第123話 靖章…出生の秘密
呉市にそびえる灰ヶ峰山頂。
冬の夜気の中、眼下には港の灯が瞬き、その上空から――光の柱が降りてきた。巨大な宇宙船から降臨した謎の美女は、やはり――僕の母らしい。その人は、スタジャンにジーンズ、首にマフラーを巻いた、どこにでもいるような高校生の僕を見て、宝石のような涙をこぼした。そしてゆっくり近づくと、両手を大きく広げ、僕を包み込むように抱きしめた。
「ヤスくん……大きくなったわね」
胸の奥で、なにかが弾けた。懐かしいような香りに、心臓が跳ねる。どこか記憶の底にあった温もりが、ふいに蘇った気がした。
「こ、こんばんは……。あのー……貴女は本当に僕のお母さん……なんですか?」
「坊や……何も聞かされてないの?」
「はい。実はさっきまで、母さんが生きてるってことも知らなくて……」
母はゆっくりと僕の身体から離れると、背後に立つ父へと振り返った。その瞬間、虹色の髪にも負けないほど、母の表情が険しくなる。
「康太郎ォ!わりゃあ――わしの可愛い坊やに、一体どんな教育をしてくれとるんじゃ!?……返答次第じゃ、指の二、三本は詰めてもらうけんの!」
怒号が山頂に響き渡る。父は冷や汗をぬぐいながら、必死に笑顔を作った。
「ははは……嫌だなぁ、単なる誤解だよー。いろいろあって、今の今まで政府からも最重要秘匿事項になってたんだから」
「康太郎よぅー。わしはてめぇの思考は大体読めちょるんじゃ。巧みに嘘を混ぜて本当っぽく言うのうー」
母の目が細くなった瞬間――父の身体がふわりと浮き上がった。見る間に、地上三十メートルほどまで釣り上げられる。……恐るべき念動力だった。
「いやー! やーめーてー! ごめんよー! もう嘘つかないから~!」
「ちっ! 今はこれくらいで勘弁しちゃるけん」
そう言うと、母はふっと手を下ろした。父の身体が支えを失って、まっすぐ落下してくる。
「危ない!」
反射的に走り出した僕を、母が制した。両手を軽く動かすと、父の身体は空中で減速し、ふんわりと母の腕に収まった。その抱き方は――まるで落ちてきた赤ん坊を受け止める母親のようだった。
(……母さん、めっちゃ力あるなぁ)
「相変わらずじゃのう、康太郎。ふふっ、可愛いで。昔みたいに甘えてもええぞ」
抱きとめられた父が、落ち着き払って突っ込んだ。
「ミレイア……翻訳機の設定おかしいみたいだ。俺に話すときだけ広島ヤクザ言葉になってるんだけど」
母はそれを聞いた瞬間、顔を真っ赤に染めた。反射的に父をぶん投げる。展望台の床をゴロゴロ転がる父。
「いやぁー!恥ずかしい~!設定直さないと……!」
いちゃつきなのか、漫才なのか――もはや判断不能。僕はただ、呆然と立ち尽くすしかなかった。
(もう……どうしたらいいんだ)
◇◆◇
やがて、ようやく落ち着いたところで、母が言った。
「とりあえず……ゆっくり話をしましょう。こっちへ」
僕と父は、母の宇宙船に乗り込むことになった。SF研で散々UFO研究をしていたけれど、まさか自分が実際に牽引ビームで収容される側になるとは思ってもみなかった。
(光葉ちゃんに自慢できるなぁ)
船内は広大で、並んでいるのは戦闘用の宇宙艇らしい。どう見ても軍艦クラスだ。整然と敬礼する火星人の将校たちが並び、僕らを出迎える。やがて通されたのは、豪奢な王宮のような部屋。それでも、地球風の椅子やテーブルが置かれていて、どこか落ち着ける雰囲気だった。
「ようこそ、ヤスくん。私の専用艦へ。改めて自己紹介します――私は、ミレイア・マリシア。火星を起源とする宇宙国家《マリシア王国》の女王でもあります。よろしくね」
虹色の髪を揺らし、彼女は静かに微笑んだ。
「は、はいっ! よろしくお願いいたします!」
「ほほほ……そう硬くならないで。翻訳機の設定も直したから」
「どうだ? 靖章……母さんは凄いだろう?」
「うん。もう僕の一般常識なんか、地平線のかなたに吹っ飛んだよ」
◇◆◇
「昔話をするわね」
ミレイア女王は、少し懐かしそうに微笑んだ。
「私が康太郎と出会ったのは、今から二十年前。留学先の銀河連邦太陽系大学でのことよ」
「え? 父さんって宇宙に留学してたの?」
父は鼻を鳴らして胸を張る。
「ああ。地球代表選抜留学生十人のうちの一人だ。地球から初の派遣だったんだ。彼らの超文明を学ぶためにな」
「私たちはすぐに恋に落ち、交際を経て結婚したの。でも私は火星の王女。立場があったから……銀河連邦警察やら火星の追跡艦隊を振り切って駆け落ちしたのよ」
話のスケールが違いすぎて、僕は頭を抱えた。
「それって周りにめちゃくちゃ迷惑かけてない?」
「ははは……俺たちのおかげで、地球の星間国家承認がいまだに凍結中だ」
「なにやってるんだよ!」
「それで地球で隠れて暮らしてたんだが、ヤスくんが生まれて……結局、火星に戻って王位を継ぐことになったの」
「星間紛争を避けるためにも仕方なかったのだ」
「カッコいい言い方すんな!原因はほぼ父さんじゃないか!」
「そう言わないで。私が康太郎を愛したのは本当よ」
「おかげでお前は父子家庭になったが、母さんの尽力で地球も守られた。結果オーライってやつだ」
父は僕の目を避けるように、早口で言い切った。
◇◆◇
「あなたがサイボーグなのも、理由があるの」
ミレイア女王の言葉に、僕は息をのんだ。
「そうなの? てっきり父さんの変態趣味だとばかり」
「俺とミレイアの結婚は、地球人と火星人の稀なケースだ。お前は地球環境に完全適応できなかった。子どもの頃、病弱だっただろう?」
「そういえば……中学までよく休んでた」
「原因は特定できたけれど、治療法がなかった。そこで火星の医療技術を応用して、お前を改造したんだ」
「健康になるだけじゃなく、将来、宇宙でも生きていけるようにね」
「俺は身をもって知ったんだ。星間航行に地球人類はまだ脆弱すぎる。サイボーグ化は――新しい進化の形だ」
僕は、両親の真剣な言葉を黙って聞いた。いままで「異常だ」と思っていた自分の身体が、愛の証だったのだと知った。胸の奥が熱くなった。サイボーグとしての“僕”も、“息子”としての僕も――両親に、間違いなく、愛されていた。そしてその事実が、どんな宇宙よりも、あたたかかった。
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