クエスト73 宗次の選択#3
開幕と終わりのファンファーレ――それが今音を鳴らした。
もちろん、それは想像通りのラッパによる盛大な演奏ではない。
ただ、屋上の扉がガチャッと開く音でしかない。
しかし、そんな生活音に溢れている音が、敬と天子の緊張感を一気に高めた。
なぜなら、その音の後――扉から出てくる人物が需要なのだから。
「まさかこんな所に呼び出されるなんてね」
「お手数おかけして申し訳ありません。
ですが、この場でもってしかお伝えできないこともありますので」
給水塔の物陰から隠れる敬と天子の耳に二人の男女の声が聞こえる。
一人が気丈を振る舞うが、やや声に緊張が漏れているキンタローこと小鳥遊百合。
そしてもう一人が、今回の舞台を用意した堅物メガネこと相沢宗次だ。
いつもなら二人セットでいることに何の問題もない。
なぜなら、彼彼女らは執事と主という関係性なのだから。
しかし、今回ばかりは違う。そこにいるのは思春期の男と女。
だからこそ、二人の間には妙な空気が流れている。
どこかもどかしく甘酸っぱい雰囲気。
まるで見ているこっちが恥ずかしくなるような、そんな独特な空気感。
ましてや、それを作り出しているのが堅物メガネであるのだから驚きだろう。
「(これから始まるんですね......)」
敬とは違い物陰から様子を伺っていない天子が小声で呟く。
その時の彼女の顔は、まるで自分のことのように捉えており、顔が真っ赤だ。
見ていない時点でこれならば、見てしまったら一体どうなるのか。
もしかしたら、失神してしまうのかもしれない。
「(大丈夫だよ。二人は両想い。何事もなく成功する。
僕達はそれを見届けるだけの簡単な作業さ)」
敬は宗次の覚悟を、天子はキンタローの願いをそれぞれ目撃し、証人となる。
自分達がこの場に居る目的はそれであり、逆に言えばそのためだけしかない。
すると、緊張で小刻みに体を震わせる天子がふいに敬に尋ねる。
「(あの.....手を握ってもいいですか?)」
あまりにも唐突な提案に、敬は一瞬理解が遅れる。
しかし、すぐに思考回路が正常に戻ると、今度はすぐに理由を尋ねようと口が動く。
なぜなら、安易な接触をこれから避けようとしている矢先なのだから。
「(......どうやら藁が勇者はそういうのは弱いみたいだね)」
だがしかし、思考に対して口が正常に動くことは無かった。
まるで正しい信号が遅れていないように、体が別の動きをする。
口は理由を拒絶し、体はそっと手を差し出した。
そんな親交を深めている自分に、敬は一瞬のおぞましさが体を駆け巡る。
こんな慈愛と優しさに包まれた天子に対し、自分は汚れた手を差し出している事実。
それも分厚い仮面をつけ、自分の本心を偽ったまま接する欺瞞。
「(ありがとうございます.....)」
そう言って握られる天子に握られる感触は、あまりにも心地よく故に嫌だった。
小さく柔らかい手が、自分という真っ黒になっている手に重なっていることが、とても辛い。
隣から輝く光があまりに眩しくて、自分はそばにいると苦しくなる。
自己嫌悪で自分の心がおかしくなりそうであり、動かない仮面を殴りたくなる。
しかし、その感情すらも胸の内にひた隠し、偽っている自分が心底気持ち悪い。
だからこそ、もしかしたらこれは罰なのかもしれない――自分を苦しめるための。
「お嬢様」
宗次の声に、敬の沈んだ意識が表層へと舞い戻る。
握られた手から視線を移動させると、物陰から今回の主役二人を観察した。
自分達に対して背を向けるキンタローと、対面にいる宗次が見える。
その瞬間、向こう側にいる宗次と一瞬目が合った気がした。
どうやらその立ち位置は自分達に対する配慮ということらしい。
相変わらず気が回り過ぎる男である。
「な、何かしら......」
宗次にの言葉に対し、キンタローの緊張した声色が風に流れて届く。
表情は見えない。しかし、髪をかき上げる手の仕草が少しぎこちなかった。
緊張を隠しているという態度が手に取るように伝わってくる。
「(天子は本当に見なくていいの?)」
宗次とキンタローの短いやり取り。
それが交わされた瞬間、天子によって敬の手がギュッと強く握られる。
同時に、その手から伝わってくる僅かな震えが、天子の今の心理状態の全て。
その握られた手を確かめるようにして視線をぶつけ、そこから腕を伝って天子の顔を見る。
まるで相手の顔を見るのも恥ずかしいように、ギュッと強く目を瞑る天子の姿があった。
だからこそ、天子に対して敬がそう尋ねれば、天子は――
「(私はいいです。私は結果を待つだけです)」
見てしまい、それによって望んでしまう結果が覆ってしまうのが怖い。
やや歪曲した納得の仕方が、敬の中で出来てしまった。
それこそ、自分が試合を見ると必ず負けるから見ない......といった感じに。
きっと天子自身はそんなことを微塵も考えていないだろう。
そう考えている、否、そう考えて欲しいと思っているのは――自分の浅はかな願い。
あぁ、なんだか無性にこの場から逃げ出したい。不幸になる未来が見えてしまうから。
「(.....そっか)」
そう言って短く返答する敬は、逃げるように視線を今回の主役の方へ返した。
物陰からチラッと見ると、宗次が口を動かし何やら想いを伝えている。
無風のために、音が敬のもとまで届くことは無い。
しかし、「好きだ」という告白の前に色々と理由をつけるのは、なんとも宗次らしい。
そんな宗次の、彼にしてはよくしゃべる言葉に対し、キンタローは静止したまま。
ただじっと、宗次から紡ぎ終わる言葉を待ち続けている。
「(......どうですか?)」
敬の反応を対価めるように、天子が少しだけ握る手をギュッとさせる。
その仕草によって敬の視線の先に向けていた意識が、すぐに天子まで範囲に捉えた。
そして、振り向替えることなく、敬が天子の質問に対して答える。
「(相変わらず言葉は聞こえない。風がないからね。
でも、あの論理的な宗次が言い訳っぽく言葉を重ねてる光景は、なんだか初めて見るよ。
そして、その言葉をキンタローがただじっと聞いている感じ)」
「(そうですか......一体どんな言葉を重ねているんでしょうね)」
「(さあね。理屈をこねたがるアイツのことだから、きっと長々と昔のことからお嬢様に対する想いを応えているだけだろうよ)」
宗次の性格、過去の宗次の言動、それを考えれば宗次の並べそうな言葉は想像に容易い。
「好き」という一言を簡単に言えるタイプではないから、準備運動が必要なのだ。
今まさに、あの紡いでいる言葉の数々がまさにそれなのだろう。堅い男だから。
そして、二人の逢瀬の時を邪魔しないように、その後も沈黙して待ち続ける二人。
しかし、互いがどういう感情で待ち続けているのかはなんとなくわかる。
なぜなら、その手に握られている感触が、熱が言葉以上を伝えるから。
待ち続けること幾ばくか。その時は唐突に訪れた。
突如頬を殴るように襲った風、敬は大きく目を開く。
それこそ、咄嗟に顔を逸らしたくなるほどには強い風だ。
顔面から受けた敬は前髪を散らし、敬を盾にした天子は事なきを得る。
しかし、敬が驚いたのはその風に対してではない。
その風と共に流れてきた「好きだ」というぶっきらぼうな言葉に対してだ。
その言葉はあまりにスマートさに欠けていて、ただ自分の滾る想いを吐き出しただけ。
とはいえ、だからこその熱量があり、それはただの傍聴者二人ですらドキッとさせるほど。
であるならば、それを真正面から受けた人物はただでは済まないだろう。
耳でダイレクトに捉えた敬はすぐさま視線を主役二人に向け、隣にいる天子はそっと目を瞑り、それから敬と握る手を強く、もう片方の手は軽く握った拳をそっと胸に当てた。
風がその一瞬だけであったため、その言葉に対するキンタローの返答はわからない。
しかし、その言葉を確かめるまでもなく、結果は目の前に現れた。
なぜなら――キンタローが宗次に対して抱き着いたからだ。
あれが好意に対する受け入れでなくてなんと表現するのか。
もはや今更言葉にして確かめる必要もなく、行動が全てを物語っている。
無事二人は結ばれた。わかりきっていたことだが、なんだかホッとする。
「(ど、どうでしたか......?)」
一足先にリラックスモードに入る敬に対し、天子がそう聞いてくる。
未だ目を強く瞑り、祈りを捧げているような天子は見ていないからこそ気付いていない。
ならば、こちらもしっかりと安心させてあげねば。
「(大丈夫。無事になんとかなったよ。
といっても、最初からわかりきってたことだけどね)」
「(そ、それもそうですね......)」
敬の言葉に反応しながらも、天子はホッと胸を撫でおろすように息を吐いた。
それから、目をゆっくり開けると、その視線をそっと空に向ける。
時刻は放課後であり、時間としては二、三十分ぐらいだろうか。
たかだか告白だ。いくら伝える想いがあったとしても、そこまで時間がかかることはない。
しかしそれでも、終わった後ではなんだか濃密な時間を過ごした気がしていた。
それこそ、数時間は経過したような緊張した時間を、天子と一緒に。
「(なんだかもう真っ赤ですね.....)」
「(そうだな......)」
茜色に染まる世界、それを見ながら天子は空と同じ色に染まった頬で呟く。
そんな天子の横で、敬も同じく空を見ながら、苦手な太陽の眩しさに目を細め同意した。
―――数日後の土曜日
無事に決着がついたその日の週末。
宗次とキンタローの交際披露宴的なものが開催されることになり、それに参加することになった天子と敬は、一週間ぶりに小鳥遊邸へとやってきていた。
といっても、今回はアルバイトではなく、ただパーティーに呼ばれただけだ。
そして、パーティールームでは、主役の二人がメイドや執事に囲まれてちやほやされている。
キンタローはともかく、宗次はそういった野次に慣れていないのか終始困惑した様子だ。
しかし、そこをキンタローがリードしており、公然で平然といちゃついている。
そんな光景を壁際から敬と天子が眺めていると、敬の横にアンドリューが現れた。
「全く私の前でああもぁ平然と。まるで先週の僕がピエロみたいじゃないか。
そこのところ、君達はどう思うのかな?」
「そ、それは......」
まるでジョークでも言う素振りで話すアンドリューの発言に、天子が言葉を詰まらせる。
すると、その横でグラスを一口飲んだ敬が、滑るようになった口で答えた。
「実際、ピエロでしょ。そちらさんの行動は」
「敬さん......?」
「ほぅ、どうしてそう思うんだい?」
「そのままの意味ですよ。仮に、あんたがキンタローと婚約するならば、手段はいくらでもあった。
それこそ、宗次とは背負う責任も覚悟も立場も違うんだ。本来、気持ち一つで勝てる相手じゃない」
それに関しては、敬が前々から抱いていた違和感だ。
そして、それを本人が興味本位で聞いてきたとなれば、もはや隠す必要もあるまい。
「だけど、あんたはわざわざ宗次に行動を促すようにプレッシャーを与え、挙句にタイムリミットまで設定した。
『敵に塩を送る』と言えば聞こえはいいが、それに伴う結果が見えていないあんたじゃないはず」
「......」
「それを踏まえて考えれば、むしろ宗次を動かすためにあんなピエロを演じたに等しい。
つまり、最初からあんたの狙いは、キンタローと宗次をくっつけることだった。
そう考えると、キンタローは妹にしか見えなかったか?」
そんな敬の言葉に対し、アンドリューは愉快そうに笑い始めた。
対して、天子は目からうろこといった感じで、目をパチクリさせて固まっている。
それから、アンドリューはひとしきり笑うと、
「やはり同じピエロにはお見通しか」
「残念、僕の場合は素ですよ」
「いや、どうかな。宗次が君のことを『ジョーカー』と呼んでいたが、その意味がようやくわかった。
とはいえ、やってみてわかるが、ピエロとは実に寂しいものだ。報われない」
「それがピエロですよ。あくまで持論ですが」
敬がそう返答すると、アンドリューは一度瞑目する。
それから、ゆっくり目を開けると、突然話を変え、
「......一つだけ訂正させてもらうと、私の百合に対する気持ちは本物だった。
妹という見方から一人のレディーとして昇華したという感じかな。
しかし、そうでありながら、気持ちは僕の『兄』としての部分が勝ってしまった」
「つまり、キンタローの気持ちに気付いたからこそ、妹の幸せのためにと」
「妹であり、僕の好きな人のためだよ。僕は好きな人には一番に幸せを願うから。
それが今回僕の役目というわけじゃなかったということさ。
ハハッ、今回でスーザラン家の敗北の歴史に終止符を打つつもりだったのに」
そう言葉では嘆くアンドリューであるが、表情は全く悲しさが見えず、むしろ笑っていた。
そう、それこそ、一人に兄として弟妹達の幸せを願うように。
「敬、一つだけ言わせてもらおう――見送る側は寂しいだけだよ」
「......」
そう言うとアンドリューは天子の方へ回り込み、そっと顔の位置に合わせるようにかがみこんで、
「君はピエロは好きかい?」
そう短く尋ねた。
読んでくださりありがとうございます。
良かったらブックマーク、評価お願いします。




