大陸暦1962年――04 わけがわからない
その日、マクレアは早く帰ったようで会うことはなかった。
次に彼女と顔を合わせたのは翌朝、礼拝に行こうとしていたときのことだ。
「おはようございます。殿下。ユイ」
マクレアはいつもと変わらない様子で、挨拶をしてきた。
それにユイが丁重に頭をさげる。
「おはようございます」
「……おはよう」
私も一応は挨拶を返す。気持ち的には無言で通したかったのだけれど、挨拶は大事だというお母様の教えが脳裏に浮かんで出来なかった。
マクレアは私たちに微笑み返すと、歩き出した私の横に並んだ。行き先が同じなので付いて来るなとも言えない。
そのまま気まずさを感じながら歩いていると、マクレアがこちらを見た。
「朝から陰気臭いですねぇ」
「貴女は朝からうっとうしいわね」
「元気と言ってほしいです」
マクレアはいつものうさんくさい微笑みを浮かべる。そこに昨日のことを気にしている様子は微塵も見えない。まぁ、それもそうか。彼女はただ正論を言っただけで、恥ずかしいのはそれに子供みたいな癇癪を起こしてしまった自分だけなのだから。
「今日はいいお日柄ですね」
「それを言うにはまだ早くない?」
まだ外、暗いんだけど。
「昨日の新聞には、今日は晴れと書いてありましたよ」
「天気予報は外れることもあるじゃない。そういうことは自分の目で確かめてから言いなさいよ」
「細かいですねぇ」
「貴女が適当すぎるのよ」
「まぁでも言われてみればそうですね。人の言うことを鵜呑みにせず、何事も自分で見聞きして判断しないといけませんね」
そう言ってマクレアが意味深な微笑みを向けてくる。
「……帰らないわよ」
「なにがですか?」
「わかりやすいのよ。なに? この嫌がらせまだ続くの?」
「嫌がらせだなんて酷い。私は殿下のことを思って」
大げさに身振り手振りをするけれど、声には全く心がこもっていない。猿芝居もいいところだ。そんなマクレアを睨むと、彼女は少し後ろを歩くユイを見てから肩をすくめた。ユイはそれを無表情で見ている。
私はため息をついて前を向く。
それから無言で歩いていると、ふと思い出した。
「そういえばあなた、子供いるの?」
「いませんよ」
即答したマクレアと見合う。
……普通、いもしない人間を例えに出す?
全く、ユイといいマクレアといいほんっと、わけがわからない。
私は朝から疲労感を覚えながらまた、ため息をついたのだった。




