第128話 火星野球・聖夜決戦その弐
その日、呉二河球場に凄まじい快音が響いた。
――カァーン!
白い光が空を裂いた。……一瞬、球場全体が静まり返る。そして遅れて、地鳴りのようなどよめきが巻き起こった。火星軍先頭打者ヴェリナ・マーズ准将は、僕の推定170キロのストレートを完璧に捉えた。放たれた打球は白い光線のように一直線、バックスクリーンを貫き――そのままホームランとなる。
「マジか……」僕と古新開が同時に呟いた。
ゆっくりとダイヤモンドを回るヴェリナの姿は、まるでメジャーのホームラン王。その笑みには余裕すら漂っている。――火星のサイボーグ技術は、もはや我が父の科学をも凌駕しているのか。力では勝てない、そんな予感が背筋を冷やした。古新開がタイムを取り、マウンドへ駆け寄ってくる。
「おいおい……いきなり打たれてるんじゃねぇーぞ」
「いやぁー、あれを持って行かれるとはなぁ」
「コースをもっと厳しくな。変化球も混ぜていくぜ」
「ああ」
タイムが終わり、再びセットポジション。二番打者が構える。僕は渾身のストレートを投げ込んだ。
カァーン!
「あれ?」
三遊間を抜け、あっさりとヒット。続く打者には150キロのフォークを投げるが、それすら簡単に弾かれた。気づけば――ノーアウト満塁。スタンドがどよめき、実況が叫ぶ。
「地球ピンチ! 火星、圧倒的な打力です!」
◇◆◇
このままじゃ試合が壊れる。焦る僕のもとへ、ベンチから伝令が走ってきた。人間姿の福浦だ。野球帽から可愛く猫耳を生やしている。
「白岳~、日美子監督(光葉の守護霊)からの伝言だニャ。『まともな力勝負じゃ勝てん。しかし、相手の火星ルールのペースに乗るのもまずい。それでだ、奥の手を使う。福浦からアレを受け取れ』とのことだニャ」
「アレって?」古新開が首をかしげる。
「これニャ」
福浦が僕の背中をポンと叩いた瞬間――どこか遠くで、子どもの泣き声がした気がした。ずしぃん!と背骨が悲鳴を上げる。
「福浦……これは?」
「わしの飲み友達の妖怪子泣きじじいニャ。お前の背中に取り憑いたニャ」
「これ……どうすんの?」
「子泣き先輩の妖力で投げたボールを重くするニャ」
遊撃の政畝が冷静に頷く。
「なるほど……敵は打っても内野は越さない。前進守備、バックホーム態勢で行けるな」
「おおっ!」チーム全員が構え直す。
僕は深呼吸し、マウンドで振りかぶる。背中の子泣きじじいが「うぇぇぇぇん」と泣き声を上げると同時に、球が重力を帯びた。――砲丸のように、ずしりと重い。緩いストレートがど真ん中へ。火星チーム五番がフルスイング!
ゴーン! 打球は地面に叩きつけられたように沈み、ボテボテのピッチャーゴロ。「よし!」僕は拾い上げてホームへ送球、古新開が捕球し一塁へ!――ダブルプレー成立。
続くバッターにも、妖怪投法・子泣球を放つ。打球はサード正面。般若面の徳丸会長が念動力でボールを止め、無表情のまま目に見えない力で一塁へ送球――スリーアウトチェンジ。球場がどよめいた。「え?なに今の?」「ボール……浮いてた?」観客がざわつく。
――その中で、火星ベンチにも異様な沈黙が流れた。
「スキャン結果……エラー?何よこれ」
捕手の分析用インターフェースに表示されたデータは、真っ赤な警告で埋め尽くされている。
「投球軌道、解析不能。重力制御反応なし、磁場干渉もゼロ……?」
ピッチャーが困惑して呟く。
ヴェリナが眉をひそめた。
「補助頭脳AI、スキャン判定を出しなさい」
「ぴこーん……無理です。計測不能事象が発生しました」
機械音声がかすかに震える。
「馬鹿な、そんなことが……!科学的に説明できないなんて……!」
ベンチのスコアラーが端末を叩きながら叫ぶ。
ヴェリナは静かに呟いた。「……地球の“怪異”か」
その声には、ほんのわずかな――恐怖が混じっていた。
ベンチに戻ると、光葉の身体に具現化した国宝級霊能力者――神原日美子監督が仁王立ちしていた。
「ヤスくーん、久しぶりじゃのう~」
「日美子様、助かりました」
「ええんじゃー。それより、わしも光葉もヤスくん無しでは生きてゆけんのじゃ。この試合……わしが勝たせてやるぞ♡」
ウィンク一閃。球場の照明が一瞬だけ明滅した。
「頼りにしてます!それじゃあ、みんな反撃だ!」
◇◆◇
一回裏、原宮高校の攻撃が始まる。ここも実は様子見だ。一番バッターは三条先輩。彼の役割は――カナリア。ヤバい核施設や化学工場に踏み込む時に、防護服の隊員が鳥かごに入れて持って行く試験要員。毒ガスやらが充満していないか一発でわかるというアレだ。(死ぬけど)もちろん本人はそんなこと微塵も知らない。堂々とバッターボックスに立つ。
マウンドには、火星女子野球U-18代表のエース。その美しさに惚れた観衆からの黄色い声援。まるでアイドルライブだ。その瞬間、ファーストのヴェリナがニコリと笑い、グラウンドのナインへ声をかけた。
「打たせていきましょう。ふふふ……みんな、地球の皆さまを楽しませてあげなくちゃね」
チーム全員が同意の声を上げる。
三条先輩の顔に青筋が浮かんだ。
「くそー、舐めるな!俺は甲子園ベスト4チームのメンバーだぜ!」
ピッチャーが投げる。球速140キロ前後――確かに上手いが、日本の高校でも打てるレベル。
カァーン!
打球はピッチャーの足元を抜け……ショート正面。華麗なグラブさばきで一塁送球。
「クソ……アウトか」
全員がそう思った――が、ヴェリナは一塁ベースを踏まない。
「え?」三条先輩が立ち止まる。
「ふふっ……早くおいでよ。君が来ないと、いつまでも判定が出ないよ」
「えええぇー!」
僕は即座に悟る。「やはりか……三条先輩!一か八か突っ込むしかないです!」
「ありなのかぁー!」
やけくそ気味に一塁へ走りこむ三条先輩。そのギリギリで、ヴェリナが軽やかにベースを踏んだ。
審判ロボの光が点滅。 > 「格闘判定スタート!」
瞬間、二人の姿が閃光に包まれ――マウンド上空の“円形土俵”に転送された。主審ロボのスキャンが開始され、三条先輩には外骨格型パワードスーツが支給される。
「おいおい。どれだけ実力差があるっていう判定なんだ?」
「白岳!このスーツで実力差は埋まってるんだよな?だったら行けるか?」
「とりあえず戦ってみてください!」
呉二河球場が総立ちになった。照明が赤く染まり、火星と地球の戦いが“格闘フェーズ”へ移る。
一ラウンド三分、決闘開始――! ゴングが鳴る。
「火星大王ぱーんち!」ヴェリナが可愛らしく叫ぶ。
「は?」 ちゅどーん!!!
パワードスーツごと吹っ飛ぶ三条先輩。円形土俵の外へ10メートル以上、吹っ飛ばされる。白目をむいたまま動かない。
「いまの何!?」「可愛い声でえげつねぇパンチ出たぞ!?」観客たちのざわめきが球場を包む。
3Dホログラムに結果が映る。『ヴェリナWIN』
再び地上へ転送され、僕らは駆け寄った。「やはり……三条では荷が重かったか……交代じゃな」
日美子監督の一言が、妙に静かに響いた。三条先輩はピクリとも動かず、僕らは全員で合掌する。
「三条先輩……すみませんでした」
――こうして、火星野球の洗礼を浴びた僕ら原宮高校だった。だがこの日、誰も知らなかった。ここから始まる“地球の逆襲劇”が、宇宙の歴史に刻まれることを。
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