第98話 秋の遠足へ
原宮高校名物・秋の遠足の日がやってきた。
一年生の生徒と教員、総勢250名が、朝から呉港中央桟橋に大集合。秋晴れの瀬戸内海をバックに、制服姿の行列が続く光景は、ちょっとした修学旅行の出発式のようだった。この学校の遠足はちょっと豪華。チャーターした大型フェリーで宮島へ渡り、厳島神社を参拝するというもの。陸路を使えば時間はかかるが、海からならあっという間だ。桟橋には真っ白な旅客フェリーが待ち構え、生徒たちはクラスごとに点呼を受けて乗船していく。
「一年A組は全員揃ったな。昨日のHRで言った通り、羽目を外さず楽しんでいくぞ。厳島神社に参拝したら、帰りの時間まで自由行動だ。ただし、集合時間までに帰ってこなかった奴は置いていくから覚悟しとけ!」
青山先生の声が、港に響いた。その瞬間、クラス中から「わはは!」と笑い声が広がる。
「冗談じゃなく、ガチで置いていくぞ! あと、修学旅行で来ている他校の生徒とトラブルを起こすな。最後に、宮島の鹿には気をつけろ!」
先生が指をピシッと上げる。
「先生! 宮島の鹿って凶暴なんですか? 私なら二、三匹くらい、すぐに捕獲できますけど〜」
マリナが無邪気に目を輝かせると、青山先生は顔を覆って天を仰いだ。
「うん……いい質問だ。白岳兄!可愛い妹が鹿を生け捕りしたり、狩猟しないようよく見張っとけ!」
「はーい! 了解です!」
「ロシア科学アカデミーサイボーグ科の遠足じゃ、シベリアノロジカを一人三頭捕獲しないと単位がもらえなかったんだけど」
「マリナ、宮島の鹿は神様の使いとして大事にされてるんだ。だから、そっと見守るのがルールだからね」
「そうなんだ。じゃあ、そうするよ」
彼女は神妙に頷いたものの、指先は「捕獲フォーム」を確認していた。
「だがな、奴ら観光客に慣れちゃって、おやつをねだったりして近づいてくることもあるから気をつけろよ」
古新開が横から助言する。
「そうなんだ! 気をつけるよ、古新開!」
「ああ……マリナは鹿を殴らないように気をつけてくれ!」
周囲がズッコケた。
フェリーに乗るというイベントに、光葉ちゃんは最初からテンション高め。
「わあ、船旅っていいよねー、ヤスくん!」
「そうだね。たまには潮風を感じながら景色を楽しむのもいいよね」
そこにジェシカも、ひらりと現れる。
「宮島は外国人にも有名な観光スポットなんでしょ? ダーリンは詳しいなら案内してよ」
「まあ、それほどでもないけど、広島県人なら生まれて何度かは行くもんだから、大体は分かるよ。じゃあ、みんなで一緒に行こうか?」
「いいねー! 私は宮島水族館にも行きたい!」
「私は色々な歴史的建造物とか見たいかな」
「OK! 任せておいて」
僕が胸を叩いた瞬間、古新開が割り込んできた。
「俺と麗は弥山に登るぜ! どっちが早いか競争するんだ!」
横で聞いていた麗は、こめかみに指をあてて小さくため息をつく。けれど完全にあきれているわけじゃない。むしろ古新開の勢いに慣れすぎて、自然とフォローする態度が板についているのだ。
「はいはい、わかったわよ。私が一緒じゃないと帰りのフェリーに遅刻しそうだから、ついていってあげるから」
その声音は面倒そうに聞こえるけど、目元はどこか優しい。
「ああ、頼んだぜ!」
古新開は嬉しそうに笑い、麗はほんの少し口元を緩めて肩をすくめた。
(野良犬に飼い主ができたような感じか)
(お馬鹿ハスキーに優秀な牧羊犬の相棒って感じかしら)
(犬ぞりにやっとマッシャー(操縦する人)が着任した感じ?)
心の中で僕、ジェシカ、光葉ちゃんが同時にコメントする。フェリーの座席で寝ていた福浦が、のそりと薄目を開けて二人を見やる。
(割れ鍋に綴じ蓋だニャ)
そんな心の声が聞こえた気がした。
「みんな、今なんか言った?」
古新開が不思議そうに聞くと、一同は「いえいえ」と首を横に振った。その視線を受け、麗は少しだけ頬を赤らめていた。
◇◆◇
秋晴れの瀬戸内海を、フェリーは順調に進む。船内では生徒たちがカードゲームをしたり、売店でアイスを買ったりと遠足ムード満点だ。護衛役の波多見先生も同行しており、窓辺で潮風を浴びながらムーの祈り歌を小声で口ずさんでいた。
出港して三十分。江田島と似島の間、大須瀬戸を抜けかけたときだった。
──ゴオオッ。
突如として、濃い霧が船を呑み込んだ。
「うん? この霧はなんだろう? 何か歪な力を感じるわ」
波多見先生が眉を寄せる。船長は面食らいつつも「一時的な気流の乱れ」と判断してそのまま前進した。やがて霧は嘘のように晴れ、視界が戻る。ただ、海の匂いがわずかに違った。塩気の奥に、焦げた木のにおいが混じっている──そんな気がした。
しかし──その瞬間から、僕らはすでに別の世界に足を踏み入れていたのだ。
船が厳島神社の方向へ向きを変え、フェリーターミナルへ進む。けれど、見慣れたはずの景色がどこかおかしい。そして──大鳥居が視界に入った瞬間、僕は凍りついた。朱塗りの大鳥居は無惨にも両断され、手前の柱が海に倒れ込んで水没していたのだ。波間に赤い柱の欠片がぶつかり合い、コン、コンと乾いた音を立てる。胸の奥に氷を落とされたように冷たくなる。
「なんだって!? 大鳥居になにかあったなんてニュースになってたか?」
「ねぇねぇ、ヤスくん……宮島って初めて来たけど、観光客らしい人って誰もいないみたいだけど?」
「私が調べた宮島と全然違うみたい。ここは一体?」
光葉ちゃんとジェシカが口々に困惑する。マリナが目を凝らし、桟橋を指差した。
「お兄ちゃん! なんだか人がいっぱい桟橋で手を振ってる! 歓迎されてる……のかな?」
よく見ると、何人かは手で大きな丸印を作っていた。合図? 警告? 判別できないまま、不安だけが膨らむ。
その直後、フェリーは速度を落とし、海上で停止した。異様な空気に気づいた船長が、上陸をためらったのだ。船内もざわめき始める。やがて船内放送が鳴り響いた。
「生徒諸君、ちょっと上陸を検討中だ。しばし待て。それで……白岳! 長谷! 西条! マリナ! 古新開! 黄幡! 福浦! 波多見先生! 至急、船長室まで上がってこい! 話がある!」
「ええぇー……なんで呼ばれるんだ? 何もしてないんだけど」
「ヤスくん! これはまたまた何か危険な香りがするよ! わくわく!」
「オーマイガー! いつものことだけど……できればホラー系妖怪は勘弁してほしい」
ジェシカ(=西条)はレザーバッグを肩にかける。中身はきっと武器だらけだ。
「お兄ちゃん、マリナ怖い〜!」
義妹が涙目で抱きつこうとするが、僕は華麗に高速ステップで回避。 スカッ! 残像を抱きしめるマリナ。
「お兄ちゃんのいじわる!」
「ウソ泣きなのバレバレだから」
マリナの行動パターンは把握しているのだ。
「ははははは! やはり何か事件か! 俺が出ねばなるまい!」
古新開が勢いよく立ち上がり、床をドンッと踏み鳴らす。本人は勇者のようなキメ顔だ。
「ヒロ! まずは落ち着いて!」
麗が慌てて袖をつかみ、古新開をたしなめる。その光景はどう見ても「イケイケの旦那と世話女房」だった。
福浦はのそっと体を起こし、のんびりとした声を出す。
「ニャ? もう宮島に到着したニャ?」
寝ぼけ眼で小首をかしげる姿が妙に愛らしい。クラスの空気が一瞬やわらぎ、あちこちから小さな笑い声が漏れた。
波多見先生は窓の外を見つめ、神妙に口を開いた。
「感じる……宮島の女神さまが、何かを訴えておられるわ」
光葉ちゃんを先頭に客室から出て行くSF研メンバー。
「やっぱりSF研か……」「一緒にいると退屈しないけど……」「……いや、やっぱり怖いんじゃ?」
ジト目のクラスメイトたちに見送られながら、僕らはフェリーの上層階──船長室へと向かうのだった。
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