第124話 火星の新プリンセス登場
母の専用艦の艦内プライベートルーム。僕らは親子三人、ようやく水入らずの時間を過ごしていた。両親の語る――太陽系を股にかけた駆け落ち騒動や、二人の馴れ初め、そして僕が生まれたばかりのころの話。どれも新鮮で、まるで壮大なSF映画を早回しで見せられているようだった。
しばらくすると、母あてに艦内通話が入る。受話を終えた母は「やれやれ」と肩をすくめ、僕ら父子へ向き直った。
「康太郎、ヤスくん……実は今回地球を訪問したのは、別の要件もあってね。それを今から説明したいんだけど、いいかしら?」
「もちろん大丈夫。ミレイアの頼みなら大抵は何でも聞くとも」
「それを聞いて安心したわ。ヤスくんも落ち着いて話を聞いてね」
母がチャーミングに片目をつむる。実母ながら、その仕草にドキッとしてしまうのが悔しい。
そして席を立ち、隣室へ消えた。母が去ったあと、部屋には紅茶の香りと、わずかな緊張の残り香が漂っていた。
すかさず父が身を寄せ、小声で囁く。
「(どうだ? 母さんの感想は?)」
「(父さんが惚れるのがわかるよ。ていうか、美人すぎるだろ)」
「(身分や国家の縛りが無かったら……だがこれも運命、今は受け入れてる)」
「(今はラーナさんがいるしね)」
「(バカ! それは内緒にしてるんだ。発言には気を付けろよ!)」
「(わかった。下手したら命日になりかねないよね)」
「(全然洒落になってないからな!)」
ひそひそ劇をしていると、豪奢な扉が音もなく開き、母がひとりの人物を伴って戻ってくる。
「二人ともお待たせ。実はね、二人に紹介したい娘がいるのよ」
母の隣に並んだのは――火星の軍人だろうか。スタイリッシュな軍服をきりりと着こなした若い女性。肩章と装飾からして、ただの将校ではない。
「紹介します。この娘は私の遠縁になるんだけど、火星の公爵令嬢でヴェリナ・マーズ准将よ」
光沢のある軍服がライトに反射し、まるで舞台のスポットライトを浴びたように彼女の輪郭が浮かび上がる。一瞬、息をするのを忘れた。麗人は虹色の髪を高い位置で束ね、まっすぐ僕の瞳をとらえた。
「はじめまして、ヤスアキ殿下。私は火星軍近衛艦隊所属士官のヴェリナ・マーズと申します。年齢は20歳です。お会いできて嬉しいです。本当に……なんて申し上げていいのか……事前の情報以上です。私はもうここで心に決めました!」
「は、はい? 僕は白岳靖章・16歳です。原宮高校一年A組所属、趣味特技は野球です。イマイチよくわからないけど、よろしくお願いいたします」
名乗り合うと、彼女はほんのり頬を染めた。視線が甘く揺れる。
(えーと……これは惚れられてる? 父のドライブ中の言葉が頭をよぎる……白岳家の男子は代々、なぜかヤバい女に惚れられるという宿命……いやいや、気のせいだ。気のせいであってくれ)
◇◆◇
自己紹介を終え、四人で応接のソファに腰を落ち着ける。侍女が淹れた香り高い茶が湯気を立て、場は一転してお茶会の空気になった。間近で見るヴェリナ准将は、母に劣らず光り輝く美貌――とりわけ眼力がすごい。けれど、僕を見るときだけ、その鋭さがやわらいで優しさがのぞく。
「実はね、ヤスくん。ヴェリナには将来的に私の後を継いで火星の王位に就いてもらいたいと思ってるの。現在、我がマリシア王国は王位継承権を持つ王族があまりいなくてね。次代の女王を能力や人望で決めようってなってるの」
「へぇー、そうなんですか。母さんが是非とも後継にって言うくらいだから、ヴェリナさんは優秀な方なんですね」
「まあそうだろう。この若さで将官だぞ? 火星王家に連なる公爵令嬢と言えど、軍務は基本的に実力主義だ。相当な手柄を挙げてこられたみたいだね」
「いえいえ……それほどでも。宇宙海賊の奴らを1,000隻ほど討伐した程度で。お恥ずかしい限りです」
「1,000隻!? すごいなぁ! カッコいいです」
思わず素の称賛が出る。ヴェリナ准将はキラキラと目を輝かせ、さらに頬を赤くした。
「ほ、本当にそう思います? ヤスアキ様?」
「はい!」
「やりました! 好感度MAX!!」
母は苦笑をこぼす。
「もうー、ヴェリナったらはしゃいじゃって。それでヤスくん……是非ともこのヴェリナと結婚してほしいのよ」
「なるほどー。彼女の王位継承も、靖章という現女王の息子と結婚すると盤石になると。ナイスアイディア!」
「さすが康太郎。話が早い!」
「ちょっと待って! いきなり結婚なんて言われても困るよ。まだ高一なんだけど!」
僕の制止をよそに、ヴェリナ准将は身を乗り出してくる。
「大丈夫です。このままこの艦で火星王国に参りましょう。私が手取り足取り王族としての教育を施して差し上げます」
「母さん、ヴェリナさん。申し訳ないけど、僕は今の地球の生活が好きなんだ。友達もいるし、その……彼女もいる。いきなり王位とか帝王学とか言われても困るよ」
「彼女がいる」の一言で、ヴェリナの表情が硬直した。
「そうなのですか……それでは難しいですわね」
母は横目でヴェリナの顔色をうかがい、口の端を上げる。
「ヴェリナ……どうする? アレで決めちゃうとか?」
ヴェリナ准将は立ち上がり、僕に深く一礼した。眼差しは再び鋼の光を帯びる。
「ヤスアキ様……私は決して貴方を諦めません。というわけで、ここに決闘を申し入れます」
「は? 僕と決闘ですか!?」
「はい……覚悟してください。私は強いです。貴方を取り巻くすべてを打ち負かし、必ずヤスアキ様を手に入れます!」
父は頭を抱え、天井を仰いだ。
「頼むから、出来るだけ穏やかな方法にしてくれないかなぁ? もうこれ以上マークされたら、俺も地球で暮らすのが難しくなるから」
「お父様にはご心配なく。競技は『野球』にします。ヤスアキ様の得意な競技で勝つ!これなら納得していただけるかと」
「……は?“火星人と野球”って、どんなレベルの話!?」
ヤバい女が、また増えた。しかも宇宙スケールで。
(母さん……僕の願いは“平穏な高校生活”なんですけど!)
――なのに、火星のプリンセスからの『宣戦布告書』を携えて帰宅する僕だった。
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