クエスト8 天子とデイリーミッション#4
女性は視線に敏感という通説がある。
それは男性からの局部を見る邪な視線を、女性が感じるからとされている。
そういう意味ではないが、敬もここ最近よく視線を浴びていた。
とりわけ、一人の小さな女子生徒から。
(めっちゃ見てる......)
現在、1限目の休み時間。
次の授業の準備のために、敬は引き出しから教科書を取り出す。
そして、視線だけをチラッと斜め前に動かせば、天子が険しい顔で見ていた。
朝の登校から始まり、HR前の登校時間。
その時も視線を感じていたが、現在に至るまで未だ天子からアクション無し。
気合は感じられる。されど、勇気が一歩踏み出ないというところか。
(ま、まだ時間はあるし、気長に待つか)
そう考えた敬であるが、3限目の体育の時間。
男女ともにバレーの授業であり、中央のネットをしきりに男女がペアを組んでトスの練習をしている。
その時、敬は宗次とペアを組んで練習していれば、しきりの奥から小動物感の威圧感を感じた。
「ぐへっ!」
「おい、ジョーカー! 大丈夫か!?」
時は進み、昼休みの時間。
敬が食堂で悠馬と二人で昼食を取っていれば、その時も遠くの席から本を盾に見て来る天子がいた。
そんな天子に悠馬も気づいたのか、視線のことを敬に尋ねた。
「なぁ、めっちゃ睨んでるけど、お前何したん?」
「まぁ、強いて言うならば、試練....かな」
「ふーん、あっそ。でさ、あの鬼畜ステージがさ――」
「おい、少しは興味持て」
時は進み、五限目の生物の授業。
生物の授業は基本移動教室であり、科学室にて授業を行う。
科学室には黒塗りの机がいくつかあり、それを囲むように背もたれのない丸椅子、机に付属した水道、机の周りには様々な実験に使う容器、オカルトみんな大好きの人体模型がある。
その際、席は自由であり、敬はいつものメンバーである宗次と悠馬と、黒板最前列の席に座っていた。
すると、またもや後方から熱烈な視線を受ける敬。
その視線に気づいた宗次が後ろをチラッと見やり、敬に質問する。
「おい、貴様......何の罪を犯した?」
「なぜ僕がやらかした体なんだ」
敬は不服そうに口を曲げ、目を細めて宗次を見る。
そんな宗次の言葉に、悠馬が同調するように答えた。
「いや、普段のお前の奇行を見ていれば疑いもするだろ」
「おい、ブラザー。僕のどこが魅力的だって? もっと褒めてくれ」
「そういうとこだぞ。そんなこと一言も言ってねぇからな」
「ジョーカー......もしかして、あの子が先週ぐらいに気にしていた例の?」
「ま、そういうこと。いづれは紹介するかもだからお楽しみに」
時は進んで、放課後。
帰りのHRは終わり、生徒は各々部活だったり、放課後デートに行ったり、下校したりしていく。
そんな中、敬もいつも通り図書室に向かうために席を立った。
(お、来たか)
後方では、敬の動きを見て同じく席を立つ天子。
その姿を確認した敬は、いつもよりも半分ぐらいの歩行ペースで、窓の外を眺めながら、寄り道多めに廊下を歩く。
「あ、あの.......!」
周囲に生徒の気配が消えた時、敬の後方から精一杯の声が聞こえてきた。
敬が後ろを振り返れば、当然そこには天子の姿がある。
すると、天子は胸に本をギュッと抱え、視線を右往左往させた。
その後、クリッとした瞳で上目遣いしながら、ゆっくりと口を開ける。
「こ、こんばん.....わ......」
「うん、こんばんわ。今日も素敵な一日だったね。
特に今日はとりわけモテ日だったかもしれない。
なんたって、一人の女子から熱烈な視線を受けていたからね」
その言葉に、天子は体をビクッとさせ、頬を赤らめる。
「そ、それは......その......」
「よく頑張った。ナイストライ!」
敬は僅かに口角を上げ、片目を閉じてウインクし、さらにはサムズアップを決める。
そんな敬を、天子は大きく目を開かせて見つめた。
「さぁ、積もる話もあるだろう。それじゃ、残りのデイリーミッションを消化しに行こうか」
「っ.......は、はい!」
天子が頬を緩め元気の返事をしたのを聞き届けると、敬は天子と一緒に図書室に入った。
向かった先は昨日と同じ、図書室の一番奥にある机。
そこに敬と天子は向かい合って座った。
最初に口火を切ったのはやはり敬だ。
「いやはや、挨拶という難関を突破してしまうとはさすが大撫さんだ。
気の置けない仲なら未だしも、まだまだ友達になって日が浅い僕に挨拶するその姿勢。
僕もその頑張りは見習わないといけないな、うん」
敬は腕を組み、満足そうに頷く。
一方で、たった挨拶をしただけで褒め殺しに遭っている天子は、眉を八の字に、されど口角をやんわりと上げ、喜んでいいかわからないといった微妙な表情をして、敬に言葉に返答した。
「そ、そんな大したことはしてないですよ......それにこんな時間かかっちゃいましたし」
「けど、僕が指定した時間内には終えたでしょ?
それにどんな形であれ、大撫でさんは見事結果を出した。それは褒めるべきことだ」
人間誰しも最初の一歩が怖いのは当然のこと。
それにしり込みし、いつまでも始められなかったり、諦めて引き返したりと、そんな人は五万といる。
その中でも、天子は対人コミュニケーションを苦手としながら、その大きな一歩を乗り越えた。
つまり、一歩踏み出す勇気があるということであり、それはとても素晴らしいことだ。
「大撫さんは勇気ある人だ。それは誇っていい。僕が保証する。
それにその一歩を踏み出せた今、たぶんきっと明日から少しは声をかけるのが楽になるよ」
敬は天子の行動を大絶賛するが、天子の表情は相変わらず硬い。
「あ、あの、どうしてそこまで褒めてくれるんですか?
その家族以外に褒められたことってあまりなくて.......」
天子は目線を下げ、声のトーンを小さくしながら聞いた。
時折、敬をチラッと見ては、すぐに目線を外す。
そんな天子に、敬は「それはだな」と呟きながら目を閉じ、瞬間カッと目をかっ開いた。
「僕が褒めたいからだ!」
「あぅ.......」
敬のあまりに堂々とした返答に、天子は言い返す言葉もなく口を噤んだ。
そんな天子を見ながら、敬は思った。
(ま、意味を与えるとしたら、自己肯定感を上げるためだけどな)
天子の性格や会話テンポは、全て自分に対する自信の無さから起因している。
その原因は敬にはわからないが、わからなくても出来ることはある。
それが褒めること。
褒めるという行動は、相手の行動が正しかったと暗に伝えているものであり、褒められた相手はその意味をそれとなく受け取っているから嬉しさを感じる。
嬉しさを感じれば、相手も自分の行動が正しかったと信じることになり、結果としてそれが自分を信じることに繋がる。
だから、敬は天子を褒めるのだ。全ては天子に自信を持ってもらうため。
しかし、それをいちいち説明しては、恩着せがましい感じになってしまうだろう。
故に、敬は自分のキャラを活かし、強引に意見をゴリ押した。
「だから、大撫さんは相手からの好意は素直に受け取っていいんだよ」
時々、漫画とかで建前で褒めるキャラとかいるが、そんな人物は少数だ。
加えて、その話術は高等テクニックである。
大抵の人は顔や声でバレるので、そもそも会話が苦手な人が目指す領域じゃない。
それに――
(大撫さんは素直で頑張り屋だ。その長所を消したくないしな)
敬は一人でに納得していると、天子に変化を感じ、正面を見る。
その一方で、天子は敬の言葉に頬の緩みが止まらなくなっていた。
(こんなに褒められたのは初めてで、どういう反応したらいいかわかりません.....)
そんなことを思いながら、天子は赤くなった顔を伏せることで、敬から見えないようにした。
しかし、慣れない嬉しさの反応で、体は小刻みにプルプルと震えている。
今まで感じたことない多幸感に包まれる天子。
敬と友達になった時にも感じたあのポワポワとした温かい空気が包む感覚。
心がじんわりと暖かく――
(ハッ、早くお礼を言わなきゃ!)
そう思うと律儀な天子はすぐに行動に移そうとするが、立ちはだかるは緩み切って戻らない口角。
頬の熱ぼったさも感じる今の顔で敬に見せるわけにはいかない。さすがに恥ずかしすぎる。
しかし、あまりこんなことで時間をかけている場合でもない。
故に、天子が取った行動は、お守り代わりの本で口元を隠すこと。
「あ、ありがとう.......ございます」
その言葉に、敬は――
(かっわ......!!)
――意識が飛びかけた。
さながら、可愛さという衝撃波で全身が塵になって衝撃で吹き飛ぶかのように。
恥ずかしさで耳まで赤らめた顔、褒められ慣れてないことを示す困り眉、身長差による上目遣い、うるうるとした大きな瞳、そして本で隠すような仕草。
それら全てがまさに必殺級。
可愛さという暴力が、敬をサンドバックにするように殴りかかる。
それに対して、敬は成すすべもなく。なぜか、可愛いは無敵だからだ。
(あっぶねぇ、無表情で良かったぁ)
敬もまさか無表情であることがここまで功を奏すとは思っていなかった。
でなければ、今頃デュフフと気持ち悪い笑みを浮かべていただろう。
とはいえ、この喜びは推しに伝えねば。
「なんという多幸感......これが尽くす喜び。心からの敬意をあなたに」
「え.......どうしたのですか?」
敬が左胸に右手を当て、深々と頭を下げた。
が、その行動は天子に普通に困惑された。解せぬ。
とはいえ、敬の行動で天子の緊張もだいぶ解けたようで、彼女の表情からは柔らかさが見える。
敬は一つ咳払いし、デイリーミッションへと話を戻した。
「だいぶ脱線しちゃったけど、デイリーミッションに戻ろうか。
次は......そうだな、大撫さんの頑張れたことを聞かせてくれ」
「そ、その......なんでもいいのですか?」
「モチのロン」
「それじゃ、その......朝の挨拶を頑張れました!」
天子は言った瞬間、ギュッと目を瞑る。
そして、片目を開き、敬の反応を伺った。
その言葉に、敬は左手で右肘を抱え、右手で顎に触れ、さながら考える人かのようなポーズを取り言った。
「確かに、今日の大撫さんの一番頑張れたことはそこになるよな、うん。
人に声をかけるという大きな一歩を踏み出したんだ。人類な偉大な一歩と言える」
「そ、それはさすがに大袈裟だと思います......」
「それだけ大撫さんにとっての大事な一歩ってことさ。
ってまぁ、僕視点で勝手に決めつけちゃってる節はあるけど」
「そんな大事ってほどのことじゃ......いえ、ありがとうございます」
天子は自ら言いかけた言葉を否定すると、敬の言葉を素直に受け取った。
今までの会話の中で一番スムーズに話せていたことに、敬は目を開く。
(本人は気づいてないだろうけど、今凄いことしたよ)
敬は言葉には出さず天子を称賛し、最後のミッションへと移った。
「では、最後のミッションだ。やることは簡単。このトランプを使った、ただの運試し」
敬はスクールバッグからトランプの箱を取り出し、さらにその箱からトランプの束を取り出すと、「ジョーカー」「A」「K」の三枚を抜き取る。
「今から大撫さんにやってもらうのは、僕がシャッフルさせた三枚の中から『K』を引いてもらう。
『K』を引いたなら、大撫でさんの勝ち。『A』なら引き分け。『ジョーカー』なら負けね」
「わ、わかりました」
「それじゃ、今からシャッフルするから目を瞑ってて。準備が出来たら返事するから」
天子が目を瞑ったのを確認すると、敬は三枚のカードの絵柄を下にしてシャッフルする。
適当にカードを動かした後、天子を呼んだ。
「準備完了。目を開けていいよ」
「え、えーっと、この中から一枚選ぶんですよね?」
「そうだね。ちなみに、僕も絵柄を伏せてからシャッフルさせたから、全然どこがどこにあるかわかんないから。
ま、仮にわかっていたとしても、ポーカー無敗のこの無表情が敗れるとは思えないが」
敬は「どうぞ」と天子にカードを選ばせる。
天子はカードのじっと見ると、敬から見て左側のカードを指さした。
「お、これにするのか。ちなみに、理由は?」
「ちょ、直観です」
「ま、そうだよね。それじゃ、大撫さんの運はいかに!?」
敬は左手のカードを手に取り、一気に裏返す。結果は「K」であった。
「おっと、まさか第一回目から引いてくるとは。引き運あるね」
「た、たまたまですよ」
「なら、これからどのくらい引けるか数えてみるか。
っと、これデイリーミッション報酬のアメちゃんね」
敬はスクールバッグからアメの袋を取り出した。
その袋はいくつか味の種類があり、天子に味を選んでもらう。
天子が一つのアメを取ったところで、敬は立ち上がった。
「それじゃ、行こうか」
「い、行くってどこに......ですか?」
「ゴートゥー自販機」
敬と天子は購買近くの自販機に移動する。
茜色の日差しが窓から差し込む中、二人は自販機の前で並んだ。
「どの味がいい?」
敬は自販機の商品を物色しながら、天子に質問する。
その横では、天子がもじもじした様子で、さらに恐る恐るといった感じで敬に質問し返した。
「あ、あの、本当に奢ってもらっていいんでしょうか?」
「いいのいいの。これが勝者の特権てね。ささ、遠慮せずに選んで」
「で、ではお言葉に甘えて......」
天子は右手の人差し指を顎に当て、茶からジュース、コーヒーと色々ある飲み物を一段ずつ眺めていく。
そして、天子が選んだのは小さなペットボトルだった。
「いいの? 小さいやつだけど」
敬は基本的に味より大容量のものを選ぶ派である。
なので、必然的にお茶が多くなる。
その言葉に、天子は首を横に振った。
「はい、これがいいんです。奢ってくださってありがとうございます」
「そっか」
(イチゴミルクか......そう言えば、さっきもイチゴ味のアメだったな)
それは敬が天子にデイリーミッションの報酬として選んだアメのこと。
あの時も、天子は数ある種類の中でイチゴ味を選んでいた。
(イチゴが好きなんだとしたら、たまに来る公園のクレープ屋台とかいいかもな)
敬は天子の何気ない選択から好みを推測し、今後の行動における参考とした。
それから、敬も同じイチゴミルクを選び、ふたを開け、グビッと飲む。
「ん~、たまに飲むと美味いな」
「ですね。美味しいです」
天子は敬を見てニコッと笑うと、さらに一口煽った。
その姿を横目で見ていた敬は、天子に今日のことを尋ねる。
「それじゃ、今日の総括。大撫さん、今日はどうだった? 大変だった?」
「そ、そうですね......慣れないことをしようとして苦労した感じはあると思います。
でも、今はそれを無事に達成できて......とても嬉しいです」
「そっか。なら、明日も頑張れそう?」
「はい!」
「それは良かった。それじゃ、また明日も大撫さんからの挨拶を楽しみにしてる」
そして、二人は少し雑談してから正門まで一緒に下校した。
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