第100話 広島プライド
宮島に上陸した僕らは、島民たちの大歓迎を受けつつ、瓦礫の残る町の中心部へと歩を進めた。
けれど──そこに広がっていたのは、僕らの知るあの賑やかな観光地とはまるで違う光景だった。土産物屋は半壊し、町屋は崩れ、軒先の格子は無残に折れ曲がっている。まるで空から見えない巨人が拳を振り下ろしたような破壊の跡だ。瓦礫の陰から島民たちがちらりと顔を出し、その生活の苦労を物語っていた。胸の奥がじりじりと熱くなる。
──くそっ。何者かは知らないが、よくも宮島を……。
誰も言葉を発せぬまま進む僕ら。やがて、視界にあの大鳥居が飛び込んできた。朱塗りの巨木は真ん中から無惨に折られ、柱の片方は海に没して波間で揺れている。日本三景の象徴が見る影もない。
「あの大型建造物がこうも無残に切られるなんて……一体何が?」
青山先生が呆然とつぶやいた。
「くっそー!」 「許せねぇー!」 僕と古新開が同時に怒鳴り、福浦も「フウゥー!」と喉を鳴らし、頭髪を逆立てて唸る。
そこからさらに進むと、厳島神社が見えてきた。社殿そのものはかろうじて無事だが、周囲の被害は甚大だ。まるで何者かが「神社だけを意図的に避けて攻撃した」かのように見えた。
「皆さま、どうぞこちらへ」
紅葉に導かれ、普段なら拝観料を払って入る回廊を通り抜け、本殿に案内される。板の間の上に床几が並べられており、僕らは腰を下ろした。
「皆さま……少々お待ちください。父を呼んでまいります」
紅葉は奥へ姿を消す。しばらくして──小さな男の子を先頭に戻ってきた。
「あのー? 紅葉さん……お父さんはどちらに?」
僕が恐る恐る聞くと、紅葉は顔を曇らせながら答えた。
「はい……この子が父です」
「ええ!?」
思わず立ち上がる僕ら。
その少年は上座にきちんと正座し、澄んだ声で名乗った。
「驚かせて申し訳ない。こんな姿になってますが、私が厳島神主家の当主、佐伯景弘と申します」
十歳そこそこにしか見えない。けれど瞳には年輪の重みが宿っていた。
「これは!? なにか訳ありみたいだね、紅葉ちゃん!」
光葉ちゃんが叫ぶと、紅葉は唇を噛みしめ、必死に言葉を絞り出した。
「はい……父はもとは年齢相応の姿をしておりました。それが……この厳島神社に襲来する宇宙人によって、こんな姿に……」
言葉を途切れさせ、紅葉の目に涙がにじむ。
「なんだって!? 宇宙人……だと?」
古新開が声を荒げると、紅葉は震える肩を必死に押さえた。
「そうなのです。ここからは父が詳しくご説明いたします」
◇◆◇
佐伯景弘──小さな当主の黒髪の間からも、鹿耳がぴょこんと覗いている。
「本当にお父さんかな? めっちゃ可愛いね」
「どう見ても紅葉さんの弟にしか見えないけど」
マリナとジェシカがひそひそ声でささやき、場を少し和ませた。
「まあまあ……まずはお話を聞きましょう。私たちの帰還にも関わるはずだから」
麗が二人の肩を軽く叩いて促す。
「すいません、佐伯さん。お話を続けてください」
「はい。……まず、この世界での厳島神社では、我々人鹿族が神の使いとして仕えております。そして、その力の象徴こそが──『神鹿角』」
そう言って、景弘は黒髪の間から小さな角を示す。その瞬間、ほんの一瞬だが角が淡く光った気がした。
「鹿の角は毎年生え変わり、従来はその落ちた角をこの社殿に収め、女神様に力を返しておりました。
しかし、数年前より突如現れた『金星人』を名乗る宇宙人が襲来し、我々から神鹿角を奪うようになったのです」
「金星人だって!」
「はい。奴らは角を奪うだけでは飽き足らず……父のように成人した力ある人鹿を幼児化させ、抵抗力を奪う。さらに『神鹿角をもっと差し出せ』と脅し、大鳥居を破壊するまでに至ったのです」
紅葉の声は怒りと悔しさで震えていた。
「ひどい奴らだな」
青山先生の低い声に、社殿の空気が一層重くなる。
「なるほど……それで女神様の力も弱ってるのね」
波多見先生が小さく頷く。
「そうなのです。力を失った我々には、もはや金星人に抗う力は残っておりません。奴隷になる未来しかないと……そう思っておりました」
景弘の言葉に紅葉は拳を握りしめ──そして顔を上げる。
「そんな時に、女神様からの神託があったのです。この地に『対金星人用自立戦闘型決戦兵器』がやって来ると!」
紅葉の目が希望に輝く。その言葉を聞いた瞬間、僕の脳裏に浮かんだのは、父の作った「なんちゃって取説」のページだった。
「あのー、それってたぶん僕のことです」
僕の言葉に、佐伯親子は同時に息を呑み、そして目を輝かせた。
「おおぉー! 女神様のお告げは本物だった!」
「お願いします、勇者様! 是非宇宙人を懲らしめてください! 二度とこの地へ来れないように!」
佐伯親子が頭を下げた瞬間、僕らの胸に「ドクン」と心臓の鼓動が響いた。……もう、決して後戻りはできない。
必死に懇願する二人のその姿に、僕は静かにゆらりと立ち上がった。宮島、厳島神社に仇なす者。絶対に許さない。
「金星人? ははは……相手がどんな奴だろうとぶち回しますよ。二度とここへ来る気も起きないよう徹底的にね」
僕の目に宿る炎に呼応するように、古新開もゆらぁーっと立ち上がる。
「金星人だって? なめやがって! クソ野郎が……ボコボコにするだけじゃ飽き足らねぇ。生ごみにしてやるぜ!」
さらに福浦は「ポン」という音と共に巨大な猫又へと変化。鋭い牙を剥きだしてカチリと鳴らし、どどーんと仁王立ちだ。
「うにゃぁー! わしに殺らせろニャ! まとめてこの爪と牙の餌食にしてやるニャ!」
異様なオーラを放つ二人と一匹。怒りの波動が陽炎のように沸き立つ。
「お兄ちゃんが本気で怒ってる姿……初めて見た」
「というか三人ともどうしたの? 鬼気迫るっていうか……気合が半端ないんだけど」
マリナとジェシカが戸惑う。
「これは……奴らが広島県人の絶対に触れちゃいけない聖域に手を出したからだね」
波多見先生が静かに言った。
「例えば、広島カープをヤジられようが、お好み焼きをイジられようが、その程度で広島県人は動じない。でも……厳島神社と平和公園(原爆ドーム含む)は絶対ダメ。この宇宙人たち……終わったわね」
麗が「そうなんだ……(汗)」と小声でつぶやき、光葉ちゃんは目を輝かせて僕を見上げる。
「じゃあ、ヤスくんが宇宙人をぶっ飛ばす姿が見られるのね! わくわく!」
「いやいや……相手が宇宙人だろうと誰だろうと、本来は生徒を危険に晒すわけにはいかん!お前ら大丈夫なのか?」
青山先生が必死に突っ込みを入れるが、もはや遅い。僕ら広島県人の心には──烈火のごとき怒りの炎が燃え広がっていた。
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