クエスト44 林間学校(ニ日目)#2
「さて、始まりました! 第一回林間学校カレー作り対決!
司会兼実況はこのスゥイートドッグがお送ります!
そして、解説兼審査員を務めるのこの方――サマーアイ先生です!」
「百歩譲って私の呼び名はまだわかるが、お前の名前”甘犬”になるけどいいの?」
某番組の料理対決のような感じで、おたまをマイク代わりに司会する敬。
そんな彼の横では、木製のテーブルで頬杖をつく夏目先生の姿があった。
また、そんな二人の前には、天子の班メンバーと金崎の班メンバーが向かい合っていた。
そんな光景に他の生徒達が注目する中、敬は当たり前のように司会を進める。
「それでは、時間も押しているため巻きで行きたいと思います」
「主にお前のせいでな」
「今回の対決方法は至ってシンプル。
互いにカレーを作ってもらい、それを夏目先生に食してもらいます。
評価基準は、見た目、味、オリジナル性.......とかは特になく」
「なら、言うなよ」
「全て夏目先生の独断と偏見によって勝者を決めてもらいます。
つまり、勝負の結果は全て夏目先生の責任のため、誹謗中傷いかなる文句は全て夏目先生へお願いします」
「おい、そりゃねぇだろ。なんだ、前の意趣返しのつもりか?」
「そして、今回勝者には相手チームに対し、一つだけお願いを叶える権利が与えられます。
いいですね~、”一つだけお願いを叶える”という響きがもすでにエッチです。
夏目先生もそう思いませんか?」
「思わねぇよ。つーか、そんな問いかけしてくんじゃねぇよびっくりすんなぁ。
いやそれ以上に、それを私に聞くお前のメンタルにびっくりだわ」
敬は一通り夏目先生の茶番を楽しむと、先ほどの「お願いの権利」に関してそれぞれのチームに尋ねた。
「では、せっかくですので、互いのチームに今回の意気込みとお願いを聞いてみましょう。
大撫さんチームのリーダー大撫選手。
今回の意気込みとお願いについてお聞かせ願えますか?」
「そうですね、私は負けるつもりはありません。
班の皆さんと一緒に夏目先生を唸らせるカレーを作りたいと思います。
そして、お願いに関しては決まっていて、京華さんへの侮辱を撤回してもらいます!」
「なるほどなるほど、つまり京華本人の前で泣いて謝らせるわけですね。凄い意気込みですね」
「内容が過激な方に変わってます!?」
敬のおかしな解釈に、天子は素っ頓狂な声をあげる。
しかし、当の敬はその声を気にすることなく、流れるように金崎に話しかけた。
「では、対する金崎チームのリーダー金崎選手。
今回の意気込みとお願いに関してお願いします」
「売られたケンカは買って叩き潰す。
そして、お願いに関しては、とりあえずこんな大騒ぎにしてくれやがったお前を一発殴る」
「なんという過激発言でしょうか! 先生、僕の貞操のピンチかもしれません!」
「ピンチなのはそっちじゃなくて、お前の顔の方だろ。
いや、むしろ集中して頭殴らせてもらえ。
そしたら、そのおかしい思考回路も正常に戻るかもな。
よし、つーわけで勝ったあかつきにはコイツを殴ることを許可する」
「大撫さん、助けてー! 友人のピンチだよー!」
「犬甘さん......」
調子乗って絡んで、挙句首を絞める結果になった敬に対し、さしも天子も呆れ顔をした。
いや、天子だけではない。彼女の周囲にいる園江、佳代、春香もまた然り。
そんなこんなで、この料理対決はようやく本題に入る。
もちろん、その対決の合図をするのは司会兼実況兼ボケ担当の敬である。
「おっとどこかの誰かのせいで、予定より時間が押してしまいました」
「お前のせいだよ」
「というわけで、早速料理対決といきましょう。
いざ、尋常に.......試合、はじめぇい!」
「試合じゃなくて料理対決な」
敬の合図とともに、天子達はそれぞれ持ち場へ移動を開始した。
そんな光景を見つつ、敬は早速天子の班から実況を始めていく。
「大撫さんチームの大撫選手、早速じゃがいもの調理へと入りました。
慣れた手つきで包丁の角を使って、じゃがいもの芽を取っていきます。
その横では佳代選手が玉ねぎの皮を剝いていきます」
実況らしいことをしたところで、敬は一旦夏目先生の横へ戻った。
そして、実況あるあるの解説への質問を投げかけた。
「大撫選手、情報によりますと毎日母親と姉、そして自分の分と三食分のお弁当を作っているらしいです。凄いですね。
時に、夏目先生は普段から料理などはされますか?」
「普段......はあんましないなぁ。めんどくさいこと多くって。
あ、だけど、料理は出来ないわけじゃないぞ! いつだって嫁げる準備はしてる!」
「たった今、夏目先生から切実な声が聞こえたところで、今度は金崎さんチームの方を見てみましょうか」
敬はそう言って金崎の料理場に近づくと、お玉を片手に再び実況を始める。
「金崎選手、見た目によらず丁寧な料理さばきでじゃがいもを切っていきます。
加えて、サイズはちゃんと口に入りやすい一口サイズ。
チームメイトへの配慮が感じられてとてもいいですね!」
「見た目は余計だ! だがまぁ、褒められるのは悪くない」
「おっと、今デレました?」
「キメェことを言ってると刺すぞ!」
顔を真っ赤にしながらキレる金崎。
しかし、敬はどこ吹く風と言った様子でノーダメージである。
すると、そんな金崎の様子に、同じ班メンバーはクスクスと笑った。
(お、ウケた.....)
殺伐とした雰囲気ではなく、多少の笑いが生まれたことに、敬は僅かな手ごたえを感じる。
金崎は言動は粗暴だが、根っからは悪い人間ではないのかもしれない。
それが先の反応から分かった。
つまり、自分の対応次第で良好な付き合いは可能ということだ。
もちろん、それには相手の行動にも左右されるが。
「っ!?」
その時、敬は背後から妙な視線を感じた。
例えるならば、冷たい指で首をスーッと撫でられるようなゾワッとした感じ。
咄嗟に振り返って見れば、その方向にいるのは調理中の天子と佳代の姿。
(き、気のせいか.......)
そう思いながらも、どこか腑に落ちない様子で敬は夏目先生の横に戻った。
そして再び、金崎に関する話題を紹介していく。
「金崎さんチームの金崎選手、集めた情報によりますと、なんでも今は料理の勉強をしているとか。
そして、将来的に調理師免許を得て、自分の店を持ちたいという夢があるようです」
「おい、なんでテメェがそんなことを知ってんだ!」
「金崎さんのご友人のK川さんからリーダーのアピールポイントを伺いましたら、そう返ってきまして」
「黒川じゃねぇか! 何勝手に人の話しゃべってんだ!」
「いい夢でいいじゃないですか。応援しますよ。
もし店を持ったら是非立ち寄らせてください。
『大将ツケで』って言ってみたいんで』
『仮に見せもってお前が来たとしても、無銭飲食だけはぜってぇにさせねぇよ!』
金崎からの猛バッシングを受けるも、敬の顔はどこ吹く風と言った様子だ。
いや、もっと言えば無表情なので、常にどこ吹く風の表情なのだが。
そんな茶番をしつつ、程よく金崎をイジったところで、敬は夏目先生に話題を振った。
「時に夏目先生は金崎さんの年齢の頃、何か夢とかあったのでしょうか?」
「そうだなぁ。確かアレは高校二年の冬だった。
その当時、私の恩師とも言える先生が定年退職されると聞いて、私はなんだか寂しい気持ちを感じてな――」
「あ、長くなりそう......以上、夏目先生のエピソードでした。
とても素敵なお話でしたね。素敵すぎて口から涙が垂れてきました」
「おい、切るな。こちとらこ〇かめ並みに想いで詰まってんだ。全て語らせろ。
それから、口から流れてるのは涙じゃなくて涎だ」
敬は夏目先生からの追求をサラリと躱すように、立ち上がる。
そして、一人で実況中継し始めた。
「では、そろそろ現場の様子を見てみましょう。現場の犬甘さーん!
はーい、現場の犬甘です。ただいま、両チームともカレー作りの真っ最中です。
どちらも表情には真剣さがあり、一人騒がしていることに一抹の申し訳なさがあります」
「だったら戻ってこーい。大人しくしてろー」
「ですが、それではアイデンティティの消失も同じ。
めげずに頑張っていこうとたった今想い直しました。
それはそうと、現在大撫さんチームでは具材を炒めている真っ最中です。
おっと、ここで水を投入。どうやらここか煮るターンに入るようです」
敬はゆっくり後ずさりすると、今度は天子チームのかまどの方へ向かった。
そこではすでにご飯を炊く準備が進んでおり、現在ご飯を炊いている真っ最中だ。
なので、暇そうにしている園江と春香にインタビューをしていくことに。
「さて、天子チームの軒原さんと渡辺さんのお二人に質問です。
ずばりリーダーの魅力とは?」
「い、犬甘さん!?」
突然の敬の質問に、天子は戸惑ったような声をあげた。
しかし、敬は構わずマイク代わりのお玉をそっと園江に差し出す。
すると、園江は眉尻を下げ、頬をかきながらも堪えた。
「う~ん、そうだね......正直、同じクラスだけどほぼ初めましてだったから、全然天子ちゃんの良い所が見つけられてなくて申し訳ないんだけど。
それでも、確かに思ったのは天子ちゃんって勇気があるって思うんだ」
「ほほう、なぜそのように思われるのですか?」
「いや、だってさ。確かに、友達の悪口を言われたってのは、いい気分しないと思うよ?
とはいえさ、漫画の主人公じゃあるまいし、そんな正義感だしたってご都合展開なんてならないじゃん」
「ちょ、園江ちゃん......言い方」
「でもさ、それでも誰かのために立ち向かえるって凄いって思うんだ。
やらない偽善よりやる偽善って言うでしょ? まさにそれ。
私だったらたぶん見て見ぬフリをするだろうからさ」
「なるほど、貴重な感想ありがとうございます。
確かに、後先考えれば、立ち向かうのはリスクの大きい行動だったでしょう。
それでも誰かのために行動できるのは勇気がある人だと言えるかもしれません。
とはいえ、結果的にとはいえ今こうして協力している軒原さんも十分勇気ある人だと思いますよ」
「あはは、そっかな......どっちかっていうと犬甘君に巻き込まれた感じなんだけど。
でも、ありがと。そう言われるのは素直に嬉しいよ」
敬の言葉に、園江は頬をほんのり赤く染め、照れ臭そうに頬をかく。
するとその時、何かに気付いた春香が慌てた様子で園江の肩を叩いた。
「そ、園江ちゃん......あっち。あっち見て!」
「ん? あっち......ひぃっ!」
園江が春香が指さした方向を見た瞬間、突如として表情を引きつらせた。
先程の恥ずかしそうな赤みはどこへやら。対照的に、真っ青である。
そんな園江の表情に、敬は首を傾げた。
「ん? どうしました? 後ろが何か?」
敬は振り返って見るが、そこには天子と佳代が未だに料理をしている最中であった。
といっても、ルゥを入れて煮込んでいるだけの状態だが。
そんな二人の様子は特に変わりない。
「あ、あの、犬甘さん......」
「はいはい、なんでしょう」
「その、なんというか......天子ちゃんだけは敵に回しちゃダメだよ。
ほら、普段温厚な人ほど怒るとめっちゃ怖いとかそういう感じのやつだから」
「ですです! 絶対ですよ!」
「はぁ.......了解です」
園江と春香から切羽詰まった様子で注意を促される敬。
突然の二人の態度の変化に戸惑いながら、とりあえず返事はしておいた。
そんなこんなで敬の独断ステージもついに終わりを迎える。
なぜなら、互いにカレーが出来上がったからだ。
互いのチームのカレー鍋はそれぞれ夏目先生がいる机の上に並べられる。
さらに、夏目先生の目の前には互いのルーがかけられたご飯が用意された。
それらのカレーからは特有のニオイが発生し、風に乗って周囲に広がっていく。
そして、そのニオイは当然近くにいた敬にもダイレクトアタック。
「おぉ、なんという香ばしいニオイでしょうか。
これがカレー! これぞカレー! やはりカレーは人の胃袋を鷲掴みにする!」
そう力説する敬であるが、当然勝負のことは忘れていない。
そして、話を戻すようにしゃべり出す。
「とはいえ、カレーが出来て終わりではありません。
むしろ、ここからが本番!
カレーの味はいかに! いざ――」
「いただきまーす」
「実食!」
敬の言葉とともに、夏目先生は天子チームのカレーから口に含んだ。
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