第122話 母からの面会要請
十二月に入り、期末テストも終わると、残るイベントはクリスマス、冬休み、大晦日。僕たちSF研は、いかにも高校生らしい――いや、これまでの騒動を思えば奇跡的とも言える――平穏な日常を過ごしていた。
アメリカ大統領・ドナルド・ポーカーが政策を大転換し、世界平和に全力で動き始めたこともあって、ジェシカも最近は比較的穏やかな顔を見せている。……あの“暴れん坊大統領”から無茶ぶりが来ないだけでも、だいぶ平穏だ。
クラスの話題はすっかり恋愛モードに染まり、廊下の向こうで「付き合ってください!」の声。次の瞬間、「キャー!」という歓声。 ……はい、またカップル誕生です。クリスマス強いな。
そんな冬のある日――。白岳家のリビングでは、あの変態親父が珍しく真剣な顔で電話を受けていた。相手の声は聞こえないが、どうもかなり高圧的にまくし立てている様子だ。この世に、うちの親父にそんな態度を取れる人間なんているのか? と首をかしげていると、電話を切った父が深刻な表情でこちらを振り返った。
「靖章……実は大変なことになった」
「父さんがそんな顔で言うってことは……どうせろくな話じゃないよね?」
僕はため息を隠さず返す。すると父は両手を広げて言った。
「いやぁー、ガチでヤバい。これから話すことを真剣に、かつ心を落ち着かせて聞いてくれ」
その声色だけで嫌な予感が確信に変わる。
「はいはい……どうせクリスマスケーキの予約を間違えたとかでしょ?」
「違う!実はな……お前の実母が面会を求めてきたんだ」
僕は思わず吹き出した。
「ははは……また冗談を!死んだ母さんが黄泉がえったとでも言うの?」
だが父は、まるで天気の話でもするようにあっさりと言い放った。
「お前の母親は死んでないぞ。どこでそういう話になったのか知らんが、今もピンピンしてる」
その言葉があまりに普通に出てきたので、一瞬、冗談かと思った。
「ええっ!? 僕が幼稚園の頃……父さんが泣きじゃくる僕に『母さんは死んでお空の星になった』って言ったじゃん!」
幼い日の記憶が鮮明によみがえる。
「よくそんな嘘を覚えてるなー、ワハハハ!」
「ウソだったんかーい!」
「まあ、半分当たりで半分嘘だ。とにかくお前の母さんに会いに行こう」
父はそう言うと、義母のスヴェトラーナ博士と義妹のマリナに留守番を頼み、愛車のコペンを車庫から出した。2シーターの軽スポーツカーじゃ、母さんを乗せられないはずだが……本当に「面会」だけなのか?そんな疑問を胸に、僕は助手席に乗り込んだ。
◇◆◇
車は夜の国道を走り、呉越峠を越えて広島方面へ。駅や空港へ向かうのかと思いきや、父は途中でハンドルを切って北上しはじめた。時刻はすでに21時を回り、車窓の外は真っ暗。エンジン音だけが静寂を切り裂いていた。
「靖章……母さんのことは覚えてないよな?」
「まあね。だって父さんたちが離婚したのって僕が二、三歳の頃だろ?」
「そうだな。お前には悪かったが、仕方なかった」
僕は窓の外に流れる街の灯を眺めながら、ぽつりとこぼした。
「うちには母さんの写真も画像も動画もない。顔も想像つかないよ」
「まあ、超絶美人だった。そして……とにかくいろいろとヤバい女でもある」
その言葉に胸がざわつく。
「会うのが怖くなってきたよ」
「実はな……白岳家の男子は代々、なぜかヤバい女に惚れられる宿命を背負ってる。そして、その女がヤバければヤバいほど、愛も重い。年上のヤバイ女はさらにだ」
「えーと……マジ? ってことは、僕の周りにいる女の子って……みんなヤバいってこと?」
父はハンドルを握りながら、実に涼しい顔で頷いた。
「うん。俺から見ても若いころの自分のモテ方を見てるようだ」
「確かに思い当たる節だらけだよ……じゃあ!ラーナさんはどうなんだよ?そんなヤバい女には見えないけど?」
「そうか?ロシア科学アカデミーのサイボーグ開発主任というだけで十分ヤバい。あと……来年くらいには弟か妹ができるから」
「ええっ!?」 僕は言葉を失った。
「彼女の夜の顔のヤバさはまあ……その……火をつけた俺にも責任あるからな」
父は遠い目をした。
「もうー!なにやってんだよー!!」
父の二重のカミングアウトで、僕の脳は軽くショートした。そのまま車は街灯も途切れた山道へと入り、ぐんぐんと登っていく。
◇◆◇
たどり着いたのは、呉の旧市街を北から見下ろす「灰ヶ峰」山頂。標高737メートル。真冬の風が肌を刺し、体温を一気に奪っていく。眼下には呉から広島までの夜景が広がり、まるで宝石を散りばめたようだった。父に促されて展望台に立ち、夜空を見上げる。漆黒の闇の中、空気がかすかに震えた。耳の奥がキーンと鳴る。……何かが“いる”。
僕の補助頭脳AIが、いつもの調子で告げた。
「ぴこーん! 全長1,000メートル、二等辺三角形型――艶消し外装の巨大宇宙船を確認!」
次の瞬間、上空から光の柱が地上へと降り注ぐ。白く輝く円柱が展望台を包み込み、その中心にひとりの人影がゆっくりと降下してきた。僕と父は息を呑んで見守る。やがて、そのシルエットが女性のものだと分かった。彼女は光の中を静かに歩み降り、虹色に揺らめく髪と、神話の女神のような装束をまとっていた。
「父さん……まさか……あの人が母さんなのかい?」
「ああ。久しぶりに見るが、相変わらずいい女だぜ。くれぐれも粗相のないようにな」
「どういうこと?」
父は夜空を見上げ、平然と告げた。
「母さんはな……火星の女王なんだ」
「おいおい……」
その瞬間、光の柱の中から彼女が降り立った。瞳にはうっすら涙が浮かび、微笑を浮かべて僕を見つめる。冷たい夜風が吹く中、彼女はまるで星の光そのもののように美しかった。そしてその瞳には――母が息子を見つけた安堵と、王としての決意が同居していた。夜風が、なにか大きな話の始まりを告げていた。
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