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第125話 ボールパークで会いましょう

 母との面会が終わって帰宅した翌日。


 僕は窓際の席で、昼食のメロンパンをかじりながら呉湾の穏やかな水面を眺めていた。昨晩、火星の女王である母と再会し、自分の出生の秘密、そして僕のサイボーグ化が愛の証であったことを知った。その温もりがまだ胸の奥に残っている。けれど――同時に、現実の重さものしかかる。感動的な夜の代償は、「火星の新プリンセスとの結婚を賭けた決闘」という、あまりにも重いものだった。


 アンニュイな気分で、すべてを投げ出したい衝動に駆られていた僕の耳に、その音が届いた。呉市街全体を揺るがすような、けたたましい音楽。それは「軍艦マーチ」だ。街中のすべてに響き渡るその音と共に、昨晩見た母の専用艦をはるかに上回る巨大な宇宙船が、白昼の呉の空を覆い尽くした。


 そして、空中に放たれるアナウンス。街のあちこちに、あのヴェリナ・マーズ准将の3Dホログラムが、光の粒子で構築されて現れる。


「呉の皆さまー、こんにちはー!私は火星宇宙軍近衛艦隊所属のヴェリナ・マーズ准将です!」


 商店街の八百屋が手を止め、配達中の郵便屋が空を見上げる。誰もが一瞬、現実を忘れたように足を止めた。ホログラムのヴェリナは、片手を振ってチャーミングに挨拶する。光は風に揺らめき、どこか華やかな“お知らせ感”が街角を満たした。


「今日は、クリスマスに行われる火星と地球の親善火星野球のお知らせに参りました。実はこの試合は、私と原宮高校1年A組所属の白岳靖章様との決闘なんです」


 ヴェリナは頬に手を当て、身をよじる。ホログラムなのに表情のリアリティが高い。そこに変に生々しさがあって、僕は背筋がゾクッとした。


「わたくし……彼にぞっこん。きゃー、恥ずかしい!でも言っちゃう!なのにー彼からなかなか良いお返事を頂けないので、こうして実力行使することに致しました。火星チームが勝ったら、その瞬間に彼を宇宙にお連れするってことでご了承くださいませ♡」


 口調は通販番組みたいに軽いのに、やってることは町内放送の域をとっくに超えてる。


「試合は12月25日の13:00から、呉二河球場で行います。よかったらみんな見に来て下さいね!そうそう……これだけは言っておきます。靖章様に気持ちよく屈服していただくために、もし彼の火星行に異議がある方は、どなたでも試合に参加していただいて構いません。全力で叩き潰して差し上げますので。では呉市民の皆さま……次はボールパークでお会いしましょう!」


 ホログラムが消滅すると同時に、宇宙船は一気に高空へと離脱していった。


(……なんてこった。これでもう僕の平穏な高校生活は、完全に終わったわ)


 メロンパンを口にくわえたまま呆然とする僕を、クラスメイト達が取り囲み、次々と質問を浴びせかける。「火星のプリンセス?」「お前の母ちゃん女王なの?」「マジで野球で決闘?」……。説明する気力が全然わかない。ひとつずつ答えるのは面倒だ。


 廊下の端から青山先生が猛スピードでダッシュしてきた。


「白岳~!貴様何やったんだ!?生徒指導室へ直ちに来い!」


 先生は本気で怒っているようで、僕の手を掴んで教室から引っ張り出した。だが連れて行かれた先は生徒指導室ではなく、いつものSF研の部室だった。どうやらグループラインが回っていたらしい。部室にはメンバーが次々と集合する。皆、怒るやら、悲しむやら、笑うやら、混乱の表情だ。


「よーし、全員揃ったな。白岳……話を聞こうじゃないか?」


 青山先生の声は真面目だった。個人戦の競技と違って、この戦いは一人ではできない。頼りになるのはこのメンバーだ。僕は覚悟を決め、昨晩の全てを話し始めた。


 ◇◆◇


 沈黙のあと、部室の空気がゆっくり震えた。カーテンの隙間から差す冬の光が、散らかった机を照らし出す。誰もが息をひそめ、僕を見ている。


「ヤスくん……ひどいよ。火星人の知り合いがいたなんて。何でもっと早く教えてくれなかったの?」


「それがね……知り合ったのは僕も昨晩初めてなんだ」


 言い訳のように呟くと、マリナが顎に指を当てて考え込む。


「昨日面会に行った本当のお母さんの関係なの?」


「ダーリン……遂に接触したんだ。火星王家と」


「おいおい……何なんだ火星王家って?」


 古新開が頭を掻く。笑うに笑えない表情だ。


「あの噂は本当だったのか……白岳康太郎……地球人類史上初めて火星のプリンセスをナンパした男」


 青山先生の呟きに誰も突っ込めない。たぶんみんなの理解を超えているからか。


「そんな……それじゃ白岳君は火星人なの?」


 麗の声がわずかに震えた。至極当然の疑問だろう。


「みんな落ち着いて。昨日の話じゃ僕は地球と火星のハーフらしい。ついでに言うと、僕の母は現役の女王で、さっきの宇宙船の美女がその王位継承者候補。それでアプローチされてる」


 しん……と静まり返る部室。時計の針の音だけが、現実感をつなぎ止めていた。


「すげぇーな。しかし、出会ったばかりの女性にすぐモテるのっておかしくないか?」


 古新開のぼやきが、ようやく空気を動かす。


「うむ……実は変態親父の話じゃ『白岳家の男子は代々、なぜかヤバい女に惚れられるという宿命を背負っている。そして、その娘がヤバければヤバいほど愛も重い。年上のヤバい女はさらに』だそうなんだ」


「ハッ!それってマジかも?」


 光葉の顔から血の気が引く。声は小さいのに、全員の耳に届いた。


「光葉? 何か思い当たる節でも?」 ジェシカが問いかける。


「自分の事で恐縮なんだけど……日美子ちゃんのヤスくんへの執着愛が実はもの凄くて。夢枕でヤスくん愛を延々語る日も……」


 全員の視線が一点に集まる。沈黙。次の瞬間、古新開がそっとため息を漏らした。


「確かにヤバくて年上だな……」


「ねぇねぇ、それを言うなら青山先生もヤバくて年上の女だよ?」


 マリナのその一言がトリガーだった。全員の視線が、ゆっくりと先生へ。

 逃げ場のない射線。青山先生は一瞬、静止し――その次の瞬間、爆発した。


「ええぇー!そのー、確かに白岳は可愛い!監視対象になった時から付き合いたくて堪らなかった!しかし……私は教師……白岳は生徒……どんなに愛していてもダメだろ!一線を越えてはッ!?」


(越えないでください先生!)


 心の中で全員が同時にツッコんだのが、はっきり分る。 


「すごい……教師という理性で抑え込んでたのね。私はダメだったけど」


 ジェシカの呟きが、なぜか妙に湿っぽく響く。


「ジェシカ? あなた何か隠してた?」 麗が驚くように呟く。


「今だから言うけど……私の実年齢、18歳だから。任務のために年齢詐称してました。ごめんね、ダーリン」


 彼女のカミングアウトに妙に納得する僕がいた。


「いやいや……もう何を言われても大丈夫さ。あの火星のプリンセスを見たから」


 自嘲気味に笑う僕の声が、部室の壁に虚しく反射する。笑いと呆れが、ひとつの空気になって漂っていた。


 ◇◆◇


 騒動がひと段落し、部室にようやく静けさが戻った。窓の外では冬の光が傾き、カーテンの隙間から射す橙色の筋が、散らかった机やカップの影を長く伸ばしている。誰もが言葉を探すように沈黙していたそのとき、マリナの膝の上で丸くなっていた家猫姿の福浦が、尻尾をぴんと立てた。


「白岳~、お前どうするニャ? 野球部を率いて決闘するのかニャ?」


 瞳が心配そうに揺れている。彼なりに本気なのが伝わってくる。

 

「私たちでよかったら手伝ってあげようか? どう考えても一筋縄で行く相手じゃないでしょ?」


 波多見先生が腕を組み、落ち着いた声で言う。彼女の声は冷静だが、その瞳の奥には確かな闘志があった。


「たぶんですが……『甲子園ベスト4まで行って調子に乗ってプロ志望届を提出。ドラフト指名の記者会見場まで用意したのに、結局どこからもお声が掛からなかった』……あの三条先輩レベルじゃ太刀打ちできないと思うんです」


 その言葉に、全員が苦笑した――まるで“冗談”のつもりで。ドアノブがわずかに回る音がした。バァーン、と音を立ててドアが勢いよく開く。


「白岳~、皆まで言うなよぉー! 大学行って4年後のドラフトでプロになるつもりなんだからよぉー!」


 そこに立っていたのは、噂をすべて聞きつけた三条先輩と野球部の有志だった。額にうっすら汗を浮かべ、息を切らしながらも、みんな目だけは真っ直ぐに光っている。


「先輩! 来てくれたんですか?」


「ああ! 今度は俺たちがお前のピンチを救う番だ! 野球部を舐めんじゃねぇぞ!」


 その言葉には、かつて甲子園を沸かせた男たちの誇りがあった。しかし、僕の口から出た言葉が、彼の情熱を一瞬で凍らせる。


「先輩……気持ちは嬉しいですが……今度のは野球であって、野球にあらず。火星ルールの野球なんですよ。下手したら野球部から死人が出ます」


「……え?」 三条先輩の顔が見る見るうちに蒼白になった。

 

 ――火星野球とは!?それは、ただのスポーツじゃなかった。――この冬、僕らは地球でいちばん“命がけな”クリスマス試合に挑む。

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