クエスト55 メイドは萌えなり#2
「......なるほど、そういうことか」
敬が事成り行きを説明すると、宗次は眉を寄せながらも納得してくれたようだ。
とはいえ、先ほどから「常々何やってんるんだ、コイツは」という視線が飛んでくるが。
「それよりも、お前、いい加減何か言うことはないか?」
「言うこと?」
突然の宗次の質問に、敬はすぐに首を傾げた。
「何か」ということは、今の状況に対して触れるべき話題があると彼は暗に言っている。
その何かがこの近くに......あっ。
視線を巡らすと、宗次の横にはこじんまりとした姿の女子生徒がいた。
瞬間、敬は軽く手を挙げ、彼女に話しかける。
「あ、キンタローじゃん」
毛先をドリルのようにクルクルとさせた金髪に、青空のような瞳。
身長は百五十センチと、小学生と見間違えられる天子よりは大きい。
表情は常にキリッとしていて、利発そうな顔立ちをしていた。
「『キンタロー』......相変わらずこのわたくしをそのように言うのは、あなただけですわね。
ですが、それでいい。それがいい! やはり、あなたは面白いですわね!」
敬がサクッと呼ぶあだ名に対し、その女子生徒は口元に反らせた手を置いて「オホホホ」と笑う。
なんとも悪役令嬢がやりそうな笑い方だ。
しかし、それが彼女のデフォルトである。
「彼女は私が仕える小鳥遊家のお嬢様だ。名は小鳥遊百合様」
「小鳥遊家って今話題の有名コンサル会社じゃないですか!?
それに今事業を拡大していて、最近だと話題の炭酸飲料水を売ってますよね?」
宗次の紹介を聞いた瞬間、天子は口を手で覆い「えぇ」と目を大きく開いた。
そしてすぐさま、隣にいる頭のおかしい無表情へと視線を向ける。
「敬さん、今すぐ『キンタロー』と呼ぶのは止めましょう! さすがに失礼です!」
「キンタロー」......それは敬が命名の百合のあだ名である。
その由来は、彼女がしている髪型にある。
彼女の髪型は、所謂「金髪縦ロール」なのだ。
そこから、金髪の「き」、縦の「た」、ロールの「ロー」を抜き出して「キンタロー」。
実に酷いあだ名である。
「すみません、敬さんが妙なあだ名をつけてしまって。すぐに改めさせます!」
「母親?」
そして天子の反応は、それを以前宗次から聞いたことがある故の反応だ。
女の子に対して「キンタロー」とあだ名をつけるのもそうだが、かの有名な小鳥遊家のご令嬢にそのようなあだ名をつけるなど不敬が過ぎるというもの。
「安心なさい、わたくしはそのようなことで腹を立てるほど心は狭くないわ。
それに、わたくしはおもしれーものが好きなの。
そういう意味では、このわたくしに対して一ミリも遠慮のない姿勢......それをわたくしは面白がってる以上、そちらが変に気にすることはないわ」
「ですよね! いや~、さすがにお嬢様は話がわっかるぅ~。
んじゃ、いつも通りにキンタローで呼ばせてもらうよ。
慣れたものをいちいち変えるっての、なんか面倒で嫌なんだよね」
「貴様はさすがに遠慮というのを覚えた方がいいけどな」
あっけらかんと言う敬に対し、宗次は大きくため息を吐きながら言った。
もっとも、その顔は「今更何言っても遅いだろうけどな」と諦めであるが。
そんなこんなで一先ずの顔合わせが終わった所で、敬は二人に対して尋ねた。
「にしても、わざわざ昼休みにここまで来てどうしたんだ?
普通ならこの時間は優雅なティータイムとしゃれこんでいると思っていたけど。
おかしいじゃん。もしかして天災の前兆?」
「屋上で妙なポーズをしている貴様らよりもおかしいことはないがな」
宗次の言葉に、天子は途端に顔を下げ、顔を真っ赤にする。
そんな彼女をチラッと見つつ、彼はしゃべり続けた。
「この状況から察していると思うが、貴様に用があるのは私ではない。
お嬢様が貴様に用があるということで、私はここまでエスコートしただけだ」
「キンタローが俺に用があるって?」
敬はすぐさま百合へと視線を向ける。
彼女のキリッとした眉は、相変わらず自信があるように見える。
いや、胸を張っていることから、どちらかというと感情が肉体に現れたというべきか。
どちらにせよ、そんなお嬢様からの依頼はなんか嫌な予感しかしない。
「えぇ、宗次の言う通りですわ。
それに、別に難しいことを頼むつもりはありませんことよ。
もっと言えば、去年にも一度わたくしはあなたに頼んだことがありますわ」
「去年、俺に頼んだこと......? あ、それってもしかして......」
その時、敬はふと昔の記憶が蘇った。
「一日、執事体験会か!」
「ただのバイトの勧誘だ、アホ。そんな催し的なことをした覚えは一度も無い」
敬は去年に一度、今日と同じように百合に誘われ、バイトをしたことがある。
そのバイトの内容が、「百合が住む屋敷の執事になる」というものだった。
もっとも、百合のサポートよりも、家の掃除がメインという感じであったが。
「あれ......でも、あの時は人手が足りないってことでたまたまシフト入ったけど、また足りなくなったのか? あと時給良かったから入ったのもあるけど」
「喜ばしいことに、わたくしに仕えてくれていたメイドの二人が育休に入ったのですわ。
とはいえ、その二人は優秀であったために、抜けた分周りの負担が増えてしまった」
「だから代わりとなる人材を探していたというわけだ。
もちろん、すでに求人は出していて、臨時で入る人は決まっている。
だが、どうにも一日だけ都合が悪い日が発生してしまってな。
貴様を選んだのは、経験者であり、私やお嬢様とも面識があるから扱いやすいという点だ」
「なるほど、なるほど。ちなみに、日給は言い値でよろし?」
宗次からの説明を受けた敬は、すばやく右手でお金を示すように指で輪っかを作った。
そしてそれを百合に見せつける。
すると、彼女はフッと鼻で笑い、堂々と答えた。
「相変わらず遠慮のない.....良いでしょう! 許可しますわ!」
「その場のパッションで許可しないでください、お嬢様!
おい敬、お嬢様で遊ぶようなことはやめろ!
それから、日給はあくまで貴様の働き次第だ」
「わーってる、わーってるって。ただの冗談じゃん。それよりも......」
その時、敬はチラッと横に立つ天子を見た。
彼女と目が合い、コテンと首を傾げられる。
瞬間、素早く彼女の背後に回り、ガシッと両肩を掴んだ。
「それじゃ、俺と勇者も一緒で。何しろハッピーセットなんで」
「......え?」
「よろしい、許可します!」
「え、ええええぇぇぇぇえぇぇぇえええ!?」
天子からここ一番の大きい声が出た。
****
「わぁー......」
土曜日、天子は目の前にそびえる巨大な屋敷を見て、か細い声を漏らした。
もはや異世界に来たような建物。
その周囲には、フットサルが出来そうな広い庭がある。
入り口まで続く石畳の両端には、庭師によって丁寧に選定されたであろう低木が並んでいた。
「おっきいですね......」
そんな光景を見るのは、後にも先にも初めての天子。
思い出せるのは、有名テーマパークの城であるが、あれとはまた違う。
実際に人が住んでいるリアル感......それが大きなインパクトを与えている。
「ここが小鳥遊さんのお家.....でいいんでしょうか?」
「そうだね。相変わらずデカい家だと思うよ。
これで人が住んでるんだぜ? 世界観変わるよな~」
「ですね~」
その言葉に、天子はコクリと頷いた。
とはいえ、言ってる当人の表情がピクリとも変わらないので、本当にそう思ってるかわかりずらいが。
「それじゃ、行こうか。クエスト名『キャ、ご主人様! エッチなことはいけません!』を」
「私はこれからセクハラでもされるんですか?」
慣れた手つきで小ボケを捌く天子の横で、敬は門に向かって歩き出した。
そこにあるインターホンを押すと、そこから宗次らしき声が聞こえてきた。
「はい、小鳥遊家です。どのような御用......と、貴様らか。
今すぐ迎えに行く。一分ほどそこで待っていろ」
それから一分ほどすると、時間キッチリに宗次が迎えにやってきた。
瞬間、彼の格好を見て天子の瞳はキラキラと輝いた。
「燕尾服......」
宗次のいつもの姿は制服。
学校でしか合わないのだから当たり前だ。
しかし、今は学校ではない。
彼の本業である執事の姿がそこに表れている。
「いいですね、燕尾服......」
そして、天子は燕尾服に萌えを感じている文学少女だ。
白と黒のシンプルな色使いと、スマートなデザイン。
さながら、それは「斬る」という目的に特化した日本刀のように、機能美に溢れている。
「あれ、燕尾服好きなの?」
「はい、あのシンプルながらにカッコいいデザインがとても良くて。
貴族をテーマにした作品を見るたびに、思わず画像を検索してしまうほどで」
「ほほう、それは凄い熱の入れ込みようだね。そんなに好きなのか。
となると、今の宗次はとても天子に刺さっているってことかな?」
「はい! ですから、敬さんの燕尾服の姿も見てみたいです!」
「っ!」
天子がそう言った瞬間、敬の目が僅かに大きく開いた。
見逃してしまいそうなほど刹那の時間であったが、確かに見た。
そしてすぐに、彼の目が僅かに細くなる。
(あ、またです.......)
時折見る敬の感情的行動。
どういう意味なのか、それを未だ理解することは出来ない。
しかし、彼の感情が表情に出ない......というのは、全くの嘘のようだ。
「......では、そろそろ貴様らには仕事に入ってもらう。
だがその前に、貴様らにふさわしい恰好をしてもらおう」
そう言って、天子と敬は宗次に案内され、屋敷の中に入った。
見渡せるほどの空間と、正面にある二階に続く中央の階段。
床は赤い絨毯が敷かれており、上を見れば高い天井からシャンデリアがぶら下がっている。
「すごい......」
そんな感想を零しながら、天子はキョロキョロと周囲を見渡す。
別に小説を創作しているわけでもないのに、インスピレーションがガンガン湧いてくる。
もし記憶を所持したまま貴族の子供に転生したら、こんな感じなのか、と。
「大撫さんはこの部屋に入ってくれ」
天子が物思いに耽っていると、突然宗次がそんなことを言ってきた。
彼が手をかざす方向を見れば、そこには扉がある。
「わかりました」
天子が取ってに触れると、敬と宗次はさらに歩き始めた。
彼らの姿を横目で見つつ、ドアノブを捻り中へ。
すると、一般住宅のリビングぐらいの広さがある部屋で、一人のメイドが立っていた。
「大撫様、お初にお目にかかります。
雪音と申します。以後、お見知りおきを」
ホワイトブリムをつけた黒髪の女性は恭しく頭を下げた。
そして頭を上げると、温和そうな笑みをニコッと浮かべた。
なんという溢れ出る包容力であろうか.......ハッ!
「あ、はは初めまして、大撫天子と言います。よろしくお願いします!」
天子はふと我に返り、同じく頭を下げた。
自分とは違う背も大きく、胸も大きい女性に見惚れてしまっていた。
いや、あんなの見るだろう......あのマスクメロンのような胸は!
とはいえ、自分は働きに来た身である。気を取り直さないと。
にしても、スムーズに返答が出来た。
これは敬との特訓のたまものであろう。
「リラックスしてくださって構いませんよ。
あの宗次君にこんな可愛らしいお友達が......ふふ、今日は一緒に頑張りましょう。
わからないことがあれば、気兼ねなくお声がけください」
「あ、ありがとうございます! お世話になります!」
「では、早速ですが、この服に着替えさせていただきますね」
そう言って、幸音が両手にしたのはメイド服であった。
ただし、大きさを見る限り小さい。
少なくとも、彼女が来ている服よりは。
「え、あの、その服を着るんですか......?」
「はい、正装ですので。安心してください、サイズはお嬢様から聞き及んでおります」
「伝えてないのに!?」
「ではでは、着替えさせていただきますね」
メイド服をもった幸音がニッコリ笑顔でジリジリと近寄ってくる。
何とも言えない圧に天子は思わず後ずさり。
しかし、悲しいかな。もう小動物に逃げる隙など無い。
「それでは――失礼します」
「あ、ひゃあああああ!」
メイドに襲われた天子の声が、屋敷の中で大きく響き渡った。




