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第十話 火花散る体力測定

 原宮高校では、この日、午前の授業をすべて体力測定に割り当てられていた。テスト項目は以下の通りだ。


 握力

 上体起こし

 長座体前屈

 反復横とび

 持久走(男子1500m)

 50m走

 立ち幅跳び

 ハンドボール投げ


 春の光が差し込む校庭や体育館には、生徒たちの歓声と笛の音が響きわたっていた。各クラスの男女が体操服に着替え、半袖のシャツからのぞく白い腕と、元気な掛け声が交錯している。一年A組は、一番最初の握力測定からのスタートだった。体育館の隅に設けられた測定コーナーに集まった僕たちの前で、光葉がまるでMCのように自信満々な笑みを浮かべていた。


「白岳くん! それから古新開くん! 今回の勝負だけど、私の裁定でルールを決めるよ!」


 にやりと笑って腕を組む光葉の表情は、完全にゲームマスターのそれだ。観戦モードに入ったクラスメートたちも、興味津々の視線を二人に注いでくる。


「おう、決めてくれ! どんな条件でも関係ないぜ。勝つのは俺だからな!」


 古新開は、快活な笑いを浮かべ、肩をぐるりと回して準備運動。そんな彼の自信満々な態度に、生徒たちの間にもざわめきが広がる。


「長谷さん的に、勝ち負けってどう決めるの?」


 僕はなるべく穏便に済ませたい一心で、慎重に尋ねた。


「そうだね……全種目の総合で上位をって言いたいところだけど、そういう曖昧な決着は面白くないよね?」


 光葉は楽しげに目を細め、指先で顎をトントンとつついた後、パッと閃いたように指を立てた。


「というわけで、一種目ごとに勝ち負けを決めて、勝ち越した方が勝者ってのはどう? これなら白黒はっきりするでしょ?」


「ははははは! 望むところだ! 前半で勝負が決まってしまうかもだがな!」


 古新開が豪快に笑うたびに、彼の背後に陽光が差し込み、まるで少年漫画の主人公のように輝いて見える。……くそ、テンション高すぎるだろ。


「一応八種目あるぞ。四勝四敗の時はどうする?」


 冷静沈着なジェシカが、髪をかきあげながら淡々と尋ねる。


「その時は、項目別得点表(テストの成績を1~10点で点数化する表である)で、より高得点の方を勝者にするわ!」


 光葉はどこからともなく取り出した採点表を掲げ、嬉しそうに得意満面の笑顔を浮かべた。


(先に古新開にやらせて、次にこちらが調整すれば、バレずに行けるはず……!)


「了解、それでいい」


 僕は小さく頷いた。こうして、僕と古新開の体力測定での勝負のルールが決定した。


◇◆◇


 最初に握力測定に挑んだのは、古新開だった。彼はトレーニングで鍛え上げた両腕を軽く回しながら、その場で軽くジャンプして身体をほぐす。無駄な脂肪のない筋肉が、ジャージの上からでもくっきりと浮かんでいた。


「よっしゃ、軽く準備運動をっと……」


 腕をぶんぶんと振り、やや誇張気味に肩を鳴らすと、古新開は自信たっぷりの笑顔で握力計を握り込んだ。 ──キィィィィィィィィィィィンッ! 甲高い電子音が体育館内に響き渡った。全員の視線が、瞬時に握力計の表示に集まる。


 デジタル画面に表示されたのは──「999kg」。カンスト。


「……え?」


 直後、体育館には小さなどよめきが生まれ、それが波のように広がっていく。


「ちょっと待って」「999!?」「うそでしょ?」


 戸惑いの声が生徒たちのあちこちから漏れ、先生も目を丸くしていた。古新開は、そのざわめきをまるで心地よいBGMのように受け流しながら、満足げに表情を緩める。握力計を片手でくるっと回し、無造作に宙へ放り上げてから、片手でキャッチした。まるでそれが、ただのリンゴでも握ったかのように。


「ははは! まずはウォーミングアップってとこかな! 次は白岳の番だろ!?」


 全く悪びれる様子もなく、僕に向かって挑発的にニヤリと笑ってみせる。その目には、少年漫画の主人公よろしく、真っ直ぐすぎる闘志が燃えていた。その様子を冷静に見ていたのは、ジェシカだった。彼女の表情からは一切の笑みが消えていた。腰の位置に置いた腕を静かに組み替え、冷たい視線で古新開の背中を射抜く。


(こいつも……ヤバいヤツだ……!)


 鋭く静かな内心の声。ジェシカは周囲の様子を一瞥すると、まるで訓練された兵士のように無駄のない動きで古新開に接近した。そして、片手で彼の腕を掴む。そのまま一言も発さず、体育館の外へと引っ張っていった。体育館裏、ひんやりとしたコンクリート壁の影。周囲には誰もいない。


「貴様もしかして強化人間か? 大方防衛省だろ!」


 ジェシカの声は低く、鋭く、明確な圧力を伴っていた。古新開は面食らったように目を見開いたが、次の瞬間にはニカッと笑って言う。


「いやいや、ただの高校生だぜ! まあ、毎週金曜日に海自カレーを食べてるがな!」


 さも当然のように答える彼の表情は、悪びれた様子も、隠すそぶりすらもない。


「よく聞け!」


 ジェシカの目つきがさらに鋭くなる。空気がビリッと張り詰めた。


「手加減しろ、目立ちすぎるな!」


 真っ直ぐに言い放つジェシカの声に、古新開は本気で理解できないという顔で首を傾げた。


「なんで?」


 そのあまりにも素直すぎる反応に、ジェシカはこめかみに青筋を浮かべた。


「私はお前の同類(諜報員)だ! 任務に支障が出るだろ!」


 言ってしまった。ジェシカは内心で舌打ちする。それを聞いた古新開の瞳が、パッと輝きを帯びた。


「なんだと!? 君は俺の同志(正義の味方)だったのか!?」


 両目を希望に満ちた光で輝かせる古新開。彼の脳内では、ジェシカが陸自か空自にいるという特殊戦隊候補生(将来同じチームになる)に自動変換されていた。


「なるほど! 理解したぜ、相棒!」


 ニカッと笑いながら、力強く親指を立ててみせる。ジェシカは頭を抱えたくなるのを堪えつつ、深呼吸して言い聞かせる。


「いいか? 考えなしに突っ走るな! とりあえず人並み以上はオッケーだが、超人級は許さんぞ!」


 その言葉に、古新開はしばし唸る。


「ああ、了解した! しかし、白岳には負けたくないんだが……!」


 拳を握り、地面を睨むように悔しさを滲ませる。ジェシカは一瞬、彼を見下ろすような目をしたが──すぐにため息交じりに言う。


「大丈夫だ。そこは合わせてくるはず。いい勝負にはなる」


 靖章なら、きっと分かっている。彼ならやってくれる。そう信じて、ジェシカはそう言った。


「でも負けたらフライケーキを奢るんだぞ……負けたくないー!」


 古新開は、まるで対戦型ビデオゲームに負けて悔しがる小学生のように、両手をぶんぶんと振って地団駄を踏む。ジェシカはため息をつくと、半ば投げやりに叫んだ。


「ええーい、フライケーキ(一個100円)なら私が奢ってやる! うち(CIA)の資金力を舐めるな!」


 その言葉に、古新開は目を輝かせた。


「おおっ頼もしいな!(陸自さんはお小遣い多いのか?)」


 ジェシカの頬が、ほんのわずかに引きつった。


(……もう訂正するのも面倒だ)


 彼女はそのまま無言で背を向け、静かに深呼吸した。

ここまで読んでいただき、本当にありがとうございます!

少しでも楽しんでいただけたなら嬉しいです。


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