第十一話 嵐を呼ぶライバル対決
ジェシカとの密談(という名の警告)を終えた古新開が戻ってきた頃、体育館では新しい握力計がセットされていた。先ほどの「999kg事件」で破壊された旧機の代わりに、急遽予備の機材が引っ張り出されたのだ。
周囲には再び緊張感が漂っていたが、当の古新開はまるで何事もなかったかのように、にこやかにステップを踏みながら戻ってきた。そして、ジェシカにしっかりと目配せされたことを思い出したのか、今度は慎重に握力計に手を添えた。空気を読むスキルは、どうやら彼にもあるらしい。古新開の記録、左右ともに70キロ。
「おおーっ!」
周囲にいたギャラリーから再びどよめきが起きた。これは、一般的な高校生の平均を遥かに超える驚異的な数値だ。さすがに「999kg」ほどのインパクトはないが、十分すぎる存在感を示していた。ジェシカは内心ホッと胸を撫で下ろす。これくらいなら「人間の範疇」だと判断されるだろう。たぶん。
続いて、僕──白岳の番だった。握力計を前に立ち、そっと息を整える。力加減を誤れば、同じ道をたどる羽目になる。
(センサー起動、モード:模倣)
僕はまるで人間の皮をかぶった精密機械(事実そうなのだが)のように、意識して自分の握力を調整した。体内のAIが自動で出力を70kgに合わせ、感覚をシミュレートしてくれる。記録、左右ともに70キロ。測定結果を見た瞬間、光葉が飛び跳ねるように叫んだ。
「すごいよ二人とも! 勝負は引き分けだね!」
その無邪気な笑顔に、空気がふっと和らいだ。しかし、当の古新開は納得がいかない様子だった。
「ちぃぃー! 手加減がなければぁ~!」
握 力計を睨みつける彼の表情には、悔しさが滲んでいた。唇を噛み、拳を握る様子が、いかにも「熱血漢」らしい。そんな古新開を、ジェシカはすかさずジト目で睨みつけた。
(わかってるな?)
言葉はなくとも、その視線に込められたプレッシャーは圧倒的だった。古新開は、少しだけ肩をすくめ、苦笑いを浮かべる。目線を合わせ、アイコンタクトを送り返す。
(わかってるって!)
まるでスパイ映画の一幕のような二人のやり取りに、周囲は気づくことなく、測定は次の項目へと進んでいくのだった──。
◇◆◇
一方、体育館の端では、光葉が僕にキラキラした瞳を向けていた。彼女はジャージの袖を軽くまくり、まるで応援団長のような勢いで僕に詰め寄る。
「ヤスくん! 今日は幾つ世界記録出すのかな? わくわく!」
その無邪気な声に、僕はあきれたように眉を下げた。
「出さないから」
即答すると、光葉は「ええーっ」と肩を落とし、子犬のような顔で僕を見つめ返してくる。
「ええー! 宇宙大王の実力を見せつけてやりなよ!」
僕はおもわず額に手を当て、天を仰いだ。
「誰が宇宙大王だよ!」
まるで漫才のようなやりとりに、周囲の生徒たちがくすくすと笑い声を漏らす。
「あのさあ、僕は仮にも君の命の恩人なんだけど、それが宇宙大王とかでいいわけ?」
僕が呆れたように返すと、光葉は胸元で手を組み、頬を赤らめながら目を輝かせる。
「もちろん! その設定だけで、どんぶり飯三杯はイケるよ!」
その無限の妄想力に、背中にどっと疲労感がのしかかるのを感じた。光葉の背後には、まるで少女漫画のワンシーンのようなキラキラのエフェクトが見える気がした。ふわりと風に舞う前髪、まばゆいほどの笑顔──その外見の完成度と中身のギャップに、僕の思考回路はショート寸前だった。
(ビジュアルと台詞の内容が違い過ぎるだろ!)
僕の内心のツッコミなど露知らず、光葉は満面の笑みでこぶしを握っていた。
◇◆◇
その後も、体力測定は続いた。海自のハスキー犬(古新開)とサイボーグの宇宙大王(僕)は、身体能力のハイスペックぶりを見せつける。上体起こしでは腹筋の持久力を競い、古新開が勢い任せの爆速で、僕は機械のように無駄のない動きで、それぞれ驚異の回数を叩き出す。
長座体前屈では、古新開が人とは思えぬ柔軟性を披露し、「お前軟体生物とかじゃないのか……」と周囲をざわつかせた。一方の僕も、人工骨格の柔軟性を生かし、静かに記録を塗り替えていく。
反復横とびでは、古新開が砂埃を舞い上げながらダイナミックに動けば、僕は音を立てず、軌道が読めない流線型のようなステップで応戦。
立ち幅跳びでは、古新開の筋力に任せた大ジャンプに、僕が空気抵抗と着地角度を計算した制御ジャンプで並ぶ。
ハンドボール投げでは、二人ともボールが測定範囲を超えて、係の生徒が数十メートル走って計測する羽目になった。
一年A組のクラスメートたちも、まるで体育祭のエキシビションマッチでも見ているかのように盛り上がっていた。拍手や歓声が鳴り止まない。それを楽しそうに仕切っていた光葉が、声を張り上げた。
「1500m走は白岳くんの勝ち! これで三勝三敗一分けだね!」
トラックのコース上、古新開は肩で息をしながら膝に手をついて悔しそうに呻いた。
「くそう! 持久力は自信があったのに……!」
「はぁはぁはぁ……こっちもギリギリだよ。やるな、古新開」
僕は膝に手をついて息を切らすふりをしながら言葉をかける。実際には余力はたっぷりあったけど。
(すまん、本当は手抜きで楽勝だった。僕って電動自転車だしなぁ)
光葉は満面の笑みで、最後の勝負を告げた。
「よし! 最後は50m走だね! 二人ともここは本気で走ってみたら?」
「「なんだと!?」」
僕と古新開の声が、ピタリと重なる。周囲がざわついた。
(何者なんだ? 俺の手加減を見抜きつつ、最後に全力勝負を見たいだと?)
古新開は光葉の言葉に、困惑と興奮が混じった表情を浮かべる。
(長谷さん? どういうつもりなんだ? こいつと全力で走ったら、全日本陸上連盟からスカウトが来てしまいかねないぞ……!)
僕の内心は、AIの暴走レベルで悲鳴を上げていた。その瞬間、古新開にハンドサインを出すジェシカが見えた。手を前に出して、ぱたぱたと抑えるような動き。(古新開! わかってるな? 目立つなよ!)という警告だ。僕と古新開はお互いの顔を見やった。言葉はいらない。僕の眼を見たあいつの闘志に火が付いた!
「今日のクライマックスだな。手抜きはなしで頼むぜ、白岳!」
古新開の燃えるような闘志に当てられ、僕も決心した。
「仕方ない。全力勝負したいというなら、受けて立とう」
盛り上がる僕と古新開。
「位置について、よーい……スタート!」
号砲と共に、僕と古新開がクラウチングスタートから飛び出す。瞬間、空気が裂けるような音がした。二人の動きは、常人の目には残像でしか捉えられない。凄まじい加速でトラックを駆け抜け、周囲から「速すぎる……!」というどよめきが上がる。だが、25mあたりに差し掛かった時──
「ぶおおおおおおおっ!!」
突如、正面から信じられないほどの突風が吹き荒れた。教室の窓がガタガタと揺れ、カーテンが舞い上がる。その勢いに押し戻される形で、僕と古新開の足が一瞬止まりかける。
「おおおおー! なんだこれ!? 身体が前に進まん!」
「くそぉー! どうなってやがる!?」
超人的な力を持つ僕と古新開は、突風に顔を歪めながらも、筋肉と根性だけで逆風を押し切った。足元のグラウンドは砂煙を巻き上げ、前方が霞んで見える中── 勝負は同着。ストップウォッチの表示は6.0秒。高校生としては十分すぎる、というかやや人外寄りのスピードだった。
「はぁー! すごい風だったけど、結局勝負は引き分けだよ! 点数も同点だし!」
光葉が軽やかにスキップでもしそうな勢いで、笑顔で言い放つ。その言葉には、今起きた気象現象さえ「面白ハプニング」扱いするような、底抜けの明るさがあった。
◇◆◇
「やるな、白岳! 噂どおりの大したやつだ! 今日からお前をライバルとして認めるぜ!」
満足げな顔で額の汗を拭った古新開が、晴れやかに僕に手を差し出す。その掌には、泥と努力と情熱が詰まっているような、熱いものを感じた。
「おまえこそ凄い奴だな。ライバルは遠慮しとくが……」
僕は小さく笑いながら、その手をがっしりと握り返す。男同士の火花を交わしたあとの、静かな結び。まるで戦友のような握手だった。
その瞬間──ピコン、と僕の中でAIが余計な働きを始めた。 ──『男同士の友情が恋に発展する可能性について10の考察』
(やめろぉぉー! 僕はその方面の読者にネタを供給するつもりはないんだぁ!!)
脳内に広がりそうになったBLルートのシナリオを、僕は慌ててシステムリセットで蹴り飛ばした。
「勝負はともかく、この際だ! クラスのみんなで福住(フライケーキのお店の名前)へ行こうぜ! 俺のおごりだ!」
古新開の提案が炸裂した瞬間、校庭全体に「うぉおおおー!」という歓声が巻き起こる。完全にクラスの中心になっている。さすが熱血スーパーハイスペック男子。
「やれやれだな。まあいい。女子の分はわたしが奢ろう。心配するな、実家(CIA)は太いんでな」
ジェシカがあきれたようなため息をつきながらも、さりげなく太っ腹な提案をかぶせてきた。まさに母親力発動。
「やったぁ! みんなで親睦会しようよ!」
光葉はピョンとその場で跳ねながら両手を広げる。表情は満面の笑み。まさにイベント担当アイドルの勢いだ。
「僕も何か手伝うよ」
僕が言うと、周囲から「白岳もノリいいな~」という視線が集中する。やれやれ、また目立ってしまったか……。ワイワイと盛り上がる一年A組。青春のワンシーンが今、授業を飛び出して炸裂しようとしている。その光景を、職員室の窓から見下ろす者がいた。
「うちの子たち、楽しそうよねー。ホント、青春してるわ」
青山先生が、ペンを止めてぽつりと呟く。どこか寂しげな瞳で窓の外を見つめながら──
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