クエスト25 「天子と愉快な仲間達」#3
『誰が一番大撫さんに”キモイ”と言われるか選手権』
それは敬がラ〇ンドワンに行くまでの道中で始めた謎のゲームである。
そのルールはまさにタイトル通りであり、天子が一番「キモイ」と思った人物が勝者だ。
そんなゲームの主催者である敬はもちろん乗り気であるのだが、一方で難色を示すのが悠馬と宗次だ。
そして、その二人は敬を目を細めて見ながら、口を開く。
「お前が常々頭のネジ外れてる奴と思っているが、さすがにビックリだぞ。
せめて表情があれば冗談とも思えるんだが、常に表情変わらんしな」
「というか、なぜそんなことをする必要がある?
貴様は出発前に『男はカッコつけたい生き物』だかなんだか言ってたじゃないか」
もはや態度からして拒絶モードの悠馬と宗次。
しかし、敬は相変わらず読めない表情で、腕を組みながら頷くと答えた。
「あぁ、確かに言ったね。その気持ちは今でも変わらない。
だが、先ほどの大撫さんの表情を見て思ったんだ。
本当にそれでいいのかと。それは綺麗な部分だけしか見せてないのではないのかと」
いまいち要領を得ない回答をする敬に、悠馬は片眉を上げ、腕を組みながらさらに問う。
「どういう意味だ?」
「要するに僕達は男の反面しか見せないつもりなのかってことさ。
人を見るには良いばかり方を見てはダメだ。悪い方も見なくては。
良くも悪くもあるのが人であり、それを見てこそ真に相手を知ったことになるはずなんだ」
見た目ヤンキー風ギャルの京華が変態紳士であること然り、一見のほほんとした雰囲気を纏う那智が案外の毒舌使いであること然り、普通にしゃべる分と佇まいはクールの夕妃の脳内が腐っていること然り。
人には普段見せる部分とは違う側面が必ず存在する。
いつも真面目なバリキャリが、家ではめちゃくちゃだらしなかったり。
普段から周囲に優しいと言われてる人が、実は凶悪な詐欺師だったりなんてこともある世の中だ。
故に、人の良い所ばかり知っていては、それは真に人を知った、仲良くなれたとは言えない。
その現実を天子に教えるためのゲームが、敬の提案した”キモイと言われる選手権”である。
男子なんて生き物は女子の前では、意識しなくてもええかっこしい言動を振る舞いがちだ。
もちろん、そんな人達ばかりではないが、女子が近くにいるとどことなくソワソワしたり、突然身だしなみを整え始める人がほとんど。
しかし、実体は男子集まれば5割猥談、3割流行や趣味の話題、また1.5割部活、0.5割勉強である。
そんな思春期特有の汚い仮面を被り、学校に通っているのが男子高校生という生き物。
それを知って関わるのと、知らずに関わるのでは大きく異なる。
故に、敬のゲームであるが、そんな敬の丁寧な前フリに意外にも宗次が同意した。
「確かに、その言葉に関しては一理ある」
「宗次、おまっ!? 乗り気かよ!?」
「心外だな。やるとは一言も言ってない」
「とはいえ、あの博識で品行方正な宗次が認めるんだ。つまり、僕の意見は間違っちゃいない。
男はカッコつけたい生き物でもあるが、同時にこわ~い狼でもある。
そんな狼が普段はか弱い羊の姿を被り、油断したところをパクリ......怖いでしょ?」
敬は天子に近づきながら、まるで狼が襲い掛かるように上下に広げた両手を閉じた。
そんな敬の一連の言動を戸惑いつつ見ていた天子も、先の敬の言葉には同意を示す。
「そうですね.....それは確かに怖いかと思います」
「狼さんは嘘つきさ。カッコつける姿も含めてね。
だからこそ、まだまだ男子と関わったことが初めての大撫でさんに、俺達が先陣切って汚い男子という見せる必要があるのさ」
「大撫のためか......そうか.......」
「悠馬、飲まれかけてるぞ。しっかりしろ」
「それこそ、目標は『あぁ、あの頭のおかしい狼のことね。まーたバカなことやってらぁ。しゃーなし、汚ねぇ連中だけど、アイツらは悪い奴らじゃねぇしいっちょ構ってやるか』って大撫さんが思うぐらいかな」
「その私やたらガラ悪すぎじゃありません?」
「それから、頭のおかしい狼は貴様ぐらいだろ」
天子と宗次から鋭いツッコみを受けつつも、どこ吹く風といった様子の敬。
そして、敬は片手にエアマイクを持つと、悠馬と宗次の同意なくゲームを見切り発車させた。
「さーて、始まりました大撫杯! 今宵の優勝者は一体誰になるのか!?
今回司会進行を努めさせていただきますは、選手兼犬甘敬ことプリティードッグです!」
「おい、コイツついに勝手に始めやがったぞ」
「たまにバカ行動をすることはあったが、今回は随分思い切りがいいな」
「そして、この大撫杯において、優勝者を決める人はもちろんこの人!
このゲームの主催者であり、審査員長のビッグストロークさんです!」
瞬間、天子の視線はギュンと敬の方へ向ける。
当然、その視線には困惑と、”主催者”という濡れ衣を着せてきた敬に対する抗議の意味を、多分に含ませていた。
しかし、敬はその視線を知らぬ存ぜぬで、マイターンをゴリ押す。
「さ、ビッスさん、今回の大撫杯への出場メンバーに一言お願いします」
「えっ!? ビッス...... あ、え.......あ、その、頑張ってください!」
「今、目の前で酷いパワハラの瞬間を見たんだが」
「一回、このバカ......いや、狂人を治療してもらった方がいいな。
後、コイツには大撫さんに対する慰謝料も払わせよう」
「素敵な応援をありがとう。これは選手達のさぞやる気を見せることでしょう。
ではでは、早速競技の方へ移りましょう!
最初のトップバッターは.......男鹿ァァァァ悠ゥゥゥゥ馬ァァァァァ!」
「なんでK〇1みたいな名前の呼び方してんだよ。
それBGMねぇとカッコつかねぇから......って俺!?」
敬から直接指名を受けた悠馬はサッと敬へと視線を向ける。
そして、すぐさま敬へ近づくと抗議を始めた。
「ちょ待て! なんで俺から!? こういう普通言い出しっぺがやるもんだろ!?」
「何言ってんだ。僕は大トリに決まってるじゃないか」
「なんで自信ありげなんだよ。
あとちょっとキメ顔に見えるから、目を凛々しくさせるの止めろ」
悠馬は敬の斜め上の回答に二の句が継げなくなった。
すると、敬はやれやれと肩を諫めながら答える。
「別に僕は最後であればどっちでもいいんだけど。
でもまぁ、ほら。悠馬は無茶ぶりさせると面白いし」
「お前、やっぱ俺のこと舐めてるだろ」
「舐めまくって味がする貴様が悪い。
それに、確かに一番手は緊張するが、逆に言えば基準が無い分どんな調子でもやれるということだ。
それが理解ったならさっさとやれ金髪チビバカ」
「おぉ、そうか......おい、今しれっと悪口言わなかったか? 言ったよな?」
「時間押してるんで、巻きでお願いしまーす」
「敬、テメェこの......!」
まるでADのように腕をグルグルとさせる敬に、悠馬は拳を握って怒りを露わにする。
しかし、結局は敬のゲームには乗るようで、瞑目しながら眉を寄せ、さらに腕を組んで少し考えると、行動に移した。
「お、俺がキモイと思うのは”尻文字”が出来ることだ!」
拳を胸の前にかかげ、力強く言い放つ悠馬。
その言葉に天子がびっくりする一方で、外野が外野らしくガヤガヤし始めた。
「あらやだ、宗次旦那。聞きました? あの子尻文字出来るんですって? お可愛いこと」
「アイツのはアレだな。思春期特有の気恥ずかしい行動をキモイと評価するタイプだな。
だが、実際には尻文字自体にはキモさはさほどない。これは弱いな。
というか、そもそも出来るのか?」
「あらぁ、そこ気になっちゃいますぅ? 実はわたしもなんですぅ。
ということで、司会進行兼選手兼犬甘敬が審議に入りたいと思います!」
そう言った敬は、そのまま流れるようにビシッと指先を悠馬に向けた。
「ってことで、悠馬選手! 実際に尻文字を行ってみてください!」
「は、はぁ? 俺が? なんで!?」
敬の指示に驚き、慌てる悠馬。
すると、敬は天子の目線に合わせるようにしゃがみこみ、手で口を覆う。
「だって、自分で出来るって言ってたし。それに口だけじゃなんぼでも言えるもんね。
ね、大撫さんだってそう思うでしょ......『うん、そう思います!』」
「っ!?」
「ほらね」
「ほらね、じゃねぇよ。今完全にわっかりやすい裏声で敬が返事してたじゃねぇか」
「そんなことないよな、な?」
敬が同意を示すように、天子に尋ねる。
瞬間、天子は素早く首を横に振るが、それを見た敬は悠馬に言った。
「ほら見ろ、こんなにも肯定してくれてるよ」
「お前の目は腐ってんのか。おもくそ首横に振ってたじゃねぇか」
「残念ながら、こと大撫さんが立っている場所では法律も常識も通用しません。全てマイルールが適用されます。
そして、大撫さんの首の横振りは、首振り速度が速いほど”激しい同意”の意味を指します」
「指しません。指しませんから、犬甘さん」
「いいえ、指すんです。残念ながら」
「おい、マイルール適用されてねぇじゃねぇか。
どっからどう見てもお前のルールじゃねぇか」
「いいからやれ、って言ってんだよ金髪チビバカ見かけだけヤンキー風のクソ童貞がァァァァ!
この子がどうなってもいいのか!? あぁん!?」
「もうコイツ怖いんだが」
「ある意味、このゲームのコンセプトには乗っ取ってるな」
敬は天子に触れるか触れないかのギリギリで肩を組み、エアナイフを首元に突きつける。
そんな敬の行動に対し、天子は敬の行動が理解不能過ぎて逆にビビっていた。
また、一人勝手に激しく暴走する敬に対し、ツッコみを入れた悠馬と宗次は互いに顔を合わせる。
そして、宗次の頷きを見た悠馬が首の後ろを触りながら、ため息を吐いた。
そう、悠馬は自覚したのだ......流れ出したエネルギーは止められないと。
「わーったよ。やりゃいいんだろ、やりゃ。で、やる文字はこっちで決めていいよな?」
「自分の名前で」
「いや、そこは決めさせる流れだろ......まぁ、たまたま意見同じだったからいいけど。
いいか、やるぞ! 俺は出来る男だからな! 」
そして、悠馬は天子に向けて背中を向けると、そのまま尻を突き出す。
そこからはただただ悠馬が一人で尻を動かすという地獄の時間が流れた。
やがて全てが終わると、悠馬は両手で顔尾を押さえながら塞ぎ込む。
また、そんな悠馬を眺めていた敬と宗次はそっと感想を零した。
「なんというか......うん、想像以上の辛さと、そこはかとないキモさだったな」
「まぁ、尻文字が出来ると言ったこと自体は、この男の発言だし......自業自得で処理しよう」
そう言いつつも一切頑張った悠馬の頑張りを労うつもりは一切ない二人。
すると、そんな二人に変わって天子が悠馬にそっと近づいて声をかけた。
「あの、大丈夫ですか?」
「だ、大丈夫......思ったより恥ずかしさが遅れてやってきただけだから」
「その......なんというか、犬甘さんに代わって謝ります。ごめんなさい」
「いいよ、別に。それに大撫が謝ることじゃねぇから」
悠馬は立ち上がると、気持ちを切り替えたように表情をキリッとさせ、宗次に指先を向ける。
「おら、俺はやってやったぞ! 次はテメェの番だ、宗次ィ!」
「ついに来てしまったか。仕方ない.......さて、どうするか」
宗次はメガネクイッをさせながら、ヒントを求めるように周囲を見渡す。
そして、視線の先に自販機を見つけると、敬達に「ちょっと待て」と言って自販機に移動し、そこから一つの飲み物を買ってきた。
「これを使って一芸を披露する」
「缶コーラ......? 何するつもりだよ」
宗次が買ってきたのは350ミリリットルのコーラ缶。
それを使ってキモさを表現するという姿勢に、悠馬が首を傾げる一方で、敬はハッと宗次の目的に気付いた。
「宗次.....まさか、お前......その見た目でアレをやるつもりか?」
「当然だ。それがこのゲームのコンセプトならば、私だってそういう姿勢を見せなければダメだろう」
「そ、そうか.......ならば、逝けぇぇぇぇ!」
「というわけで、今からこれを一気飲みしてゲップせずに山手線を言って見せる」
「また、古いネタを持ち出してくるなぁお前も」
これから宗次がやろうとしていることを理解した悠馬は、腕を組みながら苦笑いする。
そんな悠馬の反応を聞きつつも、覚悟を決めた宗次は「行くぞ」と言ってコーラを一気飲みし、山手線を詠唱し始めた。
「東京、神田。秋葉原、御徒町、上野、鶯谷、にっぽ.....ゲボラァ」
「想像以上の音を出したな。つーか、これってキモイより汚いよりじゃね?」
「まぁでも、キモイは”気持ち悪い”といった意味合いで使われる意味合いでも多いから」
悠馬の疑問に、敬はなんとも言えないフォローで返す。
そして、この汚い空気を別の空気で洗い流すように天子に話しかけた。
「さてさて、大撫サン! たった今、二人目まで終わりましたが、これまでの選手の活躍に対する感想とかありますでしょうか?」
「そ、そうですね......犬甘さんと関わっていくということは非常に体力がいるんだなってわかりました」
「まさかの僕に向かって言葉のナイフを! 先程からといい、やるじゃなぁ~い。
どうやらそろそろ僕という人間の接し方がわかって来たようだね。感心感心」
天子の成長ぶりを見て、敬は腕を組みながら満足そうに頷く。
そんな一人嬉しそうな敬の一方で、出番が終わった悠馬と宗次は外野らしくヤジを飛ばした。
「それで? お前は一体何を見せてくれるんだ、 大トリさんよぉ?」
「自分でハードルを上げたんだ。さぞかしいいのを見せてくれるんだろうな」
「モチ。これを聞いた世の女性は卒倒するだろう......そう、気持ち悪さでな!
では、参りましょう! 本日最後の選手ことこの僕がかましてやります!」
敬は堂々と見栄を張ると、天子の前に立った。
何事かと見上げる天子に対し、敬はそっと肩に手を置くと、努めてイケボで言い放つ。
「大撫でさん、僕とスケベしようぜ?」
その言葉に、すぐさま反応したのは悠馬と宗次だ。
「っ! 今、凄まじい鳥肌立ったんだが!?
おいおいマジかよコイツ、公然でわいせつしやがった!」
「加えて、そのような言葉を言っても許されるのは、一定の好感度を稼いだ男のみ。
女性が許さない限り壁ドンすら犯罪認定されるこの世の中で、このような強行。
キモイのはもちろんのこと、同時に酷い恐怖をも生み出すはずだ」
「まさか、コイツそれを計算づくで......? だとすれば、とんでもないヤベぇ奴だぞ!?」
あまりにもの地獄の現場に悠馬と宗次は激しく取り乱す。
一方で、そんな二人の声を聞きながら敬は内心でニヤリ笑い、思った。
(ふっ、今更気付いたか。はなからお前達に勝利は無かったんだよ)
バカという存在は浅い関係で付き合う分には面白いと思うが、深く関わろうとなると、それこそ人間性をしっかり把握していなければ、関係を深くするには躊躇われるものである。
つまり、好感度というパラメータが十分に必要であり、その好感度が一定以上を満たさなければ、あらゆるバカな行動は”キモイ”と判断される。いや、人によっては”怖い”もあり得るだろう。
そんな行動を敬がしたということは、天子の好感度パラメータが低いと判断したからだ。
もっと言えば、敬がこのゲームを提案した時点で好感度は明らかに下がり続けている。
例えば、好きな人が堂々と下ネタを言っていたとして、それで気持ちが冷めることないという人は少ないだろう。
そんな存在は基本漫画やアニメの住人か、はたまた相当な物好きかのどちらか。
故に、ノーマルな天子は後者のはずがなく、敬は堂々と発言したのだが、そんな言葉を言わされた天子はというと――
「........っ!」
顔を真っ赤にしていた。さながらリンゴのように真っ赤に。
加えて、天子の視線は恥ずかしいにもかかわらず、なぜかずっと敬を捉え続ける。
そんな天子の未知なる表情に対し、敬は――
(あるぇえぇぇぇぇぇぇ~~~~~??????)
混乱の状態異常にかかった。
読んでくださりありがとうございます(*‘∀‘)
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