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猫と花火と昼下がり

 時を遡って、彼女と出会った入学式からしばらく経ったある日。


 香線寺は別クラスの授業を終えて職員室に向かおうとしていた。ふと窓の外に目を向けると、いまだに桜の花びらが地面に残る校庭に彼女の姿を見つける。


「……?」


 彼女は入学してから多くの友人に恵まれているようだったが、今日は珍しく一人だ。こちらに背を向けて何かしているようで、香線寺は彼女に対する好奇心と教師としての立場の間で揺れた。やがて深く息を吐いたあと、持っていた教材を反対側の腕に移し、階段を下りて校庭へと出る。


「花日野さん。何か、面白いものでもあった?」


 香線寺はしゃがみこむ彼女を見下ろし、隣にそっと屈む。すると彼女の腕の中にいたらしい黒猫が茂みへ逃げ出してしまい、香線寺は突然のことに幾度か瞬きをして立ち上がる。


「ごめん、邪魔をしたようだね」


 猫と戯れているところに水を差してしまった申し訳なさを感じながら香線寺は彼女の様子を窺う。


「大丈夫。……それと、花日野じゃなくて花火でいいよ。先生」


 猫のいなくなってしまった腕を下ろし、微笑む彼女。そしてゆっくりと立ち上がれば長く伸ばされた髪が揺れ、淡い香りが漂ってくる。まだ買ったばかりのセーラー服は袖が余っていて、小柄な彼女には大きいようだった。


「花日野だと呼びにくいでしょ? だから皆、花火とかそういう名前で呼んでくれるの」


 香線寺は納得して頷く。


「じゃあ……花火さん、かな?」


 握手をしようと手を出しかけるが、思い留まる。代わりにあたたかな微笑みを浮かべて彼女を見下ろした。その様子に彼女はくすくすと笑い始める。


「えへへっ、花火さんじゃなくて……もっと親しげのある呼び方がいいなぁ」


 一見穏やかで大人しそうな彼女の意外な一面に香線寺は一瞬目を見開き、喉を鳴らして唾を飲む。視線を泳がせ、一歩下がると考え込んで。


「……わかった。じゃあ、花火ちゃんと呼ぶことにするよ」


 指で眼鏡を押し上げ、再び彼女の瞳を見つめる。香線寺はその瞳が嬉しそうに輝きだすのを感じながら、困ったように笑った。


「改めてよろしくね、花火ちゃん」

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