第130話 火星野球・聖夜決戦その肆(し)
続く三回裏、原宮高校の攻撃が始まった。
スタンドの歓声がやや落ち着く中、九番バッター・徳丸さやか会長が静かにバットを構える。火星エースは余裕の笑みを浮かべ、150キロ前後の直球を淡々と投げ込んだ。
――が、その瞬間。超越者・徳丸さやかの瞳が淡く光る。投げられたボールに、彼女の超能力が絡みついた。空気が揺らぎ、球速が緩む。まるでスローモーション。一見、絶妙なチェンジアップ。しかし、それは彼女の念動力によるものだった。ボールはほとんど浮遊状態で、まるでシート打撃のようだった。
火星ベンチがざわめく。「これはもう打たれるのでは!?」AI分析班が一斉にスキャンを始めるが、数値が安定しない。
さやかは満足げに頷き――「えい!」と可愛らしくスイング。……だが、打球は高々と舞い上がり、ピッチャーフライ。火星エースが余裕でキャッチ。
静寂。ベンチに戻るさやかの肩はしょんぼりと落ちていた。
「会長……運動神経は並み以下だったのか」僕は思わず声を漏らす。
「まあな……素の運動神経は……あんなもんだ」政畝が苦笑する。
「……いや、あれ物理法則の使い方間違ってない?」麗が額を押さえる。
日美子監督はため息をついた。「まあ、才能とスポーツは別じゃからのう……」
さやかがベンチで落ち込む背中に、次の打者・福浦が声を掛ける。
「さやか……わしが敵を取ってやるニャ」
「はっ!」と、さやかは顔を上げる。
「ミケランジェロ……頼みましたわ」
「ウニャ!」
◇◆◇
人間姿の福浦が打席に入る。火星捕手セフィアが冷静に観察し、「こいつも楽勝ね」と笑みを浮かべた。ピッチャーが150キロ超の直球をズバッと投げ込む。カウントはすぐ追い込まれる。
その次の球が投げられた瞬間――ぽんっと福浦の姿がかき消えた。捕手のセフィアが目を見開く。「えっ、消えた!?」変化球を取り損ねて後逸。ボールはファールグラウンドを転がる。捕球して慌てて振り返ると、一匹の三毛猫が一塁ベースで毛づくろいをしていた。(可愛い)
「な、なにこれ!? 審判! アレ(変化)ありなの!?」主審ロボが演算を始める。数秒の沈黙の後――表示された判定は振り逃げ「セーフ」。
実況席が悲鳴を上げる。「走っております! 四足で! 審判、これは……合法判定です!」
ヴェリナがタイムを取り、火星ナインが初めてマウンドに集まる。
「みんな落ち着け。あの生物については『猫』というらしい」
「猫ってすごいですー。あんなに変身する動物がいるなんて」セフィアが混乱している。
「とにかく……あんな小動物が何かできるとは思えん。バッター集中で行け!」
プレイ再開。ピッチャーが一塁をけん制するが、福浦はベース上で大あくび。(可愛い)ピッチャーも思わずほっこり。バッターへ投球。
その油断の隙――。 ダッ! 福浦が駆けた。まるで野性に帰った獣。砂を蹴り上げ、二塁へ突進!捕手の送球が遅れる。スライディングもせず、余裕のセーフ。
火星チーム全員の補助頭脳AIが同時に警告を発する。「ピコーン、対象の骨格構造が変動――追跡不能」
再びけん制。しかしベース上で顔を洗う福浦。(可愛い)バッテリーが集中を切らしかけたその瞬間――また動いた。家猫特有の忍び足。背を低くして、するすると音もなく三塁へ。「なに!? もう走ってる!?」 捕手が慌てて立ち上がるが、三盗成功。ベース上で“のびーっ”とストレッチする福浦。(可愛い)
火星チームが前進守備。スクイズ警戒のバックホーム態勢を取る。バッターの麗がバントの構えを取った。投げられたボールは大きく曲がる。その刹那――福浦がまた駆けた!稲妻のようなスタート。ホームへ一直線。「速いッ!?」セフィアが慌ててタッチする。タイミングはギリギリ。アウトか、セーフか。
主審ロボが無慈悲に告げる。「格闘判定スタート!」
◇◆◇
ホームを駆け抜けた福浦と捕手セフィアが、閃光に包まれ格闘スペースへ転送される。主審ロボのスキャンが行われ――表示された結果は家猫への「格闘戦参加不能」。
「残念だったね。弱すぎるってさ」セフィアが笑う。
その瞬間、福浦の尻尾がピンと立つ。背を丸め、牙を剥き、毛が逆立った。空気が震え、土俵の砂がふわりと浮く。雷鳴のような低い唸り声と共に、福浦の影が伸び――膨れ上がった。土俵中央で――みるみる巨大化していく! 二足歩行の巨大猫又。福浦、覚醒。
「ウニャ!わしを舐めるんじゃないニャ!」
「ええええ!?」セフィアの顔が引きつる。
主審ロボが判定を訂正。「ハンデなし」――そしてゴング。福浦が前足の爪を引っ込め、紳士的な構えを取る。(優しい)だが次の瞬間、肉球の嵐が襲いかかる。超高速突っ張りだ!
「ウニャニャニャニャ!」
セフィアの思考が一瞬で崩壊する。(なに?力強いのに……柔らかい……あったかい……)
「相撲の神髄は……押しニャ!押さば押せ!引かば押せだニャー!」
福浦の身体が更に膨張。大波のような一撃――巨大な肉球と毛玉で包み込むように……浴びせ倒し!
主審ロボが宣告。『福浦WIN』。
呉二河球場が揺れた。ホームスチール成功――同点!観客席から割れんばかりの歓声。
実況が叫ぶ。「猫又です! 妖怪猫又が点を取りましたぁぁ!」
土俵下では、福浦に押し潰されたセフィアがふらふらと呟く。
「ぬこ……ふわふわ……肉球……ぷにぷに……ガクッ」尊死(気絶)だった。
「あああー、セフィアー!!」ヴェリナの悲鳴が球場に響く。
二人の身体がグラウンドへ戻る。福浦は勝者のポーズで尻尾をピンと立てた。
「ニャハハハ、古新開の敵も取ったニャ!!」
「よしよし。福浦よくやったぞ。ちゅーるを箱ごと持って帰るがええ」神原日美子監督が労う。
スコアは1対1。――猫が、地球を救った。
火星チームが再びマウンドに集まる。表情が一変している。
「もうこれ以上、点はやれないな」
ヴェリナが立ち上がる。
「私が投げよう」
その瞬間、球場全体の空気が凍った。観客も、選手も、猫すらも息を呑む。スパイクの音が、冷えた空気に響く。その歩みだけで、球場が静まり返った。――火星軍の影のエース、ヴェリナ・マーズ准将がマウンドに上がる。ますます試合は、盛り上がっていく。
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