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風林火山、中原を翔ける ~武田勝頼、三国志異聞~  作者: チャプタさん


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第二十九話『風林火山、最後の戦い』

建安二十五年(220年)秋。中原ちゅうげんの広大な大地を揺るがす、武田勝頼たけだかつより軍と曹操そうそう軍の激突は、秋風が冬の気配を運び始める頃まで、数ヶ月に及び、苛烈な、一進一退の攻防が続いていた。互いに二十万を超える大軍をぶつけ合い、毎日が血と肉が飛び散る死闘であった。両軍とも多くの将兵を失い、疲れ果て、鎧は泥と血で汚れ、顔には深い疲労の色が隠せない。糧秣の消耗も激しい。戦線は、まるで二匹の巨大な龍が互いに食らいつき、膠着こうちゃく状態に陥っていた。しかし、天下の覇権、そして自らの存亡を賭けたこの戦いにおいて、退くという選択肢は、曹操にも、勝頼にも、どちらの陣営にも、微塵もなかった。


戦線が張り詰めたまま動かなくなる中、勝頼軍の軍師・法正ほうせい孝直こうちょくは、遠く荊州けいしゅうの拠点に残り、兵站の維持と情報収集を担う丞相・陳宮ちんきゅうと、飛脚を駆使して密に連絡を取り合いながら、この状況を打破するための大計を、夜を徹して練っていた。そして、曹操軍全体の弱点、そしてそれを突く自軍の強み(機動力、特殊部隊、日本の技術)を冷静に分析した結果、ついにその策を実行に移す時が来たと判断した。


「御館様(勝頼)…大計、実行の機、到来しましたる…今宵…今宵、決行いたしまする…」


法正は、勝頼に、静かに、しかし確かな重みをもって告げた。その瞳には、冷徹な計算と、長年の苦労が報われるであろうという、成功への強い確信が宿っている。


その夜。月も厚い雲に隠され、辺りが物の形すら判別できぬ深い闇に包まれた頃、激戦が続く前線から、曹操軍の警戒網を掻い潜り、勝頼軍の陣営から、精鋭中の精鋭、「風林火山組」の兵士たち、総勢数千名が、音もなく、まるで闇夜に溶け込むかのように抜け出した。彼らは、陳宮と法正の指示、そして現地の地理に詳しい者の手引きで、日本の忍びの術を応用した隠密行動で、昼間は想像もできぬほど厳重な曹操軍後方の警戒網を、巧みに潜り抜け、そのさらに後方に位置する、曹操軍全体の生命線である巨大な兵糧集積所へと、水が流れるように忍び寄っていた。そこには、数十万の曹操軍を支える、膨大な量の食料、兵器、飼葉かいばが、空を突くほど山と積まれている。ここを破壊されれば、兵糧と兵器を失い、継戦能力を失うことは必定であった。


「放て!」


夜襲部隊を率いる、勝頼子飼いの、特に信頼厚い隊長(かつての風林火山組の生き残り、元黄巾賊の男であった)の、静かな、しかし確かな号令が響いた。風林火山組の兵士たちは、一斉に用意していた火矢を放ち、そして懐に忍ばせていた「焙烙火矢ほうろくひや」を、轟音と共に兵糧の山へと投げ込んだ! 乾燥した季節、そして油などがかけられた兵糧は、瞬く間に炎上。火は恐るべき勢いで燃え広がり、巨大な火柱が夜空を焦がし、遠くの前線からも見えるほどとなった。爆発音と炎の轟音が、夜の闇を切り裂く。


「な、何だ!?」「敵襲だーっ! 兵糧庫が襲われたぞ!」


「火を消せ! 早く! 我らの生命線だ!」


曹操軍の陣営は、突如として地獄のような大混乱に陥った。兵士たちは、何が起こったのか分からぬまま、慌てて消火にあたるが、火の勢いはあまりに強く、また、暗闇の中から容赦なく射かけられる「風林火山組」の矢が、消火活動を妨害する。恐怖と混乱が、全軍に広がった。


この混乱は、遠く前線で戦う曹操軍本隊にも、瞬く間に伝わった。兵站へいたんを断たれたという事実、補給が途絶えるという絶望は、兵士たちの士気を急速に、そして決定的に低下させる。背後から上がる巨大な炎と、混乱の報告は、彼らの戦意を根こそぎ奪った。


「今だ! 全軍、総攻撃を開始せよ!」


この千載一遇の好機を、勝頼が見逃すはずはなかった。彼は、前線で風林火山の旗を高く掲げ、全軍に総攻撃を命令した。泥と血にまみれた兵士たちの間に、新たな活力が宿る。夜明け前、勝頼軍の、大地を揺るがす凄まじいときの声が、夜の闇を切り裂いて響き渡る。


「者ども…! 全軍突撃! 目指すは…曹操の本陣! 敵の心臓を突くのだ! この武田勝頼に…続けぇ!」


勝頼は、愛用の日本の太刀を抜き放ち、自ら先頭に立ち、張遼ちょうりょう黄忠こうちゅう魏延ぎえんといった歴戦の猛将たちと共に、混乱状態にある曹操軍の中央へと、まるで嵐のように突き進む!


曹操もまた、兵糧庫の炎上と、勝頼軍の総攻撃という、未曾有の危機に、ただ手をこまねいていたわけではない。彼は、驚きと、そしてこの窮地をどう凌ぐかという厳しい判断力を宿した目で戦況を見据え、必死に立て直しを図った。夏侯惇かこうとん曹仁そうじん張郃ちょうこうといった歴戦の将たちに、全力を尽くして勝頼軍の突撃を食い止めるよう厳命する。


壮絶な白兵戦が展開された。勝頼軍は士気高く、波のように押し寄せる。風林火山組は、その連携と日本の武具で曹操軍を圧倒。張遼、黄忠、魏延らも鬼神のように戦い、突破口を切り開く。曹操軍も、必死に抵抗し、中原の意地を見せる。両軍の兵士たちが、互いの命を奪い合い、戦場は、まさに血の川と死体の山が築かれる、凄惨な地獄絵図と化した。


勝頼は、降りかかる矢や矛を払い、敵兵を異様な切れ味の太刀で薙ぎ払いながら、ただ一点、曹操の本陣を目指して突き進む。彼の周りには、常に「風林火山組」の精鋭たちが盾となり、その道を切り開いていく。


「曹操孟徳…! いずこにおるか! 武田勝頼…見参!」


勝頼の声が、激しい戦闘の喧騒を貫いて、戦場に響き渡る。彼の心には、天下統一への、そしてこの乱世を終わらせるという強い意志だけが宿っていた。


そして、ついに、勝頼は、血と煙に包まれた曹操の本陣へと到達した。親衛隊が必死に最後の守りを固める中、中軍の旗の下に、白髪を増やしながらも、その瞳に、なお乱世を生き抜いてきた覇者の威厳を失わない一人の老将が、静かに、しかし確かな構えで剣を手に立っていた。曹操孟徳、その人である。


周囲の激しい戦闘の喧騒が、まるで嘘のように遠ざかり、二人の間に、張り詰めた静寂が訪れる。勝頼と曹操。日出ずる国から来た異邦の龍と、中原の覇王。二人の英雄が、乱世という運命の糸に導かれるように、今、宿命の対決のために、相対した。


言葉はいらない。互いの視線が、長年の戦いと、それぞれの歩んできた道を映し、激しく火花を散らす。勝頼は、馬から飛び降り、愛用の日本の太刀を、静かに、しかし確かな手応えと共に抜き放った。曹操もまた、一歩も引かず、老練な、そして隙のない構えで、勝頼を迎え撃つ。


二人の剣が、嵐のように、そして稲妻のように、激しく、そして緻密に打ち合わされる。勝頼の剣技は、若さと、異文化の中で培われた鋭さに満ち、変幻自在。電光石火の斬撃が、曹操を襲う。対する曹操の剣は、重厚にして老獪ろうかい。一切の無駄がなく、一撃一撃に、長年の経験と、天下を握らんとする覇者の重みが込められている。金属音が鳴り響き、火花が散る。


勝頼は、曹操の剣を受けながら、その巨大な器、そしてその瞳の奥に潜む、民を思いながらも非情な決断を下さねばならなかった孤独、そして乱世の苦悩を感じ取っていた。この男もまた、単なる悪ではない。自らの信じる「法」と「力」の道を進んできたのだ、と。


一方、曹操もまた、勝頼の持つ、中原の武人にはない異質な強さ、その瞳の奥にある誠実さと、力だけでなく民を思う心に、ある種の、かすかな、しかし確かな敬意を抱き始めていたのかもしれない。「もし…もう少し…もう少し早く…出会っていれば…」そんな思いが、この期に及んで、彼の脳裏を、稲妻のように駆け抜けたであろうか。


しかし、戦場は非情である。そして、天下を巡る勝負に、情けは存在しない。激しい、死力を尽くした打ち合いの末、勝頼の、全ての技と力を込めた渾身の一撃が、ついに曹操の剣を弾き飛ばした! 高い金属音と共に、剣が宙を舞う! そして、返す刀で、勝頼の研ぎ澄まされた刃が、曹操の胸元へと、容赦なく、そして確実な軌道で迫る――!


だが、勝頼は、とどめを刺す寸前で、その動きを、まるで氷のように停止させた。太刀の切っ先が、曹操の胸の鎧に触れる寸前で止まる。深手を負い、地面に膝をつく曹操。その顔には、疲労と、そして死を覚悟した色が浮かんでいる。もはや、抵抗する力は、微塵も残っていない。


周囲で激しく戦っていた両軍の兵士たちも、この二人の対決の結果を、まるで時が止まったかのように、固唾を飲んでその光景を見守っている。前線の喧騒が、遠い幻のように感じられた。


「…見事なり…東瀛の武田勝頼…わしの…負けだ…」


曹操は、苦しげに息をつきながら、静かに呟いた。その顔には、天下を失った悔しさよりも、むしろ、長年に渡る血腥い戦いと、重圧から解放されたかのような、かすかな、しかし確かな安堵の色すら浮かんでいた。


勝頼は、血の滴る太刀を鞘に納めた。


「曹操殿…貴殿の…覇業…天晴れであった…中原を…よくぞ…ここまで…」


勝頼は、曹操という男への、敵ながらの敬意を示した。


「されど…時代は…新たな…『和』の世を…求めておる…力と…法だけでなく…民が…心から…安らかに…暮らせる世を…」


勝頼は、地面に膝をつく曹操に手を差し伸べた。


「降伏を…受け入れられよ…曹操殿…貴殿と…貴殿の将兵たちの…名誉は…わしが…この武田勝頼が…保証する…」


曹操は、しばし、勝頼の、偽りのない、そして民を思う瞳を見つめた。そして、その差し伸べられた手を、力なく、しかし感謝の念を込めて握った。


「…よかろう…この…曹孟徳…貴殿に…降る…」


その言葉と共に、中原の覇者、曹操軍の抵抗は、完全に終わりを告げた。曹操の降伏を知った他の将兵たちも、戦意を失い、次々と武器を捨て、勝頼軍に降伏した。


長きに渡った中原大戦は、ついに、武田勝頼の完全なる勝利によって幕を閉じた。風林火山の旗が、血と硝煙の匂いが残る中原の空に、勝利を告げるかのように、高々と、そして力強く翻った瞬間であった。戦場の後には、累々たる屍と、文明の破壊を示す深い傷跡が残されていたが、同時に、新しい時代の夜明けを告げる希望の光もまた、この中原の大地に、確かに差し込み始めていた。

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