クエスト36 林間学校(一日目)#1
林間学校当日、敬はその日も変わらず朝のルーティンを済ませると、学校ジャージに着替えて妹の幸と一緒に朝食を取っていた。
そして、テーブルから少し離れた位置にセットされているテレビを眺めていると、いつもの朝のニュース番組の占いコーナーが流れる。
『今日の星座占いコーナー! 今日1番運勢がいいのは、おとめ座のあなた。
願ったことが叶ってしまう日かも。願い事を胸に行動してみよう!
今日のラッキーアイテムはチェックのハンカチ』
「お、私今日運勢やばっ♪ お兄、見たか? 願い事が叶っちゃうってよ。
イケメンでスパダリ性能MAXで、サブカルチャーにも理解のある同年代ぐらいの石油王に告白されちゃうかも!」
「なんだその天文学的確率を弾き出すような属性盛りまくった相手は? 」
占いコーナーを見て、喜ぶ幸に冷水を浴びせるようにツッコむ敬。
いや、先の幸の発言に関してはもはやツッコまない方が失礼か。
そんな敬の言葉を聞いても、幸は対して気にする事はなく敬に話を振った。
「けどさけどさ、今日男子に告白されちゃうぐらいのイベントはありそうじゃない?
ねぇお兄どうする? 数日後にお兄宛にNTRビデオレター的な映像が届いたら」
「朝っぱらからスゲー状況の話持ってくるじゃん。
ネタとして消化しようとしても、朝だから消化不良起こしそうだわ。脳と一緒に胃も壊れるわ」
「で、どうする?」
「どうするも何ももちろん殺すが……」
「え、即答かよ。しかも殺すの!? 怖っ!!」
「こっちとしては朝の占いコーナーの話題でそっち方向に持ってかれた方が怖いんだが」
妹の方から出てきた話題にもかかわらず、まるで特殊性癖をさらけ出すヤベー奴のような反応をされて若干不服の敬。
されど、敬のターンが来るどころか、変わらず妹のターンが続く。
「なら、彼氏を作って連れてきたら? それならどうよ? 有り得そうでしょ?」
「どうと言われても……そもそも今のお前が彼氏を欲してるように見えないしな。
まぁ、仮に紹介されたとしたら、多分普通に受け入れると思うぞ」
「なんでさ! 妹が可愛いと思わないの!?
そこはもっとこうさ! "俺の妹が欲しければ、この俺を倒していけ"的なセリフは無いの!?」
「いや、僕にどんな立ち位置を求めてんだよ。それに言うとしたら"ヒャッハー! テメェーの血は何色だァ!"って叫びながら特攻かますか、"お前が死ぬか、お前と一緒に死ぬか二つに一つだ"って言いながら黒魔術を使うと思うし」
「それもはや交渉の余地ないじゃん。最初っから殺す気じゃん。
それに二つ目に限っては死んだ後に相手も殺す呪術使うタイプだし、どっちにしろ殺意半端ないじゃん」
「我が妹の人生を任せるのだ。それぐらいの気概を持って貰わなければ困る。
っていうか、お前の願いってそれなのか?」
兄妹の仲のいい茶番を一通り済ませると、敬は少し真面目なトーンで幸に聞いた。
すると、幸はご飯を口に運びながら、「う~ん」と少し唸って答えた。
「まぁ、全てが上手くいったあかつきには、自分の人生ぐらい考えてみようかなって思うけど、今はお兄をイジってる方がずっと楽しいし面白いからなぁー」
「どうしよう、今お兄ちゃんは猛烈に幸に彼氏を作って欲しいと願い始めたのだが」
「まぁ、今の願いに限って言えば――お兄の考えは全て裏目に出ればいい、って思うぐらいかな」
幸はお椀に箸を綺麗に置くと、碇ゲ〇ドウばりの両手を組むポーズで目の前にいる兄を見つめた。
一方で、兄こと敬の表情は微塵も変わらないが、内心では泣いたちい〇わの如く妹の発言に震えながら、幸の言葉に対して聞く。
「……妹よ、お主は何を企んでる」
「別に、何も。そうだね、強いて言えば、私は刺激が欲しいんだよ。お兄関連でね」
「……それ、損するの僕じゃない?」
「かもね。でも、いいんだよ。私は見る専だからね」
その幸の言葉に妙なゾワッと感を感じた敬は、チラッと時計を見て時刻を確認すると、「今日早出だから」と言って逃げるように家に出た。
そんな兄に対し、一人静かになったリビングで朝食を取る幸は、ふとスカートのポケットからスマホを取り出すと、ホーム画面にある一つのアプリを開いた。
そのアプリは、一言で言えばダイスが振れるだけのアプリであり、使う場面なんかは基本TRPGに限られる。
しかし、幸はそのダイスで1D100のダイスを選択し、適当に回してみた。
すると、その結果は1D5――決定的成功であった。
「ふふっ、お兄、まず1回目だよ」
―――学校正門
正門には既に何台か林間学校用のバスが並んでおり、またその周辺にはジャージを着た生徒達が集まっていた。
そんな場所に敬も辿り着いたわけだが、例の妹とのやり取りによって妙な気疲れをしていた。
「ハァー、朝だというのになんかもう疲労感があるよ。
とはいえ、逆に言えば、今日から二日間は妹からの攻撃が無いわけだ。
よーし、そう思うとなんだか少し元気になってきたぞ!」
敬は頬を軽く叩き、気合いを入れる。
そして、いつものバカモードになって自分のクラスの場所に向かっていくと、悠馬を見つけたので早速ダル絡みを行った。
「やーやー、悠馬きゅんじゃないかー! おっはー!
僕の予想ではもっと遅くに来ると思ってたんだが、うん?
楽しみで眠れなかったのかなぁ?」
「朝っぱらからウッゼェ絡みしてくんな。別にそんなんじゃねぇよ。
ただ那智のやつに叩き起されただけだ」
「おい、テメェ……今、なんつった?
朝っぱらから幼なじみイベントをこなしてきましたって言わなかったか?
お? なんだ、このラブコメスキーの僕をコケにしようってか?」
「急にキレんなんよ。それにお前が思ってるほどいいもんじゃねぇぞ。
なんせ俺が寝起きで食らったのエルボーを使ったジャンピングボディプレスだからな。しかも、あの巨体で」
「あ、朝っぱらからイチャイチャすんなやぁ! クソがァ!」
「そうか。お前にはそれがイチャイチャ判定に入るのか。
だとすれば、ぜひ食らってみるといい。軽く死ねるぜ?」
「おはよう、バカ二人。朝っぱらから何を話している?」
敬と悠馬が仲良く話していると、そこに宗次がやってきた。
すると、敬は泣いたような声で持って宗次に縋り付くように言った。
「そ、宗次! この金髪が! 朝からイチャイチャで! ボディプレスで! 逝くって!」
「おい、間違っちゃいねぇがどことなく誤解を生み出しそうな言い回ししたよな?」
「なんだ? 朝から性行為をして男を仕上げてきたのか?」
「ほらもう言わんこっちゃねぇ! てか、宗次テメェももうちっと言い方ってもんがあるだろ!
いや、それ以前にお前なら分かってるだろ! 分かっててそう言ったろ!」
「あぁ、分かってる。イチャイチャとは男女の仲の隠語で、ボディプレスは性行為の隠語で、逝くは男としての生物学的務めを果たしたという意味の隠語だろ?」
「詳細がわかってるって意味で聞いたんじゃねぇよ!
この無表情バカの悪ノリに付き合うんじゃねぇ――っ痛った!?」
悠馬が宗次に対して怒鳴っていると、少し遠くからやってきた幼なじみこと那智によってゲンコツを落とされた。
そして、那智は頭を押える悠馬を見ながら、顔を真っ赤にしながら言った。
「おい、イチヤ! なに朝っぱらからキメェこと言ってんだ! もう一発ぶん殴るぞ!」
「なんで俺ェ!? どう考えても俺は被害者で、制裁を加えるべきはあっちだろ!?」
「あの二人を殴るのは可哀そうでしょうが!」
「俺は可哀そうじゃないんか!?」
那智の理不尽な物言いに、悠馬はすぐさま反論する。
しかし、身長差もあって二人の構図は、さながら生意気な子供とお母さんの口喧嘩のよう。
結果、その場はすっかり二人の空間になり、蚊帳の外になった敬と宗次は一転して観客モードになった。
するとその時、眺めている敬の横に登校してきた天子がやってきた。
そして、遠くから事の様子を眺めていた天子は、敬に「おはようございます」とあいさつした後、今の状況を尋ねる。
「あの、この状況は......?」
「百式さんとイチヤ君による幼馴染同士の痴話喧嘩さ」
「イチヤ君......?」
「イきりチビヤンキーの略だよ」
「また怒られそうな名前を......」
「あ、これ、百式さんによる公式名だから」
「那智さん......」
名前の由来が那智であることを知って、友達ながら若干引いた天子。
しかし、思い返してみれば、天子も「ワンコ」というあだ名である。
加えて、そのあだ名に対し、天子は悪い気はしてないので、それ以上のことは何も言えなくなった。
「大撫さんは昨日眠れた?」
その時、敬がふいに天子にそんなことを尋ねた。
その質問に対し、天子は少し思い返すような仕草をすると返答した。
「はい、早めに就寝するように心がけましたので。どうして急にそんなことを?」
「親心というか、保護者心というか。単純に気になっただけさ。
ほら、大撫さんにはクエストを授けたでしょ? そのせいで緊張して眠れなかったらと思ってね。
けど、その様子なら本当に大丈夫そうだ」
「そういうことですか。それなら、やると決めたのは自分なので問題ないです。
それよりも、むしろ楽しみの方が大きいかもしれません。
友達とこうして学校行事に参加できるのは嬉しいですから」
「うっ、なんという清らかな心! 今にも僕の存在が浄化されそうだ!
ま、とにもかくにも、大撫さんがそういうスタンスなら心配は余計なお世話だったかな。
それに、学校行事はこれだけじゃないんだ。
もちろん、学校以外でもね。楽しみはどんどん増やしていこう!」
「はい!」
敬の言葉に、天子は笑顔で元気よく返事した。
そんな天子を見て、敬はふと脳裏によぎった幸の呪言に対して、何も起こらなかったことに安堵した。
なぜなら、あの妹は実の兄の不幸を願っているのだから。
敬にとって良くないことが起こるとすれば、それは天子と関わった時である。
故に、敬は天子に対して探りを入れてみたが、これといっておかしな点はない。
......いや、気になるとすれば、会話中に天子が何度か宗次の方を見ていたことか。
とはいえ、それは天子の隣が宗次だからという理由であれば納得する。
なぜなら、敬とて天子が宗次と二人で話してる姿を見たことはないから。
つまり、天子は宗次という人物に対して距離感を図っている最中と考えれば、宗次の言動を気にする理由にはなるのだ。
そんなことを考えていれば、夕妃が京華を引き連れ登校してきて、天子と話し始めたので、敬はようやく解放された悠馬を宗次とイジリつつ時間を潰す。
そして、乗車時間になれば、敬は実行委員として担任から点呼作業を任され、それを終えれば全員が乗車したのを確認して、クラス最後の生徒としてバスに乗り込む。
するとその時、本来なら自分の座席である運転席後ろの座席にて、宗次が一人腕を組みながらふんぞり返っているのを見つけた。
「.......何してん?」
「何を? 貴様の目は節穴か。どう見ても席に座っているだろ」
「いやいや、そこ僕の席なんよ。お前、そんな悪ガキ中坊みたいなイタズラするタイプだったか?」
「しないな、そんな低レベルの所業。それに俺は当たり前のことをしてるだけだぞ。
なぜなら、ここは私の座席だからな。お前は早く自分の席に座れ」
「.......」
宗次からの言い分を聞いた敬は、バスまでの乗り込む動作を逆再生するようにしてバスの入り口まで戻り、そこにいる担任の夏目先生に聞いた。
「あの、僕の席......移動させました?」
「あぁ、したな。宗次から頼まれて。面白そうだったから聞いてやった」
「なん......だと!?」
「良かったな。両手ではないが、片手に華だぞ?
そんでこれが権力ってやつだ。ハッハッハ、残念だったな。
それとも何か? 思春期男子にとって喜ばしいはずのこの状況に不服か?」
「そうかそうか、それは困ったな。だが、断る!
オラ、お前のせいで出発できねぇんだ! ゴタゴタ言ってねぇでさっさと乗れ!」
夏目先生に押し込まれるままに乗車する敬。
通路を歩く際に宗次を睨んでみれば、したり顔で返され余計にムカついただけだった。
そして、敬は唯一空いている天子の席の前まで来ると止まった。
「......何故通路側の席?」
敬がそう尋ねるのも訳がある。
というのも、敬が決めた際の天子の位置は窓側だったからだ。
窓側にしたのは、天子が宗次と話す内容に詰まった際、外の景色を見ながら逃避したらいいという
僅かばかりの配慮のつもりだったのだ。
がしかし、天子はなぜか通路側に座っている。
そのことに敬は内心激しい動揺をし、故に尋ねた。
そんな敬の質問に対し、天子は「え、えーっと、その......」と少しオロオロしながら答えた。
「こっちの方が京華さん達の顔が見れて安心するんです!」
「そ、っか......うん、ならまぁ仕方ない」
敬は天子の様子を見てもっとツッコめる気もしたが、出発時間との兼ね合いも考えて諦めて座った。
そして思い返すは、妹の「全て裏目に出ればいい」という呪いの言葉。
「まさか、な......」
窓を見ながらボソッと呟き、少し黄昏る敬。
その横では、天子が胸に手を当てホッと胸を撫でおろしていた。




