17話 失意
俺は、十分に気を付けていた。
通学ルートは毎日変えた。
鍵も二重にロックしていた。
念には念を。そのつもりだった。
「玉野君。十分に気をつけたまえよ。今や君は彼らにとって重要な標的だ。」
頭の奥で、副社長の声が響き渡る。
そうだ。俺は慎重に、慎重に動いていた――はずだった。
なのに。
『母親は奪った。警察に連絡したら殺す。
一人でこの場所まで来い。』
その一文を目にした瞬間、俺の”日常”は崩壊した。
指先が震え、スマホを持つ手が汗でじっとりと濡れる。
狙われたのは、家族だった。
俺ではなく、母さん。
「は……はぁあ……」
俺は、自分でも信じられない程情けない声を上げる。
俺は何をやっていた?
自分の身ばかり守って、大切な人の危険には気付けなかった?
バカだ。愚かだ。俺は、何もわかっていなかった。
母さんの怯えた顔が脳裏に浮かぶ。
胃の奥が掴まれたように苦しくなり、息が詰まる。
もし、もし今、すでに手遅れだったら――?
―――異世界―――
「「「イ、イク〜〜〜〜〜〜♡♡♡♡♡♡♡♡」」」ピュルピュルピュルピュルピュルピュルピュルピュルピュルピュルピュルピュル
人類は皆射精!!!!サキュバスの<魅了>に魅了された人類!地面には巨大なザーメン・リバーが形成されていた!
「くっ……♡♡♡我々は……こんな所で負けるわけには……♡♡♡」
「なんと健気な生き物じゃ……もうすぐ心まで挫いてやろう、楽になるぞ……♡」
「まだだ……♡まだ我々には援軍が……金玉軍団が残されているッッッ!!♡」フスーッフスーッ
―――現世―――
「おい!言われた通り来たぞ!警察には言っていない!」
指定されたのは、郊外。人気のない波止場。
冷たい風と潮の香りが、頬を撫でる。
「一人で来たか。流石は次期社長――――。懸命な判断や。」
巨大なスーツ姿ののシルエットが、車のハイビームに照らされている。
その周囲には、拳銃を構えた男が、こちらを睨んでいる。
「琴!!何やってるの!!ここに来ちゃ駄目!!」
「か、母さん……!?」
母さんの声が聞こえる。だが、姿は見えない。
「さて、まずは挨拶や。俺の名前は『黒州』。ヤクザ連合の将軍をしとる。
悪いが、兄ぃの事もある。情けは掛けへんでぇ。」
「兄!?何の話をしてる!」
「おっと。今は母親を心配すべきとちゃうんか?」
ガシャッ
車の後部トランクが開く。
母親は、その中で縛られていた。
「か、母さんっっっ!」
それを見た瞬間、俺は我を忘れ、背黒に向かって走り出した。
心が、黒い感情で満たされる。
絶対に、許さない。
「ハハハ!お前は確かにすごいよ。『おチンボ部長』『社長』。聞くところによると、あのオタクにも情けを掛けたそうやないか」
「うるさい!!黙れ!!!」
「だが大物の器じゃあらへんな―――――『何かを犠牲にする』。その選択肢が無い。母親を見捨てないその優しさこそが、お前の弱点なんや。」
!!!
俺は、はっと我に返る。
俺は、部長として成長した。
優しく接してくれた、家族、メンバー、そして、母さん。
皆に優しくされたからこそ、俺は優しくなれた。
ここで一人、無闇に殴りかかっても、何の得にもならない。
彼らの優しさまでも、弱点と呼ばせるわけには行かない!!!
ここは感情に囚われず、冷静に奴等の要求を聞くんだ。
俺は走るのを止める。
「な……何が望みだ?」
「先ずは、そこの椅子に座るんや。」
「何!?」
そこには、ボロボロの鉄の椅子があった。
「座れば、母さんを開放してくれるんだな!?」
「俺等はヤクザや。決して裏切りはしない。そう、お前等エロ社とは違ってな。」
「駄目!琴!!逃げてェェェェ!」
悲痛な母親の声が、俺の心を締め付ける。
いや、良いんだ、母さん。
俺は、母さんに育てられた。
貧乏な家庭で、一生懸命育ててくれた母さん。
その恩返しをするときが来たんだ。
見ててくれ。
俺は、絶対に負けない。
俺は、微笑みながらゆっくりと椅子に座る。
「腕を後ろに出せ。」
ヤクザの一人が、俺と椅子を縄で縛る。
その手には、細い鉄の棒が握られていた。
「へへ、若いのにかわいそうだな。」
俺は、目を瞑って、覚悟を決める。
「い、いやああああああああ!!」
ゴッッッッ!!!!
鈍い音が、周囲に響き渡る。
つづく




