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第十三話 初めてのデート…なのか?

 光葉からのLINEを確認し、「OK」の返事を送る。すぐに、ふわふわしたウサギの「ありがとう」スタンプが跳ねるように画面に届いた。


(……なんだよ、可愛すぎるだろ)


 スマホを置いた僕の口元が、自然と緩んでいた。たかがSNSのやり取り、されど思春期の心にはそれだけで十分すぎる破壊力を持っていた。中学時代は、それなりに人気があった。先輩からラブレターをもらったこともあるし、バレンタインデーには机がチョコで埋まるような経験もした。でも、不思議なほど心は動かなかった。どこか他人事だった。


 それが、今はどうだ。クラスの女子が話しかけてくるたびに、無意識に声のトーンが上がるし、心拍数もAIに制御されなければ数値が暴走していたかもしれない。……きっと僕自身が、少しずつ「大人の男」になってきてる証拠なのだろう。


 長谷光葉ながたにてるは。高校に入って、最初にできた友達。そして――お世辞抜きで、可愛いと思う。中学時代なら、間違いなく無自覚に距離を取っていたはずの女の子だ。けれど今は違う。もしも首都圏の大型アイドルグループに光葉が混じっていたとしても、視聴者の誰も違和感に気づかない。むしろ、センターを張るタイプだとすら思う。


 ……ただし、彼女は強烈な「SF超常現象オタク」だった。


 突拍子もない発言。度を越えた好奇心。未確認飛行物体、心霊現象、未知の生物、都市伝説……関わってはいけないと理性が警鐘を鳴らすのに、なぜか放っておかない行動力を持っている。だからこそ、僕は今日、ちゃんと向き合う覚悟を決めた。彼女に、自分の気持ちを伝えよう。


 ──僕は秘密を持っている。だからこそ、彼女を巻き込む前に、僕自身の意思で線を引かなければ。


 いつものバス停に着いたのは、約束の10分前。なのに、光葉はもう待っていた。制服ではない、私服姿の光葉は……いつも以上に、可愛かった。 (……ずるいな)  軽く胸が跳ねた気がした。


◇◆◇


「ヤスくん、ありがとうね。来てくれて嬉しい!」


 光葉は軽くスカートの裾をつまみ、ぺこりと小さくお辞儀をした。頬がうっすらと紅潮し、その目には、春の陽差しのような柔らかい光が宿っていた。ほんの少しだけ、はにかんだような笑顔。そんな彼女を前に、僕もつい目をそらしたくなった。普段は突拍子もない言動ばかりの彼女だけど、こうして見ると、やはり普通に可愛い。


「いやいや、気にしないで。昼からやることもなくて暇だったから。誘ってくれて嬉しいよ」


 少し緊張しながらも、僕は努めて自然に返した。心のどこかが、じわりと温かくなる感覚。


「ごめんね。君のことを考えてると夜も八時間しか寝れなくて……わたし、寝ても覚めても君のことばかり考えてるの」


 彼女は、どこか真剣な表情で言ったが、その内容がすごすぎて思わず吹き出しそうになる。


(いやいや、八時間も寝てたら十分寝てるって!)


 心の中で盛大に突っ込みつつも、顔には出さずに苦笑いで受け流す。


「そうなんだ。あまり僕のことは考えすぎない方がいいよ。それより今日はどこに行こうか?」


 話題を変えつつ、僕は少し歩幅を合わせるようにして光葉の横に立った。


「ヤスくんに任せるよ。わたし、この街はまだ全然わからないし」


 光葉は嬉しそうに笑いながら、僕の顔を覗き込んでくる。そんな表情を見ていると、僕の心拍センサーが妙に忙しくなる。


(人が多い場所は……避けたいよな)


 僕は人通りが少なく、あまり同級生に会わなさそうな場所を頭の中でリストアップした。そして、ちょうどよさそうな場所を思い出す。僕たちはバスに乗り、本通り五丁目バス停で降車。そのまま呉市役所を横目に見ながら、公園の方へと足を運んだ。


◇◆◇


 場所は呉市中央公園。市役所の裏手にひっそりと佇むこの公園は、普段からあまり人がいないため、ちょっとした散歩や会話には最適だった。日曜の昼下がり、木々の間を抜けるそよ風が心地よく、陽射しがベンチに優しく降り注いでいる。僕たちはその木陰のベンチに腰を下ろした。光葉の柔らかいスカートの裾がふわりと揺れる。


「今日はいい天気でよかったね」


 僕は少し緊張を隠しながら話しかける。すると光葉は、ふんわりとした笑みを浮かべて頷いた。


「ホントにそうだね」


 穏やかな空気が、二人の間に流れる。けれど、それも束の間だった。


「あのー、話って?」


 僕が切り出すと、光葉の表情が少し引き締まる。彼女は一瞬、言葉を探すように視線を泳がせたが、やがて意を決したように、そっと僕の方へ体を向けた。


「えーと、ヤスくんもわたしに話があるんだよね?」


 光葉は声をひそめ、僕の顔をじっと見つめてくる。その表情には、いたずらっぽさと真剣さが絶妙に同居していて、目をそらしたくなるような、でも見ていたいような、不思議な感覚に襲われた。


「ああ。でもまず先に光葉ちゃんの話が聞きたいかな」


 僕が促すと、光葉はひとつ頷いて、ベンチの背もたれに軽くもたれながらも、視線はしっかりと僕を捉えていた。


「うん、じゃあ私から話すね」


 その言葉とともに、彼女の表情がぐっと真剣になる。さっきまでの柔らかい笑顔が消え、代わりにオカルト研究家としての顔──いや、信仰にも近い確信めいたものが滲んでいた。


「あのね、君に初めて会った入学式の朝からずっと考えてたんだ。きみはきっと尋常ならざる者……宇宙人か異世界人か、化け物が憑依した霊能力者じゃないかって」


 ズバァァァン!と核心に迫るそのセリフに、僕は思わず目を瞬いた。


「いやいや、買い被りすぎだよ。そんなファンタジー世界の住人みたいなことはないからね」


 苦笑しながらも、内心では冷や汗が伝う。これが彼女なりの「真面目な告白」なのかと思うと、尚更タチが悪い。


「そうなの? じゃあ超能力者とか?」


 光葉は疑うようすもなく、まっすぐな目でさらに踏み込んでくる。その純粋さに、逆に僕の方が戸惑ってしまう。


「そんな力が実在するならぜひ欲しいね。親父の性格を矯正したいんだ」


 僕が思わず本音を漏らすと、光葉は可笑しそうに「うふふ」と笑った。彼女の笑顔が、どこか癒しにも感じられる。


「面白いこと言うね」


「本気でほしいよ」


 苦笑まじりに返した言葉に、光葉はさらに身を乗り出してきた。


「じゃあ悪の組織に攫われて手術された改造人間とか?」


(ううっ……だんだん的を得てきたぞ……)


 背筋にぞわりと冷たいものが走る。彼女の勘、笑えないほど鋭いかもしれない。内心では完全に警報が鳴っていたが、僕は乾いた笑いでなんとかその場を繕った。


「ははは……(乾いた笑い)……ソンナワケナイヨ」


「発音が怪しくなってるよ」


 光葉はいたずらっぽく笑いながらも、鋭い視線を崩さない。その探るような目に、僕は視線を逸らした。


「でもまあ、正体なんてなんでもいいの。ゆっくり解明するし。でも、この運命の出会いは絶対に逃したくない。ずっと側にいたい、そう思ってるの」


 彼女の声はまっすぐで、どこか切実だった。ほんの少し、胸がきゅっとなる。彼女の言葉が、僕の中の何かを確かに揺らしていた。彼女の言葉に、僕の心臓がわずかに脈打つ。正確には──心臓部に設置されたバッファモジュールが、わずかに振動していた。だがそれは明らかに、ただの機械的な反応じゃない。説明のつかない、温かくて心地の悪いような、くすぐったいような感情だった。


「光葉ちゃん。君が僕を面白がって、誰にも(観察対象を)渡したくない気持ちはわかったよ」


 僕は、言葉を選びながらも、できるだけ柔らかく返したつもりだった。少なくとも、彼女を突き放すようなことは言っていない。が、同時に、心のどこかで覚悟を決めるような重みも感じていた。


「でも、僕も君には話しておかなきゃならないことがあるんだ」


「なになに?」


 光葉の目がさらにキラキラと輝く。僕の言葉を、まるで冒険の始まりでも聞くような眼差しで受け止めてくる。


「実は、父のうっかりで、僕はなんだか国際的な謎の組織にマークされてるみたいなんだ。下手をしたら、光葉ちゃんの命も危ないかもしれない」


 真剣な気持ちで口にしたその警告は、きっと彼女の心にも届くだろう──そう思っていた。だが。


「すごい! めっちゃアガる!!」


 光葉のテンションは跳ね上がった。完全に予想外の反応に、僕の思考はフリーズする。


(え? 話、聞いてた??)


 危険性とかリスクとか、そういう言葉が一切届いていない。完全に「少年マンガ展開」として受け取っているらしい。


「そんなわけで、僕にはもうこれ以上近づかない方がいい。わかってほしい」


 僕はそれでも、なんとか冷静に言い切った。彼女の安全を思ってのことだ。


「うんうん、絶対離れない! どんな人がヤスくんを狙ってくるのかなあー。めちゃ楽しみだね!」


 にぱっと笑って抱きついてきた光葉のその勢いに、僕の防御反応は一瞬完全に停止した。


「……ん?」


 小さな身体が、ふわりと僕の胸に飛び込んでくる。そのあまりの自然さと、柔らかな感触に、僕の頭は混乱の渦へと叩き込まれた。


(あれ? なんか今、イベントが進行した……?)


「どんな敵が来ても蹴散らしてね!」


 彼女が僕の胸に顔をうずめたまま、ふわふわとした声で言った。


「うん」


 僕は反射的に答えてしまった。条件反射だった。何を承諾したのか、理解する前に声が出ていた。


「って、ええ?」


 我に返って、自分の言葉を反芻する。──やばい、めちゃくちゃ懐かれている。


「そうだ! わたしも改造してもらえないかなぁ! 尋常ならざる力……私も欲しい!」


 その目はまっすぐで、本気で言っているのがわかる。純粋で、危ういほどに無邪気な願望。


「止めておいたほうがいいよ」


 僕は即座に否定した。というか、本当にやめてほしい。僕みたいなのがもう一人いたら、色んな意味でこの国が保たない。


「やっぱり改造人間なんだ!」


 僕の否定は、肯定として受け取られてしまった。興奮を抑えきれない光葉は、探偵のように僕の体をまさぐり始める。


「どのあたりがそうなの?」


 指先でお腹をツンツンと突かれて、僕は軽く身をよじった。


「くすぐったいからヤメロようー!」


「つんつん。ここは?」


 何やら妙に楽しそうな笑い声を上げながら、光葉は追撃の手を緩めない。いつの間にか、完全にイチャイチャモードに突入していた。


◇◆◇


 そんな二人の様子を、呉市内某所の高層マンション屋上から監視する影があった。 西条ジェシカ(さいじょうじぇしか)。CIAから派遣された白岳の監視兼護衛役──のはずだった。彼女は今、軍用仕様のゴツい狙撃銃を携え、ビルの屋上で腹這いになりながらスコープを覗いている。その視線の先には、僕と光葉が仲良く並ぶ姿。そして──白岳の腕の中に飛び込む光葉の小柄な身体。


「……なんだこの気持ちは……」


 ジェシカの表情が曇った。冷徹さが売りのエリート諜報員であるはずの彼女の胸に、黒いもやのような感情が広がっていく。スコープ越しの視界で、光葉の顔がにこにこしている。その笑顔に、無性にイラついた。


「ああああぁぁぁぁ! なんかモヤモヤする……!」


 思わず銃を強く握りしめる。その勢いで、カチリと安全装置が一瞬だけ外れかけた。


「い、いかん……これは任務じゃない。感情で引き金を引くなんて──私はプロ失格……!」


 彼女は自分に言い聞かせるように、深く息を吸って吐いた。


「おかしい……白岳の横にいるのは、私のはずだったのに……どうして私がこんなストーカーみたいなことをしなきゃならない?」


 口に出した瞬間、その言葉の破壊力に自分自身がぎょっとする。だが否定できない。ジェシカの中で、確かに何かが変わっていた。それは嫉妬。恋。独占欲──。


「光葉がどこの諜報員か知らないが、うち(CIA)のメンツにかけて負けるわけにはいかん……!」


 嫉妬の炎が、任務意識という氷の仮面を焼き尽くそうとしていた。ジェシカはポケットからスマホを取り出し、シークレットモードに切り替える。暗号通信で、特別ルートの連絡先にアクセスする。宛先は、アメリカ国防総省、、ペンタゴン。


「こちら、サブジェクト・フェニックス。大至急、岩国基地に“アレ”を届けてくれ」


 その声に、わずかに震えが混じっていた。


「……私も腹を括ったさ。どんな手を使っても、白岳を振り向かせる……!」


 その目は、任務を超えた個人的な執念を帯びていた。スコープ越しの視界に再び収まったのは、笑い合う僕と光葉の姿。ジェシカの奥歯が、きしりと音を立てた──。

ここまで読んでいただき、本当にありがとうございます!

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