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少女と空の王女  作者: 連星れん
中編

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63/122

大陸暦1962年――03 見舞い


 そこは光眩しい場所だった。

 周りはどこもかしこも明るくて、輪郭がなにもかもハッキリとしない。

 分かるのは私が変わらずベッドに寝ていることだけ。

 その感覚はあるというのに、なぜか身体は動かない。

 ここはどこだろうと思っていると、左手に温かさを感じた。

 左に視線を動かせば、そこには人の形をした影がある。影と言っても明るい影だ。ただ周りの明るさよりも光度が低いので影と表現している。

 その影に目を凝らしていると、次第に顔が浮かび上がってきた。

 ……お母様だ。

 お母様がベッドのそばに座って私の手に触れている。

 心配そうに私の顔を覗き込んでいる。

 これは夢、なのだろうか。

 昔の記憶を夢で見ているのだろうか。

 熱を出してお母様が看病してくれたときの夢を。

 だけどそれならば私は幼子のはずだ。

 寝込むぐらいに熱を出したのは、お母様が生きていたときには一度しかないから。

 でも今の私は幼子ではない。

 明るくて自分の身体もまともに確認ができないけれど、それは不思議と分かる。


 ――お母様。


 そう口にするも、私の言葉は声にはならなかった。

 身体と同じく口も動かない所為だ。

 それでも私の呼びかけはお母様には届いているようだった。

 私の呼びかけに応えるように優しく、微笑んでくれる。

 お母様のそういう顔を見るのは本当に久しぶりで、感情が高ぶり泣きそうになる。

 動かない身体の中で、心だけが揺れている。

 そんな私の頭をお母様は撫でると、触れている手を包むように握ってくれた――。





 ぼやけた視界には見慣れた魔灯(まとう)があった。

 魔灯(まとう)には今、明かりは灯っていない。だけど視界は暗くない。

 いや、薄暗くはあるけれど、赤みがかった光が天井を照らしている。

 それがなにか理解ができないまま、私は天井から視線を下ろした。すると視界の端に何かが入り込む。

 まだ夢の続きを見ているのだろうかと横を見ると、そこにはルナがいた。

 椅子をどこからか持ってきたのだろう、彼女はベッドそばにそれを置いて座っている。


「おはよう」

「……朝、なのですか」

「ううん、夕方。よく寝ていたわね」


 夕方……そうか、部屋が赤いのは夕日が窓から差し込んでいるからか。


「あまりにも起きないから少し心配しちゃったわ」

「すみません」

「謝ることじゃないと思うけど」


 ルナが可笑しそうに笑う。

 そこで気付く。左手の温もりに。

 夢と同じく左手が温もりに包まれていることに。

 視線を向けるとベッドの上に置かれた左手をルナが握っていた。

 私の視線に気付いたルナが「あぁ」と笑みを漏らす。


「握って欲しそうにしてたから」


 手を放し、冗談めかしてルナが言った。

 それに頬が上がるのを感じながら、だからかと思う。あのような夢を見たのは。

 ……でも、夢なのに不思議と現実味のある夢だった。


「お母様の夢を見たの?」


 心の内を見透かすようにルナが言った。

 それに少し驚くもすぐに思い至る。


「寝言、言っていましたか」

「うん。私も最近、見ることあるわ」

「ルナも」

「えぇ。昔のことを夢で見るとかではなくて、お母様に会う夢をね」


 まさに私が先ほど見た夢と一緒だ。


「ユイ。夢で死者に会うのには二つの説があるのを知ってる?」

「いえ」

「一つは記憶の中の死者が現われている説。そしてもう一つは、死者の魂そのものが夢に現われている説」


 死者の、魂。


「どちらが正解だなんてのは流石に誰にも証明できていないみたいだけれど、私は後者が好き」

「どうしてですか」

「だって夢でも本人と会ったことになるじゃない」

「でも、それだとまだ魂が現世を彷徨っていることになるのでは」


 星教(せいきょう)では人の死は肉体の死であり、肉体を火葬することで魂は肉体から開放され新たな命に生まれ変わると説いている。

 つまりルナが好きな説だと、まだお母様が生まれ変わることが出来ていないということになってしまうのだけれど……。


「んー別にさ、急いで生まれ変わらなくてもよくない?」

「え」意外な返しに私は驚いた。

「だって生まれ変わる前の魂は天国にいるのでしょう? そこは花が咲き乱れる美しい場所だって言うし、私なら好きなだけそこでのんびりするけれど」

「のんびり」

「そうそう。天国に長くいたら魂が穢れるなんて星教(せいきょう)は言っていないんだし、そこは好きにしていいでしょ」


 思いもしなかった考え方に、私は衝撃を受けた。

 死した肉体から魂を解放――火葬はなるべく早く行なわなければならない。そうしなければ朽ちる肉体と共に魂も穢され、最後には消滅してしまうと言われているから。

 そうして無事に肉体から解放された穢れ無き魂は、生まれ変わるまで楽園とされている天国で過ごすのだけれど、確かに早く生まれ変わらなければならない的なことを星教(せいきょう)は説いていない。

 それなのに私は長く魂が現世に留まっていることを悪いことだと思い込んでいた。

 いや、そもそも星教(せいきょう)が説くことが全て正しいという証拠もないのだ。死後の世界など、生きた人間には確認しようがないし誰にもわからない。それならばルナのように好きな考えを持っていてもいいように思う。


「案外、私と貴女のお母様も、天国の居心地がよくてのんびりしてるのかもしれないわよ」


 そういえばと思う。

 そういえば生前、お母様はお花が好きな人だった。

 よく私を庭の散歩へと誘ってくれてはそこで二人、お花を見ながらお茶をしたものだ。

 その暖かい記憶を思い出し、自然と笑みがこぼれる。


「それなら私も、後者がいいです」


 ルナの言う通りお母様の魂も天国でのんびりしているというのならば、そこから私に会いに来てくれたのならば、私だってそのほうがいい。


「私と一緒ね」そう言ってルナは笑った。


 そこでふいに良い香りがして横を見た。サイドテーブルにはタライと、それに加えて朝にはなかった一輪の白い花が挿された花瓶が置かれている。


「貴女が寝ている間にアレイとマールがお見舞いに来たの」


 私の疑問に答えるようにルナが言った。


「外庭の花、ですね」

「えぇ。私もそう言ったら、先生に許可をもらって摘んでるからご心配なくって言われたわ」

「そうですか」


 私のために手間をかけてくれたことに、胸が温かくなる。

 人の心遣いというものは本当に心地が良いものだ。


「ずっと、付いていてくれたのですか」

「うん。あ、でもお昼を食べたあとは少しお昼寝しちゃったけど」


 マクレアに内緒ね、とルナがはにかむ。


「さて。起きたら教えてってマクレアに言われてるから伝えてくるわ」


 そう言ってルナが椅子から立ち上がる。だけどそこで丁度、扉が叩かれた。


「随分とタイミングがいいじゃない」


 来訪者が誰だか気づき、ルナが苦笑する。

 それから扉に近づき開けると、そこにはマクレア先生が立っていた。


「今、呼びに行こうと思ってたんだけど」


 先生が私を見ていることに気づき、ルナが言う。


「気配で起きたのが分かりましたから」

「へぇ。私はまだそこまで分からないかも」


 ルナが気配を視ることが出来るようになったのは最近のことだ。

 なんでも私が浚われたときになんとなくで出来るようになったらしい。そのあと請われて正しい気配読みの仕方を教えたら、あっという間に気配だけで知った個人を特定できるまで習得してしまった。私も習得は早いほうだったけれど、ルナには適わない。

 ルナがマクレア先生に聞いた話だと、体内に粒子のない無能者(マドリック)のほうが粒子に敏感だという説があるらしい。気配読みは相手の体内にある粒子を読む行為だから、彼女の習得の早さからすればそれはあながち間違いではないかもしれない。


「殿下もユイに基礎は習ったのでしょう?」

「えぇ」

「それならばあとは毎日五分でも気配を読む鍛錬をすれば、そのうち細かな気配の動きが視られるようになりますよ。貴女がお昼寝していたのが分かるぐらいにはね」


 げ、とルナが声を漏らす。

 それにマクレア先生は笑うと、私の首筋に触れてきた。


「熱は大分、下がりましたね」


 それから額のタオルを取りタライにかける。


「よく寝て汗をかいたでしょう。清拭して着替えてご飯にしましょう。殿下、清拭を手伝ってあげてもらえますか」

「うん。……え! 私!?」

「ほかに殿下がいらっしゃいますか」

「一人で出来ますから」

「まだ熱があるのに無理はよくありません」

「でも」


 無理に手伝ってもらうのは気が引ける。

 そう思いながらルナを見ると、彼女は慌てて手を振った。


「違う違う。嫌って意味じゃないの。ただその、私でいいのかなーて思って」

「ご迷惑でなければ」

「そりゃ全然、迷惑じゃないけど……」


 そう言ったルナの口調は歯切れが悪い。そしてどうしてかルナは人差し指を合わせて、困ったように眉を寄せている。

 そんなルナの様子にマクレア先生は笑みを漏らすと、言った。


「では殿下、湯を変えますのでタライをお願いできますか」

「あ、うん」


 ルナは慌ててタライを持つと、扉に向かったマクレア先生のあとに付いて部屋を出て行った。



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