クエスト40 林間学校(一日目)#5
肝試しのペア決め。本来なら、京華は天子と組むで終わりだった。
しかし、京華は天子と組まず、それどころかペアに誘ってきた敬の手を取った。
そんな訳の分からない状況に、那智と夕妃は困惑した。
「え、本格的にどうしたの? いや、別に組むのはいいんだけどさ......」
「さっきは肝試しに参加しないって言ってたのに」
「それはまぁなんつーか、敬のわけわからん話を聞きながら思ったんだ。
やっぱ、こういう行事に参加しないのっては浮くよなって」
硬い笑みを浮かべながら、髪の先端を指でクルクルとしながらいじる京華。
そして、そのままの状態でさらにしゃべり続けた。
「それにさ、アタシが変に浮くと、アタシと関わってる姫にも変な噂飛びそうじゃん?
だからさ、コイツの提案に乗るもの癪だけど、誘われて断る理由もないと思っただけだ」
そんな京華の言葉に、跪いていた敬が立ち上がって続いた。
「いや~、ありがたい! これで僕はしょんべんたれ小僧ならぬ青年になっても問題ないわけだ!
正直、この年で痴態を晒すのは恥ずかしいんだが、編ヶ埼さんなら安心だ」
「アタシからすればどこにも安心できる様子はないんだけどな」
「というわけで、僕は編ヶ埼さんとペアになるよ。
大撫さん、僕は僕の個人的な理由で編ヶ埼さんと組ませてもらった。
だから、大撫さんも他の人と好きに組んだらいいよ」
敬からの提案に、天子は何も答えなかった。
ただ胸の前に両手を重ね、何か言いたげな表情だけ晒した。
その姿はまるで胸の中に秘めたる想いを持つ乙女のようで。
そんな妙な空気の中、一番最初に声をあげたのは那智であった。
那智は両手に腰をつけ、大きくため息を吐くと、隣の夕妃に提案する。
「ユウユウはワンコちゃんと組んであげて」
「それはいいけど......那智はどうするの?」
「那智もせっかくだし男子と組んでみよっかなーって。
ってことで、イチヤ、那智のペアになれ。決定事項な」
そう言われたあだ名イチヤこと悠馬は、「なんで俺が......」と嫌そうな顔を浮かべた。
しかし、すぐにため息を吐くと、かったるそうに首を押さえつつ返答する。
「まぁ、そうだな。俺が見て止めてやんないと、驚かされた拍子に驚かし役を殴りかねないもんな」
「イチヤのクセに言うじゃねぇの。安心しろ、那智はイチヤしか殴らん」
「いや、殴んなよ」
そんな幼馴染特有の距離感の近い会話をしつつ、那智は悠馬の近くに移動。
それによって、余った天子、夕妃、宗次の三人。
とはいえ、その三人の中では誰がどう言わずともペアは決定していた。
そしてその結果を示すように、那智は天子へと近づき、横に立った。
「それじゃ、私は天子と組むことにするわ。悪いわね、相沢君」
「気にするな。私よりかは涼峰さんの方がいいだろう。私とて同じ選択をしただろうしな。
それに、私はそこのバカとチビに比べれば、引く手数多だ。気を遣う必要はない」
「そう。なら、そうさせてもらうわ」
そんなこんなで宗次以外のペアが決まった所で、時は肝試しの時間へと移る。
ペアが決まり、多くの生徒達が雑談する中、クラスでまとまってるそこに担任の夏目先生がやって来た。
「おーし、お前ら。もうペアは決まったか?
んじゃ、一組から順に出発するから、番になったら入口へと向かえ。
んでもって、そこにいる桜木先生の指示に従って行動すること。
くれぐれもどっちが先行くとか、んな些細なことで揉めんじゃねぇぞ」
そう注意を呼び掛けると、夏目先生は近くの階段に置いてあった衣装を小脇に抱え、一人先に森の中へ。
そんなこんなで、敬達が雑談しながら時間を潰していると、あっという間に番が回ってくる。
「よし、それじゃあ。誰から行こうか」
「別に誰でもいいが」
「私もどちらでもいいわ」
「私は一人だから。最後でいい」
敬の言葉に、悠馬、夕妃、宗次と順に答える。
その瞬間、敬と悠馬は耳をピクッとさせ、宗次の肩を組んではダル絡みし始めた。
「おやおや~、引く手数多じゃなかったのかな~? 宗次きゅん。
だけど、どこにもペアがいないようだねぇ?
一緒にしょんべんブラザースになるかい?」
「おいおい、さっきの威勢の良さはどうしたよ?
自分がいくらイケメンだからって自惚れてるヤツは痛てぇぞ~?
なぁ、どんな気持ち? 今どんな気持ち?」
「私の状況はクラスの人数を考えたら妥当な結果だ。
それに、最悪ペアの相手は担任になるかと思っていたが、その当てが外れただけだ。
とはいえ、そうだな。その質問に答えるなら、今すぐ貴様らを殴りたい気分だ」
「ま、自分の発言には気を付けようなってことだ。
でなければ、漏れなく僕達に煽られイジられる。良い教訓になったな」
「たまに抜けてる方が愛想があるぜ、執事様」
「くっ......!」
敬と悠馬に散々とイジられ続ける宗次。
その顔には屈辱とばかりに歪んだ表情があった。
そんな宗次の顔に対し、敬と悠馬は満足そうな顔をすると、話を戻した。
「んじゃ、宗次をイジれて満足したところで、順番はじゃんけんでいいか?」
「あぁ、いいぞ」
「構わないわ」
「それじゃ、いくぞ。最初はグー、じゃんけん――」
そして、敬、悠馬、夕妃の三人はじゃんけんで順番を決めていく。
その結果、一番が悠馬&那智ペア、二番が敬&京華ペア、三番が夕妃&天子ペアとなった。
「それじゃ、先行ってくるわ」
「また後でね~」
悠馬と那智が出発し、残りのメンバーに手を振りながら夜道を歩きだした。
「行っちゃったね」
「そうですね.....」
敬が呟く言葉に、天子は返答しつつ、時折様子を見るようにチラリ。
すると、その視線は敬に届いたのか、敬は首を横に向けて尋ねてくる。
「どうかした?」
「あ、いえ......別に......」
天子は眉尻を下げながら、そっと目を逸らす。
そんな天子の不自然な様子を、敬は僅かに目を細め眺めた。
いつもな些細な待ち時間でも溢れてそうな会話が、そこにはなかった。
それこそ、周囲の生徒達の話声の方がよほど耳に届くようなぐらいには。
「よし、次。行ってこい」
出発のタイムキーパーをしている桜木先生が敬と京華に声をかける。
その声を合図に、敬は「お先」と、京華は「んじゃ、行ってくる」と残りの三人に短く言葉をかけて出発した。
「なんかやたら見られてる気がするな......」
出発してから数メートル、京華が後ろの様子を気にするように肩越しに振り返れば、そんなことをボソッと口にした。
そんな言葉に、敬も振り返って見れば、確かによく見られている気がする。
気がするが、しかし――
「そんなもんでしょ。僕達だって悠馬達が出発した際、しばらくの間眺めてた気がするし」
「まぁ、そうかもな」
右手で左腕を掴み、俯きながら短く返事をする京華。
まるで周囲の木々の間の暗闇を見ないようにしているかのように。
そして、時々風で揺れる木のざわめきや、枝が折れる音でビクッと体を震わせている。
一方で、敬はその姿を見ながら、沈黙を壊すようにしゃべりかけた。
「それよりも思ったより暗いな。懐中電灯で照らさてもあんま安心できない。
急にビックリ要素が起きたら抱き着いちゃうかもだけど、許してね♪」
「.......」
敬はいつも通りにふざけてみたが、いつにも増して京華のテンションが低いため大スベリした。
その代わりに、周囲の木々はザワザワと大爆笑であったが。
「ひぁっ!?」
瞬間、その音にビックリした京華が反射的に体を震わせ、近くにいた敬の裾に手を伸ばし掴んだ。
しかし、すぐに自分の行動に気が付くと、顔を真っ赤にしながら手を放す。
「えー放しちゃうの? 今の男子的に萌えポイント高かったのに」
「うっせぇ、いいんだよ! てか、こっち見んな!」
敬の視線に気づき、京華は恥辱と怒りのままに言い返す。
すると、そんな京華の行動に対し、敬はサムズアップした。
「うん、やっぱそっちの方がいいね。ザ・編ヶ埼さんって感じがする」
「んだよそれ......」
敬の謎のフォローに口を尖がらせる京華は、呆れたように一つ息を吐く。
とはいえ、敬のおかげで少し精神的余裕が出てきたようで、京華は改めて今の状況について尋ねる。
「なぁ、お前はいつから気付いてたんだ?」
「ん、何が?」
「すっとぼけなくてもいい。知ってたんだろ、アタシが怖いの苦手だって。
だから、お前はアタシに対してペアを申し込んだ......そうなんだろ?」
京華は立ち止まり、敬の目を真っ直ぐ見ながら言った。
そんな確信しているような目に対し、敬は一つ息を吐いて答えた。
「別に最初から知っていたわけじゃないよ。途中で気づいたって感じ」
時は遡り、京華、夕妃、那智の三人が誰とペアを組むか話していた頃。
敬は京華の様子がおかしいことにすぐに気づいた。
それは普段の京華の態度を考えれば、すぐに気づくことだが、それ以外にも変化はあった。
例えば、口調。普段より声が小さく、それでいて少し震えていた。
例えば、仕草。片腕を体に引っ付ける仕草は、不安や恐怖を抱えている場合に多い。
そして、それらの情報と肝試しという行事を結び付ければ、おのずと答えは出る。
「ま、後は編ヶ埼さんの影響を考慮した結果って感じかな。
編ヶ埼さんが大撫さんとペアにならなかったのは、暗がりに怖がる自分を見られたくなかったからだろ?」
京華というキャラクターは変態性を除けば、頼れる姉御肌だ。
自信溢れる姿や男にも勝る強気な態度は周囲に安心感を与える。
そんな人物にとって、人に弱みを見せるということは恥ずかしいことなのだ。
人に弱みを知られることは、誰にだって恥ずかしい。
しかし、普段自分に自信がある人ほど、その恥ずかしさもひとしおである。
故に、京華はごまかした。怖がりという自分を隠すために。
「当然、見られたくないのは大撫さんだけじゃない。
涼峰さんや百式さんにもそんな姿を見られたくない。
見られたところで破綻する友情じゃないとしても、プライドがそれを許さない。
だから、編ヶ埼さんはこのイベントをバックレることで回避しようとした」
「......エスパーかよ、お前。なんかそこまで言い当てられると、恥ずかしいを通り越して若干気持ち悪りぃんだが」
「僕は意外と見ているんだよ。それこそ、いつでもブラ透けをキャッチできるようにはくまなく見てる」
「キメェ!」
「あ痛っ!?」
決め顔で言った敬に対し、京華のローキックが膝裏に直撃する。
その格闘技は敬に効果抜群だ。そして。敬はその場に崩れ落ちる。
「酷い......ただ事実を言っただけなのに」
「事実なら尚更酷ぇよ」
「にしてもさ、だったらどうして僕の手を取ったんだ?」
敬は膝裏をさすりながら立ち上がると、根本的な理由を尋ねた。
確かに、敬は京華の立場を考えて、京華を助けるような行動を取った。
しかし、それでも京華がその助けを受け入れなければ、今のような状況は起きていない。
「編ヶ埼さんは僕の提案を跳ねのけることも出来た。
しかし、それをしなかった。それはどうして?」
敬の質問に、京華は少し考える素振りを見せると答えた。
「なんでだろうな、あの時のことを思い返しても自分でもよくわからない。
けどまぁ、もしかしたら、お前になら見せてもいいんじゃないかって思ったかもな」
「あら、僕ってはそんなに信用されちゃってる感じ?」
「逆だ。お前なら見られてもどうにでもなるって感じだ」
「酷い。僕とは遊びだったのね! あんなに一緒にプリクラ取ったのに!」
「お前とは最初から最後まで遊びだよ。付き合ったことねぇだろ。
それに、プリクラ取ったのはあの一回きりだろうが。
......けどやっぱ、お前のことは信用してるからかもしれねぇ」
そう言って、京華は笑った。
敬に対して初めて見せる笑みだ。
そんな京華の反応に、敬は目を剥いた。
「......んだよ」
「いや、思ってもいなかった反応されたもんで......けど、そう言ってもらえるのは嬉しいね。
僕も編ヶ埼さんと話していると安心するよ。気楽でいいって言うか。心地良いね」
「......っ!?」
瞬間、敬の言葉を聞いた京華は顔を一気に赤くした。
それは先程の恥ずかしいとは打って変わっての正の感情。
いや、”恥ずかしい”という意味合いで言えば同じであるが。
そんなロウソクに灯った火のような僅かな感情は、京華の心を温かくさせた。
そして、その熱は心に住み着いていた恐怖という感情を追い払っていく。
胸に触れるように持ち上げた拳をギュッと握ると、京華はボソッと言った。
「京華だ」
「ん?」
「名前だ。編ヶ埼じゃ長いだろ。京華でいい。
だから、特別に下の名前で呼ぶことを許可してやる。友達だしな。
あと、こっちが呼ばせてやるんだから、アタシにも呼ばせろよな!」
「......あぁ、もちろん。これからもよろしく頼むよ、京華」
「うぅ......あ、あぁ、よろしく敬」
敬が名前を呼べば、京華は赤らめた顔のままもじもじとし始める。
そんな二人の雰囲気はまるで付き合いたてのカップルのようで。
すると、敬はそんな京華に対し、そっと手を差し伸べた。
「あのさ、実は先程から恐怖で手の震えが止まらないんだ。
だから、その......良かったら手を借りてもいいかい?」
「っ!.......あ、あぁ、しょうがねぇな」
京華は悪態をつきながら、敬の手を取る。
瞬間、京華の冷たい手に、敬の手のぬくもりがじんわりと伝わっていく。
そして、二人で歩き出しながら、京華は敬の手をチラッと見た。
その手は自分と違い微塵も震えてなどいなかった。
「......ムカつく」
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