クエスト16 戦士と僧侶と魔法使いが仲間になった#4
敬達一行はなんやかんやありつつ、ようやく目的地のショッピングモールにやって来た。
店内は多くの家族や若者で溢れており、ガヤガヤと少しうるさいほど声が響く。
入り口すぐ近くには法被を着てティッシュを配っている店員や、旅行代理店らしき店で働くスーツの女性などの姿もあり、さすが大型商業施設といったところであった。
すると、夕妃は入るやすぐに乱れぬ足さばきでどこかへ向かっていく。
そんな彼女を敬達が追いかけて行けば、辿り着いたのはとある店。
「スゥ―.......ハァー......ただいま私の第二の実家」
夕妃は両手を大きく広げて深呼吸する。
その姿はまるで大自然のマイナスイオンをたっぷりと感じるようであった。
そんな急に様子がおかしくなった夕妃を見て、天子がそのことを那智に尋ねる。
「あの......何をしてるんでしょうか?」
「良い子は見ちゃダメだよ。きっと黒魔術で何かを召喚しようとしてるだけだから」
那智はすぐさま天子の両目を覆い、視界から夕妃という呪れし存在を消した。
あのタイプは見るだけで霊障が出るので、見るには大変な注意がいるのだ。
そう、さながら敬のようにバカと勢いで生きている人間はすぐに影響を受ける。
「スゥ―ハァー......涼峰さん、ここってア〇メイトだよね?」
「伝説上の店だよ」
「っ!」
夕妃の思わぬ切り返しに、敬は一瞬目を見開いた。
そして、あのネタを知っていることに、敬は目の色を変える。
「......ふーん、伝説って?」
「あぁ! それってBL? それじゃ、あなたが犬甘敬子?」
その言葉を最後に、敬と夕妃は互いに視線をぶつけ合う。
その後、一切言葉を交わさず、固い握手を交わした。
そんな光景を那智は「何やってんだ、あのバカ二人」と笑い、未だ何も見えない天子は首を傾げた。
その後、夕妃と敬はそれぞれお宝を求め、大海原改め漫画原へと繰り出した。
好きなように動く二人の一方で、那智と天子は適当に周囲の積まれた漫画やラノベを見ながら、適当に歩きながらしゃべり始める。
「ワンコちゃんは漫画って読むの? ほら、いつも本を読んでるし」
「そうですね......あまり多くないですが、多少なら」
「どういうジャンル? やっぱり恋愛系?」
「いえ、どちらかというとミステリ要素があるものとか、デスゲームものですね」
その回答に、那智は意外そうな目をした。
「へぇ~、ミステリはなんとなくわかるけど、デスゲームは意外だったな~。
スプラッタ? だっけ? そんなのが好きなの?」
「血が出るのは苦手ですね。
なので、そういうのはあまり.......そうじゃなくて、デスゲームの”ゲーム”要素に興味がある感じです。
例えば、何か問題が出題されたとして、主人公が問題を解くよりも先に解放を見つけようとか.......そんな感じの読み方をしてるので、デスゲームものを読んだりしてます」
「なるほど~。確かにそれらは”謎”だもんね。
そう考えると、ミステリが好きなワンコちゃんには納得だね」
天子は自分が特殊な読み方をしていると自覚している。
なので、それを那智に指摘されないかビクビクしていたが、特にそういう事は無くホッと息を吐く。
そして、会話を途切れさせてはいけないと使命感を持ちながら、逆に聞き返した。
「その......百式さんはどんなジャンルを?」
「やっぱ恋愛系だね。ギャグ要素が多いのもいいけど、やっぱこう......純粋な恋愛でキュンキュンするのがいいんだよね、うん」
那智はしみじみと頷くと、視線をBL本棚で目を輝かせている夕妃に向ける。
「だからさ、本当は恋バナとかめっっっちゃしたいんだけど、ご存じの通りうちの連れはその......ね?
頭がイカれてる連中ばっかりだからさ」
「あの、全然オブラートに包めてないです......」
「というわけで、ワンコちゃんが恋愛系を読んでるなら話が出来るかなと思ったんだけどね。
その様子だと、本の方でも基本ミステリとかだったりするんでしょ?」
「そうですね......はい。ごめんなさい......」
「いいよいいよ、謝らなくったって。好きなものは好きでいいし。
ほら、ワンコちゃんのすぐ近くにいる狂人のようにね」
「それはおバカさんとまた違う系統な気がしますけど......」
天子は苦笑いをしながら答えれば、那智に向けていた視線を夕妃に向ける。
目の前の夕妃は小さな買い物かごを肘にかけ、両手に別々の本の表紙を見比べながら悩んでいた。
すると、不思議そうに夕妃を見る天子を、那智はチラッと見る。
そして、天子の気持ちを察したように言葉を投げかけた。
「今、改めて見ると全然ギャルっぽくないなって思ったでしょ?」
「え、いや........はい」
天子は一瞬ごまかそうとするも、友達に嘘をつくのは良くないと考え正直に答えた。
その反応に、那智は「正直でよろしい」と満足そうにうなずくと、答えた。
「あくまで那智の考えだけど、ギャルだのなんだのって、結局わかりやすくした記号みたいなものだと思うの。
もっと言えば、自分が踏み込んでいい領域のラインとか」
「ライン、ですか?」
「例えば今回とか、ワンコちゃんは犬甘君に紹介されて那智達と友達になったわけだけど。
もし紹介されなかったら、まず近づこうとは思わなかったでしょ?」
その質問に、天子は正直に頷いた。
陰キャにとって、ギャルという存在は自分と正反対の陽キャである。
そう対義語で区別するぐらいには、しっかり線引きしているのだ。
線引きする理由はいくつかあるが、一番大きな要素は”話が合わない”であろう。
”話”とはそもそも自分が扱える知識領域であり、相手と領域が合致することで話が成立する。
しかし、その領域外から出た話であれば、まず内容を理解することに苦労することになる。
もちろん、領域外から出ても話を合わせることは出来る。
その時の話題が自分にとって興味あるものであればまだマシだ。
しかし、全く興味のない場合であれば、それは苦痛を伴う。
そして、陰キャというのは基本的に殻に閉じこもり、狭い領域で知識を深掘りしている。
なので、広く浅く知識を有している陽キャとは、まずスムーズに会話することが難しい。
また、陰キャはそもそも防衛本能が高い。
陽キャと会話して火傷を負うことを理解しているので、そもそも会話に発展しない。
それらの理由から、陰キャは自分を”陰”と呼称することで、危険な道を避けているのだ。
「理由は色々と察しがつくよ。
まず見た目、それから話してること......まぁ、主なのはその二つかな。
自分とあまりにも違い過ぎて、人間おかしなものには触れたいと思わないから、遠巻きに見るだけ」
那智は近くの積み本に手を伸ばし、気に入った表紙のある漫画を持ち、じーっと眺めた。
「けどさ、見るってことは気になるってことじゃん。
で、気になったらなら知らないともったいないじゃん。
そのもったいないを選択するぐらいなら、那智は恥ずかしくても知った方がいいと思うけどな」
那智は本をもとの位置に戻し、改めて視線を本棚に向ける。
そんな那智の挙動を見ると、天子はそっと顔を伏せ、返答した。
「たぶんですけど......その踏み込む勇気がないんだと思います。
かく言う私も同じですし......」
「そうだね。それはとっても重要だ。
そしてあいにく、それは誰かに学ぶものじゃないしね。
けどまぁ、そういう点ではワンコちゃんは恵まれてると思うよ」
「え?」
その言葉に、天子は顔を上げる。
すると、那智が指を向けた方向には、顎に手をつけながら悩む敬の姿があった。
「ワンコちゃんの隣にいて、一緒に進んでくれる友達がいてくれるからね」
那智はニコッと笑った。その笑みに、天子の心が少しだけ熱を帯びる。
(またです。このポワポワとした温かい気持ち......とても心地いい)
天子は胸に宿る熱をギュッと閉じ込めるように、両手で胸を優しく抑える。
そして、少しだけ頬を赤くし、那智にお礼を言った。
「ありがとうございます、百式さん」
「那智、だよ」
「あ、はい......那智さん! 那智さんと話していると、心が優しく包まれるようで、なんだか心地いい気分になります。
疲弊した心が回復していくと言うんでしょうか......」
「おいおい、あんま嬉しいこと言うなよ。ギューさせろ、ギュー。
なぁ、ワンコちゃん。ワンコちゃんもギャルにならないか? ギャルはいいぞ~」
「そ、それは要検討で......」
那智に後ろからハグされる天子は、困り眉をしながらも少し照れ臭そうに答えた。
一方で、そんな二人の微百合空間を敏感に察知した夕妃は、両手の親指と人差し指で四角を作り、それをカメラ代わりにして、心のシャッターを切った。
「ビューティフルガールズ、ゲット......」
―――数分後
「また本屋かよ......」
敬達一行はショッピングモール内にある別の本屋に来ていた。
もっとも、本来の本屋はここであり、アニメイ〇はただのヲタクの聖地なだけだが。
やっとのことで買い物を終え、ようやく次は服と思った矢先にこの仕打ちを受けた那智は、背中を丸めてガッカリするもそれ以上のコメントは控えた。
なぜなら、先ほどの店とは違い、明らかな瞳の輝きを放つ天子の姿があったからだ。
そして、天子(ついでに夕妃も)は足早に本棚に移動し、小学生のような興奮でもってミステリ系の本を物色し始めた。
すると、そんな二人を見ていた那智の横に敬がやってくる。
「ありがとな。大撫さんと仲良くしてくれて」
その言葉に、那智は片眉を上げた。
「なんだ~? 一番最初に友達になったから保護者面かぁ?」
「そうじゃないさ。単に嬉しいだけだよ。
自分が面倒見た友達が他の子と仲良くしてるのが。
.......アレ? これって保護者面じゃね?」
「なんだお前。けどまぁ、誰に言われようとも仲良くするよ。
あんなに可愛い子、むしろほっとけん。保護らねば」
「それに関しては同感だ。ただ、僕は異性だからね。
大撫さんが女の子故の悩みを相談できないことが気がかりだったんだ。
まぁ、ぶっちゃけ勝算はあったけどね。
それはそれとして、感謝しなきゃなって」
そんなやたら親目線の敬を見て、那智は一言――
「なんだ、消えるのか?」
「え......どういうこと?」
「なんか今にも消えそうな言葉言ってるからさ~。
ワンコちゃんを私達に任せて、だんだんと距離を取るつもりなんじゃって思って」
「まさか! 僕としてもあんな可愛い子との縁を切りたくないよ。
それこそ死んでも後悔するほどだろうね、うん。だから、今は大丈夫」
天子を見る敬の横顔を見ていた那智は、同じく天子の方へ視線を向ける。
「そういや、キャラブレてるぞ」
「あ......やだぁ、うちったらつい真剣モード。テヘ☆」
「やっぱきめぇ......」
そんな二人の会話が終わったタイミングで、ホクホクとした様子の天子と夕妃が戻って来た。
そして、四人は散々付き合わせた那智のために、アパレルショップへと向かっていく。
並び順は道案内する那智と夕妃が先を歩き、その後ろを敬と天子がついていく感じだ。
そんな折、天子は一人妙な胸騒ぎを感じていた。
その正体を確かめるように、天子は制服のポケットに手を突っ込んだり、本が入った袋の中を確かめたりとし、ある物がないことに気付く。
(す、スマホが無い......!)
天子の顔色が途端に青ざめる。
スマホと言えば、現代の若者にとって命の次に大事なお金と同列に位置する必需品だ。
加えて、スマホは言わばプライバシーの塊である。
悪い人に持ち去られれば、それこそ今後の人生は破滅確定と言っても過言ではない。
そんなスマホが無い。
それは天子にとって、否、誰にとって由々しき事態に他ならない。
何度もポケットや本が入った袋、入れた覚えはないがスクールバッグの中も調べる。
無い。無い。無い。どこにも無い。
(ど、どうしよう! スマホが無ければ、連絡も出来ないし、それにあの中には大事な電子書籍もあって......! どこで落としたの!? 思い出せ思い出せ!!)
心配する方向が少しズレてる天子であるが、焦っているのは確かだ。
また、天子が焦っている理由はそれだけじゃない。
「ん? ワンコちゃんどったの?」
「え!? あ、いえ.......なんでも......」
那智の声掛けに、天子は眉を八の字にし、苦笑いしながら答える。
ボッチが集団に入って一番避けるべきことは何か。
それは自分が余計なことをして楽しい空気を壊すことだ。
誰かに遊びに誘われることも、話しかけられることも苦手とするのは、全てはそれに起因している。
故に、ボッチは緊急事態が起きた時、即座に人を頼ろうとしない。
人に迷惑をかけたくないから。
天子は本の入った袋を抱きかかえると、それをギュッと抱きしめる。
すると、そんな様子を隣で見ていた敬がビシッと手を挙げた。
「百式先生、トイレ!」
「先生はトイレじゃありません。んじゃ、迷うとアレだしここら辺近くで待っとくわ」
「あざっす! それじゃ、花を摘むついでに雉を撃ってきます!」
そして、敬はクルッと方向を反転し、走り出した。
その姿を見て那智が「あ、ちょ!」と手を伸ばす。
しかし、その声が届く前に、敬の元陸上部の足が音を置き去りにした。
「あー、行っちゃった......」
「那智、あっちトイレある方と逆じゃない?」
「そ。だから、言おうと思ったんだけど、はえーなアイツ。
ま、いいや、それじゃ待ってようぜ~」
それから待つこと数分後、敬がダッシュで戻って来た。
敬は三人の女子の前まで来ると減速し、やがて止まると、膝に手を付けて肩で大きく呼吸する。
そんな姿を見て、那智が片眉を上げて聞いた。
「そんな走って戻ってこなくても良かったのに」
「デートで女子を待たせる男はダメって妹から叩き込まれてるので」
「デートじゃねぇけどな。だが、その心意気やヨシ」
「それじゃ、犬甘君の呼吸を整い次第出発しましょ」
夕妃の言葉に全員が賛同し、敬が背筋を伸ばした所で再び移動を開始した。
そして、敬は二人の視線が天子から外れたタイミングで、天子の耳元に顔を近づけ、小声で話しかける。
「(大撫さん、スマホ見つけたよ)」
敬が天子のスマホを渡せば、天子はそれを受け取りすぐに聞いた。
「(え、犬甘さんがどうしてこれを......?)」
「(さっき困ってたでしょ?
でまぁ、スマホを落としたのかなって察しをつけて、立ち寄った場所を巡って来ただけ。
せっかくの大撫さんの大人数で遊びに行った初めての思い出が、こんなつまらないことで悲しい思い出になるのは嫌だなって僕が勝手に思っただけ)」
「(っ!)」
瞬間、その言葉に、天子の内側から猛烈な熱が込み上がった。
その熱は首を伝い、やがて顔へと広がっていく。
頬は朱色に染まり、耳まで同じ色で染まった。
そんな助けてくれた嬉しい気持ちは、先ほどまであった迷惑をかけてしまった羞恥の心を上回り、熱ぼったい視線でもって敬の瞳を捉え続ける。
「あ、その、あの.....あぅあ、ありがとうございます......」
敬を見て、ニコッと笑いながら感謝の言葉を述べる天子。
直後、彼女の顔から放たれるキラキラとした眩い光。
その姿は天子の容姿も相まってまるで天使のよう。
(勇者大撫さんが天使にクラスチェンジした......!?)
一方で、敬は天子を見てそう思った。
心にハート形の矢じりをした矢が突き刺さる。
勇者の不意打ちの会心の一撃は容易に敬にダメージを与えた。
「あ、あぁ、どういたしまして......」
天子の感謝の言葉に、敬は口を手で覆い、顔ごと逸らした。
表情は依然として変わらない。
されど、耳が僅かに赤くなっている。
また一方でそんな敬の姿を、天子の瞳は変わらず追い続けた。
(ど、どうしてでしょう......なんか見てしまいます)
わからない感情に天子は戸惑う。
今までのポワポワとした温かい気持ちではなく、荒波のように気持ちがうねっている。
そんな戸惑う感情ながらも嫌と思えないのは、相手が敬だからなのか.......わからない。
「二人とも、着いたよ」
「あ、あぁ」
「は、はい!」
「?」
夕妃は二人に声をかけた後の反応に首を傾げつつも、言及はしなかった。
そして、敬と天子と夕妃の三人は、これまで付き合わせた那智にお詫びするように、那智の買い物にひたすら付き合い続けること数十分。
全員の用事が済んだところで、那智が最後に一つの提案をした。
「ねぇ、最後にプリ撮ろ!」
「プリクラのこと? 私は別にいいけど。二人は?」
「わ、私は初めてですが......よろしくお願いします!」
「ふっ、どうやら僕の美が世に証明――」
「んじゃ、行くぞ~」
「最後まで聞いて!?」
敬のうざったらしいナルシスト構文が出終わる間に、那智は夕妃と天子を引きつれて、プリクラ機が置いてあるゲームセンター近くに移動した。
狭い個室の中に四人(夕妃と天子が前列、敬と那智が後列)が多少肌を寄せ合いながら詰めてはいると、夕妃が慣れた手つきで操作を始める。
「那智、いつものでいい?」
「いいよ~」
「お二人はよく撮られるんですか?」
那智がタッチパネルを操作していると、隣にいる天子が質問した。
その質問に、夕妃は操作を終わらせ、少しかがんだ状態でカメラの前に立つ。
「那智が撮りたがるから提案すること多いかな。私達の中じゃ一番女子って感じだし」
「私からすれば夕妃さんも十分女子ですよ......」
「っ! 嬉しい......好き」
―――『それじゃあ、撮影はっじめっる~! 準備はいい?』
プリクラ機から少女のような電子音が流れる。
そして、一番初めの撮影が始まろうとした時、敬はふと思いついたことを提案した。
「百式軍曹、提案があるでごぜぇます!」
「はいはい、何かな?」
「あの編ヶ埼京華に屈辱的な精神ダメージを与える写真が撮りたいです!」
「いいね、その提案乗った」
敬の悪魔の一言、また那智の承諾により対変態紳士撃退用プリクラが量産される始める。
全ての写真を撮り終え、印刷されたものを四人で分けると、四人はショッピングモールの前で解散。
その帰り道を、天子は撮った写真を眺めながら、終始ニコニコした様子で帰ったという。
読んでくださりありがとうございます(*‘∀‘)
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