第112話 キスのお味は?
生徒会室からの帰り道。僕と光葉は、クラブ棟の部室へと戻ってきた。中では、いつものメンバーが江田島サイクリングの計画をわいわい話し合っている最中だった。
「みんなー、ただいまー!」
「光葉! おかえり。どうだったの?」
「また三毛太郎の話? この子はうちの子だからー! もうどこにもあげないから!」
マリナが福浦をぎゅっと抱きしめる。家猫姿の福浦は、彼女の豊かな胸に顔をうずめ、満足げにゴロゴロ喉を鳴らしていた。
「そうだぜ! 福浦は俺たちの大事な仲間だからな!」
古新開が胸を張るのを聞きながら、光葉は軽く手を振り、豪華な革張りの椅子に腰を下ろした。……この部室、なぜか椅子の格差がひどい。光葉は豪華な革張り、ジェシカは北欧デザインのおしゃれ椅子、マリナはふかふかクッション付き、麗は彫刻入りのチャイナ風。なのに僕と古新開は──背もたれすらない丸パイプ椅子。
(……この男女格差、きっとジェンダー委員会に訴えたら勝てる気がする)
まあ、今はそんなことはどうでもいい。どうせ福浦は男子の膝には絶対来ないし。
◇◆◇
「みんなに大事な話があるの。実は生徒会長の徳丸先輩から、とんでもない挑戦状を叩きつけられてしまって……それでどうしようか相談したいの」
「ほうー、挑戦状とはな。なんであれ、受けて立つぜ!」
「もう! ヒロ! まずは光葉の話を聞きましょう」
麗にたしなめられ、古新開は口をつぐむ。
「光葉が悩むくらいだ。またとんでもない条件なのか?」
ジェシカが怪訝な顔で僕たちを見やった。
「それはともかく……さっきからお兄ちゃんの様子がおかしいんだけど」
マリナが僕を指差す。みんなの視線が一斉に集まった先には──虚ろな目をした僕。頬は赤らみ、恍惚の笑みを浮かべている。
「ああぁ、ヤスくん、これは大丈夫じゃないわね。また夢の世界へ行っちゃったのかな」
「ダーリン! どうしたの?」
ジェシカが心配そうに身を乗り出す。
「実はね、私たち、さやか会長の素顔を見たのよ。その時からヤスくんの様子がこんな感じで」
「うーん……何か道術とか仙術の類かしら? 術中にハマってる感じ?」
麗が眉を寄せる。マリナは必死に僕の肩を揺さぶるが、僕の意識はまだ会長の美貌の檻に囚われたままだった。
そのとき。マリナの膝の上から、家猫姿の福浦が重々しい声を放った。
「これは、一種の呪い・・・魅了の術だニャ」
「なんだって!?」
「さやかの得意技だニャ」
ジェシカが福浦に目を向ける。
「福浦くんは元は生徒会室の猫、知ってるの?」
「ウニャ。さやかが素顔を見せて、副会長の子を籠絡していくのを見たことがあるニャ」
「えーん! それじゃあ、お兄ちゃんも籠絡されちゃうの?」
「このままだとニャ。しかし、解呪する方法もあるニャ」
光葉とジェシカが身を乗り出す。
「本当に!? お願い、どうすればいいか教えて!」
「そうよ! できることなら何でもするわ!」
「はい!はい!はい! 私だって!」
マリナも勢いよく手を挙げる。
「ウニャ。まあ簡単なことだニャ。白岳を愛する者が口づけをすれば、一発で目が覚めるニャ」
「なんだ、そんなことか。じゃあここは、彼女の私が……」
「ちょっと待った!」
光葉が僕に歩み寄ろうとした瞬間、ジェシカが仁王立ちで立ちはだかる。
「光葉より私の方が愛が深いわ。私がやるから!」
「ほほほほほ。みんな何言ってるの? 身内で、かつ許嫁の私以外に適役はいないでしょ」
マリナも負けじと前に出る。
三人の美少女がスクッと立ち上がり、互いに火花を散らす。光葉は拳を握り、ジェシカは胸を張り、マリナは腕を組む。
──修羅場。
古新開と麗は、ただ呆然とその三すくみを見守るしかなかった。
◇◆◇
その時、福浦が「まったく世話の焼けるニンゲンどもだ」と言わんばかりに僕の膝へ飛び乗った。
「えっ? 福浦が白岳の膝に乗った!?」
古新開が驚愕の声を上げる。
福浦は家猫姿のまま僕の顔に近づき──唇に「チュッ」と軽く触れた。ザラリとした舌が一瞬かすめ、背筋に雷が走る。
「はっ!!」
視界が一気にクリアになる。僕は跳ね起き、叫んだ。
「僕は一体何を!? 会長の術中に落ちていたのか?」
「白岳、面倒をかけるんじゃないニャ」
「うっ! 口が魚臭い! 三毛太郎、さっき猫缶食べたのか?」
「それがどうしたニャ。猫の口が魚臭いのは当たり前だニャ」
「くっ! 確かに!」
僕は慌てて部室を飛び出した。
「ともかく、ちょっと口を漱いでくる!」
「ええっ!?」
光葉、ジェシカ、マリナが声を揃えて驚く。
「三毛太郎のキスでも解除できたの!?」
「当たり前だニャ。わしの神通力をなめるんじゃないニャ! お前たちがガチ喧嘩しそうだから、仕方なくやったのニャ。口直しにちゅーるを要求するニャ!」
「ごめんちゃい……」
三人娘はしゅんと肩を落とす。
「マリナちゃん、三毛太郎にちゅーるをあげて」
「うん、わかったよ」
マリナがちゅーるを差し出すと、福浦はご機嫌にぺろぺろ食べ始めた。
◇◆◇
その頃、僕は水道で必死に口を漱いでいた。冷たい水を口に含みながら、鏡に映る自分の顔を見て愕然とする。
(……僕のキス履歴に福浦が追加された……!? いや、これはノーカウントだ! ノーカウント! ていうか、誰にも言えないやつだ!!)
全力で暗示をかけながら、部室へ戻る。
「ヤスくん! 何やってるの!」
「ダーリン♡ 私を差し置いて猫とだなんて、ちょっとショックだわ」
「お兄ちゃん……! もう知らないから!」
三人娘の追及に、僕は机に突っ伏し、頭を抱えて崩れ落ちた。 ──こうして大騒ぎの末に、ようやく生徒会との対決作戦会議が始まるのだった。
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