第十二話 サイボーグの憂鬱
体力テストという名の嵐を、なんとか無事に(?)乗り切った僕、白岳靖章。だが、僕の平穏無事な高校生活を過ごすための試練は、まだまだ続くらしかった。次は身体測定や内科検診だ。
間もなく中間考査の発表もあるけれど、勉強については特に不安はない。言っておくけど、サイボーグであることの自覚がなかった中学時代から、機械的な能力を使わずに、ちゃんと自分の頭脳で成績は出している。
まあ、世界的に有名な変態科学者ではあるが、人並み外れた頭脳を持つ父・白岳康太郎の血を引いているのだから、当然と言えば当然か。教科書は一回、目を通したら全ページ理解できるし、記憶しろと言われれば二~三回音読すれば記憶できるのだ。
◇◆◇
日曜日の朝。僕はいつものように、朝食を摂りながら父と向かい合っていた。今朝のメニューは、ご飯、納豆、目玉焼き、みそ汁、ひじきという、昔ながらの和食である。父は新聞を読みながら、ふと顔を上げた。
「靖章、どうだサイボーグ生活は? エンジョイしてるか?」
父の口から、朝食の食卓に似つかわしくない言葉が飛び出す。
「そうだねー……いつバレないかひやひやしてるよ。もう何人か、疑いの目で見てる感じだし」
僕は、目玉焼きを箸でつつきながら答えた。ジェシカや光葉、それに古新開の顔が脳裏をよぎる。
「むぅ、外見的に完璧に仕上げたつもりなんだがなぁ」
父は、不満そうに腕を組みながら唸った。いやいや、外見だけの問題じゃないから。
「それから、今度、内科検診とかレントゲンとかあるけど、大丈夫なのか? 変な影とか映らない?」
最も心配なことを尋ねると、父は自信満々に鼻を鳴らした。
「その辺りは手は打ってある。偽装用のギミックも仕込み済みだ。安心していってこい」
「了解したよ。どんな仕組みか想像できないけど」
父のことだから、きっととんでもない仕掛けが施されているのだろう。考えたくもない。
「それはそうと、中学時代以上に身体能力や感覚器官やら、色々と強化しすぎてない? 教室から見える呉湾の、旅客高速艇の乗客の顔がわかるのはさすがにやりすぎだと思うんだけど」
僕は、みそ汁を一口すすって、本音をぶつけた。これは本当に困っているのだ。
「そうかぁ? その辺りの機能はスポンサーさんの要求だからめっちゃ頑張ったんだよ」
父は悪びれる様子もなく、むしろ得意げに言った。スポンサー。ああ、その話だったか。
「この際だから、スポンサーのことも教えてよ。既にクラスに変なやつ来てるし」
ジェシカたちのことを指すと、父は「ああ」と頷いた。
「言ってなかったかな? あれだ、アメリカだよ。具体的にはアメリカの軍産複合体に、今の大統領が絡んで金を出してもらってる」
「ブホォッ!」
思わず、ご飯が喉に詰まった。勢いよくむせ込み、僕は口元を拭う。
「な、なんてヤバい所に資金援助してもらってるんだよ!?」
「しょうがないだろ。日本政府に出せる?って聞いたら、コンペになってな。結局、防衛省の予算は両谷(康太郎のライバル変態科学者)のヤツに持っていかれたんだ」
父は、急に恨みがましい声になった。
「くそーっ! あの野郎、いつか絶対ぶっ潰してやる。コンペに負けなきゃ、もっと自由に改造できたのにー!」
父は、心底悔しそうに拳を握りしめる。拳が震え、味噌汁の湯気まで巻き込む勢いだ。目の奥に、どこか少年のような怒りの光が宿っている。いやいや、待ってほしい。その "もっと自由" が一番怖いんだけど。
「今より自由って、どれだけ怪しいんだよ……。それで僕は将来どうなる予定なのかな?」
「まあ、お前は試作品扱いだから、アメリカのために直接働くとかはないかな。向こうにはデータとか設計図とか色々と渡すことで手を打ってるし」
父の言葉に、少しだけ安堵する。直接的な駒にはならない、と。
「じゃあ今後は、僕みたいなのがどんどん量産されるってこと?」
「それはどうかな? お前ひとり改造するより巡洋艦一隻(約10億ドル)作る方が安いし、ポンポン改造は出来んだろ」
父は、しれっと言ってのけた。
「なるほど……そんなに金がかかってるのか。この身体、大事にしなきゃだね」
僕が思わず納得すると、父は身を乗り出して、声を潜めた。
「ここだけの話だがな。実際はもっと安く済ませてる。余った予算は他の研究開発費に回してるんだ。いいか? 内緒だぞ」
父は、僕に人差し指を立ててみせる。いたずらっぽい笑みを浮かべながら。
「それって、予算の不正経理じゃ……。命狙われない!?」
「(ひそひそ話で)だから内緒って言ってるだろ。裏帳簿はお前の身体の中に隠してある。家より安全だろうしな」
父は、さらに声を潜めて耳打ちした。
「ブハッ!!」
思わず、みそ汁を盛大に吹き出した。わかめが食卓に飛び散る。
「やめろぉぉー! そんな危険物を持たせないでくれよ!」
僕は、必死に抗議した。
「心配するな。並みの技術じゃ取り出せんし、解読もできないからな、ハハハ」
父は面白そうに笑っている。僕の身体が、そんなとんでもない機密を抱え込んでいるなんて。
「他に何か隠し事とかあるの? いい加減、僕で遊ぶのは止めてほしいんだけど」
僕は箸を置き、重いため息をついて父に尋ねた。もはや諦めにも似た虚無感が胸に漂う。しかし、父は僕の言葉などまるで耳に届いていないかのように、いつもの調子で話を続けた。
「そうそう、長谷光葉ちゃんだっけ? あの娘可愛いなぁ。お父さんにも紹介してよ」
突然飛び出した名前に、僕の心臓が跳ね上がる。箸がピクリと止まる。
「な、なんで長谷さんの事を知って!?」
背筋に冷たい汗が伝う。まさか、僕の生活が完全に監視されているのか……?
「もしかして、僕の身体のどこかと研究室のメインコンピューターとかが繋がってるとか!?」
恐る恐る問いかけると、父は茶碗を持ち上げながら実にあっさりと答えた。
「今更だろ。今時どこでも5Gだし。屋外なら衛星通信機能も付いてる。ただ4Gの場所だと、ちょっぴりパフォーマンスが落ちるんだよなぁ」
ご飯をよそりながら言う内容じゃない!
「おいおい、僕ってスマホかよ! 通信途絶したらどうなるんだよ??」
半ば叫び気味にツッコむ僕に、父は悪びれることもなく笑顔で返してきた。
「まあ、その時は人間モード(能力はそのままに、モニター機能なし)に切り替わるから大丈夫だ。知ってるだろ? 人間は電波なしでも生きていけるって」
「クソ親父……! 僕のプライバシーの為にも、通信を切る方法を教えろ! じゃないと研究室で大暴れするぞ!」
食卓をバンッと叩き、マジギレの怒声をぶつける。
「えぇー……お前のモニタリングがお父さんの趣味、今の最大の楽しみなんだよ。ジェシカちゃんもいいよな、あの娘も今度紹介してくれよ」
父は子供のように唇を尖らせ、全然反省の色がない。いや、こいつ大人だよな??
「やーめーろー! 僕がメインコンピューターを破壊する前に教えろ!!」
怒鳴り返す僕の声に、ついに父が渋々折れる気配を見せた。
「ちぇ、つまらんやつだなー。お前のセンサーを使って計測した青山先生のスリーサイズを教えるから、もう少しダメかな?」
「ダメだろ!」
僕は即座に全力拒否した。反射で声が裏返った。父の提示した情報がくだらなすぎて、さすがにこれ以上は脳が処理しきれなかった。──こうして、僕は何とかプライバシーを確保するための方法を入手した。
◇◆◇
父・康太郎博士から「通信を一時的にオフにするコマンド」を聞き出した僕は、自室に籠もって即座に試してみることにした。デスクに座って、コマンドを頭の中で実行する──ピッという音と共に、内側で何かが切り離されたような感覚が走る。
(……あ、ホントに繋がってたんだ)
脳の片隅に常にあった“誰かに見られている”ような違和感が、すっと消える。静かだ。こんなに静かな頭の中、久しぶりかもしれない。僕はそのままベッドに倒れ込んだ。布団の感触が心地よくて、まるで体重がふっと軽くなったように感じる。
(これで少しは、ゆっくりできるか……)
窓の外は雲一つない晴天。日曜日の朝の光がやわらかく部屋に差し込んでいた。──光葉は今頃、何してるかな?そう思った瞬間、脳裏にあの笑顔がふわりと浮かんだ。ちょっとだけ、頬がゆるむ。
その時だった──枕元に置いたスマホが、軽やかな通知音と共に振動した。
「……ん?」
画面を見ると、LINEのアイコンがぴょこっと跳ねている。差出人は、長谷光葉。トーク画面を開くと、画面いっぱいに可愛いネコのスタンプがドーンと表示され、その後に続くテキストには、こう書かれていた。
ヤスくん、午後から時間あるかな?
よかったらデートしない?
OKだったら、いつものバス停で13時に集合ね♡
一瞬、思考が止まった。脳内のAIはオフにしているはずなのに、なぜか再起動したような感覚に襲われる。 ──で、でーと!? 布団の中で身体がビクンと跳ねた。思わずスマホを落としそうになる。 やばい、これはやばい。日曜の午後、あの光葉と二人きり……デート……!?
「……人間モードでも、心臓に悪すぎるんだけど……」
そんなぼやきが、自然と口からこぼれた。けれど、不思議とイヤな感じはしない。むしろ、胸の奥が、ほんのりとあたたかい。僕はスマホを握りしめながら、そっと呟いた。
「……よし、行くか。通信切ったままの方が、きっと落ち着いて話せるよな」
そんなわけで、サイボーグの僕は今日、青春という名のバグに突入することになった──。
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