システムがフル稼働する。明らかにおかしい。何かが裏にある。僕は無意識に数歩、距離を取った。
「君は……まさか、アメリカの──?」
「だとしたら?」
ジェシカの顔が、いつものクールな仮面に戻る。
「私は君の味方。それ以上でも、それ以下でもない」
僕はその言葉の意味を測りかねながらも、きっぱりと答える。
「……部屋には行けないな。ここで話そう」
どんなに魅力的でも、僕はただの高校生じゃない。サイボーグとして、警戒心と判断力は標準以上に備わっている。ジェシカの申し出には、明確な意図がある。それは──危険な香り。
「つれない奴だな。君のために……メイクアップしたんだがな」
ふと見せた表情が、かすかに寂しそうだった。完璧な外見の裏にある、人間らしい一面が、少しだけ透けて見える。
「西条さん。君は何もしなくても、十分綺麗だし、素敵な人だと思うよ。でも、僕じゃきっと役者不足だ。なぜ、僕なんだ?」
僕の疑問は、率直だった。見た目も、立場も、何もかもが釣り合っていない。けれど── ジェシカはそのまま、真っ直ぐに僕の瞳を覗き込む。そして、ためらいなく言った。
「一目ぼれと言ったら、信じるかい?」
その瞬間、僕の心拍センサーが爆発的に反応する。警告音。血圧の急上昇。脳内ホルモンの分泌。すべての数値が、臨戦態勢のように跳ね上がっていた。
「……僕のハートは、警告音でいっぱいみたいだけど」
照れ隠しのように言うと、ジェシカは小さく笑った。でもその笑みの裏に──何かが潜んでいる気がしてならなかった。
◇◆◇
「やはり君は一筋縄じゃいかないか」
ジェシカはわずかに息を吐き、諦めたような口調で呟くと、腕元のスマートウォッチに指を滑らせた。音もなく起動したデバイスが、暗号化された命令を発信する。
「残念だよ、白岳。この手は使いたくなかった。覚悟してくれ……悪いのは君だ」
その瞬間、彼女の瞳が冷ややかに変化する。甘さは跡形もなく消え、まるで任務中の兵士のような無機質な目。背筋がゾッとする。
「何を言って──!?」
僕が言いかけた刹那、左右の視界を覆うように二つの影が迫る。がっしりとした体格の外国人──まさに鍛え抜かれたエージェントのような男たちが、同時に僕の両腕を掴んできた。
「何を──!?」
反射的に身をよじるが、拘束された腕はまるで鋼の輪に閉じ込められたかのようにビクともしない。筋力、体重、角度……全てが計算され尽くしている。逃げられない。ジェシカは静かにポケットから、アンプル状の小瓶を取り出した。透明な液体がわずかに光を反射して揺れている。彼女はそのまま命令を飛ばす。
「口を開けさせろ。秘薬を飲ませる」
両腕を固定された僕の顎が無理やりこじ開けられ、冷たいガラスの感触が唇に触れる。
(くそっ、麻酔か……!? いや、これは──!)
頭の中を駆け巡る思考。だが、そのとき閃いたのは、父・康太郎博士の言葉だった。
『生身の部分がある以上、経口投与すれば効く』
「ぐっ……!」
僕は反射的に体内の安全機構を起動させる。喉の奥に達しかけた薬液は、筋肉の収縮によってブロックされ、体内に吸収されるのを寸前で防がれた。口の中に苦くて甘い液体が留まっている。
「拘束を解け。もういい」
ジェシカが冷たく告げると、男たちはすぐに僕の腕から手を放し、二歩下がった。僕は膝を震わせながらも、ぼんやりとした表情を装ってジェシカの前に立つ。その内側では、処理すべき課題が高速でループしていた──薬をどうする? 吐き出すか? 飲み込むか? いや、それ以外の手段で──!
「白岳、私を見ろ。お前はもう私の虜だ」
ジェシカは勝ち誇ったように微笑む。だがその目には、計算し尽くされた達成感と、何か別の……期待のような感情が混じっていた。そして僕は決断した。
「……ッ!」
彼女の言葉を遮るように、僕は一歩踏み込み、その美しい顔を両手で掴むと──唇を、強引に重ねた。アンプルの中身。僕の口内で留まっていた薬液を、そのままジェシカの口へと押し返すように流し込む。
「んっ!?」
彼女の瞳が、大きく見開かれる。同時に、左右から飛びかかってこようとした二人のエージェントに向かい、僕は反転しながら寸分の狂いもなく、それぞれの鳩尾に一撃。空気が弾けるような鈍い音と共に、二人は崩れ落ちた。
立ち尽くすジェシカ。その身体は固まったように動かない。口元からは、かすかに甘い香りが漂っている。
「残念だったね。さあ、解毒剤を飲むんだ。あるんだろ? 解毒剤くらい」
僕は動悸が収まらない胸を押さえながら、できるだけ落ち着いた声で言った。だが、ジェシカの表情はどんどん変わっていく。冷徹さは跡形もなく消え、代わりに──燃え上がるような情熱の光がその瞳に宿る。
「解毒剤? この薬にそんなものなんて……ない……」
彼女の声は震えていた。だがそれは恐怖ではない。感情の爆発だった。
「……ああ、今わかったよ。私は君に出会うために生まれてきたんだって……!」
ジェシカは両手を広げ、まっすぐ僕に近づいてくる。その目は炎のように真っ赤で、焦点が定まっていなかった。
「ダーリン!」
絶叫と共に、彼女は僕の首に飛びつき、頬、額、鼻、唇に──キスの嵐を浴びせてくる。
「なんなんだぁー! やめろぉぉー!」
僕は訳も分からず、必死に抵抗する。だが彼女の腕は思った以上に強く、執念深かった。 そして── 振り返ると、光葉とクラスメイトたちが一斉にこちらを凝視していた。
「ヤスくん……何してるの!? 私という彼女がありながらぁぁー!」
光葉の絶叫が、地獄の鐘のように響き渡る。 彼女の顔は真っ赤に染まり、次の瞬間、その平手が僕の頬に飛んできた。
「ち、違う! 違うんだぁ~!」
僕はジェシカを必死に引き剥がしながら弁解するが、彼女は依然として酔ったような表情で僕にしがみつき──
「ダーリン、しゅき……」
恍惚の一言でとどめを刺す。その横で、腕を組んだ古新開が、愉快そうにニヤつきながら言った。
「モテるな、白岳。羨ましいぞ」
──呉みなとまつりの熱気と狂気の渦中で、僕の高校生活は、いよいよカオスという名のステージへ突入していくのだった。
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