聖暦1863年4月
「少尉殿っ!大変です!」
郵便配達の仕事を終え、FLOWER GATEが閉まっていたため早めに家に戻ってきた俺を、元部下のベイリー伍長が、待ちかねたと言わんばかりの慌てた様子で出迎えた。今は保安官をやっているこの男は、戦争が終わって2年も経つというのに未だに俺のことを "少尉殿" と呼ぶ。
「どうした?何があった?」
「ま、街外れの丘に飛竜がーー」
「何だとっ!?」
その日、エスター校は "グリーン・ベル" と呼ばれる街外れの丘まで、春のハイキングへと行っている。引率の先生と小学生の子ども達では、ひとたびワイバーンに襲われたらひとたまりもないだろう。
「ワイバーンって……夏に出現するモンじゃないのか?」
夏になると、時折ワイバーンが現れる。薄紫色をした大きな翼に、体長の半分はある長い尻尾。人々を圧倒するそれは、夏に発情期を迎えることで興奮状態になる。中には人間に友好的なワイバーンもいるが、殆どは警戒心を抱き、自分でもコントロールできない程に暴れまわるのだという。
そのため、グリーン・ベルは夏に登山することが禁止されている。しかし、これまで春先にワイバーンが現れたことなどあっただろうか。
「……異常気象です。」
ベイリー伍長は、俺の心を読んだかのようにそう言った。
「今年に入ってから大雨や竜巻、天気が荒れることが格段に増えたでしょう?」
「……!」
ワイバーンは繊細な生き物で、天候の変化に弱い。一定の気候がある程度続かないと混乱してしまうのだ。そんなパニック状態に陥っているワイバーン達を止められるのは、俺しかいない。
「ロビン、戻ってきたばかりで悪いが、いけるか?」
「ぐるる!」
愛竜ロビンに角砂糖を与え、グリーン・ベルに向かって俺は再び空へ舞った。
ロビンの飛翔スピードは素晴らしく、ものの10分で俺は現場に到着することができた。
「アニー、大丈夫かっ!?」
心臓の鼓動が早くなる。早く見つけないと、このままではワイバーンに……!!
「アニーッ!!」
転がるようにロビンから着地した俺は、声を限りに娘の名を呼ぶ。現場のあちこちに転がる黒焦げの骸はいずれもワイバーンのもので、子ども達らしき遺体が見つからないことで、俺は少しだけ安心した。
「パパーッ!」
茂みからアニーの声が響く。そちらに目をやると十数人の子どもたちが避難しているのが見えた。
「……アニー!無事だったか?」
俺は猛ダッシュで茂みにいるアニーの元へ走った。空からの敵に対して茂みに隠れるのは良い判断だ。子ども達をとっさに避難させたであろう先生に、俺は心から感謝した。
「パパ……」
「怖かったな、もう大丈夫だぞ」と声をかける俺に、アニーは涙で滲んだ目をこちらに向ける。しかしワイバーンへの恐怖心からアニーが泣いていると思っていた俺は、次に彼女が口にした言葉を聞いて嫌な予感がした。
「どうしよう、マリアさんが……」
「……え。」
アニーの無事な姿を見て安心したのも束の間、次に写った光景は俺を絶望のどん底に突き落とした。
「マリアさん……。」
壊れかけた自動人形のように、俺は茂みの奥へのろのろと向かう。そこに見えたのは、魔女の使う
"空飛ぶ箒" と、もはやピクリとも動かないマリアさんの横たわった姿だった。
「私達を茂みに誘導してくれたのは彼女だったんです……。」
「マリアさんがぎゅってしてくれて……それで……」
引率の先生と、泣きながら彼女の様子を話すアニーの声が、俺にはどこか遠くの音に聞こえたーー