クエスト5 天子とデイリーミッション#1
友達作りプロジェクトが始動した晩の日。
天子から「明日からお願いします」と敬のレイソに連絡が来た。
本人もそれだけ本気なのだとわかり、それじゃあと集まったのが翌日もとい今日の放課後。
受験シーズンも終わり、いつにもまして利用客が少ない図書室の勉強ペースの一角で、敬と天子は向かい合って座っていた。
「.......」
天子は時折敬の様子を伺いながら、やはり目を合わせるのが難しいのか伏せがちになる。
そして、目の前に置かれている本をしきりに触っていた。
それは天子が本を読みたいというわけではなく、緊張を紛らわすために触っているのだ。
即ち、その本はお守り的な立ち位置を担っていた。
(ふむ、大撫さんは今日も大人しい。いや、奥ゆかしいというべきか)
天子を目の前にしながら、今日も絶賛平常思考をする敬はそんなことを思っていた。
相手が緊張していることは見ればわかる。しかし、緊張している要因は何か。
考えられることは色々あるが、やはりこれであろう――
(僕がカッコいいのかもしれない!........かもしれない!)
自信がないので二度言って自信を保つ敬。
自信が無ければ言わなければいいと思うだろうが、バカは自信があるからバカなのだ。
故に、今日も最後までバカでいるためには、必要な思考回路なのである。
「「.......」」
それはともかく、いつまでも静かなままも気まずいと感じ始めた敬。
男友達二人ならどれだけダル絡みしても、そっけない反応を返してくれるが、昨日の今日で知り合ったばかりの人にそんなことはできない。
バカはバカでも空気を読めるバカなのが犬甘敬という人物。
そう、目指すべきは普段はおちゃらけてるくせに締めるところは締めるような、戦闘系漫画に出てきて読者からの人気が熱いようなタイプのバカなのだ。
(ま、真面目な話、今の静かな状態は天子にきっと昨日のような余裕がまだ生まれてないからだろうな)
天子の様子を見ながら、そんなことを思う敬。
昨日の天子の様子から、人としゃべり慣れていないことは火を見るよりも明らか。
距離を測りかねてしゃべることに消極的になっているのも、原因としてあるかもしれない。
となれば、敬の方から会話の主導権を握るのが得策だ。
「まずは頼ってくれてありがとう。
やっぱ人に頼られるってのは、なんかこう頼られてるって感じがしていいよね、うん」
敬は腕を組み、大げさに頷く。
感情が表に出にくいので、ボディランゲージは大きめにしなければならない。
そんな敬の言葉に対し、天子の反応は悪い。
「で、早速友達作りについて話をしようかと思ってたんだけど.....」
「......?」
本題に入るかと思われた矢先、接続詞が入って天子は首を傾げた。
もしかしてこのままおさらばなのでは!? とでも思ってそうな不安が瞳に宿っている。
そんな不安を払拭するように敬は明るくして言った。
「いきなりそれはハードルが高いので一旦放置。
んでもって、僕はまだ大撫さんとは友達になりきれてないみたいなので、今日でバッチシ友達になるためにこんなプロフィールを作ってみました!」
敬はスケッチブックを机の上に出した。
それは敬が昨日の帰りに百均によって買ったものだ。
そして、それにはトークバラエティのように人物プロフィールが記載されている。
これは敬が昨日の晩にせこせこと作成していたもので、天子がレイソで返信したタイミングが丁度作成中だった。
また、このプロフィール表にはちゃんと名前まで作成されてあり、題して「犬甘敬の魅力はここだぜ」プロフィールだ。
「まず改めて、僕の名前は犬甘敬。珍しい苗字だけどこれで”いぬかい”って読むんだ。
で、誕生日は11月22日。いい夫婦の日で記憶すると覚えやすい。
血液型Bでさそり座。だからか、友人にたまにポイズンを吐くが男友達限定だから安心してくれ」
敬はスケッチブックをもとに自己紹介を始めた。
そこには好きな食べ物やゲームの話や最近ハマっているもの。
果ては円グラフを用いて平日や休日の過ごし方などを紹介していった。
「――というわけで、こんな感じが僕だ。
よく友達から『恥じらいが欠けている』と言われている。
が、ただバカやってる結果なので気にしなくていい。
そして、僕のトリセツに関しては”雑に扱っても問題ない”で覚えておけばいいよ。
というわけで、これで僕達は友達だな」
「ぅ.......その.......」
敬の紹介を興味深そうに聞いていた天子。
しかし、自分のターンが回ってくると、途端にもじもじと体を動かし、目線を右往左往。
必死に口を開けようとしてしゃべろうとしているのは伝わるが、やはり声が出ていない。
また、中々踏ん切りがつかないのか、恥ずかしさに顔を赤くし首を縮め、時間だけを経過させた。
(頑張れ、大撫さん......)
その時間を敬はただ辛抱強く待つことにした。
友達との会話は基本ターン制バトルのようなものだ。
相手がしゃべっている間、自分は聞き役に徹し、今度は自分がしゃべってる時は相手に聞いてもらう。
時には相手がしゃべってる時に差し込む時もあるが、それはあくまで上級テクニック。
それを普段人々は何気なく使っているわけだが、実はすごいことなのだ。
そして、天子が友達を欲している以上、最低でも”戦う”コマンドは押してもらわないといけない。
”戦う”とは即ち”しゃべる”こと。
”逃げる”ばかりでは経験値は手には入らず、レベルアップも出来ない。
「い、今ので......その、友達、になれた......んでしょうか.......?」
天子が勇気を振り絞った言葉がそれだった。
どうやら天子の中にある”友達の定義”ではこれぐらいじゃ友達と呼べないらしい。
これは天子が傲慢だからではなく、相手との距離の測り方に慎重すぎる故の言葉だ。
その天子の回答に対し、敬は内心で悪役のような笑みを浮かべた。
(ふふん、残念だったな。その回答は予測済みだぜ!
トラップカードオープン! 呪文「半分こでいこうぜ」を発動!)
昨日の時点で天子が対人関係に奥手ということが分かった時点で、敬はこの手の返答は予想していた。
予想出来ていたなら、当然対策も構築済み。後は上手く納得させるだけ。
「大撫さん、昨日の言葉を覚えてる? ほら、僕と大撫でさんの友達の定義の違いのやつ」
「た、確か、その......犬甘さんは、こうして話したら、もう友達で.......私は、もっと互いを、知らなくちゃって......」
「そう、そのような定義の違いがあったよね。
で、僕はここで定義の合体を提案しようと思う。あくまで僕と大撫さんに限るけどね」
「て、定義の.......合体?」
天子は聞きなれない言葉に首を傾げた。
定義とは普通自分の中にあるものであり、言い換えれば自己ルール。
故に、他者と相容れることはない。
天子が眉尻を下げ、低い座高をさらに低くして、不安そうに敬を覗き見る。
そんな天子に対し、敬は意気揚々としゃべり始めた。
「単純な話さ。僕は昨日今日でこうして大撫さんと話した。だから、友達。
で、大撫さんは互いのことを知ってからってことだけど、それってぶっちゃけ自分が相手のことを知っていれば問題ないんじゃないかって思って。
この場合、大撫さんが僕のことを知るって意味ね」
敬の提案は、端的に言えば互いの良いとこ取りをしようという話だ。
敬の”友達の定義”では、数回程度言葉を交わせば、その時点で友達。
一方で天子の場合は、ある程度互いのこと知っていなければ友達と呼べない。
一見、同じように見える定義であるが、天子の性格が内気でコミュ障である以上、”互いを知り合う”という工程は長い時間を要する可能性がある。
そこで敬の提案した”定義の合体”が生きてくるのだ。
天子の”互いを知り合う”という工程の中の、”天子が敬のことを知る”という工程だけ抽出して、それを敬の定義と合体させる。
すると、敬は天子と昨日今日と話して”友達”であり、天子も”敬を知った”という定義の半分をクリアしているので、合体させた定義によれば互いに”友達”になったことになる。
(大撫さんが慎重なのは、相手が信用できる相手かどうかを冷静に見極めようとしているからだ。
なぜそんなに慎重なのかは知らないけど)
もしかしたら、過去に何かあったのかもしれない。
しかし、敬としては自分を知ってもらうだけなら、そんなことはどうでもいい。
天子が知りたがっているのは、敬という人間がどのような人物か。
何がその人にとって嬉しいことで、何がその人にとって地雷なのか。
それを調べて進もうとするから、天子の友達認定は時間がかかるのだ。
ならば、敬からこの道が安全と知らしめてやれば、それだけ天子も近づきやすくもなり、逆に線を引いた場所は近づいちゃダメと教えれば、天子もそれ以上は踏み込まなくなる。
要はどちらが先に線引きをするかというだけの話だ。
「そ、そんなのでいいんでしょうか?」
天子は敬のコネコネした屁理屈を理解した上で、そんな単純な話でいいのかと首を傾げた。
(お、少しだけしゃべりに余裕が出てきたな。
空気感に体が適応してきたって感じか?)
そんな天子の様子を見て、敬は僅かに口角を上げた。
どうやらちゃんと”戦う”コマンドを押してくれているようだ。
それだけで自分のことのように嬉しさを感じる。
なんともファン冥利に尽きるというものだ。
「友達の定義なんて曖昧なもんさ。
例え、大撫さんが僕を友達と思ってなくても、僕は友達だと思ってる」
もっとも、天子にそう思われていたなら悲しくもあり、悔しくもなる敬であるが。
「だけど、僕は大撫さんを友達だと思えればそれで何の問題もない。
友達だと思ったら勝手に友達認定しちゃえよ。そっちの方が楽しいぞ」
「.......っ!」
敬の言葉に何かがヒットしたようで、天子のクリッとした目が大きく開く。
しかし、すぐに顔を伏せると、様子を伺うような上目遣いで敬に聞いた。
「な、なら......その、わ、私も犬甘さんを友達って言っていいんでしょうか......?」
天子の顔は真っ赤であった。
さながら真っ赤に熟れたリンゴのようで、その赤さは耳まで広がっている。
恥ずかしさを何とか嚙み殺して、声を震わせて告げた言葉。
そんな嬉し恥ずかし言葉に、天子を推し認定した敬からすれば、必中効果のグングニルに等しい。
(ぐはっ! か、可愛すぎんだろォォォォ!?)
敬の脳内では、心臓に手を押さえながら盛大に吐血している敬がいた。
口からドバドバと血を流し、前のめりに倒れる。
そして、死に際に血文字で残した言葉は「最高」――
「なにそれ最っ高。今日の晩飯赤飯決定したね!」
血文字で残した言葉が思いっきり口から出てしまった敬。
体はいつの間にかサムズアップまで決めてる始末。
ついでに盛大にキモい言葉漏れてしまった。
「そ、そうですか........」
敬の姿に、天子はそっと顔ごと逸らした。
唇を固く結び、今にもニヤケそうになる顔を必死に堪える。
(と、友達が出来ちゃいました~~~~~っ‼)
天子も天子で内心叫んでいた。
それこそ今にもベッドの上で枕を抱きしめてゴロゴロしたいほど。
いや、すでに脳内ではまさにそのような行動を起こしてしまっている。
あっさりと叶ってしまった長年の夢であるが、嬉しいものは嬉しいのだ。
(あ、あれ? 若干引かれたか.......?)
一方で、突然天子が顔を逸らしたことで、敬の心は嬉しさから一転して不安で激しく乱れた。
(いや、まだだ。まだそうと決まったわけじゃない。
それに僕のスタンスは「恥じるぐらいならバカになれ」だ。
誰かに引かれるのは今に始まったことではない。
ただ、こうも小動物っぽい子に引かれるとクルものはある!)
今までにない心理的ダメージを負いつつも、敬は流れを戻そうと努める。
カチコチの表情筋はこういう時に良い働きをするのだ。
「ごほん......というわけで、僕達は無事に友達になれた。
つまり、これで友達作りプロジェクトは成功したわけだ」
「え......あ、いや、確かにそうですね......」
敬の言葉で、我に返った天子は同意を示すように頷く。
そして、頑張って目線を合わせようとしているのか、顔を上げた。
そんな天子の様子を見ながら、敬は言葉を続けた。
「とはいえ、友達が一人というのは些か不便だと思う。ましてや男子。
特に同性の友達は多めに欲しい所だ。女子特有の悩みとかあるかもしれないしね」
敬の友達作りプロジェクトにおいて、それが天子の次の目標だ。
敬の言葉の通り、同性同士だから話せることがあり、共感できる部分がある。
特に敬は妹から「女は共感する生き物なんだよ」と強く叩き込まれている。
故に、天子には是非とも女友達を作って欲しい所だが、実の所それでもまだ少しハードルが高い。
というのも、今回敬がやったような特殊な擦り合わせができないからだ。
友達作になろうとして、あんな互いの定義を意識して友達になるなんてことは普通しない。
しないし、面倒だし、なんだったら人によっては引く。
友達同士とは”気の置けない仲”とも言い換えられる。
つまり、もっとフランクでいいのだ。
しかし、天子はそのフランクさが欠けている。慎重すぎる。
現に、敬と話してる今でも言葉に詰まるような感じがある。
それをまずは矯正していこうというのが、次の目標に向かうための小さな目標。
いや、矯正というと聞こえが悪い.......今よりちょっと自信を持ってしゃべれるようになろうということだ。
「とはいえ、いきなり女子に話しかけてこいといっても、今の大撫さんには難題だろう。
だから、まずは僕という友達を使って、少しでも自然体でしゃべれるように練習していこうと思う」
「し、自然体に......ですか?」
「そう。やはり何事も自分に勇気がなくちゃやっていけないからね。
別にその自信も好きな人に告白できるぐらいなんて大層なもんじゃない。
ただ朝学校に来た時に、友達に挨拶できるぐらいの勇気を持ってもらいたいだけさ」
敬はここらが小さな目標のクリアラインと設定した。
とはいえ、このクリアが早いだろうと敬は踏んでいる。
というのも、天子はこの友達作りプロジェクトに関して、もうすでに難題を突破している。
それは――天子が敬に話しかけるということだ。
天子の友達作りも、一人でできるなら最初から友達作りに苦労していない。
それが出来ないから人を頼った。
しかし、人に頼るということは話しかける必要がある。
それを結果的にとはいえ、天子はクリアしているのだ。
つまり、天子は行動に移す勇気を持っている。
しかし、今の天子はその勇気をもう一度奮い起こせるほど、自分に自信を持ってない。
(大撫でさんは今でも僕と向き合うほど勇気ある人なのに、そのままはもったいないよな)
自信は自分の可能性を狭める。
だから、敬としては天子には自信を持ってもらいたい。
とはいえ、ここでただイタズラに「自信を持て」と言っても意味はない。
(自信がない原因は色々あると思うが、一番多い理由は成功体験の少なさからだろう。
つまり、逆にそれを上げれさえすれば、少しは自信がつくということだ)
そう思った敬は、昨日から頭に浮かべていた作戦を提案する前に、一つ確認した。
「大撫さんはゲームしたことある?」
「その、下の子達となら少しは......」
「ならよかった」
「?」
天子は敬の言いたいことがわからず、首を傾げる。
そんな天子に、敬は自信ありげな雰囲気を醸し出して言った。
「それじゃさ、デイリーミッション......やってみない?」
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