ど田舎のばぁちゃる 〜ハマったVtuberは田舎在住のガチおばあちゃん〜
バイトから帰ってきた19時30分。俺は疲れた身体をベッドに投げて動画アプリを開く。
そうすればあの人は数分前に配信を開始していた。
俺は迷わず同接率の低いVtuberチャンネルをタップする。
「今日のお夕飯は筍の煮物を作ったのよ。最近は裏山に沢山筍が生えてきてくれて……」
【こんばぁさん!】
「あらこんばぁさん。このあいこん?と名前、どこかで見たわ」
そりゃそうだ。だってほぼ毎回配信でコメントしているから。
俺は画面に映る、おばあちゃんの無料イラストを眺めながら小さく笑う。
この人は最近推しているVtuber、ばぁちゃる。その名前から連想される通りばぁちゃるの中の人はおばあちゃんだ。
本人曰くど田舎で年齢も65は超えているらしい。
【今日恋人に振られました。ばぁちゃる慰めて】
「あらあらそれは辛いわねぇ。でも貴方はきっと私よりも若いはずだから、自分の想いを信じて次の選択をしてみましょう?」
凄い説得力あるんですけど。
俺は読み上げられる他視聴者のコメントを見てふと、バイトでの出来事を思い出す。
【この前バイトで理不尽に怒られました。ばぁちゃるならどうしますか?】
「理不尽に……。それは辛かったでしょう?理不尽に怒る人は私が住んでいるど田舎でも沢山いるわ。老人が多いからかしら?でもそういう時はもう無視よ!無視!」
【確かに最終的にはそれしかないよなぁ】
【怒鳴り返せば?】
「怒鳴り返すのは流石にダメ。それで余計に人間関係が拗れる場合もあるわ。本当、人間関係はこの歳になっても上手くいかないことがあるのよねぇ」
【やっぱり無視が1番ですか。アドバイスありがとうございます!】
「いえいえ。こんな解決方法しか教えられなくてごめんなさいねぇ。でも貴方が本当に辛いのなら他の人に頼ってちょうだい。なんならばぁちゃるが貴方のバイト先行こうかしら?」
【草】
【おばあちゃん田舎から出られるの?】
「今の時期は無理ねぇ…。そろそろ田植えもあるし」
まさかの田植えで断念したよばぁちゃる。
俺は面白くなって吹き出してしまった。きっとコメ主は田舎を出る交通機関や順序の心配をしたのだろう。
俺はコメント欄を遡るように画面をスクロールする。同接率は低いのに、コメントは大量だ。
そのほとんどがお悩み相談や今日の出来事を書き込んだものだった。
【チャンネル登録者数も少しずつ増えてきましたね】
「そうそう!そうなのよ!でも私はこの早い夜の時間帯しか配信が出来ないでしょう?だから生で配信を見れる人が少なくてねぇ…。それが少し悔しいのだけど」
【でもアーカイブあるから大丈夫じゃね?】
【私はアーカイブで見ることが多いよ!】
「あーかいぶ?確か琴ちゃ……じゃなくて孫が設定してくれているやつかしら?」
琴ちゃ…と、ばぁちゃるのサポートを担当している孫の名前を言ってしまったことは触れないでおこう。
それに琴ちゃを出すのは今回が初めてじゃない。
「本当にダメねぇ。カタカナの用語が覚えられないわぁ」
【ばぁちゃるからすれば難しいのかもね】
【ゆっくり覚えていきましょう!】
「あらあらありがとう。優しいファンの人達に見てもらえて私は幸せ者よ」
画面に映る無料イラストの表情は変わらない。それでもばぁちゃるの優しい声が俺達のハートに刺さった。
【ママ…】
【ばぁちゃる!!俺も幸せ者だよ!!】
【お母さーーん!!】
【ママァ!】
「あれま。また始まっちゃったわねぇ〜。この流れも恒例になってきたかしら」
何度でも言おう。ばぁちゃるの配信の同接率は比較的低い。
なのにコメント欄がばぁちゃるのひと言で騒ぐ理由。
それは視聴者のほとんどが現代社会に疲れ切っている者達だったからだ。
ばぁちゃるの年相応の包容力と安らぐ声。それは疲れた心に深く沁み渡る。
【初見です!】
「はい、初見さんこんばぁさん。ぶいちゅーばぁの新参者のばぁちゃるです。全然何も知らない高齢者なのでお手柔らかにお願いします」
初めまして初見さんよ。このVtuberの配信に足を踏み入れたら最後。
どろっどろに心が溶けるだろう。
かく言う俺も耳とばぁちゃるの可愛さに眠くなっている。
「それじゃあ初見さんが来たところだし次の話題に移りましょうか。実は今日ね?田んぼでアオダイショウを見たのよ!あぜ道部分に中くらいの穴があって……」
ばぁちゃる、やめてくれ。その話に入った途端眠気が吹っ飛んでしまったじゃないか。
コメント欄も突然のアオダイショウの話題に驚いて止まってしまっている。
「でも毎年のことだからもう驚かないわ。長靴に巻きつかれてもキックすれば吹っ飛んでいくし」
……俺の推しはど田舎在住の高齢者ばぁちゃる。
癒しを届けてくれるのは勿論なのだが、時々最強だと思える話題を出してくるので目が離せないVtuberだ。