クエスト35 林間学校(前日)#2
平日6限目の数学の時間。
その日は林間学校の前日であるが、いつも通りに黒板の前に立つ夏目先生が授業を行っていた。
しかし、それも授業終了15分前ほどになると、担任でもある彼女は途端に教卓に手を付ける。
「ま、今日はこんぐらいでいいだろ。で、お前ら、明日は林間学校だ。
まぁ、小学生の遠足みたいにワクワクもしなければ、かったりぃ行事だけど、頑張って付き合え。
で、本題に移るが、明日のバスの座席を決めようと思う。当日になってゴタゴタしねぇためにな」
夏目先生が生徒全体に向けて言うと、途端に生徒達はザワザワとしゃべり始める。
生徒達が話し合うのは、即ち誰と隣に座るという事かだ。
となれば、当然仲の良い友達と座るのがセオリーだが、ここで問題が一つ生じる。
それは人によって一番仲の良い友達が違うという点だ。
例えば、AさんはBさんと仲が良い。
となれば、AさんはBさんと隣同士に座席になりたいと願う。
しかし、そこに二人の友達であるCさんがいて、BさんがCさんを選んだなら、その時点でAさんの希望は通らなくなる。
ただ、願いが叶わなかったならまだいい。
問題はそれに僅かでも友情の亀裂が生じることである。
僅かな亀裂は、時間経過とともに歪を生み、それがいつか決定的な別れをもたらす可能性がある。
それに恋愛が絡めば、なおさらもうモーゼの海割りの如くあっという間に亀裂ができるだろう。
もちろん、それは当人同士の問題であり、第三者はどうも思わない。
つまり、その第三者の代表者でもある担任は至極どうでもいい話......なのだが。
もし、仮にそれがイジメの原因のようになるのなら、防ぐのが担任の立場である。
もっと言えば、先生同士のクラスマウントにおいてもいざこざの火種は潰しておくに限る。
故に、担任はくじ引きという選択でもって、自ら悪役となってクラスの治安維持に努めるのだ。
ただし、今回に限ってはその悪役は夏目先生ではない。
「お前らにも一緒に座りてぇ奴はいるだろうが、だがそれをお前らに決めさせると今日中に決まらないことは目に見えてる。
つーわけで、アタシと実行委員の方で勝手に決めさせてもらった」
「「「「「えええ~~~~~」」」」」
「え~、じゃねぇ。経験上わかってんだよ。
その度に何度めんどくせぇ調整してやったことか。
誰かの意見を聞いたところで、必ず誰かは望まぬ結果になるんだよ。
だったら、こっちで決めた方が責任はこっちのもんだ。その方がむしろ楽。
ま、今回に限っては決めたのはほぼあっちの方だがな。ほら、来い」
そう言って夏目先生はとある方向を見て、手招き代わりにあごを動かす。
すると、その呼びかけで立ち上がったのは敬であり、彼は彼女の代わりに教卓に立つと、教卓の引き出しから一枚の紙を取り出した。
「どうも~、実はこっそり委員として働いてました犬甘です。
とまぁ、大体先生の言った通りなので、ちゃちゃっと書いちゃいますね。
あ、ある程度は関係性は考慮してるけど、ここ仲良いんじゃねって適当な部分もあるから、そこはメンゴ」
敬は黒板の開いている部分に、チョークで簡単にバスの座席を書いていく。
また、そこに青のチョークで男子の苗字を、赤のチョークで女子の苗字を次々と書き足していった。
そして、全ての記入が終わると、指先についたチョークの粉を払いながら、生徒達の方へ振り向く。
「ざっとこんな感じ。百パー僕の偏見ね。
ちなみに、窓側がいいとか、誰々と組みたいって本気で思うなら、その人にちゃんと許可とって席を交換すること。はい、何か質問ある人」
敬がそう言った瞬間、真っ先に手を上げたのは、クラス唯一のヤンキーこと悠馬であった。
なので、敬が「はい、そこのパツ金」と指さすと、パツ金は立ち上がる。
「なぁ、俺がバスの一番後ろの席はわかった。だが、なんで両端がアイツらなんだ」
悠馬が指摘したのは、自分の名前の両端に女子の名前があることである。
そして、その女子というのが、京華、夕妃、那智のギャル三人組。
つまり、バスの座席で一番好まれる一番後ろの座席に、基本四人掛けの座席に、空いている残りの一席を埋めるように悠馬が押し込まれたのだ。
そんな両側に女子がいる状況など、思春期の男子にとっては嬉し恥ずかし男子に恨まれ死で地獄の場所なのだ。
故に、悠馬は意見を述べたわけであるが、そんな彼の反応に、敬はコクリと頷き――
「どうやら質問も無いようなので、これで終わりにします」
「ちょい待てや! なにサラッと終わらせようとしてんだ! こっちはまだ納得してねぇ!」
「おいおい、両手に華なのに一体何が不満なんだ? うん? 言うてみぃ」
敬のウザい言い方に、悠馬は頬を引くつかせながらも、努めて平静を装った声で理由を言った。
「だから、そこに女子を座らせるんなら、俺じゃなくて女子の方が良かったろってことだ。
それこそ、大撫とかよ。その四人が仲良いことはお前が知らねぇはずねぇだろ」
「つまり、女子に囲まれる状況は思春期童貞には荷が重いと。そう言いたいんだね?」
「そうだけどそうじゃねぇ!」
敬の極端な意訳に、さすがの悠馬も顔を真っ赤にして返答した。
とはいえ、言いたいことは間違ってないので、悠馬のツッコみは言葉としての威力は弱い。
すると、そんな悠馬に対し、敬はヤレヤレとポーズを取りながら肩を諫めると、腕を組んで言った。
「そんなことはわかってる。だが、それだと俺が面白くない!」
「この野郎、正体現しやがったな!」
「ふははは、これが権力というものだ。チビは黙ってな」
「こんにゃろめぇ......!」
まるで中学生主人公の漫画で、主人公が腹が真っ黒な大人に辛酸を舐めさせられるかのように口元を歪める悠馬。
対する敬も悪役っぽく顔の角度を決めて見下ろしているので、余計に妙なシリアス感が醸し出されている。
とはいえ、結局は二人のギャグパートなので、そんな二人の劇のようなやり取りに夏目先生が割って入った。
「はいはい、終わり終わり。お前らの茶番見てるとさらに時間が潰れそうだ。
続きは二人で勝手にやってくれ」
「待ってください! まだ第9部まで話があるんです! こんなとこで打ち切りなんてあんまりだ!」
「ジョ〇ョみてぇな長さしてるな。いいんだよ、お前らの話なんか打ち切りで。
男鹿、お前もキャバクラに居そうな太客みてぇに女侍らせとけばいいんだよ。
そして、男どもに恨まれろ。それがお前の明日の仕事だ」
「この担任も大概だな」
「ともかく、これでこの話は終わり! 全ての責任はアタシが持つ。
で、言い分は全て拳に変えて犬甘にぶつけろ。
安心しろ、そん時は一緒になって犬甘を捕まえておいてやる」
「先生、何も責任を取ってないと思います!
それから、先生でありながらイジメに加担するような発言はいかがなものかと!」
「......ハァ、わかったよ。犬甘は見えない敵に捕まった。それでいいな、お前ら?」
「先生、別の解決策を提示しろとは言ってません!」
「おい、そっちも大概茶番なげぇぞ」
最終的に、悠馬が二人にツッコんだところで茶番は本当に終了。
そして、夏目先生は「残り1分自習な」と言うと、教室から出て行った。
それから十秒後に、チャイムが授業終了の鐘を鳴らした。
その後、帰りのホームルームが終わり、放課後の時間。
実行委員の敬による独断と偏見のバス座席決めを受け、天子は黒板を見ながらボーッとしていた。
なぜなら、自分の座席の隣が敬ではなかったからだ。
ちなみに、犬甘は運転席すぐ後ろの一人席である。
天子にとって自分が自信を持って友達と言えるのは四人。
女子の京華、夕妃、那智は言わずもがな、男子では犬甘だけである。
にもかかわらず、自分の隣はギャル三人組でもなければ、犬甘ですらない。
では、誰か――ドS鬼畜メガネ調教師(犬甘命名)こと相沢宗次である。
「どうやら隣の席のようだな」
「相沢さん......」
その時、天子の横に宗次が腕を組んで並んだ。
そして、そんな彼が見つめる先は、黒板に消さずに残されたバスの座席。
すると、宗次はそのままの目線で天子に提案した。
「犬甘の奴と代わってもらおうか?」
「え、あ、それは......その.......」
宗次の提案に、天子は一瞬嬉しそうな顔をしたが、すぐに表情を曇らせ、挙句返事することが出来なかった。
なぜなら、その言葉を受け入れるということは、間接的に自分達が仲良くないと認めることになるのだ。
その回答はさすがに失礼が過ぎるというもの。そこは天子も理解している。
また、敬がせっかく友達であるからと決めてくれた席でもある。
そう、天子は敬経由で宗次とは一応友達なのだ。
そういう意味では条件は満たしており、提案を受け入れる理由がない。
とはいえ、天子が宗次とまともに会話したことがあるかと言えば、答えは否だ。
男子三人で遊びに行った以降、天子は宗次と二人で話したことがない。
言わば、友達の友達という距離感であり、どう話したらいいかわからないのだ。
もちろん、天子の性格上受動的な姿勢も関係しているが。
故に、天子が出来ることは沈黙を作ることだけだった。
「別に無理をしなくていい。私は大撫さんと友達でなくとも気にするような人間じゃないからな」
「で、ですが......」
「そもそもだ、大撫さんは一回遊んだだけですぐに友達と呼べるタイプの人間じゃないだろう?
加えて、控えめな性格である以上、継続的に話しかけてくれる人がいて、初めて友達かもしれないという確信を持つタイプなんじゃないか?」
「......かも、しれません」
宗次の的確過ぎる指摘に、天子は八の字眉を作りながら背中を丸くする。
今の天子は、まるで自分という人間を丸裸にされ、それによって客観的に目についた自分の嫌なところにテンションが下がっているのだ。
すると、そんな様子を横目で見ていた宗次は、一つ息を吐くと言った。
「大撫さんはもう少し欲張ってもいいかもしれないな」
「それはどういう......」
「人の空気を読み過ぎだということだ。
例えるなら、自分が好きになった異性に対し、友達も好きになったからといって、自分の本心をひた隠しにして友達を応援するタイプということだ。
この世界が漫画や小説のようにご都合主義で動いてない以上、動いたもん勝ちの法則は必ずついて回る。もちろん、運もあるがな」
「ですが、どう欲張ったらいいか......」
宗次の言葉を受けつつも、未だ自分の気持ちに自信が持てない天子。
その一方で、宗次は天子の状態を看破すると、的確に刺さる質問をした。
「ならば、一つ想像してみろ。大撫さんには今犬甘しか男子の友達がいないわけだ。
その犬甘がどこぞの女子と隣同士に座って、楽しそうに話している。
それを大撫さんが端から見ていたとして、本当に何も感じないのか?」
その質問を受け、天子は言われた通りに脳裏に犬甘と見知らぬA子を思い浮かべてみた。
そして、その二人が楽しそうに話しているのを、遠くから眺める自分。
瞬間、天子の胸の内側からモヤッとした黒い感情が浮上する。
すると、その感情は表情となって、天子の顔を曇らせた。
「ふっ、どうやらちゃんと欲はあるようだな。
なら、後はその欲を望むか、望まないかの二択だ。
大撫さんは今、犬甘と隣同士の席になれるチャンスがある。
友達と一緒に高校生活で一度きりのイベントを楽しみたいと思わないのか?」
「私は......」
天子は思考を巡らせた。
すぐに脳裏に思い浮かぶのは、犬甘と見知らぬA子の姿。
そのA子が自分と置き換われば、これほど自分にとって楽しいバス移動はないだろう。
瞬間、天子の腹は決まった。
「私、犬甘さんと隣の席になりたいです!」
「......そうか。わかった。
ただし、こういう事が出来るのは、あくまである程度関係性を構築した相手に限る。
それを誤れば、面倒な火種が出来かねないからな。それだけは肝に銘じておけ」
「わかりました」
宗次の言葉に、天子は力強く返事をする。
するとその時、宗次によって言葉巧みに誘導されて気付かなかったが、天子はその願いがそもそも叶うかどうかわからないことに気付いた。
「あ、あの、そういえば、犬甘さんにはどう説明するつもりですか?
犬甘さんが言ってましたよね? 当人同士で許可を取って席を交換しなければダメだって。
そもそも、これをクリアしなければ席の交換はできないのでは?」
天子の言葉は正しい。
いくら願おうとも、そもそも前提が成立しなければ、願いは適わない。
そんな天子の言葉に対し、宗次は問題ないとばかりに笑った。
「それに関しては問題ない」
「何か考えがあるんですか?」
「いや、全く。がしかし、私の推測ではまず上手くいくはずだ。
安心しろ。必ず大撫さんの横にあのバカ無表情を隣につかせてやる」
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