クエスト57 初めての恋の相談#1
敬に褒められ、気分ルンルンな天子は次の仕事に移っていた。
次に幸音に指示されたのは、広い庭の掃き掃除だ。
しかし、それは広い庭全てという意味ではなく、門から玄関までの通路のみ。
それだけでも十分な長さがあるのだが、左程気にする程ではない。
もっと言えば、元から意識してないが、さらに意識しなくなったというべきか。
「ふんふんふ~ん♪」
鼻歌を歌いながら、天子は手に持った竹ぼうきでサッサッサ。
目の粗い細い枝先が地面にある緑の落ち葉や枝をかすめ取り、サッと払うと同時に、落ち葉が宙を舞う。
少しずつ少しずつ落ち葉が一か所に集められ、仕事の成果のように小さな山が形成される。
それを見ては順調に仕事が進んでいる実感を感じ、天子はさらに手を動かした。
「あら、頑張っているようね」
少し張りのある声が届き、天子は振り返る。
金髪縦ロール――別名「キンタロー」こと百合であった。
その横には日傘をさす幸音の姿もあり、状況から察するに監査に来たというところか。
もちろん、天子は手を抜いて仕事はしてないので、何かを咎められることはない。
もっと言えば、ただ落ち葉を掃いているだけなので、それ以上何かできることもない。
とはいえ、天子は小心者だ。常に人の目線が気になる小動物。
なので、自分に悪いことをしていないという自覚があっても、ビクビクと体を震わせてしまう。
体が咄嗟に身構えてしまうというのは、もはや悪癖と言ってもいい。
「ど、どうされましたか.....?」
「そんな緊張しなくても大丈夫よ。何かを咎めに来たわけじゃないから。
強いて言うなら、あなたに昼食の誘いをしに来たという感じかしら」
「昼食のですか?」
百合にそう言われて、天子は左手首に巻いてある小さめの腕時計に目を移す。
時刻は11時51分で、もうまもなくお昼という時刻。
確かに、昼食の誘いというのは言葉限りの意味だろう。しかし――、
「どうして私に......?」
もう一度言うが、天子は小心者である。
敬や京華達のおかげで天子の社交性は大きく向上した。
しかし、それが一般的な範疇であるかと問われれば、それはまだと言える。
天子の社交性は未だ狭いコミュニティの中でしか動けない。
(何か別の目的が?)
故に、天子の思考は自然と相手の裏を読むような感じになる。
素直に好意として受け取れないことに罪悪感を感じながらも、だ。
それに付け加えて、別の理由もある。
それは当然目の前で優雅に佇む百合の存在。
幸音のような包容力と、良い意味での遠慮のなさがあれば別だが、百合は明らかに変人である。
それこそ、お嬢様で「おもしれーもの」を求めるなど、基本変人だろう。
もちろん、天子の対人セキュリティが尖った方向に発達してることは否めない。
しかし、それが無ければ、今頃コミュ障で苦労などしていない。
そんな天子に、「ふむ」と考えるように返事をする百合。
比較的小さな胸を押し上げるように、腕を組み、数秒考えると、
「簡単な話よ。わたくしとあなたはある意味似た者同士。
だからこそ、話してみたいのよ......わたくしのために」
「わたくしのために......ですか?」
「そう、わたくしのために」
天子の聞き返しの意図は、その言葉の奥にある理由を聞いたものだ。
しかし、返って来たのはオウム返しによるオウム返しの返答。
どうやらこの場では詳しいことは言ってくれないらしい。
先を聞きたいのであれば、この提案に乗れということだ。
「その......」
百合の返答に天子は逡巡する。
思考の迷いが体にも表れるように瞳が左右に動き、胸の前で抱える竹ぼうきの柄を両手でギュッと握った。
しかしそれでも、最終的には――
「わかりました」
「良い返事ね。あとで幸音が迎えに来るわ。
午前中の勤務時間は残り少ないけど、それまで頑張ってね」
そう言うと、百合は天子に背を向け、手をひらひらとしながら歩き出す。
その横を幸音がペコッと軽く会釈し、素早い翻りで、日傘から決して主を出さないように追従した。
「......ホッ」
そんな二人の後ろ姿を見て、天子は一時的な安らぎをえるように胸を撫でおろした。
―――数分後
天子の安らぎも束の間、幸音の後ろにつきながら、廊下を歩く天子。
その歩く姿は、二足歩行のロボットのようにぎこちなくカタカタとした動きであった。
「大丈夫ですよ。お嬢様はお優しい方ですから......少し変わっていますが」
緊張で体をガチガチにさせる天子を見かねて、百合が肩越しで振り返りアドバイスを送った。
そんな彼女の僅かに見える瞳は慈愛に満ちており、気遣いの優しさが滲み出ている。
「は、はい.....」
とはいえ、相手の行動を尊重したその行動は、逆に言えば天子次第ということ。
当然、その意思決定権および行動決定権は天子に一任され、自分で全てを決めなければいけない。
それは意志薄弱な天子にとって、とても難易度の高いことだ。
むしろ、相手に無理やりリードされて順応する形の方が楽すらある。
そういう意味では、敬のあの無茶苦茶さはある意味天子の救いなのかもしれない。
もちろん、無茶ぶりで困らされることの方が多いが。
「着きました。お嬢様がこの先でお待ちです」
「ここって......」
天子が目を丸くして向ける視線の先、そこは庭に出るための扉だ。
白く塗られたドアのドアノブを、幸音がおもむろに手に取り、自分が端へ移動するようにして扉を開ける。
「っ!」
涼風が吹き抜け、天子の髪を優しく揺らす。
天子の目に真っ先に移ったのは、白を基調としたガゼボだ。
そこにある二つの席と一つテーブル。
そして、現在進行形で優雅なティータイムをする百合の姿があった。
「綺麗.....」
そう、瞳を輝かせ天子が言葉を零したのは、それが絵画のようであったからだ。
ドア枠の大きさをキャンバスに、もはや人間の手では生み出せない色でもって作り出された一枚。
加えて、その絵は常に淀みなく変化し続け、見ている者を一切飽きさせない。
ドアの向こう側から別世界が広がっている。
そう言われたとして、天子はその言葉に頷いてしまうような気がした。
「気に入っていただけで何よりです。さ、先へお進みください」
幸音の発言が、天子の見たままの光景に対してか、はたまた手入れされた庭やガゼボに対してのどちらかであるかはわからない。
しかし、彼女は満足そうに頬を緩めると、天子を先へと促した。
「は、はい......」
幸音の微笑をチラ見しつつ、天子はゴクリと小さく息を呑み、意を決して足を踏み出す。
僅かに強張る足が一歩、また一歩と百合までの距離を縮めていく。
百合が声をかける気配はない。振り向く気配もない。
あくまで話すのはガゼボの中で、ということなのだろうか。
であれば、前に進むしか望む答えは得られないだろう。
「あら、来ましたのね」
机を挟んで、天子が百合と向かい合う。
百合がティーカップを片手に、僅かに細めた目つきで天子を見た。
その瞳には余裕があり、とても年下には思えない。
「失礼します」
対照的に、年上の天子は丁寧な口調で断りを入れ、席に着いた。
それからすぐに、二人のそばに白い布が敷かれた配膳用カートを押す幸音が現れる。
そのカートの上には、天子用と思わしきティーセットと、手作りであろうサンドイッチが運ばれた。
そのサンドイッチは切断面がやや雑であり、明らかに料理に慣れてない人の仕業だとわかる。
「失礼します」
柔らかい口調と慣れた手つきで、幸音がサッとテーブルに昼食をセットする。
それが終われば、運んできたティーポットから天子用のティーカップに紅茶を注ぎ、そっと目の前に差し出した。
「どうぞお召し上がりください。もちろん、こちらのサンドイッチも」
「あ、ありがとうございます」
まるで優雅な貴族社会に飛び込んだ一般人のように、天子は体をガチガチにさせた。
その緊張感は声までも震わせる。
ただでさえ小さい体躯がさらに縮んでいた。
そんな天子を見て、百合はクスクスと笑い、手に持っていたティーカップを置いた。
「そんなに緊張なさらずとも.....というのは、さすがに無理があるわね。
普段経験する用のない状況。それもあなたのようなタイプなら尚更」
「そ、そうですね。その、小鳥遊さんは――」
「百合で構わないわ」
「......百合さんは本物のお嬢様で、それで私のこの格好も相まって、まるで令嬢ものの小説の舞台に入り込んだみたいな感じで.......フワフワした気持ちもあるんですが、どうしたらいいかもわからず」
天子は生粋の本の虫であり、そのジャンルは基本ミステリ系だが、ここ最近は異世界恋愛系の小説にハマっている。
どうして「異世界」で「恋愛」なのかは、自分でもよくわかっていない。
もしかしたら、心の中で小さい子供が夢見るようなシンデレラ願望があるのかも。
もっとも、親しい友人からは「シンデレラ」どころか「勇者」呼びであるが。
自分はいずれ魔王を倒しに行く予定でもあるだろうか。
「確かに、今の格好で言えば完全にお嬢様とメイドだものね。
加えて、完璧な所作をする幸音に、丁寧に整備された庭園。
私は生まれた時からこの環境だけれど、馴染みのないあなたは緊張して当然ね」
依然硬い表情の天子を微笑で受け止める百合は、そっと右手を差し出し「どうぞ」とバスケットに入ったサンドイッチを勧めた。
天子は百合の様子を伺いつつ、素直に好意に応じると、おずおずとサンドイッチに手を伸ばした。
両手に持つそれはやはり切断面がパサパサとしており、切れ味の悪い包丁でノコギリのように雑にカットした感じだ。
これだけ見れば、とても料理長がいるとは思えない。
いや、その「いる」という断定もあくまで屋敷の見た目からの想像でしかないが。
「いただきます......」
なんかやたら見られるな、と思いつつ、天子は小さな口を開けてパクリ。
卵とハム、そしてレタスが挟んであった通りの味がする。
しかし、卵は少し熱が入り過ぎていて炒り卵っぽくなっており、ハムはそのままだが、レタスは洗ったのはいいものの水切りの甘さで随分が多めだ。
これでも大撫家のキッチンを預かる身として料理には一家言あるつもりだ。
それを考えれば、このサンドイッチの作りは「中」の評価と言える。
(――とはいえ、素材がいいのかとても美味しい。
それに、調理過程に甘さはあるものの、提供する人の愛情が伝わってきます)
そんなことを思いつつ、天子はサンドイッチをパクパク。
それこそ、天子の口が次々にそのサンドイッチを求め、咀嚼し、飲み込む。
そして、食べ終わりそうになれば左手で口に放り込みつつ、右手をバスケットに伸ばし――
「っ!」
はたと気づく――正面でニヤニヤしている百合の顔に。
まるでピクニックに来た子供がはしゃいで昼ご飯を食べるような仕草を見られ、天子の顔が途端に赤くなる。
頬に帯びた熱が耳まで伝わり、そのまま脳まで湯だっていく。
子供だと思われた。見た目も相まって完全に。
これでは年上の威厳が......いや、そんなものもともと無かったか。
「そこまで気に入っていただけたのなら何よりだわ」
「はい、美味しいです。その、比べるのもおかしいと思うんですが、たまにコンビニで食べるようなサンドイッチとは違い、素材本来の味が十二分に引き出されていると言いますか。
それに、このサンドイッチを作ってくださった方の思いやりみたいなのが伝わって来まして......」
両手に持つサンドイッチをまじまじと見つめながら、そんな感想を零す天子。
その時、ふと反応が薄いと思って正面を見れば、百合が今にも緩みそうな頬を引き締めていた。
加えて、赤い顔をそっぽ向かせている。
そんな彼女の不可解な変化に天子が首を傾げれば、横合いにいる幸音がクスクスと笑った。
「実はこのサンドイッチ、お嬢様がお作りになられたんです。初めて来る客人のために、と」
「ちょっと幸音!?」
突然、信頼するメイドから暴露された内容に、百合が本日一番の慌てた声をあげた。
机に両手をつけ、席を立ちあがった状態の百合は、怪訝そうに首を傾げる天子に一つ咳払いし――
「そ、そうですわ。こちら、わたくしが作ったものなんです。
お気に召した様なら何よりですわ」
「はい、大変美味しくいただきました。ありがとうございます」
「この子の純真性はこのわたくしですら危ないわね......」
天子の内に秘めたる潜在能力に、百合は眩しさを抑えるように両手で覆いながら、その隙間で天子を見る。
そして、その輝きも落ち着いてきたところで――
「時に、大撫さん。一つお聞きしたいことがあるのだけれど、よろしくて?」
「あ、ハイ......急に改まってどうしたんですか?」
神妙な面持ちをする百合に、天子はそっと首を傾げた。
すると、百合は大きく一つ深呼吸し――、
「時に、大撫さんは好きな人がいるでいいのよね?」
と、爆弾を投げつけた。
読んでくださりありがとうございます(*‘∀‘)




