第131話 火星野球・聖夜決戦その伍
三回裏の原宮高校の攻撃。伏兵・福浦の奇跡的な走塁によって、ついにスコアは1対1の同点となった。ワンアウト、ランナーなし――試合は再び振り出し。その時、火星チームのベンチがざわめく。満を持して、火星のプリンセス――ヴェリナ・マーズがマウンドに上がった。その姿だけで、球場の温度が一気に下がる。
だが、彼女のボールを受けるはずだった捕手セフィアは、福浦との格闘のダメージで退場。代わって現れた控え捕手の姿に、スタンドがどよめいた。――異様だった。両腕で抱き込むダブルミット。捕る以外を捨てた設計だ。
「ダーリン……あれって?」ジェシカが不安げに尋ねる。
「両手を使って捕球してたら、送球とかできないんじゃ?」
「もしかしてだけど……そのボールを捕球するだけに集中しないとヤバい球を投げるってことかも。――つまり、ランナーを気にする必要すらないほどの剛球だ」
「見て!彼女が投げるわ!」
ヴェリナがマウンドに立ち、ゆっくりと深呼吸をした。そして――全身を捻り、火星王家の血を引く腕力を、この一球に込める。放たれた瞬間、空気が“裂けた”。ミットに収まる音だけが響く。誰も、軌跡を捉えられない。捕球した捕手の顔が歪む。痛みに耐えきれず、膝を震わせながらも構えを解かない。――それほどの威力。地球チームの次打者、麗と古新開は手も足も出ず凡退。ヴェリナの前では、誰一人としてバットを振り抜くことすらできなかった。
◇◆◇
ここまでで三回の表裏を終え、スコアは依然として1対1。内容は圧倒的に火星チーム優勢。ヴェリナが立ちはだかる限り、勝機は限りなく薄い――。
そして、試合の流れを決定づける瞬間がやってくる。四回裏、原宮高校の攻撃――四番の僕、白岳靖章の打席だ。五回にはヴェリナに打順が回る。今この回で得点できなければ、逆転のチャンスはもうない。
マウンド上のヴェリナが、まっすぐ僕を見据えていた。その瞳は冷たく、――そして、ほんのわずかに怯えていた。僕はゆっくりとバットを構える。
「補助頭脳AIよ。この打席に全力集中する! 全能力解放! 全センサーフル稼働だ!」
「ぴこーん!了解です!」
次の瞬間、僕の中に眠っていた何かが、静かに覚醒を始めた。視界の輪郭が研ぎ澄まされ、世界がスローモーションに変わる。……いや、違う。誰かが扉を叩いた――そんな感覚。
(なんだ……この感じは!?)
ヴェリナが第一球を放つ。推定球速200キロ。しかも、超能力による加速が乗っている。リニアモーターカーの衝撃波のような直球が、わずか18.44メートルの距離を突き抜けた。センサーで捉えても、反応が間に合わない。……だが僕は、ほんの一瞬、“何か”を見た。それは、ヴェリナのボールに宿る“力の流れ”だった。二球目。ボールの軌道が、なぜか読める。僕の中の第六感が、確実に覚醒しつつあった。
「補助頭脳AIよ。全てのセンサーをオフにしてくれ。僕は自分の目と勘で打つ!」
「ぴこーん!了解しました。しかしセンサーなしで打ち返せる確率は……」
「いいんだ。理屈じゃない。打てる気がしてる」
奥歯を噛み締め、バットを握り直す。ヴェリナが三球目――ウィニングショットを投げた。僕はそのボールに意識を集中する。視界が光に包まれ、音が消える。僕の両目から放たれた念動がボールに刺さる。 ヴェリナの念動と、僕の念動。魂と魂が、真空の中でぶつかり合う。
――相殺。スピードと威力が緩んだその瞬間、僕は全力でバットを振り抜いた。
カキーン!!!
打球は白い閃光となって、レフトスタンドへ一直線に飛び込む。
「白岳君打ちました!――レフト一歩も動けない!入ったぁぁ!地球、勝ち越し!」実況が叫ぶ。
ベンチが総立ち。ヴェリナと火星ナインが呆然と見送る中、僕は静かにダイヤモンドを回る。仲間たちの歓声が、胸に染みた。
「ヤスアキ様……この場で超能力に目覚めるなんて……さすがとしか言い表せませんわ。でもまだ裏の攻撃がある。負けませんわよ」
マウンド上のヴェリナが悔しそうにつぶやく。
だが――その後、僕以外のバッターたちは再びヴェリナの前に沈黙。原宮高校は追加点を奪えなかった。
◇◆◇
スコアは2対1。試合は最終回――五回表、火星チームの攻撃を残すのみ。センターには波多見先生が入り、原宮高校は守備を固めた。誰もが願っていた――「ヴェリナの前にランナーを出すな」と。
だが、その矢先。僕の切り札、霊獣投法・鵺閃球が破られた!火星チームの先頭打者が、ベルトの〈雷吸収フィールド〉を起動――稲妻が消える。ボールを包む稲妻が、音もなくかき消えた。
雷を失った鵺閃球は、ただのストレート。次の瞬間、痛烈な打球が三遊間を抜けた。主審ロボが装備チェックを終える。〈補助装備、競技規約第8条に適合〉。ネクストバッターボックスから、甲高い声が響いた。赤いユニフォームの裾をひるがえし、ヴェリナが笑っている。グラウンドに立つ彼女の影が、太陽を背に伸びる。
「ヤスアキ殿下。そのボールはもう通用しませんわ」
その声音は、まるで氷を這う銀糸のようだった。ヴェリナはバットを肩に乗せ、勝ち誇った笑みを浮かべる。
「ほほほほほ……鵺閃球は、避雷針に弱い!」
スタンドがざわつく。僕は一瞬、言葉を失った。
「ががーん……なんだって!?」
(くっ……科学で潰しにきた。まさか、あの雷を無効化するなんて……)
ヴェリナは唇を弧にし、ゆっくりとベルトに手をやる。銀色の装置がわずかに光り、低く電子音を鳴らした。
「電気エネルギーをこちらで吸収すればよかったのです。――打たせていただきますわ」
その瞬間、空気が変わった。ピッチャーマウンドに立つ僕の足元に、静電気が走る。雷の匂いが消えていく。
「くそうー、なんてこった!」
僕の喉が勝手に唸った。霊獣の力が、科学によって打ち消される――まるで時代が逆転したような瞬間だった。――科学が、魔球を超えた。超常と理論が真正面からぶつかり合う。――最後の一球まで、まだ誰にも勝ち目は見えない。試合は、まさに最終局面の様相を帯びていくのだった。
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