第133話 僕の平穏な日常よ
火星野球が終わったあと、呉市は大きな歴史的転換を迎えていた。
……まさか、地元が“宇宙都市”になるなんて、誰が想像しただろう。僕という存在があるおかげなのか、呉市は火星王国の首都と姉妹都市提携を結び、地球側の「宇宙人受け入れ拠点」のひとつに指定されたのだ。 隣の江田島市には宇宙港が建設され、そこから広島市や呉市へ伸びる空中回廊も着工された。もはや“地方都市”ではなく、“銀河に名を馳せる都市・クレ”である。
さらに驚くニュースがあった。父・康太郎の暗躍によって、呉の造船所に火星から宇宙船の発注が来たのだ。設計図と部品は火星提供だが、地球側にとっては宇宙進出の大きな足がかり。街には活気が溢れている。呉市長は「いつか宇宙戦艦の大和を作るぜ」と上機嫌らしい。
そんな変態親父は、火星野球の放映権でガッポリ儲けた挙句、国税にマークされ、しょっ引かれてからの事情聴取に。正月を留置場で迎える羽目になったが……まあ、たまには反省してもらおう。釈放までラーナさんはちょっと寂しそうだったけど。
そして僕はというと――。全世界に“火星のプリンス”と紹介された。……ついでに“サイボーグ高校生”までバラされた。おかげで街を歩けば誰かに声をかけられ、結婚したいだの付き合いたいだのと迫られる始末。中には男のファンもいて、マジで困る。おかげで逃げ足には磨きがかかったが。
更に公安の青山先生、CIAのジェシカに加えて、今では各国の諜報機関が入り乱れて僕の一挙手一投足を監視中。もはや街の誰が一般人で誰がスパイか、見分けもつかない。火星から来た技術者、留学生、そして正体不明の宇宙人まで加わり、呉の街は今日もにぎやかに、そしてややカオスに回っていた。
◇◆◇
そんなドタバタの中で、季節は巡る。――四月。新学期。
僕は少し落ち着きを取り戻した日常に感謝しながら、原宮高校へ向かっていた。阿賀北のいつものバス停で光葉と待ち合わせ、広電バスに乗る。義妹のマリナは、今日も寝坊だ。
学校に着くと、クラス分け表を見て思わず苦笑する。SF研のメンバーが、見事に二年A組に固まっていた。担任は青山先生、副担任は波多見先生。……露骨すぎるだろ。
体育館で全体朝礼が始まる。壇上の校長が緊張気味に挨拶をする。――その時、僕の背筋に電流が走った。視線を上げると、壇上の端に立つひとりの女性。間違いようがない。あの姿、あの髪――彼女だ。
「紹介します。この春から原宮高校へ臨時講師として赴任されました、ヴェリナ・マーズ先生です。
マーズ先生には物理・数学・理科全般を担当していただきます」
「おはようございます! 火星から来ましたヴェリナ・マーズです!・・・」
体育館の空気が一瞬で凍った。そして僕は小声でつぶやく。
「……終わった。僕の平穏な高校二年が終わった」
ヴェリナ先生は自己紹介を済ませ、優雅に微笑みまっすぐこちらを見た。
「それから――ヤスアキ殿下。女王陛下のご依頼で、今晩から宇宙物理学の家庭教師も務めさせていただきますわね♡」
その瞬間、全生徒の視線が僕に集中した。
「ちょ……やめて!どうしてこうなったー!!」
「もう、ヤスくん……知ってたの?」光葉が小声で聞く。
「知るわけないよ!完全サプライズだよ!」僕はちょっぴり涙目だ。
「火星のプリンセス……実行力が違うな」古新開が感心する。
「なんということでしょう……ルナ!暗殺計画を立てますわよ!」徳丸会長が叫ぶ。
「ダーリン! 貴方を守るために、私も家庭教師一緒に受けるわ!」ジェシカが参戦。
「お兄ちゃんは渡すもんですかー!! 今日から毎晩添い寝するんだから!!」マリナが絶叫。
周囲はもうカオス。僕は両手で頭を抱えた。「ああぁー今日はもう駄目だ……」
「ふふっ、なんか楽しそうだね。ヤスくん、逃げちゃおうか?」光葉が袖を引く。
「そうしよう! 光葉ちゃん行くよ!」
僕は光葉をお姫様抱っこして、講堂から全力ダッシュ。
「こらー白岳!新学期初日からエスケープは許さんぞ!!」青山先生の怒声。
「私が追います!」波多見先生の声。
「やめてー!頼むから誰か僕に平穏な日常を!」
「好きよ、ヤスくん。君といると退屈しないから」光葉が首に腕を回す。
「光葉ちゃん、そのポジティブさが羨ましいよ!」
「補助頭脳AI、どこに逃げればいい!?」
「ぴこーん!呉市内に逃げ場はありませんねー。いっそ異世界にでも行きますか?」
僕は苦笑いしながら、光葉の手をぎゅっと握る。
朝陽に染まる校庭の向こう、呉湾の海面がキラキラ輝いていた。
――僕の“平穏な日常”は、今日も遠い。
でも、この手だけは、もう離さない。
光葉が笑う。
その笑顔が、朝陽より眩しかった。
おわり
ここまで読んでいただき、本当にありがとうございます!
最後まで付き合ってくださった読者の皆さまに、心から感謝を申し上げます。
この物語は「普通に生きたい高校生が、普通でいられない事件に巻き込まれる話」として始まりました。
気づけば、教室から地球へ、そして火星へ……スケールもツッコミもどんどん膨れ上がっていきました。
書いている本人が一番「どうしてこうなったー!」と叫びたい気分です(笑)
少しでも笑ってもらえたり、登場人物たちの掛け合いを楽しんでもらえたなら嬉しいです。
そしてもし「面白い!」と思っていただけたら――
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むしろ盛ってもらえると作者のやる気ゲージが宇宙圏突破します。
また、ひとこと感想も大歓迎です。
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ヤスくんの“平穏な日常”はまだ遠いですが――
この世界は、まだまだ騒がしく、甘く、そしてちょっぴり危険な未来が待っています。
もしよければ、次の物語もあるかもです。 その時は是非一緒に見届けてください。
ここまで読んでくれて、本当にありがとう。
またお会いしましょう、銀河都市・クレで!
久留間猫次郎




