クエスト43 林間学校(ニ日目)#1
林間学校二日目。
朝礼で行われるラジオ体操が終われば、午前中の行事は始まる。
その名も”オリエンテーリング”だ。
オリエンテーリングとは、地図とコンパスを用いて、森の中に設置されたチェックポイントをスタートから指定された順で進んでゴールを目指すというアウトドアスポーツである。
スポーツというだけに、本来はタイムで競うものだが、今回はただの行事だ。
というのも、この行事の目的が仲間との協力であるから。
各自が好きに組んだ仲間とともに、協力しながらゴールを目指す。
その過程で友情を育み、今後の学校生活でも良好な関係性を築いていく。
それが目的である以上、特別なことはない。
とはいえ、それだけではやる気に欠ける可能性もある。
なので、学校側はクラスの上位3グループに商品を渡すという約束をしているようだ。
結果、一部のグループは勝つためにとても躍起になっているという。
「えーっと、コンパスは.......赤が北でいいんだったよね?」
「うん、合ってる。で、地図の向きだとこっちが北で......」
「あれ、今どこにいるんでしたっけ?」
「さっき二つ目のチェックポイントを超えて少し進んだところですから、たぶんここら辺です」
その一方で、全く勝負を気にしていないのが天子がいるグループである。
園江がコンパスを持って位置を確認しながら、佳代が広げる地図を見る。
また、春香は地図を覗き込みながら現在地に首を傾げ、天子がおおよその居場所を指し示す。
天子達グループは比較的穏やかな雰囲気で行事に取り組んでいた。
ただ、チェックポイントについては、その場でしっかりと現在地と方向を確かめているため、他のグループに比べれば進みはやや遅いようだが。
「いや~、天子ちゃんがいてくれて良かったよ。
なんかいまいち地図の見方わからなくってさ。
特に現在地がすぐにわかんなくなる。スマホ使えればいいのに」
「使えたとしても示す場所はどこかの森の中だよ。
それよりも、現在地がここなら方向的に北西に進めばいいっぽいね」
「あ、よく見るとあっちら辺に人の姿が見えます!」
「凄いですね。私は全然良く見えません」
園江、佳代、春香、天子の四人はそんなことを言いながら、北西に向かって歩き出す。
するとその時、園江が沈黙を壊すように早速口を開いた。
「にしても、凄いね。上位チーム。
チェックポイントにあったチェックボードの一番上に犬甘君のチームがあったじゃん。
それってつまり、下から数えた方が早い私達よりもとっくに先へ行ってるってことでしょ?」
「そうですね。運動神経に優れている三人ですし、仲もいいですから協力すればこのぐらいは当然かと思います」
園江の言葉に、自分のことのように嬉しそうに答える天子。
そんな天子の様子を見た春香は、クスッと笑って言った。
「なんだか嬉しそうだね」
「え......あ、その、これは何と言いますか......」
「ふふっ、恥ずかしがらなくても大丈夫だよ。
自慢の友達がいると嬉しくなるのはわかるわ。
私も好きなアイドルがバラエティ番組で活躍すると嬉しくなるから」
「確かに、私の推しVもゲームで勝てばやっぱ嬉しいしね。
だけど、基本的にゲームができる人だから、そうなるとなぜか失敗を見たくなるんだよね。
なんだろうね、この心境。勝って欲しいのに負けて欲しいというか......」
佳代の言葉を受け、園江は自身が抱える悩みを打ち明ける。
もっとも、物凄くどうでもいい類の悩みではあるが。
そんな園江の言葉に、天子はよくわからないのか首を傾げる一方で、春香は「たぶんですけど」と前置きを入れつつ一つの答えを提示した。
「それって”弱みを見せて欲しい”ってことなんじゃないですか?
その、なんでもそつなくこなす人でも、たまに失敗してる人を見ると親近感が湧くといいますか......」
「なるほど! それはあるかも! 確かに凄いプレイは見てて気持ちいいんだけどね。
でも、ちょっとぐらい下手さがあっても、それはそれで面白いというか。
あれ? 私って案外性格悪い?」
「そんなことないと思いますよ。私もその気持ちは少しわかると思います」
そんなことを言いながら、天子は園江の言葉に同意した。
その同意を示す理由は、当然敬にある。
というのも、天子にとって敬は完璧超人枠であるからだ。
基本ふざけているためにそのような姿は目立たないが、基本的にミスは少ない。
いや、天子から見た敬では無いといっても過言ではないかもしれない。
そんな敬だからこそ、頼りになるし、甘えたくなる。
しかし同時に、敬という存在を遠く捉えてしまっているのも確かだ。
敬は天子のことを「友達」であると何回か言った。
そう思ってくれるのは嬉しいし、自分もまたそう思っている。
とはいえ、その「友達」という言葉の熱が同じかといえば、それは違うだろう。
同じ「友達」でも、その意味が「親友」と「友達の友達」では距離感が全然変わる。
そして、今の天子にとって、敬は「憧れ」の友達なのだ。
自分と敬は横に並んで一緒に進んでいる「友達」ではない。
たとえ、敬がどれだけ同列の存在と扱おうと。
だからこそ、天子は敬に助けられているばかりの状況が苦しいのだ。
「私も......見たいです。見せて欲しいです」
その弱みが、自分でも助けられるものならば、それが恩返しになる。
だから、弱みを見せて欲しい。
その方が信用されてるようで安心できるから。
「「「.......」」」
何やら思いつめたような顔をする天子に、思わず顔を見合わせる園江、佳代、春香の三人。
その内園江に至っては「また地雷を踏んだのではないか?」と焦った顔をしていた。
挙句、園江は空気を変えるように一つ咳払いして、しゃべり出す。
「そ、そういえばさ、お昼って確か飯ごう炊さん......で各自でカレーを作るとかなんだっけね。
どうせ後で決めることになるかもだけど、今の内に決めておかない?
そっちの方がちゃっちゃと動けると思うし」
「そうね。それじゃ、私と春香ちゃんと天子ちゃんとで食材切るから。
園江は一人火の番でもしてなさい」
「なんでよ!?」
「あ、その、私は料理得意では無くて......あ、でも、米を洗うことは出来ます!」
「なら、私は天子ちゃんとね。天子ちゃんは普段料理するの?」
「え......あ、はい。毎日三食分作ってます」
「三食分!? はぇ~~~......んじゃ、今から天子ちゃんを料理長に任命します! 美味しいカレーを任せた!」
「はい、頑張ります!」
そして、四人はそれからも雑談しながらオリエンテーリングを進めていった。
結果、四人がゴールしたのは一番最後であった。
―――昼時
無事にオリエンテーリングを終えた天子達は、そのまま昼の行事を迎えていた。
その行事の名は「飯ごう炊さん」。要はお昼にカレーを作ろうというわけである。
ほどんどのグループでは、これから自分達が何を決めている真っ最中であるが、あらかじめ決めていた天子達は自分の役割に沿ってスムーズに動いていく。
そして、料理長を任された天子はというと、両手に持つ銀色に輝くボールを持って食材を取りに帰ってる最中であった。
その時、天子の耳にとある女子グループの話声がたまたま耳に入った。
「ねぇ、編ヶ埼京華ってやつ......ウザくない?」
「っ!?」
その言葉に、天子は思わず近く木に隠れる。
そして、聞き耳を立てるようにその女子グループの話を聞いた。
「ああー、わかる。あの如何にも自分ギャルやってますよって感じがキモイよね。
特に、明らかに男受け狙ったような恰好。マジ、ウザい」
「つーか、去年三年の先輩に告られたとか聞いたんだけど本当?
あんなんのどこがいいの? どっちもシュミ悪」
「聞いたことあるわ、それ~。
ま、その三年の先輩も女子をとっかえひっかえしてたって話だし。
てか、ただのヤリモクなのに、その女ガチみたいな雰囲気で告白断ったららしいよ」
「断ったとか、なにそれ。なに、自分はお堅い女感出しての。
それが無性に腹立つんだよね。ハァ~......消えてくんないかな」
話しているのは、金髪の金崎、茶髪の茶渡、黒髪の黒川、緑髪の緑橋という女子四人である。
そして、天子はそのメンツの顔を見たことが無かったので、別のクラスだと思われる。
その四人が、天子の友達である京華のことに対して悪口を言い合っていた。
それもそれなりの大きな声でもって笑いながら。
それこそ、聞かれても何も支障がないと言わんばかりの態度だ。
そんな話声に対し、黙って聞いていた天子。
口こそ何も発さないように固く結んでいたが、その目には怒りが宿っていた。
両手に持つボウルにもわずかに力が入る。
この悪口の感じは、天子がもっとも嫌いとするものだ。
なぜなら、小学生時代のトラウマが呼び起されるから。
自分もその悪口のせいでどれだけ苦しめられてきたか。
精神的苦痛というのは、肉体的苦痛よりも傷の治りが遅いのだ。
加えて、その痛みも酷く長期的に続く。
その苦しみを知っているからこそ、それを発生させてる人達が許せない。
「.......でも」
天子は眉を寄せ、さらにボウルを持つ手に力が入る。
とはいえ、今の天子にあの状況をどうにかする力があるのか。
行ったところで、どうするのか。そのプランが何もない。
天子は無鉄砲のバカではない。むしろ、どちらかと言えばビビりなのだ。
敬からは何かと「勇者」と言われているが、天子自身にその自覚は無い。
だからこそ、こんな状況にしり込みをしてしまう。
許せない光景が広がっているのに、それを見てみぬフリしかできない。
このままじゃダメなことはわかっている。
しかし、どうしてもその勇気が出てこない。
「こんな時、犬甘さんなら.......」
その時、天子は脳裏にイマジナリー敬を思い浮かべた。
言うなれば、天子の「憧れ」とする完璧超人敬である。
その敬はとてもカッコいい存在だ。言わば、ヒーローである。
自分の悩みを聞いてくれ、それを乗り越えるために協力してくれる。
京華の弟に関しては、その解決方法を提示した。
そして、つい昨日は斜面に滑り落ちそうになった自分を助けてくれた。
そんな誰彼構わず助けを差し伸べる敬ならば、この状況に直面した時どうするか。
決まっている。持ち前のバカさを全力投球して突っ込む。
「私は.....そんな犬甘さんの横に並びたい!」
となれば、もはや迷っているこの時間が無駄である。
困っている人がいれば助ける。
それが敬ならば、自分も並びたいなら、すべきことは一つ――自分もバカになれ!
そして、天子は意を決すると、四人の魔族に突撃した。
「京華さんの悪口を言わないでください!」
天子は四人の前に立つと、大きな声でそう言い切った。
すると、その声に気付いた四人がめんどそうな目で見ながら言った。
「誰コイツ......?」
「知らん。誰か知ってる人~」
「いや、こんなチビ知らんし。
てか、さっき京華がなんとかって言ってなかった?
もしかして、コイツあの女の友達だったりするの? なにそれウケる」
「いやいや、それはさすがにないでしょ。明らかにタイプ違うでしょ」
その魔族四人は互いに意見を述べ合うと、最終的に金崎がしゃべり出した。
「で、何の用? アタシらあんたに構ってるほど暇じゃないんだけど」
「それでも、先ほどの京華さんに対する悪口は撤回してください!
京華さんは皆さんが思っているほどウザくもキモくもないです!
確かに、少し雑なところもあるかもしれませんが、それでも優しい素敵な人です!」
「編ヶ埼が優しい素敵な人? なにそれ、バッカじゃないの?」
「私は本気です。皆さんこそ京華さんに何かされたんですか?
そんなことはないはずです。京華さんはそんな人じゃないですから」
あくまで強気に出る天子に対し、金崎は苛立ちが募っているのか頭をガシガシと掻いた。
そして、睨みつけるような目で天子を見て言った。
「ウザいな、もう! お前は編ヶ埼のなんなんだよ!?」
「友達です!」
天子は迷いなく即答した。
人の言葉に考えて答える彼女からすれば、間違いなく人生一番の最速発言である。
そんな言葉に対し、金崎は目を剥いて仲間に目線を合わせると、途端に四人は笑い出した。
「あははは! なんの冗談それ!」
「いや、待って......あはは、あの顔ってマジじゃん!」
「つーか、だから何って感じ。別にどこで何言おうがアタシらの勝手じゃん」
「そうそう、そっちが無視すればいいだけの簡単な話でしょ?
そうやって突っかかってくるから面倒な事になんじゃん。
はい、話は終わり。解散かいさーん」
「まだ話が終わってません! 撤回してください!」
弱々しい見た目のくせに一向に引く気のない天子に対し、金崎はため息を吐いた。
そして、天子の前に立つと、身長を活かして高い視線から天子を見下ろしていく。
「あのさ、こっちがいい感じで話終わらせてやってんじゃん。わかんない?
つーか、お前のような陰キャタイプが編ヶ埼と友達とかぜってぇー嘘だろ。
どうせ、正義感拗らせて出たはいいけど引っ込みつかなくなっただけだろ?」
「違います。私は正真正銘京華さんの友達です。
そして、私は友達が悪口を言われてるのが許せないだけです」
「チッ、ウッゼェな.....いい加減に――」
「その話、この僕が預かろう!」
天子と金崎が一触即発というタイミングで現れたのは、バカな勢いで突っ込むでおなじみ敬である。
そんな敬に対し、天子はキョトンとした顔をし、金崎は困惑した顔で言った。
「え、誰......?」
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