クエスト37 林間学校(一日目)#2
バスの座席――宗次の策略によって天子の隣になった敬。
天子と隣になること自体は悪くない。
しかし、敬は自ら天子と隣になる選択を拒否したのだ。
にもかかわらず、隣には天子がちょこんと座っている。
故に現在、敬は窓を見ながら若干の逃避行動を行っていた。
同席を断った手前、一体なんと声をかければいいのか。
気まずい。妙に気まずい時間が二人の間に流れる。
「あの、ご迷惑でしたか......?」
その時、沈黙の均衡を破るように天子が先制攻撃を仕掛けてきた。
突然背後を取られたような気分になった敬は、慌てて首を横に振って返答した。
「いやいや、全然! ちょっとバス酔いするとこあってね。
それで一人静かにしようと思っていただけだよ。
あ、でも、もしかしたら話してたら気が紛れるかもね」
「そうだったんですか......なら、その、何かお話でもしますか?
あ、それと、実はこんなものも持ってきてみたんです」
天子はそう言いながらリュックの中から小さい包装のお菓子を取り出した。
わざわざそのお菓子を用意する辺り、相当今回の行事を楽しみにしていたことがわかる。
「犬甘さんは何か苦手なお菓子とかあったりしますか?」
「いや、無いよ。どれも美味しそうだ。大撫さんチョイス?」
「はい。なので、良かったらどうぞ!」
天子がニコニコした様子でチョコの小箱を敬に差し出した。
その善意を敬が断れるわけもなく、「いただきます」と言ってチョコを一つ受け取るとそれを口に含んだ。
瞬間、敬の中には空気と一緒に甘い味が広がっていく。
「うん、やっぱ美味いね。このお菓子」
「あ、口に合ったのなら良かったです。
では、私もいただきます.......ん、ふふ、美味しい♪」
敬の反応を見た後、天子もチョコ菓子を一つ手に取って口の中に放り込む。
直後、天子は美味しさで頬が緩むといった表情を見せた。
そんな天子の様子を、敬は隣で見ながら一つ質問した。
「大撫さん、本当に僕が隣で良かったのか?」
その質問に、天子はコテンと首を傾げる。
「と言いますと?」
「ほら、大撫さんにとって今回の行事は特別なもので、それこそこういう機会は普段関わらない人と仲良くなる絶好のチャンスなはずだ。
だから、僕としては宗次を勧めてみたわけだけど......もしかして、余計なお世話って感じだったのかと思って」
敬が申し訳なさそうな声色でそう言うと、天子はすぐさま首を横に振った。
「そんなことないです。犬甘さんが提案してくれたものを受け入れたのは私ですし、選択したのも私です。
なので、犬甘さんのしていることを悪いと思ったことは一度もなくて......ただこの状況は私のわがままで成り立っているだけです」
「わがまま?」
「今回の行事の思い出は、初めてできた友達と一緒に作りたいと思ったんです。
そして、私にとって初めてできた友達は犬甘さんなので、こうして一緒におしゃべりしてみたくて......その時に、最初に相沢さんが声をかけてくれて」
「なるほど、そういうことか」
敬は今の状況に至った経緯を正確に把握した。
つまり、宗次の行動はあくまで天子の願望をサポートしただけにすぎないと。
加えて、天子のわがままも大した理由ではなかったということ。
そのことには安堵する敬であるが、まだこの行事は始まったばかりだ。
天子が自分の予想を超える行動をする以上、あらゆる事を想定しておくべき。
そう、全ては敬が天子と適切な距離感で”友達”でいるために。
「それじゃ、大撫さんは何を楽しみにしてる?
あ、このしおりにある肝試しとか大丈夫だったりする?」
「それ、那智さんにも聞かれました」
敬と天子はバス移動の間、林間学校のしおりを見ながらしゃべり始める。
それから数十分後、バスは山道に入っていき、曲がりくねった道が多くなり始めた。
するとある時、体の軽い天子はバスのカーブの遠心力によって窓際に移動し、隣にいた敬と大密着。
突然の天然トラップに、天子の顔は急激に熱を帯び始め、色を赤く染めていった。
「す、すみません!」
天子はバスがカーブ終わった直後、すぐさま体を離し謝った。
対して、敬はそんな天子を見ながら、笑いながら爽やかに答える。
「フッ、ノープロブレム。むしろ、男からすれば役得ってものさ。
なんだったら、カーブでなくても来ていいんだぜベイビー?」
「あ、え......そ、それは遠慮しておきます......」
天子は一瞬脳裏にその情景を思い浮かべながらも、激しい羞恥心に駆られ断った。
しかし、そんな天子の心には一抹の後悔が燻る。
一体何に残念がっているのか。まさか先ほどの言葉を断ったことに対してか。
「ち、違います!」
「え、急にどうしたん?」
敬に驚かれながらも、天子は頭を横に振って脳裏の考えを拭った。
されど、一瞬でも赤く染まってしまった頬からすぐに色が引くことはなく。
その後、天子はバスのカーブに警戒しながら、敬と残りのバス移動を過ごした。
十数分後、バスは開けた砂利の駐車場に到着。
しかし、そこが目的地というわけではなく、むしろここからが本番といえる。
というのも、しおりの予定では、ここから歩いてキャンプ地に向かう予定だからだ。
つまり言い換えれば、ここからが地獄の時間。
各クラスの生徒達が嫌そうな顔で山道を登り始める中、敬のいるクラスも出発した。
そして、敬はクラスの最後尾辺りでいつものメンバーとだべりながら進んでいく。
「ハァ、なんで高校にも入って山にも登らにゃならんのか」
最初に、愚痴でもって会話の口火を切ったのは悠馬であった。
すると、その言葉に敬と宗次が反応していく。
「決まってるだろ。そこに山があるからだ」
「そんなこともわからないとはな。さすがは悠馬だ。恥を知れ」
「おい、お前は今の一瞬で全国の悠馬を敵に回したぞ」
「残念ながら、その言葉の矛先はそこにいる金髪童貞しか向いていない。
ほら、大撫さんも言ってやれ!『イキんな、童貞!』って」
「あ、え、あ......」
「おいこら、犬甘ァ! テメェは姫になんてこと言わせようとしてんだ!
姫はそんな汚い言葉を使わせんじゃねぇ! せめて『お童貞さん』だろうが!」
「おい京華、全然汚さ拭えてねぇよ。
てか、何ちょっと聞きたがってんだよ。
キモさなら、お前も犬甘とどっこいどっこいだよ」
「京華、私達は味方でもあるけど、敵でもあるのよ。忘れない事ね」
と、言った具合に楽しそうな会話を繰り広げる一同。
主に特定の人物がバカな発言してることに、周囲がツッコミを入れてるというだけなのだが、それが彼らの空気である。
そんな空気のまま、話題は当然のようにバスの座席へと移る。
いや、正確には自称紳士が一方的に話題を振っただけであるが。
「そういや犬甘、お前バスの座席どうなってんだ?
アタシの横には姫がいる。姫を護衛する存在が必要なはずだ。それは法律で決まっている。
にもかかわらず、お前は姫を別にした。仕舞いには、お前が座っている。
これら全てキチッと説明してくれるんだろうなぁ!」
まるで狂犬のように噛み付く京華に、敬は内心ビビりながら答えた。
「あれは大撫さんに豊かな教養と高貴と清純を提供しようとして、後9割悠馬にクラスの男子のヘイト集めたいなと思ったんだけど」
「おい敬、やっぱ面白がったんかコラ」
「でも、どうやら僕の思いとは裏腹に、大撫さんは僕のことがお気に入りみたいでね」
その瞬間、天子の首振りがかつてない速度で動いた。
当然顔は「この人急に何言い出すの!?」という感じであるが、言葉が言葉であるだけにすぐに言葉が思い浮かばない。
そんな口をパクパクとさせながら顔を赤くする天子をそっちのけで、敬は京華の肩にポンと手を置くと言った。
「ま、これが結果ってやつだ。残念だったな」
「てめぇ、売ったな? ケンカを。いいぜ、倍の値段で買ってやらぁ!」
敬の売り言葉に、京華はピキピキと額に怒りマークを浮かべながら、見事に買った。買わなくていいものを倍の値段で買った。
そして、二人で生み出す空気はどんどん変な方へ転がっていく。
「では、どちらが大撫さんに選ばれるに相応しい人間か決めようじゃないか! 大撫さんを使ってなぁ!!」
「!?」
「いいぜ、なんでも来いやぁ!」
「な、なんでもはダメです!」
「勝負内容は簡単だ。どちらが大撫さんの良い所を言えるか。互いに交互に言い合って言えなくなった方が負け。どうだ、シンプルだろ?」
「ふっ、上等! 異論はねぇ!」
「異論を持ってください!」
これから展開されるだろう地獄を察して、二人を止めようとする天子。
しかし、天子で止まるほどヤワな二人では無い。
それこそ、ここぞとばかりにふざける敬ならまだしも、天子の熱烈ファンである京華が加わったとなれば、もはや状況は赤い旗に突撃する闘牛も同じ。
天子に出来ることは、被弾をいかに少なくすることだけだ。
いやまだだ。まだ天子には味方がいる。
そして、藁にもすがる思いで残りの四人の方へ視線を向けた。
「すまん、俺にはあの流れは無理だ」
「申し訳ないが、私達は見守ることしか出来ない」
「ワンコ、ごめん。ちょっと見たい」
「人は時に耐えることも必要よ」
しかし、無情にも天子に味方する者はいなかった。
その事実に、天子は「ブルータスお前もか」と言わんばかりの絶望顔を見せた。そして時は無情にも動き出す。
敬はタンタンタタタンという手拍子をつけ、リズムに合わせてゲームを始める。
「では、いきましょう!大撫さんの良いところ!」
敬はタンタンと手拍子をつけ、恥ずかしげもなく言った。
「素直なところ」
次は京華のターン。
同じくタンタンと手拍子をしながら、大声で言った。
「可愛いところ!」
二週目、敬のターン。
同じくタンタンと手拍子&回答。
「笑顔が素敵なところ」
「ぐぬぬ! アタシが言おうとしてたものを!
なら、アタシはこうだ!――(タンタン)素敵な本との出会いがあった時、瞳を輝かせるところ!」
「あ、あの、もういいですから……」
天子は顔を真っ赤にさせながら止めようとする。
しかし、合コンで行われる余興みたいなノリで始まったゲームは止まらない。
「うっ、なかなかやりおる! なら、こっちはこうだ――(タンタン)本読みながら気分が上がって来ると足をフリフリするところ」
「あ、その、もうやめ――」
「お前も案外見てるな。やるじゃねぇの。んじゃ、アタシは――(タンタン)なんでも挑戦してみようとするところ」
「僕が先に言おうとしていた言葉を!なら、僕のターン!――(タンタン)恥ずかしそうにしながらも嬉しそうに笑うところ」
「小さいところ!」
「友達と作る思い出に喜ぶところ」
「本をぬいぐるみのようにだし決めるところ!」
「気を遣えるところ」
「抱きしめたい可愛さを醸し出すところ!」
敬と京華の戦いは熾烈なデッドヒートを繰り広げた。
互いに一歩も譲らず、互いが思う天子の良いところを交互に発表していく。それこそ、言い合いしているような雰囲気だ。
だが、この状況で一番ダメージを受けているのは、やはり天子であろう。
誰も一緒になって止めてくれる味方が居ない中、褒め殺しによる羞恥心に見舞われて、顔はリンゴどころか赤色のペンキを塗りたくったように赤く、目には涙を浮かべて小鹿のように震えていた。
当然、天子に二人を止める体力は無い。
このままでは今にも恥ずかしさで体が木っ端微塵になってしまうだろう。
そんな天子を、さすがに見兼ねた周りの四人は言い合いを続ける二人を止めに入った。
「おい、止まれキモ男。そこまでだ」
「これ以上罪を重ねるな。安心しろ、私も傍観していた罪を背負う」
「おい、変態。これ以上言葉を重ねてみろ。
お前の息の根を止めにゃならん。那智にそんなことさせんな」
「私達は罪を重ねすぎた。潔く罰を受けよう」
悠馬と宗次が言葉をかけながら敬を、那智と夕妃が京華を抑え込むように体をガッチリと固定した。
それによってゲームが終わり、まるで互いに胸ぐらを掴んで一触即発の男子生徒のケンカのような雰囲気を纏っている敬と京華は、互いに一息吐くと近づき――
「良い勝負だった」
「やるな、お前も」
互いを認め合うように力強く握手した。
「いや、良い感じ風に話まとめんな」
そんな二人に那智が素早くツッコミを入れて本当に終了。
そして、クラスからだいぶ遅れた七人は遅れを取り戻すように真面目に登り始める。
ただし、おしゃべりは相変わらずありきだが。
「なんか山奥って感じがしてきたな。若干濡れてきたし」
「やだなぁ、もう。うわっ、ジャージ濡れた。サイアク〜」
「姫、キャンプまでおぶります」
「いえ、大丈夫です。京華さんも大変でしょうし」
「いえ、全く。姫をおぶったアタシをこの犬甘が背負いますので」
「なにその状況、僕知らない」
突然京華から振られた話題に敬はゆっくり首を振って否定した。
しかし、すぐに腕を組むと少し考えて答えた。
「いやでも待てよ? 背中に編ヶ崎、前に大撫さんがくれば行けるのでは? なんなら、男としても役得なのでは?」
「まず一つ言えるのは、絵面がだいぶ酷いことになると言えるわね」
「そうだな。体勢的に完全に駅べ――ぐふっ!」
「いっぺん死ねオラァ!」
「悠馬、お前の死後は丁寧に土葬してやる」
夕妃の発言から完全にアウトな発言をした悠馬が、近くに居た那智から強烈なボディブローを受けた。
そして、膝をついてダウンしている悠馬に、肩をポンと叩きながら宗次が優しい言葉をかけていく。
そんな二人に「いや、先にアウトなのは敬の方だろ……」と反論を試みるが、その二人の耳には届かず。
一方で、一人蚊帳の外ながらも雰囲気でケラケラう笑う天子は、バカばっかりに気を取られ、足元の注意が疎かになっていた。
そして、天子が後ろに一歩足を動かしたその時、ぬかるんだ地面に脚を滑らせ、体がどんどん斜面へと傾いていく。
「え……?」
「っ!? 大撫さん!」
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