第117話 大統領来日予告
ハロウィンも終わり、特に行事予定もない十一月。僕は久しぶりに平穏無事な日々を送っていた。
一方で世界情勢はますます混迷を迎えていた。その原因は、他でもない米大統領ドナルド・ポーカーの独善的な政治姿勢にあった。国内ではありとあらゆる分野に首を突っ込んでは大統領令を乱発し、反対する言論には徹底した圧力(弾圧)。外交でも各地の紛争に口を挟んでは、脅しと取引を繰り返す。まさに「暴れん坊将軍」さながらだ。
しかもこの男、好き嫌いが極端だ。支持者には徹底した優遇、反対者には冷遇。そして「アメリカファースト」を掲げ、それを世界に押し付けている。世界の国々が閉口する中、目立ちたがりのこの男は、今日もさらに目立とうとしていた。
◇◆◇
ある日の朝。いつもの四ツ道路バス停で広電バスから降りると、西条ジェシカがうかない顔で僕を出迎えた。いつもなら元気よく手を振って「ダーリン!」と呼びかけてくるはずなのに、その声色は沈んでいる。
「ジェシカさん、おはよう。どうしたの? なんか元気ないね」
僕が声をかけると、横から光葉が心配そうに覗き込む。
「ジェシカちゃん、顔が暗いよ。何か悩み事でもあるの?」
ジェシカは一度ため息をつき、無理やり笑顔を作ってみせた。
「ダーリン、光葉、おはよう。……とりあえず登校しましょう。歩きながら話すわ」
僕と光葉は目を合わせる。ジェシカがこんな調子のときは、十中八九ロクでもない話が飛び出してくるのが常だった。胸の奥に小さな不安が広がる。坂道を登りながら、ジェシカが口を開いた。
「ダーリン……うちの大統領って知ってる?」
「まあ、ニュースとか毎日出てるし」
僕が肩をすくめると、光葉がすかさず両手を広げて大げさに答えた。
「暴れん坊将軍って感じだよね。なんであの人を当選させちゃったの?」
「うっ!それについてはノーコメントよ」
ジェシカは顔をしかめ、手を振って話題を打ち切ろうとする。
光葉はニヤリと笑い、わざとらしくジェシカの横顔をのぞき込んだ。
「まあまあジェシカちゃん。それで大統領がなにか?」
光葉が軌道修正を促すと、ジェシカは少し声をひそめた。
「ここだけの話なんだけどね……実はお忍びで広島に来るの」
「へぇー、そんな話はニュースにもネットにもなかったけど」
思わず驚きの声を漏らすと、ジェシカは眉をひそめて答える。
「だから『お忍び』なのよ。それで、私も護衛に駆り出されるんだけど……ダーリン……君にも声が掛かってるの」
「えっ!? なんで一般人の僕が?」
僕は足を止めそうになった。思わず鞄を持ち直し、心臓がドクンと跳ねる。
「それはダーリンの認識よ。こちらの世界ではあなたは『白岳康太郎の最高傑作』としてマークされてるんだから」
(嫌なマークだなぁ、涙) 思わず心の中で突っ込む。
「それでヤスくんにも護衛の依頼があったの?」
光葉が軽く首を傾げながら尋ねる。
「それはないわ。護衛はSPがいるし。……でも、どう考えても絶対何か危険があると思うの」
ジェシカの表情は険しく、足取りも重い。
「アメリカさんはうちのスポンサーだし、親父も依頼があれば断らないだろうな。まあ、対策とか考えておくよ」
僕が努めて軽い調子で答えると、横で光葉が楽しそうに笑った。
「ヤスくん……またまた楽しそうな話だね」
「光葉のその鋼のハートが羨ましいわ。私は今から胃が痛いのに」
ジェシカが額を押さえて呻く。
「それって青山先生の持ちネタだよ」
僕がつい口を挟むと、三人で同時に吹き出した。坂道の空気が少しだけ明るくなり、ジェシカの表情もようやく柔らかくなるのだった。
◇◆◇
その日の夕食時。白岳家のダイニングには、湯気の立つ寄せ鍋の香りが広がっていた。テーブルには湯気で曇る眼鏡を外した父・康太郎と、箸を忙しく動かすマリナ、そしてワイン片手に微笑む義母スヴェトラーナ博士。いつもどおりの光景だった──はずなのに。父がふと真顔になり、鍋から豆腐をすくい上げながら口を開いた。
「靖章、今度の土日だけど暇か?」
箸を止められた僕は、ぽかんと顔を上げる。
「うん、特に予定はないよ。試験も近いし図書館で勉強するかなーって思ってる」
「実は広島にドナルド・ポーカーが来るらしい。お忍びで」
(来たなぁ……!)
頭の中でゴングが鳴る。嫌な予感しかしない。
「そうなんだ」
努めて平静を装って答える僕に、父はさらりと爆弾を落とした。
「すまんが、大統領がお前達SF研と遊びたいと言ってきたんだ。どうだろう? 一緒に行って遊んでやってくれないか?」
箸を落としかけた僕は、慌てて握り直す。
「えーと……大統領って確か79歳だったよね。僕らと遊ぶって……無理がないかな?」
「その点は大丈夫だ。行けば分かるよ」
ケロリとした顔で日本酒を口に含む父。その余裕が逆に怖い。
「遊びって何!?将棋?ポーカー?それとも鬼ごっこ!?絶対無理あるだろ!」
僕が食卓に突っ伏すと、父は何食わぬ顔で湯豆腐を頬張っている。
「まあ、大事なスポンサーって言うなら行くけどさ」
渋々言うと、父は軽く頷き、次の爆弾を投下。
「すまんな。マリナも一緒に行ってもらうから」
その言葉に、マリナは箸を投げ出す勢いで椅子から跳ね起きた。
「わーい!私も大統領と遊ぶー!」
目を輝かせてはしゃぐ義妹。僕は慌ててストップをかける。
「ちょっと待って!マリナが大統領の毒牙に掛かったらどうするの?あいつ女癖悪そうだし」
僕の必死の声も虚しく、義母のスヴェトラーナ博士はにこやかにワイングラスを掲げ、優雅に笑った。
「ほほほほほ、ヤスくん〜ご心配なく〜」
(この夫婦、めちゃめちゃ余裕だ……!)
僕だけ胃に穴が空きそうだ。
「お兄ちゃん!服は何着て行こうかな?」
マリナがもう遠足前の小学生のようにはしゃいでいる。
「二人とも、いつもの制服でいいそうだ。集合場所まではジェシカちゃんが手引きしてくれるんだと」
「了解したよ。他に何かアドバイスある?」
「まあ、あとは彼女が現地で教えてくれるだろう。いつもの感じで楽しんでくればいいさ」
呑気に晩酌を続ける父の姿に、僕は一抹どころか百抹くらいの不安しか覚えなかった。
──この依頼、本当に大丈夫なのか?
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