クエスト30 「種族デビルとの戦い」(前半)#3
幸によって強制的に外へ出された敬。
そして、敬は現在妹の買い物に付き合わされていた。
「ねぇ、こっちとこっちどっちがいいかな」
ショッピングモールのオシャレな服が立ち並ぶアパレルショップ。
色とりどりの花が咲く花畑のように、ハンガーにかけられた服が並ぶ。
また、通路の近くの着飾られたマネキンはポーズをとって通り過ぎ去る客を魅了する。
「難問過ぎるだろ......」
そんなショップの中で、敬は幸から難問を提出されていた。
幸が右手に持つのは青い服。そして、左手に持つのも青い服。
その二つの色を敬に見せ、どちらが自分に似合うか聞いているのだ。
(いや、どっちも同じ色にしか見えねぇ......)
敬は幸の提示する服を見ながら頭を悩ませる。
どれだけ目を凝らしてもわからない。一体何が違うのか。
腕を組み眺め続けた結果、敬は一つの答えを出した。
「この右の方」
「理由は?」
「こっちの方が若干淡い感じがする」
「おぉ、正解!」
幸の言葉に、敬は思わずガッツポーズ。
そんな兄の姿に幸はニッコリしながら――
「でも、気分的に左~」
「じゃ、なんで聞いたん?」
そう言って幸は、改めてその服をじーっと見る。
そして、「うん」と頷くと、そっと服を元の場所に戻した。
(いや、戻すんかい)
敬は心の中でそうツッコみながら、幸いや女という存在に難解を示した。
しかし、文句は言うまい。もうこの場に来てしまった時点で負けであるのだから。
幸が服を物色している間、敬は周囲を見渡した。
その行動はなんとなくであり、これといって理由があるわけではない。
強いて言うなら、追加ステータスでもなければ、女子の装備選びは飽きるのだ。
故に、ぼんやり、それはぼんやりと往来する人達を見ていると、見覚えのある姿を見た。
正面の階段やエスカレーターのある空間の向こう側の柵にいる二人組の男女。
周囲の目を引くような銀髪をした少し小柄で巨乳の少女と、その隣をダルそうに歩く同じく銀髪の少し背の高い男子。
「あの二人は......」
敬がそう呟いた瞬間、その視線に気づいたかのように少女の方が振り向いた。
直後、ぼけーっとしている敬に気付いた幸が、背後から抱き着きながら声をかける。
「お兄、どったの? 遠くを見て。
何々、もしかして遠くに気になる子でもいた?」
「幸、なぁ確かあの二人って......ってアレ? いなくなってる」
敬が一瞬目を離した隙に、遠くにいた二人の男女はいなくなっていた。
故に、敬が気のせいかと首を傾げていれば、その男女は突如として敬の背後に現れる。
「お兄さん、目が合っちゃいましたね」
「久しぶりっす、敬さん」
「おぉ~、朝奈ちゃんに真昼君じゃないか。お久♪」
敬が振り返ると、そこには幸の友達である双子の姉弟である朝奈と真昼の姿があった。
敬と二人の関係性を言えば、朝奈とは幸を通して知り合いであり、中学の時から幸が度々家に招き入れているので知っている。
なんだったら、幸がいない時でも来ていたこともある。
また、真昼に関しては、たまたま朝奈と一緒にいるところを紹介された。
そして、真昼とはヲタク同士で趣味があったことから意気投合。
今でもレイソを通して多少付き合いがある。
ちなみに、真昼から言えば敬が唯一友達と認める存在だ。
そんな二人の再会に、敬が懐かしんでいると、朝奈は敬にそっと近づき萌え声で言った。
「嫌ですね、お兄さん。朝奈ではなく、あなたの愛しのアサナンです♪」
「うぐ……おいおい、出会い頭に良いパンチ撃ってくるじゃねぇかマイハニー」
「おっほ.......お兄さんこそすぐさま反撃してくるその姿勢。最高です」
敬のイケボに当てられ、ダメージを受ける朝奈。
ダメージエフェクトがあれば、今頃鼻から血を出していることだろう。
そんな痴態を晒す姉に対し、弟の真昼はすぐさま姉を攻撃した。
「おい、敬さんに汚ねぇ声聞かせんじゃねぇ」
「ハァ? 真昼は黙ってて。今いい感じのラブワールド出てたでしょ? 空気読んで」
「いや、微塵も出てないよ」
敬に会って早々ケンカし始める二人。
一体何が原因で起きているかわからない二人のケンカに、敬は「え、え?」と首を左右に振りながら戸惑いながらも、ツッコみだけは欠かさない。
しかし、ツッコんだところで止められるわけでもなく、敬は幸に視線を送って助けを求めた。
すると、その視線に気づいた幸はコクリと頷き、そっと右手をあげ――
「レディー、ファイ!」
右手を振り下ろせば、勝負開始のゴングならぬ声。
その声を合図に、双子の姉弟すぐさまファイティングポーズを取った。
そして、息を合わせたようにシャドウボクシングで相手を威圧し始める。
「いや、止めろよ」
敬のそのツッコみを最後に、なんとか二人を諫めて落ち着かせる。
そして、二人が敬の言葉に耳を傾けるようになったところで、最初に幸が話しかけた。
「こんなとこで会うなんて珍しいね。今日は二人で買い物?」
「うん、真昼は荷物持ちってことで。姉は友達と遊びに行くとかで」
「姉、姉、姉……あ、そっか」
その時、朝奈と真昼の姿から妙にとある人物の面影を感じていた敬は、限りあるシナプスをフル活用して答えに辿り着いた。
そして、その答えを確かめるように朝奈に質問する。
「二人とも涼峰さん……夕妃さんの弟妹か」
「はい、そうです。ですので、姉さんからはお兄さんの話はなかねがねと」
「え、涼峰さんがそんななんか話してるの?」
「いえ、聞き出してます」
「そっちがしてるんかい」
「敬さん、コイツちょっとヤベぇんで関わらない方がいいっすよ」
真昼がそう言った瞬間、朝奈は「なんだと!?」とすぐさま武力による反撃を仕掛けた。
具体的には、朝奈が真昼の両頬をつねったのだ。
すると、真昼も負けじと姉の頬をつねり返す。
その光景は、とても高校1年生とは思えないケンカの仕方であった。
そんな二人を見ながら、敬は隣に立ちながら同じく傍観する妹に話しかけた。
「なぁ、これって俺が悪いのか?」
「お兄も罪な男だねぇ」
「あ、やっぱ俺が悪い感じなのね」
「ほら、早く責任取って仲裁しないと」
一体どこら辺に何の責任が生じているのかイマイチ理解できていないが、ひとまず見苦しいので仲裁することにした敬。
敬は二人の間に立つと、それぞれの手首を掴み言った。
「待て、二人とも。もう止めるんだ」
「そうそう、そうやって止めて――」
「代わりに俺の頬をつねってくれ! そして、俺にもつねらせてくれ!」
「いや、どゆこと?」
敬は、朝奈と真昼の互いの頬をつねる手を引き離すと、空いた頬にすかさず自分の手を近づけ二人の頬をつねった。
「ほお、朝奈ちゃんの頬は肌のキメが細かく、それでいてモチモチしていてずっと触りたくなる頬だ。逆に、真昼君は肌の感じこそ同じだが、美形故のスベスベとした感じ……さぁ、是非俺の頬も味わってくれ!」
敬のその言葉に、朝奈と真昼は互いに顔を見合わせると、困ったように眉尻を下げながらも、敬の頬に手を伸ばしてつねった。
そして、三人して両隣の頬をつねり、否、モチモチとしながら触り続ける状況。
そんな三人に対し、唯一部外者の幸は――
「いや、見苦しさをカオスを足し合わせんじゃねぇよ」
そうツッコミを入れる他やりようがなかった。
というか、もっと本音を言えば他人のフリをしたかった幸。
故に、ここでその選択を取らなかったのは、ある意味優しさと言えるだろう。
とはいえ、敬の行動によって双子のケンカは収まった。
三人の頬つねりタイムが終わると、幸は気を取り直して二人に話しかける。
「そうだ、アサナンも買い物ならさこのまま一緒に買い物しない? アサナンもそっちの方がいいでしょ?」
「さっちゃん……ありがとう、これからあなたの義姉として頑張るわ」
「それは流石に早すぎるかなぁ。手順ぶっ飛ばし過ぎだし。マヒルンもそれでいいでしょ?」
「まぁ、敬さんがいいなら」
「ふっ、来いよ兄弟」
「お、オジキ……!」
「せめて関係性統一しなー」
というわけで、敬と幸のパーティに朝奈と真昼が仲間になった。
そして、四人は早速は行動を開始し、同時に目的地に到着。
というのも、朝奈の用事も服を買うことだったからだ。
幸と朝奈が一緒になって服を物色し始めるので、特に女性服に用がない敬と真昼は少し男同士でぶらつこうとするも、その行動は女性陣に止められる。
「ちょっとお兄どこ行くの?」
「お兄さんは私達に着せるエッチな服を選ぶという大事な仕事があります」
「罪深い仕事を用意させるな」
朝奈の突然の提案に、敬は一瞬頭を悩ませるもすぐに返答した。
「いいよ、ファッションショーの観客になったげる」
「いい返事です、お兄さん。では、こちらに」
「え、ここじゃないの?」
「え、ランジェリーの方ですが」
「「……え?」」
敬と朝奈は同時に頭にはてなマークを浮かべると、そのまま首を傾けた。
まるで互いに「何変なこと言ってんだこの人」とでも言うように。
「え、これ僕が間違ってる感じ? 普通に服じゃないの?」
「え、さっきエッチな下着を選ぶことを同意されましたよね?」
「されてないね。微塵もされてないね。それどころか服から下着になってるね」
「下着も服の一部です」
「広義的に捉えすぎだね。広すぎて俺の脳内で宇宙広がっちゃったよ」
朝奈の謎の言い分に、基本仏頂面の敬が珍しく眉間にしわを寄せ、ついでに眉間を指で摘んだ。
それほどまでに朝奈の言動は理解不能であり、敬にとって理解し難いことであった。
一方で、そんな二人のやり取りを見ていた幸と真昼はというと、先のやり取りに関して真昼が幸に話しかけた。
「やっぱり敬さん、朝奈のこと苦手でしょ。前々から思ってたけど」
「違うよ、お兄は振り回すのは好きだけど、振り回されるのは苦手なだけ。
だって、振り回す方が自分の都合よく展開が運ぶから」
「確かに、朝奈の特性はマイペースだもんな。
もっと言えば、興味無い相手にはとことんドライだけど、逆ならどこまでも甘える天然の厄介かまちょ」
「だから、アサナンのことは好きなんだよ〜。
なんたってあのお兄があそこまで苦手意識を持つ相手だからね。
となると、アサナンがヒロインレースの暫定一位ってことになるかな」
「暫定? ってことは、他に誰かいんの? つーか、実の兄に何を企んでる?」
「べっつに~? けど、強いて言うなら革命、かな」
幸は上品に口を手で隠しながらも、それでも隠しきれない小悪魔の笑みでもって口を歪めた。
そんな幸の姿を、ポケットに手を突っ込みながら横目で見ていた真昼は、僅かに目を細め、何か言いたげな口を閉ざした。
「オーケー、一旦トイレタイム」
幸と真昼がそんなこんなを話していると、敬はタイムのジェスチャーをすることで、朝奈との戦闘から逃げることを選択したようだった。
そして、朝奈から上手く逃げ出すと、そのままトイレへ直行。
一応、用を足しながら洗面台で手を洗えば、そのまま洗面台に手をつけてうなだれた。
「クッソ〜、やはり手強い。こっちが先手を打とうとする前に潰してきやがる。
あれが計算ならまだ勝機はあるが、下手したら天然の可能性がある」
敬がここまでの疲弊を見せる理由は、当然朝奈のことである。
朝奈との付き合いは幸の友達として、たまたま下校中に顔を合わせたことが始まりだったが、その当時の朝奈はあそこまでの積極性はなかった。
むしろ、冷たかった印象さえある。
まるで幸以外は道端の草のような存在と思っているようで、それこそ敬は年上にナンパされてる朝奈を見たことがあるが、あの時の人を見る目はもはや人を見ているような目ではなかった。
「最初はあんなんじゃなかったのになぁ……」
だからこそ、敬は幸に対して警戒していなかった。する必要も無かった……はずだった。
しかし、朝奈の行動が変化したのは、去年の夏休み。
丁度、お盆の墓参りをしている時に、同じく墓参りに来た朝奈と会った時だ。
会った当初は、相も変わらず敬にはドライな様子で、話しかけてくる様子も無かった。
しかし、幸が父親の墓に友達を紹介すると言って、朝奈を連れて墓参りをしたその後朝奈の様子が変化したのだ。
これまで微塵も話しかける素振りも見せなかった朝奈が、突然その墓参り以降話しかけるようになったのだ。
最初こそ、「一瞬興味持ったな」程度であまり気にしていなかった敬であるが、それは一瞬で終わることなく結局現在まで続いている。
「別に、朝奈ちゃんのことは嫌いじゃないんだけど、このままじゃこっちのペースに持って込まれないのは確かだな。
あの小悪魔……ついでに言えば、同じく小悪魔の幸の二人を相手にできる存在が入ればいいが……まぁ、そんな都合よくいるわけねぇよな」
敬は鏡に映る自分を見ながら、そっと目を細めため息を吐くと、どうにか自分のペースに持って行ける方法を考えながらトイレから出る。
その時、敬に天啓を与えるような声が目の前から発せられた。
「え、犬甘さん……?」
「あ、大撫さん……」
瞬間、敬の脳内に電流が走る。
それ即ち、勇者の手を(一方的に)借りれば、あの種族デビルの二人とも戦えるのではないかと。
そして、敬はすかさず天子の手を取ってひざまづいた。
「勇者様、小悪魔と戦ってみる気はない?」
「……はい?」




